| やさしさの意味と偽りの理由 Side / Klueze + Ades 3.血の贖い 夕日が差し込む室内にたたずむ影が二つ。 「動き出したようだな」 「はい。餌に喰い付いたようです」 テロ対策会議の後、この部屋の主パトリック・ザラは、ラウ・ル・クルーゼに残るよう伝えた。本当の対策会議は、これから、この二人だけで行われるのだ。 一応、軍上層部を集めての対策会議は開いた。 突然の襲撃に動揺するでもなく、落ち着いた対応に終始するザラ委員長に、集まった者たちは畏怖と尊敬の念を抱いた。 リーダーとして、申し分ない資質に、人々は口々に次の議長の就任は確定だとほめそやしたのだ。 ザラが無事だったのも、動揺すらしていないのも当然だ。 これらは、全てザラの筋書き通りなのだから。 「潜伏箇所は?」 「二箇所です。すでに保安部の者が押さえに行っています」 「あとは、情報ルートの解明だな」 「内通者の割り出しもほぼ……あとは、証拠固めだけですが、なくてもよろしいのでは?公表するつもりはないのでしょう?」 「念には念をだ。なんとしても可決させなければならないからな」 ザラは、スピットブレイク可決のため、そして、地球軍の諜報員逮捕のための手段として自らを囮として使った。特務隊長を自分から離すことで、己の身辺警護を敢えて手薄にしたように見せたのだ。 ユウキ隊長を国防委員長の警護から外したと見せかけ、工廠へ赴く時や公の会議の場では、クルーゼの警護をさせていた。 そして、影で内通者の割り出しをさせていたのだ。 ザラは、また、評議会内の票の取り込みを画策していた。 それは、スピットブレイク成立前に、ザラの力を削ごうと考える反対派を確定するための罠でもあった。標的はクライン派ではない。 ザラは、穏健派であるクライン派が動くとは考えていなかった。彼らは平和路線での戦争停止を望んでいるからだ。 問題は、ザラ派でもクライン派でもない第三勢力。 勢力というほどの力は持たないが、国防委員長に権力が集中するのを快く思っていない者がいた。 敢えて隙を見せることで、ザラ排除に動くなら、その証拠を押さえておきたい。その上で、議決数を確保するため、根回しをしておきたかった。 事実は公表せず、議案の可決と次の議長選に尽力するよう求める。 もっとも、それは脅しに近いのだが。 もう一方の囮となったクルーゼは、軍事機密のデータを狙う地球軍の諜報員を工廠に引き付けるための餌だった。 ザラが命じたのは、二人の囮に、二つの罠。 そして、この計画の発案は、ザラ本人ではなくクルーゼだった。 「ところで、ご子息がいろいろ嗅ぎ回っているようですが、よろしいのですか?」 「放っておけ、知ったところで何もできん」 ザラは、冷たく言い放つ。 その時、ザラの執務机の上に置かれた通信モニターから、コール音が鳴る。 「私だ。―――そうか。わかった」 短く答えて通信を切ったザラにクルーゼが訊ねる。 「吉報ですか?」 「ああ、確保したそうだ。グングニールのデータディスクの回収も完了した。地球軍の諜報員も偽データだとは思っていなかったようだな。しかも本命の存在には気づいてもいないようだ」 「ジェネシスですか…」 グングニールですら、ザフトの切り札ではなかった。 コーディネーターという新しい人類の創世を飾るにふさわしい大量殺戮破壊兵器『ジェネシス』の建造は秘密裏に進められていた。 その破壊力ゆえに、戦争を抑止するための兵器として、開発されたものだ。あくまで、地球軍への牽制のためだ。 「大切なものを隠すためには、盗人の眼前にわかりやすい餌をおいてやらねば」 にやりと笑みを浮かべるザラの表情を一瞥し、クルーゼは話題をもう一つの問題に移す。 「では、これで片方は片付いたということですね」 「ああ。あとは奴らを手引きした者と、その指示をした者だが……この時期に事を荒立てたくないので、こちらは内密に処分する。ユウキが、既に身柄の拘束に向かったはずだ」 「ホワイト議員―――中立派だと思っていましたが?」 「体面的にはな。次の議長選、障害になるかもしれん。腹では私の議長就任を快く思っていないらしい」 「そうですか」 「どちらせによ、もう時間の問題だ。―――祝杯といくかね?」 「まだ、気が早いのでは?」 「構うものか。どちらにしても内通者のほうは、確実に押さえられる。 それともまだ何かあるのか?」 ザラは、クルーゼに歩み寄ると、彼の頤に手を掛け、自分の方へ仰のかせる。 「……いえ」 されるままになっているクルーゼが、ついと顔をそむける。 「議員の方は、大丈夫だと思いますが、ベルガー隊長は逃走を図るかもしれません」 「なぜそう思う?」 「彼のひととなりは有名ですから」 「なるほど。君に何かと対抗意識を燃やしているという話はよく耳にする。 ―――そうか、君の能力に嫉妬してこの暴挙に出た可能性もあるな」 クルーゼの頤から離した手で、そのまま彼の腰を抱き寄せる。 クルーゼは抵抗しない。相変わらず、されるままだ。 「仮面を外して奴に向かって、微笑んでやればよかったのだ。 それだけで、大抵の者は落ちる」 「馬鹿にくれてやる微笑など私は持ち合わせていませ……」 辛辣な言葉を綴るクルーゼの唇をザラの唇が塞ぐ。 強く抱き寄せたまま、深くむさぼるかのように口付けた。 クルーゼの髪をまさぐるザラの手が、仮面の留め金を外す。現われた秀麗な素顔を眺めてザラは笑みを深くする。 「……権力者に与えられた特権だ」 何を指して特権というのか、クルーゼの意思を無視したまま行為に及ぶことか。 また、彼が拒めないと勝手に思い込んでいるその傲慢さを指しているのか。 自分の息子も、クルーゼも手駒の一つ。そう考えるザラは、他人の意思を鑑みないという点で、確かに権力者と言えた。 権力者は、孤高を保たねばならず、誰かを心から信頼することができない生き物だ。 ザラもまた、その例に洩れず、多くの秘密と策謀を胸に抱えている。 現在、ニュートロンジャマーにより地球軍もザフトも核を使うことはできない―――はずだった。 ザフトの科学者たちが、この大前提をも覆す、あるシステムを開発していることをクルーゼは未だ知らされていなかった。 ◆ ◆ ◆ 自分は、どこで間違えたのだろう。 迫る追手の足音を聞きながら、ベルガーは考えた。 コーディネーターとして、ナチュラルを憎むのは当然だ。 奴らは、コーディネーターの能力に到底及ばないくせに我々を支配しようとする。思い上がったナチュラルどもを一掃するため、自分はザフト軍人として戦場に赴いた。 オペレーション・スピットブレイク。 この作戦が可決されれば、地球軍に思い知らせてやれる。 ザラ国防委員長をはじめとする急進派の考えに自分は賛成だった。 この作戦で、戦果をあげれば、自分のような長年プラントを守るために戦ってきた軍人をないがしろにして、新参の、しかも正体も分からないような若造を重用する軍の上層部も考えを改めるだろう。そう思った。 中立派の議員の一人から、ある相談を持ちかけられたとき、ベルガーは迷わずその誘いに乗った。 ちょっと懲らしめてやればよかった。 奴の失態をこの目で拝めれば、幾分かこの鬱屈した胸の内も晴れるだろう。 (そうだ、ラウ・ル・クルーゼの鼻を明かしてやる!) ベルガーは、ただそう思っただけだった。 「くそっ、なんでこんなことになるんだっ!」 アスラン・ザラと偶然出会った後、自宅に戻ったベルガーの元に国家保安部の人間がやってきて、まさかと思った。自分には、議員が後ろについている。まして、彼の指示通りにやったのだ。なんの手落ちがあったのか。 しかし、罪状が読み上げられ、同行を求められた時、とっさに傍にあった護身用の催涙スプレーを撒いて逃走した。 自分は切られたと自覚したのだ。 クルーゼの特務は、工廠で開発中の新兵器のデータ管理。 先頃頻発する、テロ行為やスパイ対策の一環としても、実戦部隊の一人が軍事機密のデータ管理とは異例のことだ。まして、たかが一軍人に同じ隊長クラスの人間が護衛に就くなど、前例がないことだった。 そのこともベルガーの目には分不相応な待遇に映った。 議案が可決されれば、スピットブレイクの実行部隊の指揮を執るはずの軍人が、新兵器の視察に工廠を訪れる。それ自体は不自然なことではない。 クルーゼが、もし、与えられた任務を全うできなかったら……ベルガーの狙いはそれだった。 議員の言う通り、工廠にはスパイ対策として新兵器の偽データが用意されているはずだった。 ザフト軍に損害は出ない。だが、クルーゼの失態にはなる。 ベルガーは、そこまで考えて、工廠に地球軍の諜報員が潜入する手引きをした。 そして―――――― 「ちくしょうっ…クルーゼめっ!」 まさか、国防委員長の暗殺未遂事件まで起ころうとは、ベルガーは予想していなかった。 そんなこと、知らなかった。知らされていなかった。 このままでは、自分が主犯だと思われてしまう。 特務隊と国家保安部がザラ委員長の暗殺未遂事件の捜査に全力を上げているこのとき、地球軍の諜報員に通じた自分を見逃すはずがない。 自分は失敗したのだ。 このままでは、逃走してもいずれ捕まる。 それならば――――ベルガーの瞳に暗い決意の光が灯った。 |