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終の記憶〜記憶鮮明〜
Till his last moment , he was faithful to his belief
小さな光があちらこちらで輝き、そして消えていく。
その中で、ひと際大きな閃光が一つ、暗い闇の中に消えた。
L4コロニー群の中、廃棄されたコロニー『メンデル』。
その宙域で繰り広げられた戦闘は、ザフト高速戦艦ナスカ級ヴェサリウス――クルーゼ隊の旗艦が沈んだと同時に収束に向かった。
それは同時に、ヴェサリウスから発進したMS隊が還る艦をなくしたことを意味する。
母艦をなくしたMSパイロットの衝撃は、筆舌に尽くし難い。
まして、ザフト軍随一と言われるクルーゼ隊の旗艦を失ったのだ。
士気の低下は甚だしく、戦意喪失と言っても過言ではなかった。
ザフト軍のMSジンを操るパイロットたちは、パイロットスーツのバイザー越しに母艦の反応が失われたモニターを呆然と見ていた。
艦の最期の光を見た者は、俄かに信じられないと言った様子で、残った僚艦に確認の通信を送る。
旗艦の反応が消えたのは、機器の誤りであって欲しいとの一縷の望みをかけて……。
ナスカ級戦艦ヘルダーリンとホイジンガ―の通信管制は、事実確認の通信が殺到して、一時パンク状態となった。
悲鳴に近い声で叫ぶ者。
大声で指示を仰ぐ者。
エターナルの追撃を望む者。
地球軍との戦闘行動に即座に切り替えるべきだと進言する者。
混乱するMS部隊に、ザフト軍専用通信回線を通して、冷静な声が響いた。
『こちらも撤退する。残存部隊は座標デルタ0に集結しろ』
その通信で、彼らは隊長機の無事を知った。
『ここで地球軍とやりあっても何にもならんよ』
クルーゼ隊隊長ラウ・ル・クルーゼの感情を微塵も感じさせない落ち着いた声を聞いて、ようやく平静さを取り戻す。
僚艦の艦長は、隊長の指示を仰ぎ、合流地点へと艦首を向ける。
ある者は、このような事態にあっても揺るがないクルーゼ隊長の判断力と統率力を誇りに思い、また、ある者は、旗艦が沈んでも声色一つ変わらない彼の自制心を非人間的と評すことさえした。
◇ ◇ ◇
座標デルタ0で、艦艇と合流したクルーゼは、とりあえずの旗艦をヘルダーリンに定め、ブリッジへ上がる。
ブリッジの後方、第二管制システムの席がクルーゼの暫定的な定位置となった。
ヴェサリウスと同じ、左斜め前に艦長席が見える。
ヘルダーリンはナスカ級の戦艦であるため、ヴェサリウスと設計上の構造が同じである。そのため、機器の設置位置から椅子や操作卓のデザインまで同一であった。
クルーゼの座る席から眺めるブリッジは、彼のかつての旗艦となにもかもが似すぎていて、自分のいる場所を錯覚してしまいそうだった。
「残存部隊の収容、90%終了しました」
「収容が終り次第、発進する。索敵に出したジンを呼び戻せ」
「はっ!」
クルーゼは、シグーを降りて休む間もなくブリッジへ上がり、指揮を執っていた。
MS管制官から撤収状況を聞き、矢継ぎ早に指示をだす。
「出撃したMSからのエマージェンシー数は、こちらの搭載数と合致しているか?」
「本艦及びヴェサリウス搭載MSデータとの照合を急いでいます。間もなく確認終ります」
こうした状況報告のやりとりに、ヘルダーリンのブリッジクルーたちの間に普段と違った緊張感が漂う。
今回、彼らは、初めてクルーゼ隊に加わり、ザフト軍随一と呼ばれる隊長の指揮下に入った。
今回の任務遂行にかつてないほどの気合で臨んだわけだが、あろうことか旗艦であるヴェサリウスを失い、さらに自分たちの艦が、暫定とはいえ、隊長が乗艦する旗艦となった。
旗艦を失ったことに対するクルーの動揺もさることながら、緊張感と期待感も今まで以上となったのだ。
なんといっても、あのクルーゼ隊長の姿を間近で見ることができるようになったからだ。
このような状況下で、内心、心が躍るクルーがいたとしても責められない。
不謹慎は重々承知の上だが、この暫定的な措置は、隊長に自分たちの実力見せる絶好の機会でもあった。
誰もが、隊長の一挙手一投足に注目した。
クルーゼは、とりあえずの自席となった椅子に座り、手元のモニターで宙域図を見ながら、今後の航路を確認する。航海長には、地球軍の艦艇の位置を確認しながら、本国へ帰還するルートを割り出すよう指示した。
各方面への指示を出し終わると、立ち上がって床を軽く蹴る。
いつものようにブリッジ中央、艦長席に手をかけると、ふわりと浮かんで、メインモニターを見ながら口を開く。
「アデス! 本国に打電……」
その言葉にブリッジにいた誰もが息を呑む。
「―――隊長……」
ブリッジが静まり返る。
「アデス艦長は―――」
ヘルダーリン艦長は、隊長を振り仰ぎ、喉につかえた物を飲み込むように、ようやく言葉をつむぐ。
クルーゼの仮面に隠された表情も、その心も、推し量ることはできなかった。
沈黙は一瞬だった。
彼は口を開く。
「……すまない。―――艦長!本国に打電だ」
「――はっ!」
艦長は、まるで、夢から覚めたかのような様子のクルーゼから目線を戻し、短い返事をして軍帽のつばに手をかける。
軍帽を目深にかぶり直し、目頭が熱くなるのを堪えた。
◇ ◇ ◇
ヘルダーリン艦内に急遽設えられた隊長の執務室。
上級士官用の個室に申し訳程度の観葉植物と簡単な日用品が置かれていた。
クルーゼは、本国までの航路を艦長に指示すると、ようやく休息をとることができた。
部屋に入り、すぐにドアロックする。
軍服のポケットからピルケースを取り出し、青いカプセルを水とともに飲み下す。
明らかに増えた薬の量。
最近では、薬の効き目も悪くなり、服用する間隔もどんどん短くなっていた。
手袋をはずし、自分の手をじっと見つめる。
(――もう、時間がない)
仮面を取り、軍服の襟元に手を伸ばす。
内ボタンをはずしたところで、首筋の微かな痛みに気づく。
指で触れると、血が固まり、傷になったところが盛り上がっているのがわかった。
あの時――――ひと際大きな光が闇の中に見えたとき、首筋の傷が熱く疼いた。
すぐにヴェサリウスの光だと分かった。
あの男が逝ったのだ。艦と共に。
自分の命で償うと言った男。
利用すればいいと言った男。
あの男…最期に何と言ったか……
『敬愛している』と言ったか。
私を?
お前を…お前たちを否定し、滅ぼす「モノ」に向かってなんという……。
乾いた笑いが口からこぼれる。
(―――愚かな!)
こんな…「ヒト」ですらない「モノ」のために……。
「馬鹿だよ。お前は………アデス」
頬に伝わる一条の雫。
指先には、彼の記憶。彼の印した「痕」。
自分以外はすべて無に帰すもの。
誰にも心を許さないはずだった。
ならば、今、頬を伝う温かい雫は何なのか。
この世界に存在させられて以来、心は凍えたままだった。
この凍てついた心を溶かす者など誰もいない。
―――いや、いなかった。
自分こそが最も無に近いモノ。
『ヒトのマガイモノ』
幼い頃から長い間、繰り返し心の中に刻み込まれたその言葉。
絶望と孤独と、いつ終るのかしれない己が「生」。
終わりを心待ちにした。
静謐の中での終わり――それも一つの「生」。
そう思ったこともあった。
だが、この怒りは、憎しみは、自分自身への哀れみは!
誰に負わせるべきなのか。
苦渋と汚濁と怨嗟の声に塗れて終わるのもまた一つの「生」。
それに気づいた時、私の時は動き出した。
すべてを終わらせるために―――。
だが―――
私の行動、私の決意、私の意志。
どこから「私」なのだ。
今、こうして思うことすら、涙を流すことすらも、
私の身体に刻み込まれた、もう一つの「私」の思いではないのか。
「私」はどこに存在するのだ。
過去において、未来において「私」とは何なのか。誰なのか。
この世の中の仕組みすべてに「私」は否定された。
ヒトの正義・倫理観・政治的配慮・宗教的禁忌。
拒否・拒絶・忌避・禁忌・隔離―――絶対的な否定!
誰も「私」を見なかった。
誰も「私」に存在していいと言わなかった。
だれもが「私」を否定した。
だが、彼は、私を否定しなかった。
私の手足を縛り、口を縫いつけ、目と耳と鼻を押さえつけ、心までも侵そうとする無数の悪意と無神経な手を解いてくれた。
彼の正義と倫理観。
それは、「私」を縛るものではなく――凍えた身体と心をほんの少し溶かした。
その温かさを手放したくなくて、一条の糸に縋るかのように彼の存在を求めた。
一時のぬくもりに過ぎないのだと分かっていはいても、そうせずにはいられなかった。
それほどに
寒かったのだ。
心が―――
――――この世界が。
クルーゼは、指先に感じる「痕」に爪をたて、傷を掻き毟った。
紅く温む水が流れる。
痛みと共に彼の記憶が鮮明になる。
これが、己が「生」の終(つい)の記憶となる。
クルーゼは、微笑んだ。
今はいない彼に向かって――――。
「溶けた蝋燭」「煩悶〜螺旋邂逅〜」「終の記憶」「終の記憶〜記憶鮮明〜」2003.09.15
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