やさしさの意味  Side / Ades





2. 発端    



隊長クラスになると、プラント内での公務の移動には軍用車と運転手がつくのが通常だが、今日は断った。代わりに私が運転すると伝え、エレカだけを裏口玄関にまわすよう指示する。
しばらく休んだおかげで、隊長の足取りもしっかりしている――ように見える。
しかし、相変わらず顔色がいいとは言い難かった。
いつもならザフトの白い制服の裾を翻し、颯爽と歩く姿を見ることができるのだが、今日ばかりは足取りにやや力がない。
しかし、一般兵士には全くいつもと変わらないように見えることだろう。そこが、隊長のすごいところでもある。身体の無理を精神力と気力でなんとかしてしまう。
私にとっては、心配なことなのだが……。

とにかく早く、休ませてあげたかった。
しかし、エントランスを出ようとしたところで、隊長が呼び止められた。
私は、内心舌打ちして振り返る。

私と同じ軍の黒い制服を着た40歳がらみの男が二人、ゆっくりとした足取りで近づいてきた。
ベルガー隊の隊長とその副官だ。

いやな奴につかまったと眉をひそめた。
クルーゼ隊長と同時期に隊長に昇格した人物だが、その後の戦果が芳しからず、また風評もあまりよろしくない男だった。
行き過ぎたナチュラル蔑視的発言を公然とし、また捕虜の扱いも適正を欠くともっぱらの噂だった。
なにかとクルーゼ隊の兵士たちに突っかかるので困ると、以前部下たちが愚痴っていたのを聞いたことがある。
まあ、若くして隊長となり、有能な指揮官としてその名を馳せているクルーゼ隊長に対して、含むところがあるのはわかるが、やりようがあまりに大人気ない。
今度の地球降下作戦に名前があがっていたはずだが……。

私は、隊長に何気なく視線を投げた。
隊長も私の視線の言わんとすることを察したようだ。口の端を少し上げた。
いつもの皮肉な笑みだった。
その笑みの意味をなんとなく分かってしまい、吹き出しそうになってしまった。

曰く、『馬鹿は相手にするな』
然り、名言だ。


我々の目の前までやってきた二人は、こちらの敬礼に返礼もなく口を開く。
私にとっては上官にあたるので、別に不満にも思わないが、クルーゼ隊長にまで礼を欠いた態度に少し腹が立つ。

「久しぶりだな。ラウ・ル・クルーゼ隊長。我々の次の任務は、君と同じ地球だ。エリート部隊と呼ばれるクルーゼ隊と共に作戦に参加できて光栄だな。
地球軍から奪った4機のMSとそのパイロットの力量は、軍本部でも噂になっているよ。お偉方のご子息が搭乗しているとか。君も気苦労が絶えんな。同情するよ」

ベルガー隊長は、気の毒がっているようなそぶりを見せても口元はニヤニヤと笑っている。副官がその言葉に続けた。

「ナチュラルどもの巣窟に赴くともなると、俄然やる気が増しますね。噂のクルーゼ隊の働きを間近で拝見できて光栄です」

いやみったらしく言葉を続ける男たちが、一体何の用件で声をかけて来たのか、誰が見ても明らかだった。こんな奴らの相手をするなど時間の無駄だ。
ただでさえ、クルーゼ隊長の気分が優れないときに、なんでまたこいつらと出会ってしまったのか。不運のひと言に尽きる。
適当に話を切り上げて、さっさと帰ろうと思った私は、なにか巧い口実はないか、あれこれと頭の中で巡らせた。

(そうだ。業腹だが、ザラ委員長から緊急連絡が入ったというのはどうだろう?
 ……いや、しかし、大物過ぎるか。かえって不自然かも知れんな…。
 この時間では、次の予定が入っているというのには無理があるし……)

私が口を挟む暇もなく、男たちは一方的にしゃべっている。
隊長は、言い返すでもなく、相槌を打つでもなく、黙って聞いていた。
彼等の長い前置きのあと、ようやく、本題だと思われる発言があった。

「そういえば、君が追っていたという地球軍の新型MSと艦だが、結局取り逃したそうじゃないか」

(わざわざ、それが言いたくて呼び止めたんだろうが!)

私は、胸の内で盛大に罵ってやった。

「たかが、ナチュラル相手に我らがこうまで後手に回らねばならんとは、口惜しい限りだ。なあ?」

わざとらしく、隣に立つ副官に同意を求める。話を振られた副官は、ベルガー隊長の言葉に付け加えた。

「いえ、お待ちください。地球軍第八艦隊を壊滅させたのはクルーゼ隊ですよ」

ベルガー隊長は、副官の言葉に、思い出したかのようにしゃべり始めた。

「そう、そうだったな。君だって、たかがナチュラルに逃げられてばかりではないな。君の麾下の・・・なんと言ったかな、ほら、ローラシア級の艦艇が犠牲になってくれたおかげでな。気の毒に・・・彼らの犠牲があってもなお、新型艦を逃すとは。これじゃ奴らも犬死にだよ」

この言葉に私は、黙っていることができなくなった。


  『私がそれを手渡すと、彼女は泣き崩れた』


私が、戦死したガモフ艦長ゼルマンの夫人のもとへ、彼の最後のディスクメールを届けたのは、ほんの数時間前のことだ。
今回の地球軍新造戦艦アークエンジェル追撃では、多くの部下を失った。
アスランをはじめ、年若い兵たちも同僚を失っている。
「馬鹿ども」のこれみよがしな発言にいちいち腹を立てるのも馬鹿らしかったが、彼らが、ゼルマン等の死をあげつらうのは許し難かった。

「お言葉ですが!祖国のために命を賭して戦った者たちを冒涜するような発言はおやめください!ザフト軍人としての・・・」

「ザフト軍人としての品位が問われるな」

「なっ…!」

それまで沈黙を保っていたクルーゼ隊長が私の言葉を続ける形で、口を開く。
同じ階級とはいえ、年上には丁寧口調を崩さない隊長にしては容赦なかった。
もっとも、気に入らない人物に対しては、上司であろうと慇懃無礼な態度で接することは知っているが。

ゼルマンたち部下の死を悼んでくれているのだろうか。
ただ単に、死者への冒涜は恥ずべきことだという、一般的な儀礼からの言葉なのだろうか。今は、前者であって欲しいと切に願った。

「貴様……ッ!愚弄するか!?」

彼らが声を荒げた時、携帯の着信音が鳴った。クルーゼ隊長の携帯からだ。
彼等のやかましい声をさえぎるかのように携帯を取りだす。

「はい、クルーゼです」

いつもと変わらぬ、張りのある落ち着いた声。声に疲れは微塵も感じられなかった。

「……わかりました。後ほどこちらからご連絡いたします。閣下のご予定は?」

携帯での会話から、相手が誰か察したようだ。急に毒気を抜かれたように大人しくなった男たちが滑稽だった。

「……はい。……は、了解しました。失礼いたします」

終話ボタンを押してすぐに、男たちの方に向き直る。

「すまないが、用がないなら失礼する。行くぞアデス」

これ以上の会話は無用とばかり、身を翻す。

怒りに顔を朱に染めた男が、形通りの捨てぜりふを小声で吐いているのを後目に、私たちは車に向かった。



車に乗り込むときに、一部始終を見ていた兵が尊敬に満ちたまなざしで、クルーゼ隊長を見つめているのが可笑しかった。










◇ ◇ ◇
 
助手席に身を預ける隊長は、力なくぐったりとしているように感じる。
隣に座る人に負担がかからないよう、運転には細心の注意を払った。

時刻は、午後10時半過ぎ。
車窓を流れる街の灯が目に懐かしく映る。久しぶりに艦を降りたが、休暇に入る前にいくつか片付けなければならない仕事ができた。
次の任務の打ち合わせと隊長の健康管理。どうやら自宅に帰れるのは、明日以降になりそうだ。
隊長を官舎に送り届ける前に、妻に電話をした。打ち合わせが長引いて、帰宅は明日になると伝えた。
少し落胆した口調と、それでも私の身体を気遣ってくれる言葉に、胸が少し痛んだ。


「奥方にはすまないことをしてしまったな」

隊長がぽつりと洩らす。

「いえ、あれも軍人の妻ですから、わかってくれるでしょう」

苦笑しながら答えた。

「我々の関係もか?」

隊長がからかうような口調で訊く。

「―――それは……その…」

「すまない。困らせるつもりではなかったのだが…」

「はあ…」

私はなんとも曖昧な返事をして、その場をごまかした。
実際、妻に対する罪悪感がないかと聞かれたら答えは否。ただし、二世を誓った相手以外と関係を持つことにではない。約束を守れなかったことにだ。
「今日帰る」と言ってしまった。彼女のことだから、私の好物でも作って待っていてくれたと思うのだが……。

だが、こんな状態の隊長を独りで官舎に帰したくなかったのも事実だ。
体調の悪い彼のことが心配だったといえば聞こえはいいが、何よりも私が彼の傍を離れたくなかったのだ。

「とにかく、今日明日は、ゆっくり休んでください。打ち合わせは、明後日でいかがでしょうか?本部のブリーフィングルームを押さえておきます。作戦資料は自分が預かっておりますが、ご自宅でご覧になるようでしたら明日にでもコピーをお届けしますが」

どうしますかと訊ねる声に、隊長は頬杖をついて、窓の外を流れる夜の街並みを見るともなしに眺めながら答えた。

「わかった。任せる」

その後、しばらくの間、二人とも無言だった。



それは、穏かな沈黙だった。








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