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◇ ◇ ◇
「アデス」
高速道路をあと少しで降りるというところで、隊長が私の名を呼ぶ。
「はい?」
「先程の作戦資料だが、ディスクを持っているなら、やはり今日のうちにコピーをとりたい」
「では、私は一通り目を通しましたので、そのままお持ちくださって結構です。後日、コピーを取らせていただければ……」
そこまで言いかけて、あることを思いつき、事前に釘をさしておく。
「隊長、中身を見るのは明日以降にしてください。今日は仕事しないで休んでくださいよ」
放っておくと、体調が万全でなくても夜通し仕事をしそうな人だからだ。
くすりと笑って隊長が答える。
「もう大丈夫だ。お前の肩で休ませてもらったからな」
私は、その言葉に、本部の会議室での出来事を思い出し、赤面する。
「……あれは、休んだうちに入りませんよ」
できるだけ平静を装ったが、こちらの動揺など彼にはお見通しだろう。
高速の出口まで来て、前方に赤色灯が列をなしている光景にぶつかった。
慌しい人の動き。赤色回転灯の光が、緊迫感を引き立たせている。
都市警察車両と軍警察の車両が見えた。
何か事故か事件でもあったのだろう。
どうやら検問が敷かれているようだった。
まあ、軍用車に乗っているし、特に待たされずに通過できるだろうと思ったのだが、車の列は遅々として進まない。
ちょうど、こちらに向かって車一台一台のナンバーと運転手のIDカードを照合しながら歩いてくる都市警察の男を呼び止めた。
「国防委員会所属クルーゼ隊のアデスだ。何かあったのか?」
IDカードを提示しながら訊ねると、まだ、若いその警官は、軍用車固有のナンバープレートと「クルーゼ隊」という言葉に反応した。敬礼して答える。
「お疲れ様です!只今、この先の軍関係施設で爆発騒ぎがありまして、逃亡中の容疑者を目下捜索中です。つきましては、通行中の車両に乗車するすべての方にIDの提示をお願いしているところであります。恐れ入りますが、同乗者の方にもIDカードの提示をお願いしたいのですが」
仕事だから仕方がないとはいえ、こちらは運転手の私のIDも提示したし、何より軍用車だ。まさか、隊長にまでIDを見せろと言うつもりなのかと半ば呆れた。
薄闇にも白いザフトの制服は分かるだろうに、よほど物を知らん若造なのか。それともマニュアルどおりにしか動けない者なのか。
ザフト軍の一般兵は、グリーンの制服。隊長・艦長クラスは黒。軍のアカデミーをトップの成績で卒業した、いわゆるエリートは赤い制服の着用が義務付けられている。
そして、ザフト軍広しと言えども、白い制服を身につけている者といえば一人しかいない。そんなことは子どもでも知っている。
(いくら何でも無礼だろう?)
一言、注意を促そうと身を乗り出した時、隊長の冷静な声が響く。
「アデス――構わん」
隊長が、自分のIDカードを取り出しながら、私を止めた。
若い警官は、IDを受け取ろうと助手席側にまわりこむ。窓から人物確認をしようと身をかがめたところで、別の警官に呼び止められた。
「おい!何やってる!!」
どうやらこちらは都市警察ではなく、軍警察のようだ。我々の車が遠目に軍用車だと見て取れて、駆けつけてきた。
そもそも都市警察と軍警察は仲が余りよくない。
軍関係施設には、都市警察は介入ができない。一般市民の安全を日夜守っているという自負のある都市警察にとっては、権力と軍事力に裏打ちされた軍の警察機構が面白くないらしい。
その両者が協働で非常線を張っているということは、今回の事件は、狙われたのは軍施設だが、被害は隣接する民家や市民の財産に及んだということだろう。
軍警察の男は、フロントガラス越しに隊長の制服に気づき、その場で直立不動、そして敬礼する。
「し、失礼しました!お手間を取らせて申し訳ありません!」
急に緊張した面持ちになった男に隊長が尋ねる。
「狙われたのはどこだ?」
「は、軍上級士官用の官舎です!隣接する民地にも家屋のガラスが割れるなど一部被害が出ました。幸い死傷者もなく、規模の小さい爆発だったようです。
現在、犯人の確保と、爆発物の特定・侵入経路の割り出しに全力を注いでいます」
「官舎……まさか」
とてもいやな予感がする。隊長の方を顧みると、彼が落ち着いた声で確認する。
「ちなみに何ブロックだ?」
「は、この先のA‐13ブロックです」
悪い予感は的中した。
狙われたのは、隊長の官舎だった。いや、正確に言うと隊長も入居している官舎の一部が被害にあったらしい。
隊長の部屋がある官舎とは、棟が違うので直接被害はなかったようだ。
管轄が違うので、我々に出頭命令が出ることはないだろうが、どちらにしてもこの騒ぎでは、今晩ゆっくり休むどころではない。
どこかホテルでも取ったほうがいいだろうと思ったところで、声をかけられた。
「よろしければ先導いたしますので、こちらへ」
軍警察の男は、我々のやり取りを呆然と脇で眺めている都市警察の警官を下がらせると、バイク隊の警官を無線で呼び、我々の車を先導して、検問を通過するよう指示する。
「すまんな。手数をかける」
隊長がねぎらいの言葉を掛けると、軍警察の男は、敬礼と共にはにかんだ笑顔を見せた。
「いえ、お会いできて光栄です」
(こいつもか…)
私は、内心舌打ちを隠せない。こうした光景に出くわすのは初めてではなかった。
隊長の軍功が上がれば上がるほど、白い制服も有名になった。
それに比例して、若い兵たちから注がれる羨望や憧憬の眼差しも増えた。
そのうち不埒なことを考える者が出てくるのではないか……それが心配だった。
その後、誘導に従って検問を抜け、再び車を走らせた。
「テロでしょうか?」
私の問いかけに隊長は、しばらく考え込んで答えた。
「いや、テロにしては被害が少ないな」
そして、彼はおもむろに携帯を取り出し、どこかへ電話をかける。
「クルーゼです。……はい。……はい、ご存知でしたか。では、裏は?」
隊長の言葉づかいで、相手が推測できた。
おそらく、ザラ国防委員長だろう。事件の詳細と、今後の捜査方針についての確認をとっているようだ。
「はい……了解しました」
先程までの情事の相手との会話。
気にならないと言えば嘘になる。だが、彼の会話からはそんな関係は微塵も感じられなかった。
それでも、私の胸の中には、もやもやとしたものが残る。
仕事の会話だとわかっているのに、嫉妬に似た感情が芽生えた。
ふつふつと湧き上がる感情をなんとか落ち着かせようと躍起になっていると、急に隊長の声の調子が変わったのに気づいた。
「は……いえ、閣下それは……」
何か躊躇うような口調の後、ちらりと私の方へ視線を投げかける。
「……ご子息が戻られているでしょう?家族団欒のお邪魔になっては……」
なんとなく会話の内容が予想できた。
委員長閣下は『落ち着くまで、我が家に来るかね?』……ぐらいのことを話しているらしい。
やきもきしながら会話の行方を聞いていると、なんとか断るのに成功したようだ。
短い挨拶のあと、隊長が電話を切る。
私は無意識によほど険しい顔をしていたのだろう。隊長が、たしなめるような口調で私の名を呼ぶ。
「アデス」
「……は」
「眉間に皺が増えるぞ」
「はぁ…」
どうやら自分の考えが見透かされたようだ。私は、またもや赤面するはめになった。
気まずさを隠そうと一つ咳払いをして話を変える。
「委員長閣下は何と?」
「犯行声明は、まだ出されていない。――が、テロの可能性ならもっと派手にやるだろうと、捜査当局は考えているらしい」
「では、テロの可能性は低いと?」
「そうだな……誰か個人を狙ったものでないとしたら、目的が不明だ。――――陽動か?」
「どこか別の軍施設が狙われると?」
「その可能性は否定できん。国家保安部が動いているそうだ」
「!……では、内部の者の?」
軽い驚きを禁じえなかった。
ブルーコスモスによる本国でのテロ行為は未だ少ないが、それでも奴らの犯行だというほうが、まだ納得がいく。
身内に裏切り者がいるとは、あまり考えたくないものだ。
「その疑いあり…ということだろうな。どちらにしても我々の仕事ではないな」
「……そうですね」
新しい作戦が控えているこの時期に、このような事件が発生するとは―――。
隊長の言葉に一抹の不安を覚えた。
◇ ◇ ◇
軍本部があるプラント「ディセンベル市」は、軍の関連施設が多く点在するほか、軍の養成学校「アカデミー」を始めとする大学や学術研究所などの教育関連施設が立ち並ぶ。
教育関係者が多く在住する閑静な住宅街を抜けると、軍の関連施設が点在するブロックになるのだが、いつもなら真夜中には人通りもなくなる住宅街は、深夜だというのに野次馬や警察車両が行き交い騒然としていた。
「一応、官舎へ行ってみますが?」
「……そうだな。様子も見たいしな」
「了解しました」
官舎から少し離れたところで車を降りると、隊長を車内に残したまま、私だけ様子を見に行く。
戦時下であるため、士官のほとんどが、任務で本国を離れている。特に戦艦に乗艦している者は、数ヶ月に一度帰還できればいいほうだった。
入居者が長期の任務で留守にしていたことが幸いしてか、それほどひどい被害が出たわけではなかった。
軽傷者数名と建物被害ぐらいなものだったが、念のため、捜査が終わるまで全面立入禁止となった。
『KEEP OUT』と書かれたテープに行く手を遮られ、あたりを見回すと、軍の制服姿の者たちが幾人も集まっていた。
私は、軍警察捜査官の一人を捕まえ、クルーゼ隊長の部屋の様子を訊いた。
捜査官が、施設の管理責任者を呼び、確認させたところ、標的となった建物と棟が異なるため被害はないとの回答を得た。
被害はなかったものの、捜査が済むまで、立ち入りできないと申し訳なさそうに言う捜査官に軽く礼を言い、そのまま車へ引き返した。
車に戻った私は、助手席に座る隊長に声をかけようとして、彼が眠っているのに気づく。
仮面越しなので表情は分からないが、寝息が聞こえた。
起こさないように、ドアを閉める。車のエンジンをかけると、シートから伝わる微かな振動に隊長が目を覚ました。
「―――起こしてしまいましたか」
「ん…アデス?―――様子はどうだ?」
「隊長の部屋は問題ありません。ですが、捜査のため全館立入禁止だそうです」
「そうか。仕方ないな」
「この騒ぎでは、捜査が終わるのがいつになるのか分かりませんし……なによりも、ゆっくりお休みになることはできないと思いますので、どこかホテルでもとります」
「頼む」
私はすぐに携帯で、政府や軍関係者が公私を問わず利用するホテルに連絡して、2部屋確保した。
「ホテルまで少しかかりますから寝ていてください。着いたら起こしますから」
言葉なく、穏かな笑みを浮かべた彼の表情は、まるで子どものようで、私は庇護欲をかき立てられると共に、言いようもない充足感を得た。
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