◇ ◇ ◇


耳元で電子音が鳴った。
まだ半分夢の中にいた私は、その音に飛び起きた。
一瞬、シフト交代時間を寝過ごしたかと、焦ったのだが、見慣れぬ室内を見渡して、ここがどこなのか思い出して安堵した。
ここは、ヴェサリウス艦内ではない。

電子音は、私の携帯電話からだった。

「アデスです。おはようございます。隊長」

『すまんな、寝ていたか?』

「いえ、申し訳ありません。寝すぎたくらいです。起こしていただいてちょうど良かったです」

掠れた声がやけに艶めいて聞こえる。昨夜の情事を思い起こさせた。

『そうか…。すまないが、私の制服は?』

「あ、勝手かとは思いましたが、クリーニングに出してありますので、後ほどお持ちします」

『わかった』

電話を切り、時計を見ると、すでに昼近かった。
戦艦内の生活は、昼夜関係なく交代制のシフトなので、不規則で断続した短い睡眠には慣れていたが、久々の休暇で、どうにも油断したらしい。
クリーニングの上がった制服を届けてもらい、着替えるとすぐに隊長の様子を見に行くことにした。



「失礼します。隊長、制服をお持ちしました」

「ああ、そこへ置いてくれ」

おそらくシャワーを浴びていたのだろう。バスローブ姿で、濡れた髪を乾かす姿に一瞬どきりとする。

「この後、どうされますか?官舎の立入禁止も解除されたようですが」

隊長の部屋に来る前に一応、情報収集はしておいた。といっても、部屋のTVでニュースを見た後、軍本部へ確認しただけだったが。

「ああ…一旦戻る。お前も休暇に入るだろう?早く、家族に顔を見せてやれ」

どこか突き放すような物言いに違和感を覚えた。
つい、数時間前まで抱き合っていたというのに、どこかつれない態度。
甘い関係を期待していたわけではないが、なぜだろうか。

まるで、これ以上踏み込むなと牽制されているようだった。

私は戸惑いを隠しながら、特に反論するでもなく控えめに申し出た。

「……そうさせていただきます。隊長、官舎まではお送りしますが――」

「ああ…そのことだが―――」

その時、隊長の言葉を遮るように、来客を告げるドアフォンの音。
一体誰かと訝る。

昨夜、急遽ここに宿を取ったものの、特に誰にも行き先は告げてなかったはず。
ホテルマンならば、事前に電話で連絡をするだろう。

「あ、自分がでますので」

手振りで立ち上がりかけた隊長を止める。
ドア口に向かい、モニターを見て驚いた。

ザフトの制服を着た男が3人。

そのうち一人は―――国防委員長直属の特務隊長だった。

何事かと驚きもしたが、情事後の隊長の姿を見せるわけにもいかず、とにかく用件だけでも聞こうと、自分ひとりで応対することにした。
ドアを開け、廊下に出る。

「ユウキ隊長、どうしてここへ?」

「仕事だ。失礼する」

特務隊のユウキ隊長が私の脇をすり抜け、部屋へ入ろうとした。

「待ってください。用件なら自分が―――」

私は慌てて彼の前に立ちふさがった。

「クルーゼ隊長に用がある。国防委員長の命令だ」

「委員長閣下の!?」

「クルーゼ隊長を迎えに来た。彼にはもう連絡が行っているはずだが」

「隊長は……昨夜、遅かったので、まだ休んでいます。しばらくロビーでお待ち願えませんか」

「ヴェサリウスの艦長だな。昨夜の官舎襲撃事件のことは知っているな?」

「はい。官舎の様子も見てきました」

「スピットブレイク可決前の大切な時期に作戦の関係者が標的になるとも考えられるため、評議会議員をはじめ、軍関係者に護衛がつくことになった。これは、国防委員会の決定だ。
クルーゼ隊長は、オペレーション・スピットブレイク実行の中心人物となる。
彼の身辺警護のため、今後、我々三3が護衛に就くことになった。よろしく頼む」

「しかし―――」

特務隊が護衛の任務に就くことがないとは言わないが、極めて稀なことであることは確かだ。
何よりも隊長クラスに同じ階級の、しかも特務隊を護衛にあたらせるとは…。

「あなたは、委員長閣下直属の特務隊長でしょう?あちらは、よろしいのですか?」

「そのザラ委員長の命令だ。仕方あるまい」

どうやら、意に染まぬ任務らしい。声に多少苛立ちが感じられた。

「とにかく、クルーゼ隊長にお会いしたいので、ここで待たせてもらう」

すぐにも護衛任務に就くといった様子だった。とりあえず、隊長に報告を―――としたところで、部屋のドアが開いた。
そこには、いつもどおり一分の隙もなく制服を着こなし、仮面を身につけた隊長が立っていた。

「隊長……」

クルーゼ隊長は、私の方を見向きもしないで、ユウキ隊長とその部下に話しかける。

「お待たせしました。護衛よろしく頼みます」

しかも、すでに護衛の件は、了承済みのようだった。
昨夜、車中でのザラ委員長との会話は、このことについても触れていたと考えて間違いなさそうだ。
おそらくクルーゼ隊長は、特務隊からの所在確認の電話で目が覚めたのだろう。
そして、軍服の件がなければ、私に黙ったまま、メモ書きかメッセージを一つ残すくらいで、ホテルを後にするつもりだったのではないか―――私はふと、そう思った。

微かな疎外感。
彼に近づいたと思ったら、また遠ざかったような気がした。
隊長は、自分の行動についてあれこれと詮索されるのを嫌う。
作戦中は別だが、基本的に部下に相談することをしない。
上に立つものとして当然といえば当然なのだが、必要最低限の通達のみで済ませることが多かった。
これまでは、私もそれでいいと思っていた。

上官と部下の関係を崩すことを嫌った。
彼の行動に私が関心を示すようなことはしてはならないと考えていた。
自分で、自分の感情を抑え込んでいた。
自分の気持ちに気づかないふりをしていた。

だが、今の私は、それを不満に思い始めてしまった。

もっと、自分に頼ってほしい―――そう思ってしまうのだ。

欲が出た。
彼のことを知りたいという、欲が。



「行きましょう。ザラ委員長がお待ちです」

ユウキ隊長が、クルーゼ隊長を促す、その言葉に私は唇を噛みしめる。
握った拳が揺れるのに、彼が気づいたかどうか―――。

先頭をユウキ隊長が、その後ろにクルーゼ隊長、二人の特務士官がその後に続いた。
私の前を通り過ぎる隊長が、足を止めずに口を開いた。

「アデス。打ち合わせについては、後日こちらから連絡する。ご苦労だったな」

「…は」

私は軽く頭を下げ、見送った。


上官と部下。
数多(あまた)ある構図の一つだ。

自惚れてはいけない。期待してはいけない。
彼の心は、誰にもわからない。

どんなに激しく抱き合っても、彼のことを何も知らないのだ。私は。

ザラ委員長にその身を預けるのを黙って見ている事しかできないのか。
彼の成そうとすることを妨げないように。
彼の決意を否定しないように。

そうして、苦しむ彼の姿を見続けなければならないのか。

いつまで―――?

一体いつまで、私はこの関係に耐えられるだろうか。



この胸の痛みに――――――






この時の私は、彼をもう一度振り向かせるだけの言葉を持ち得なかった。








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