希望の光〜last lights〜
 
 Till his last moment , he was faithful to his belief .






その時、宙に漂う幾万の残骸の中で、
その物体がクルーゼの感覚に引っかかったのは、
まさかという思いが強かったからだ。

プロヴィデンスのモニターの端を掠めたMS頭部の残骸。
それは、つい先程まで刃を交えていた相手の物だった。
軽い衝撃と共に、胸の内から何かが消え去った。
それは、希望という名の光だったのかも知れない。

絶望という程のものではない。
その感覚は麻痺するほどに既に経験した。

そう―――彼は、ほんの少し失望したのだ。







◇ ◇ ◇ 


ムウ・ラ・フラガ。
あの男に何かを期待していた。
殺すと言い、殺そうとして果たせなかった。
彼ならば…と頭の片隅で考えていたのは事実だ。
自分を討つのが、彼ならば納得できると思った時もあったのだ。

チャンスは3度。

そのうちの1度は、今は存在しないコロニーで。
彼のMAの性能は、私のシグーの足元にも及ばなかった。
だから待とうとも思った。

2度目は、コロニーメンデルで。
やはり、あの男は私を止められなかった。
余計な邪魔も入った。
なによりも真実を知らずに死なせるなんて、
そんな幸せなこと、させてやるつもりは毛頭なかった。

知らなくてはならない。

苦しまなくてはならない。

最期の最期まで。


だが、3度目も駄目だった。
軽い失望を覚えたが、まだ終局には間があった。
ここまで待ったのだ。あとほんの少し待とうと思った。
過去と真実と、実力の差を思い知ってなお、何ができるのか。
見せてみろ―――と、そういうつもりだった。

だが、淡い期待は裏切られ、
フラガの乗っていたMSの残骸が目の前にある。



私は、私の思い描いた通りに生きる。

それは、自分でも止めることはできない。

誰も止められないのならば、私はそうすべき運命だったのだ。

私を止められないのなら、
世界は、私の存在を初めて認めることになるだろう。

滅びと共に――――。






◇ ◇ ◇ 


クルーゼの乗ったプロヴィデンスからエターナルの船体が見えた。
エターナルに乗る少女の存在。人々の希望の光となる少女。
その光がクルーゼには目を焼く痛みとなった。

誰かが、希望を持たせてしまう誰かがいるから、
人は惑い、翻弄され、道を誤るのか。

そう、何かに期待するから裏切られ、傷つくのだ。


『何と戦うべきなのか。戦争は難しい』
そう言っていた少女は、その答えを知っていた。
揺るがない答えを。
人の数だけある戦いの理由を。


人々の希望の光が消える時、その時こそが、人が「ヒト」として試される。

絶望と涙と憎しみと…その果てに「ヒト」が願うもの。

破壊と殺戮を繰り返し、身喰いする生き物。



――――エターナルに在る少女を撃って、
その時、希望を失った者たちはどうするのだろう?
全てのコーディネーターの理想の具現者であるキラ・ヤマトは?

絶望と涙と憎しみに震え、私を殺しにやってくるだろうか。

そうでなくては。

彼も「ヒト」ならば、そうでなければ……。

私と同じ「モノ」ならば……
己と相手を滅ぼすほどの憎しみをその身に宿さなければならない――――。



愛すべき者を憎み、否定し、他者を圧倒することでしか
自己の存在意義を見出せない生き物。

クルーゼが知る世界には、そういう生き物が住んでいた。

世界は、彼を否定し続けた。
人の倫理からも、生物としての血の連鎖からも外れた彼を
この世界は認めなかった。

人の正義。
倫理観。
政治的配慮。
宗教的禁忌。


―――人の持つ価値観は、私という生き物の存在を打ち消し、
「私」を見なかった。見ようとしなかった。知ろうとしなかった。


違いを認められない生き物。
違いを恐れる生き物。
違いを憎む生き物。


―――それが「ヒト」だ。







◇ ◇ ◇ 


「君の歌は好きだったがね…」

クルーゼは、ドラグーンの火線をエターナルに集中させた。

「だが、世界は歌のようには優しくない!」

クルーゼの知る世界は―――この世界は優しいものではなかった。
そう語る彼の脳裏にある男の姿が浮かんだが、それを打ち消した。
しかし、打ち消せば消すほどにその姿は色鮮やかに思い出された。



全ては、過去だ。

過ぎ去った者だ。

自分を置いて―――。



クルーゼは自問する。
―――かつて……、
安らぎを、優しさを知らぬ自分の生を泣いた男がいなかったか。
つかの間のあたたかさを自分に伝えた者がいなかったか。
世界に全てを否定された自分を肯定すると言ってのけた
愚か者がいなかったか。

私に…「印」を残した者が―――いなかったか?

本当に自分を取り巻く世界は優しくなかったのだろうか。
本当に少しも?

―――そうだ。
絶望と孤独に彩られた私の生の苦痛を和らげた者がいた。
確かに存在したのだ。
わずかな時を彼と共に過ごした。
その「時」の記憶が、私を惑わせる。

優しい「時」の記憶が―――。

そして、私は愚かにも希望の光を見てしまったのだ。
何度、打ち砕かれてきたか、
その甘い予感に心震わせた「時」が確かに存在したのだ。


だが、この怒りは、憎しみは、自分自身への哀れみは!
誰に負わせるべきなのか!
憎しみと怒りに染まったこの心を否定することはできない。



―――だから、私は「賭け」をしたのだ。







◇ ◇ ◇ 


クルーゼが、エターナル一艦に火線を集中しようとした時、
敵のプレッシャーが彼を襲った。
身をかわすのと同時に、すぐ横をMSの長距離砲ビームが光の線を描く。

―――来た。

クルーゼは、我知らず喜びに震えた。

「あなたはっ……あなただけは!!」

歌姫の命を救った者は、明らかに自分に対して殺意を抱いていた。

キラ・ヤマト。

コーディネーターの頂点に立つ存在。
クルーゼ以上に禁忌の存在。
それなのに汚れを知らない子ども。

戦争で、互いに命のやり取りをするはずの闘いの中で、
彼は、敵の命を奪わない。
ただ、人が操る兵器を戦闘不能にするだけだった。

そうできるだけの彼の強さ。強さゆえの余裕。

彼は、強さだけが自分の全てではないと言っていた。

他者が羨む程の―――
腹立たしいほどの―――
「力」を持ちながら、強者の傲慢とも言える余裕とその言葉。

力を持つ者には、持たざる者の気持ちはわからない。
それを知ろうとしたのか。知っているのか。

その彼が、明らかに余裕を失い、怒りに震え、
他者を滅しようとクルーゼに迫る。

―――そうだ。キラ・ヤマト。君が、そうでなければ、私は……。

大切な人を手にかけた自分を彼は、許さないだろう。
自分を憎み、殺すため、無我夢中でこの戦場を駆ってきた。
憎しみは、人の心を鬼に変える。

―――そうだ!私と同じモノになれ。

全てを憎み、自分をつくり出したあらゆるものを憎め。
そうするだけの理由を君は持っているはずだ。

全てを知ったのだから。

あの時、コロニーメンデルで。

全ての始まりの地で。



だが、決定的な違いが二人の命運を分けた。
成功と失敗と。

何をもって成功と言うのか。
明らかに人よりも優れた頭脳と肉体を持つ彼は、
母体を介さないで誕生したという点で、完璧なコーディネーターだった。

自分とは違うのだ。彼は。

『ヒトのマガイモノ』である自分とは違う。

『出来損ない』と言われた自分とは違うのだ。

何よりも健康な肉体を持つ。
そして、未来がある。

コーディネーターゆえの輝かしい可能性と共に、
彼は、全ての「ヒト」の羨望の対象だった。

忌々しいくらいに「理想」だった。
呪わしいくらい「羨望」した。

自分の持たない全てのものを持つ彼を、自分と同じ「モノ」に貶めたかった。

「憎しみ」の心を植え付けたかった。

この手で―――。


だから、地球軍の脱出艇を撃ったのだ。
彼の大切な人を。
彼が守ろうとしたものを。
彼の目の前で。

―――無力感を、絶望を、憎しみを、
その身に纏わせて戦え。 私と―――!







◇ ◇ ◇ 


「いくら叫ぼうが、今更っ!」

闘いの最中、交される言葉は、怒りと憎しみの言霊となった。

「これが運命(さだめ)さ。知りながらも突き進んだ道だろう?
正義と信じ、わからぬと逃げ、知らず、聞かず……その果ての終局だ。
もはや止める術などない! 
そして、滅ぶ。人は―――滅ぶべくしてな!」

「それは、あなたの理屈だ!」

「それが人だよ、キラ君!」

「違う! そんな……人はそんなものじゃない!」

「ふん。何が違う! なぜ、違う! 
この憎しみの目と心と、引き金を引く指しか持たぬ者たちの世界に、
何を信じ、なぜ信じる!?」

「それしか知らないあなたが!!」

キラは、残酷な一言を投げつけた。
本当に知らないのだ。クルーゼは。
それが、どれほど悲しいことか、知る者は既にない。

彼のために涙した者は、もういないのだ。

「知らぬさ! 所詮、人は己の知ることしか知らぬ!」

人は、自分と同じ「モノ」のことしか知ろうとしなかった。
人は「違い」を受け入れられなかった。
だから憎しみあい、争う。
そして、いつか人は理解し合えるという、淡い希望は打ち砕かれる。

「まだ苦しみたいか! いつかは、やがていつかはと、
そんな甘い毒に踊らされ、一体どれほどの長い時を戦い続けてきた!?」

血を吐くようなクルーゼの叫び。
その甘い毒に侵されて、苦しんできた自らを糾弾するかのような言葉。
癒えた傷を掻き毟り、新たな血を流そうとするかのような苦鳴。



―――私を否定するのならば……ならば止めてみろ!


止められなければ突き進むまでだ。







◇ ◇ ◇ 


フリーダムと激しくぶつかり合い、撃ち合う最中、
ヤキン・ドゥーエ要塞から次々に離脱するザフト軍艦を
プロヴィデンスのモニターが捉えた。
どうやらヤキンの自爆シークエンスが起動したようだ。
ということは、プラント最高評議会議長は、
ついにジェネシスの照準を地球に合わせたらしい。

―――これで、本当に終わる。全てが。

「ふふ、あははははっ! どのみち私の勝ちだな。
ヤキンが自爆すればジェネシスは発射される!」

「えっ!」

クルーゼが、密かにセットした自爆シークエンスは、諸共に滅びるものだ。
ジェネシスの照準が地球上に指定された時、
ヤキン・ドゥーエの自爆システムは作動する。
自爆とともにジェネシスもまた発射される。

戦って、勝ち残る者などいてはならない。
ここで、「ヒト」は滅びるのだから。

相手を討とうとしなければ、自らも滅びることはなかったのに……。


勝って終わらなければ意味がない。
そう、意味がないのだ。

―――パトリック・ザラよ。
貴様のやってきたことは、意味のないものだったのだ。
自分と同じモノしか認めず、憎しみでしか相手を見ることができない。
この結末を導いたのは、ザラ自身―――そして、「ヒト」自身だ。


「もはや止める術はない!
地は焼かれ、涙と悲鳴は新たな争いの火種となる!」

「そんな……」

「人があまた持つ予言の火だ!」

「そんなことっ…!」

「それだけの愚を重ねてきたのは誰だ!!
君もその一つだろうがっ!」


―――そうだ、自分と同じ、「人の罪の証」だ。


生命を造り出すこと。
人は、それを禁忌だと知っているのに始めてしまった。

そして、知っているのに
それを罪だと自覚できなくなった人の心のありようが、もはや罪なのだ。

呪うべきは、憎むべきは、自分をこの世に造り出した「ヒト」。


―――滅びて、なぜ悪い?







◇ ◇ ◇ 


腕をもがれ、片足をなくしたフリーダムが、それでもなお、向かってくる。
キラ・ヤマトの…彼の叫びそのままに、運命に立ち向かおうとするかのように。

「それでも!―――守りたい世界があるんだ!!」

その言葉は、光と共にクルーゼの心を焼いた。

なぜ、汚れないのか。
なぜ、守ろうとするのか。
自分の存在が、人類の愚行の証ということを認めて、
それでもなお、自分をとりまく全てを愛そうとするのか。

―――なぜ、人の世界を守ろうとする!?

どんなに世界が自分に優しくなくても、それでも愛そうと、守ろうとするのか。

どうせ人が自ら滅びの道を突き進むのなら、
自分の手で人の世界を滅ぼす―――
そう考えたクルーゼは、それでもなお、自分を止める者の出現を待っていた。

それは、矛盾した想い。

自ら滅ぼそうとする世界に見てしまった希望の光。

けれど、今更それを認めるには、彼の失ったものは多すぎた。
失ったものというより、手が届くはずで、
手に入れられなかったものの存在が大きすぎたというべきか。

だから、誰も自分を止められないなら、
自分は、「ヒト」を滅ぼす運命なのだと割り切る事にした。


これは、賭けなのだ。

「ヒト」は自らの滅びを食い止められるかどうかの。

そして、一見、罠のように二重・三重に張り巡らされた人類への「救済の道」。

地球軍にもザフト軍にもチャンスが与えられた。
それをどう使うかは、「ヒト」次第。

血に浮かされ、互いの身を喰い合うか、止まるか。


一つは、アラスカで。

一つは、少女に持たせた鍵。

一つは、「創世記」という皮肉な名を持つ大量殺戮兵器。

最後の一つは―――――――



絶望と孤独に埋めつくされた彼の心に、唯一、灯った光。
微かな光。

既に消えてしまった光は、小さな熱を彼の心に残していた。

その熱を与えたのは、かつて、自分の傍らにあった者。

自分に安らぎを与えた男。
自分のために涙した者。




その熱を失うのが怖くて、こんな甘い「賭け」をした。












ビームサーベルの光が目を焼いた。
光に貫かれた機体が悲鳴をあげる。
コクピットが光に包まれた。




そして、彼は、賭けに勝った。




最期に見つけたのだ。自分を止める者を。




―――希望を。














まさに、その相手に殺される


その瞬間に。



























クルーゼは微笑んだ。

かつて傍らにあった者に向かって――――。












END








「希望の光」2003.10.08










「希望の光〜last lights〜」捕捉・あとがき


TV最終話の感想兼小説です。
見終わった後の勢いで書いたものです。
こんなの小説って言わない!ってくらいに語りに入ってしまいましたが、敢えて手直しをせずそのまま再録しました。
SEED終了当時のどにの脳みそがどんなにグルグルだったか、今読み返すと本当に良く分かります(笑)。
いえ、もう…本編がアレな感じだったので、こっちはこっちで勝手にやろうと……。
なんだか、状況証拠だけを「色眼鏡」で集めて、勝手に推測したような内容です。

とにかく、隊長をあのまま死なせたくなかったんです。(泣)

自分を取り巻く世界に絶望した隊長は、それでも、なにか希望を持っていたのではないでしょうか。「どうせヒトが自ら滅びの道を突き進むのなら、自分の手でヒトの世界を滅ぼす」そう思った彼が、それでもなお、それを止める者の出現を待っていたのではないかと思ったのです。
コロニーメンデルでは、宿縁の相手フラガに倒されるのなら納得できるような台詞もありましたし、誰も自分を止められないなら、自分は、そうするべき(ヒトを滅ぼす)運命なのだと割り切ったのかもしれません。
最終話の冒頭で、ストライクの頭部を見つけた時の隊長の驚きも頷けます。
自分を殺すかもしれない男にとどめをささずに見逃したのは、「止めるかもしれない」と思ったからなのでしょうか。その男の死を知って、ますます世界への憎しみを募らせてしまったのかも知れません。
そして、最終的に自分を止める者を見つけた。まさに、その相手に殺される、その瞬間に。
満足の笑みです。あれは・・・最期に希望を見つけた微笑みです。そう思わせてください。(滂沱)

隊長に希望を持つきっかけを与えたのは、アデスです。(アデス自身が隊長の「希望」にはなりませんでしたが…)アデスとの優しい時間が、「この世界も捨てたものじゃないな」と隊長に思わせたのですが、如何せん、過去の鬱屈された想いと、憎しみやら悲しみやらは、今更どうにでもなるものではなく……隊長自身、破滅を願うことを止められなくて、そこで、「賭け」をすることにしたという話にしました。
「ヒト」が自分で身喰いを止めるか、誰かが自分を止めるか。
ザフトにも、地球軍にも同じようにチャンスが与えられたのに、やっぱり相手を滅ぼす道を選んでしまうんですね。人間は、身喰いの生き物です。
でも、キラが、隊長を止めてくれました。
キラに羨望して、でも認めたくなくて、嫉妬して、憎んで―――それでも惹かれる。
隊長にとっては、納得できる終わり方で、終わらせてくれた相手だったのではないでしょうか。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。



どにのりんかっぱ4



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