| やさしさの意味 Side / Ades 4 疑惑 隊長と別れてから一週間が過ぎた。 帰宅した私を妻と父母が温かく迎えてくれた。 久しぶりに過ごす家族との団欒の時間。休暇を利用して、妻には部屋の模様替えを手伝わされた。 重い家具を運んだり、高い場所に置いてあった荷物を下ろしたり……。 「背が高い人がいると助かるわ」という妻の言葉に気持ちよく働かせてもらった。 彼女は、我が家の優秀な指揮官だ。いつも家のことは彼女に任せきりで、申し訳ないので、この時ばかりは、働いた。慣れない手つきながらも家事をこなし、ごみ捨てまで担当。 しかし、さすがに一週間もたてば、やることがなくて暇になる。 手持ち無沙汰になったので、本でも読もうかと居間に置いてあった雑誌を手に取る。 表紙は、現プラント最高評議会議長シーゲル・クラインと、国防委員長のパトリック・ザラ。 新議長の選出を巡るさまざまな思惑についての特集だった。もちろん戦争の方向性についてが主題となっていた。穏健派と強硬派の派閥争いも絡む政界の裏事情的なコラムもある。 周囲の予想通り、次の議長選でザラの議長就任は必至だろうとも書いてある。 世論に後押しされる形で、ザラが新議長の座に就き、地球に対する報復行動を強めるとの見方が強い。 自分は軍人であって、上からの命令を遂行するために最善を尽くす。 だが、その命令も、民意に基づくものでなければならない。 軍だけが突出した力を持ってはならないのだ。 そのため、戦闘行動については、全て議会を経て、議案が可決されなければ実行に移せない。 しかし、今度の地球降下作戦「オペレーション・スピットブレイク」については、既に議案が上程され、審議と決議を待つばかりという状態である。 そして、賛成多数により可決されることは間違いないだろう。ザラ派の根回しは完璧らしい。 我々、政治の中枢から離れた者でも、パトリック・ザラの持つ力がどれほどか分かるくらいだ。プラント政権が、「軍事政権」と影で揶揄されても仕方ない。 議会は、形骸化しつつあり、すでに抑止力を持たないということは、少し政局に関心のある者なら気づくだろう。 それ程に、ザフト軍の国内における影響力は大きい。 それはまた、国防委員長の権限の大きさを物語ってもいた。 そして―――その権力の中枢にいるのだ。彼は。 もちろん、今回の議案や次の議長選について、マスコミがクルーゼ隊長の存在を取り上げることなどない。 一介の軍人が政局を左右することは通常ありえない。それが、世論の常識だ。 だが、それだけ事は内密に進められているということでもある。軍による情報操作・報道管制も行き届いている。 隊長が関わっているのは、あくまでも作戦の実行部隊の指揮官としてだ。 だが、戦争への可否が、新政権の最重要指針となっている現在の状況で、彼はすでに一介の軍人の立場を越えているのではないだろうか。 クルーゼ隊長は、こうした権力闘争に自ら加担するような人ではないはずだが、軍内部には、ザラ委員長との親密さが気に入らないという者もいる。 スピットブレイクの立案や実行など、ザラ委員長の参謀役として、彼の能力は重用されている。それだけの戦果を挙げてきたからこその登用だが、他人と馴れ合わないその性格が、誤解されやすいのだろう。 先日、クルーゼ隊長に絡んできたベルガー隊長などは、そのいい例だ。 目先の権力に踊らされる者ほど、彼の本質を見抜けず、自滅する。 素顔を仮面で隠し、経歴も明らかにしない彼を受け入れられない気持ちも分かる。 私も最初はそうだった。 だが、彼という人物に会って、実際に話をして、何よりも彼と共に戦ったことのある者なら、ラウ・ル・クルーゼという人物の持つ魅力に気づくだろう。 いや、気づく前に惹かれ始める。 行動力、指揮官としての適正、容姿もそうだが、声、そして神秘性。 何よりも、彼のことを知りたいという欲求は、常に我が隊の者が抱く感情だ。 卑屈にならず、孤高を保ち、常に自己というものを確立している彼に羨望する若い兵は多い。 だが、その分、敵も多い。 打算や計算だけではなく、周囲の者とうまく付き合ってくれればこんな心配も要らないのだが……。 あのベルガー隊と同じ作戦に参加して、戦闘のどさくさで、奴らが何かしでかしたらどうするのか―――。 それに―――先日の爆発騒ぎ。 そして、彼の護衛についたユウキ隊長。 私の知らないところで、何かが起こっていることだけは確かだ。 地球軍パナマ基地への総攻撃という作戦。 今後の戦局を左右するであろう重要な作戦だが、何かが違う。 これまでと違う流れの中で戦うことになる―――そんな気がした。 その流れの中心にいるクルーゼ隊長は一体、何をしようとしているのか。 ザラ委員長とクルーゼ隊長の関係。 なぜ、彼があそこまでしなければいけないのか。 知らないことが多すぎる。 改めて、クルーゼ隊長と自分との隔たりを思い知った。 自分は一介の軍人で、一軍艦の艦長でしかない。 ザフト軍屈指の知将が指揮するクルーゼ隊の旗艦を預かる身であるから、自分の力量がそれなりに評価されていると考えていいだろう。 しかし、彼との関係は、上官と部下。 この形は、崩れない。 いや、崩せないのか――――― 隊長と最後に別れた時のことを思い出し、ため息をつく。 打ち合わせの日程についての連絡はまだない。何度か隊長の携帯に連絡を入れたが、いつも留守電だった。 私は雑誌を閉じて立ち上がった。 気分転換に妻を誘って、買い物がてら散歩に行くことにした。 妻に声をかけると、逆に出掛けないかと誘われた。 そして、久しぶりに二人きりでコンサートへ行くことになったのだ。 ◇ ◇ ◇ 妻が知人から譲り受けたというチケットは、シティ中心にある記念ホールで、今晩行われるラクス・クライン嬢のコンサートチケットだった。妻が彼女のファンだったので、是非にとせがまれた。 妻と手を組んで歩きながら、会場に集まる人々に混じって、かなりの数の私服警官がいるのに気づいた。 人が多く集まる催事や場所には、必ず警備のため都市警察が配置されるのだが、アイドルのコンサート会場の警備にしては多すぎる数だ。 現プラント最高評議会議長の娘ラクス・クラインのコンサートといえば、本人自体が要人警護の対象となるが、来賓にも早々たる顔ぶれが並ぶことが多い。 議長本人を始め、評議会委員の中にも彼女のファンは多いと聞く。 これは、彼ら要人のための厳重な警備体制だろう。 もしかしたら、未だ容疑者が特定できない先日の爆発事件を警戒してのことかもしれない。 かつて、追悼慰霊式典の会場にもなったホールは、その時の厳粛な雰囲気から一転して、華やかな装飾が会場の至る所に施されていた。 バラの花が好きだというラクス嬢の意向もあってか、随所に生花が飾られ、ホールのエントランスには、バラの淡い甘さを含んだ芳香が漂う。どれも淡いピンクやオレンジのバラで、可愛らしいアレンジをしてある。 花のことに詳しくない私には、それらの花がバラということしか分からなかったが、妻は、飾られたバラの花々を見ていくつか品種名を言っていた。 「アデス艦長?」 突然名を呼ばれ、振り向くと、アスラン・ザラが立っていた。婚約者であるラクス嬢にプレゼントするのだろう、手には花束を持っている。 「奥様ですか?」 頷いて妻を紹介すると、アスランも丁寧な挨拶を返してくれた。さすがにこの場で敬礼をすることはなったが。 アスランが手にしていたピンクのバラの花束を見て、妻が口を開く。 「まあ、きれいなアストレね。プレゼント?」 「ええ…彼女が好きな花なので」 照れくさそうに微笑む彼の表情に、こちらもつい笑顔になる。 艦内では、生真面目なクルーゼ隊のエースパイロットも、恋人との逢瀬を前にしては自然と表情も緩むのだろう。今の彼はとても年相応の少年らしい笑顔を浮かべていた。 その後、しばらく花の話題で盛り上がったが、妻が、化粧室に行くといってはずした途端、アスランの表情が改まる。 「アデス艦長、その後、隊長とお会いになりましたか」 「ああ――君がいろいろ問い合わせてくれたおかげで、なんとか…な」 艦を下りたその日のうちに、軍本部で起きた出来事を思い出す。任務の打ち合わせのため、隊長と待ち合わせたのだが、時間になっても一向に隊長は現れず、心配して二人で探した時のことを思い出す。 アスランを帰した後で、会議室で倒れている隊長を見つけ、介抱したことは彼には黙っていた。 「あの日の晩、隊長の官舎で爆発騒ぎがあったことを聞きました。隊長はご無事だったそうですが、あれ以来、自分の方の警護が厳しくて……」 「ああ、お父君も今が大事な時期だからな。君も大変だな。ラクス嬢と二人きりで会うこともままならないだろう。………SP、近くにいるのだろう?」 最後の言葉は幾分声をひそめた。 アスランは無言で頷く。 「恐らく、隊長にも護衛がついたと思うのですが……」 「ああ、君の父上のところの特務隊長直々だ」 「―――やっぱり…」 私の言葉にアスランは、なにか思い当たることがあるらしく、考え込んでしまった。 「どうかしたのか?」 「いえ、あの……噂を聞いたので、少し心配で」 彼らしくない気弱な表情。その顔に不安が胸をよぎる。 「噂?」 つい、聞き返す。 「実は――――」 アスランは、しばらく逡巡した後、意を決して、話し始めようとしたところで、妻が戻ってきた。途端に口を噤む。そして、妻に不審がられないように話題を変えた。 「すみません。呼び止めてしまって…もうじき開演ですから、お席の方へどうぞ。楽しんでいってください」 すぐに元の笑顔に戻って、私たちをホールの中へ促した。妻を先に歩かせ、その後に私も続く。 去り際に小声で、アスランが私に囁く。 「艦長。明日、お時間ありますか?」 「ああ、本部でどうだ?あの中なら、始終SPに張り付かれることもないだろう」 「わかりました。では、明日1300時に」 「了解した」 アスランがここまで、慎重にならなければならないということが、事の重大さを物語っていた。 こちらも、それだけの心がまえをしなくては―――。 ほんの少し緊張するとともに、何かが動き出す――そんな期待感があった。 明日、いくつかの情報が手に入る。「彼」に関することだけは間違いなかった。 |