| やさしさの意味と偽りの理由 Side / Athrun 2. 糸口 翌日、アスランは、軍本部内にある国防委員長の執務室へ向かった。 ここ数日、自宅に帰らない父親に会うためだった。 クルーゼ隊長の件で、父親がどこまで、話してくれるか分からないが、直接聞いて反応を見ようと思ったのだ。それによって、深入りすべきかどうか判断することにした。 自分は、父にとって自分は手駒の一つに過ぎないのかもしれないが、自分で考えることを、道を探すことを止めてしまったら、本当に父の操り人形になってしまう。 戦う理由―――祖国を守るため―――その理由は、自分で見つけたはすだった。 後に、アスラン自身が自分の甘さを知り、戦う理由を見失い、悩むことになるのだが……今は、自分自身で導き出したと信じる理由と決意の元に行動していた。 ベルガー隊長の姿を見たのは、クルーゼ隊長の執務室があるフロアだった。 彼の風評は耳に届いていたし、何かとクルーゼ隊を目の仇にしていることも噂で聞いていた。 いやな人に会ってしまったとは思ったが、相手は上官だ。そのまま自分に気を止めずに過ぎ去ってくれればいいと思いながら、道を譲り敬礼した。 が、アスランのささやかな望みは裏切られ、ベルガーはわざわざ、立ち止まって話しかけてきた。 (ついてない……) アスランは、内心でため息をついて肩を落とす。 「アスラン・ザラか」 「は…」 ベルガーは、横柄な態度で、アスランに敬礼を解くよう身振りで命じる。 「クルーゼ隊の居心地はどうだ?愛想が尽きたらいつでも私のところへ来たまえ。 元クルーゼ隊のエースパイロットの君なら大歓迎だ」 ベルガーは、皮肉な笑みを頬に貼り付けたまま、からかうような口調で話す。 「……」 アスランは、特に返答するでもなく無言だった。アスランの態度に気を悪くした風でもなく、やけに意味ありげに唇を歪ませる。 「まあいい……いずれ君にもわかるだろう。ザラ委員長閣下にも真に国を憂える者の存在に気づいていただけるだろうからな」 「?」 ベルガーの口調になにかひっかかるものを感じ、アスランは怪訝な顔をする。 そのアスランの様子に気づくこともなく、至極上機嫌でベルガーは、その場を立ち去った。 アスランは、ベルガーにとっては、天敵(と彼が勝手に思っている)クルーゼの子飼いとも言える自分に対し、やけにあっさり引き上げてくれたのが意外だった。 もっと、嫌味ばかりを聞かされるのではないかと思っていたので、少々拍子抜けしたくらいだ。 当惑したアスランがその場に立ち止まっていると、突然背後から声を掛けられる。 「何をやっているんだ。貴様は!?」 「イザーク!」 驚くアスランにイザークは、眉を吊り上げて早口でまくしたてる。 「あのまま言わせっぱなしでいいのか!? 隊長が侮辱されたんだぞ! 隊長が!少しは、反論しろ、腰抜け!」 「―――聞いていたのか?なら、声を掛けてくれればよかったのに……」 いつもの調子で、言いたい放題のイザークにため息をついてアスランが指摘する。 痛いところを突かれたイザークは、慌てて反論する。 「…た、たまたま通りかかっただけだっ!」 「……たまたまね」 「なっ、なんだ!文句あるのか!? 大体貴様が、優柔不断だからなぁっ…」 「イザーク?」 突然口を噤んだイザークに、アスランが訝る。 「いや……いい。 おい!アスラン。貴様にちょっと確認したいことがある。顔かせ」 辺りを見回したイザークが、アスランを誰もいない休憩室の一角に連れ込む。 「どうしたんだ?一体……」 普段は、自分に敵愾心を燃やして近づこうともしないイザークが、神妙な面持ちで何かを言おうとしている。 アスランは、ふと、イザークがこれから話をしようとしていることが何なのか思い当たった。 イザークの母、エザリア・ジュールは、パトリック・ザラと同じく急進派の中心人物だ。 官舎爆発事件が内部犯行の可能性が高いということはイザークも承知のはずだ。 オペレーション・スピットブレイクの可決まで、あと2日。だからこそのこの警戒態勢なのだが、アスランと同じように、イザークにも今回の件で護衛がついたのだろう。 それで、イザークも今回の一件に不審感を抱いたのだろうか。 イザークは常になく声をひそめ、真剣な表情――というより、アスランを睨みつけるようにしていたが、ふと口元を吊り上げて、皮肉な笑みを刷く。 「単刀直入に聞くが―――貴様、アデス艦長とどういう関係だ!?」 「………は―――――――――?」 アスランの頭の中は一瞬真っ白になった。 質問の意味が理解できないというだけでなく、なぜ、ここでアデス艦長の名前が出てくるのだという驚きもあった。 「関係……って」 ただ、呆然と繰り返した。 アスランの様子に業を煮やしたイザークが、苛々と畳み掛ける。 「だから、どんな関係かって聞いているんだ!」 (――関係?って、上司と部下だろう?) アスランは、何を寝惚けたことを言ってるんだと言わんばかりの表情で、イザークを見る。ところが驚いたことに、イザークの顔は真っ赤だった。 「だっ、だからだなっ!貴様はっ、その……」 しどろもどろになるイザークに、ようやくアスランが質問の意味を理解した。 「イザーク…お前―――」 「だからっ、さっき貴様と艦長が二人っきりで、会議室から出てきたのを俺はこの目ではっきりと見たんだ!作戦に関する打ち合わせなら、隊長がいなきゃおかしいだろうがっ! それに…貴様だけ特別任務だなどとは、聞いてないっ!!」 イザークが喚きたてる。それを聞いて、アスランは吹き出してしまった。 「きっ、貴様ぁー!人の話を聞けっ!」 ますます、顔が赤くなるイザーク。 羞恥のためか、怒りのためかは分からないが―――。 アスランは、悪いとは思いながらも、笑いを堪えることができなかった。 「あはは……っ、俺と…艦長が?…ははっ……何でそんなことっ」 笑いながら喋ろうとして、言葉が繋がらない。笑いすぎて酸欠状態だ。 「俺は見たぞ!艦長が、貴様の去り際に腕を掴んで、引き止めていたじゃないか。 とても打ち合わせと言う雰囲気ではなかったぞ?」 イザークは、半ば自棄になって言い訳をする。 イザークは、アスランとアデスの密会現場に偶然居合わせてしまったのだった。 話の内容は聞こえなかったが、ちょうど廊下を曲がったところで、会議室のドアから出てきたアスランが、アデスに腕をつかまれて引き止められた場面を目撃した。 そのあと、二人は何か真剣な眼差して見つめ合ったかと思うと、穏かに微笑んで、敬礼して別れた。その様子を見たイザークは、二人がただならぬ関係にあったと思ったのだ。 そして、自分が目撃したことをアスランに教えてやって、いつも冷静な態度が生意気で鼻持ちならない(とイザークは思っている)彼が狼狽する様子を楽しもうという、イザークの密かな野望が崩れた。 しかもどうやら大きな勘違いをして現在窮地に立っているのは、アスランではなく、イザーク自身だ。 「何を見て勘違いしたかは知らないけどね、あり得ない話だ」 (―――相手が隊長ならまだしも……) とは声に出さない。 未だ肩を震わせながらアスランは答えた。 「うるさいっ!貴様っ!いつまでも笑っているな!」 イザークは、真っ赤な顔で、アスランの胸倉を掴み上げた。 アスランは相変わらず楽しそうに笑いながらされるままになっている。 「もう、いいっ!」 アスランを突き飛ばし、イザークが足音荒く立ち去ろうとする。その背中に向かって、アスランがぼそりと呟く。 「……すごい想像力だ。これでは、ベルガー隊長と出会っただけで誤解されそうだ」 「うるさいっ!!」 立ち去りかけたイザークが振り返り、吠える。 「聞こえてたのか?」 にやりと笑みを浮かべるアスランが、イザークの怒りを更に煽る。 「わざとらしい!誰があいつと貴様なんか、考えるか!いいかっ、クルーゼ隊長の足を引っ張るようなことだけはするなよ!ただでさえ、特務中でお疲れなんだからな!」 イザークは、切れ長の目と細い柳眉を吊り上げ、ビシッと人差し指をアスランの眼前に突きつけて忠告する。 今まで、イザークをからかって楽しんでいたアスランの表情が、急にこわばった。 その様子にイザークが鼻白んだ。 「待て。なんで知ってるんだ?」 「はあ?―――何言ってるんだ?」 先程の仕返しとばかり、からかい半分で聞き返すイザークだったが、アスランの真剣な表情と低い声に不覚にも圧倒されてしまった。 「イザーク!隊長が特別任務に就いていることをなぜ、お前が知っている!?」 アスランは、押し殺した声で、イザークを問い詰める。 イザークもアスランの様子がおかしいことに気づいて、表情を改めた。声をひそめて聞き返す。 「どういうことだ?」 「どうもこうも……。いい、ちょっときてくれ」 一応人目を気にして、何よりも誰かに聞かれることを警戒して、アスランは空き部屋へイザークを引っ張っていった。 「なんだって言うんだ、キサマは!説明しろ」 わけがわからないといった様子で、また怒り始めたイザークを、アスランは鋭い目つきで見やる。 「クルーゼ隊長が、現在、特別任務についていることは、極秘のはずだ。どこで、その話を聞いた?―――議員からか?」 「母上?……いや、軍内部の人事について母は何の権限も持たない。ザラ委員長を通じて、軍の機密情報を息子に話すような人ではない!……貴様、まさか…疑っているのか!?」 「すまない。君の母上を侮辱するつもりはない。ただ……クルーゼ隊長の身辺が慌しい。隊長の動向について誰かに何か訊かれなかったか?」 「訊かれはしなかったが、話は聞いた。偶然だったがな。議場の外で母を待っているときだ。ベルガー隊長が工廠でのクルーゼ隊長の任務について話をしていた」 「ベルガー隊長が?」 アスランは、イザークの口から出た意外な人物の名前に疑念を抱く。 先日の上級士官用官舎で起こった爆発事件で、国家保安部が「内通者」の割り出しにを進めている事実は、軍中枢のごく一部の者しか知らなかった。 急進派で知られるイザークの母エザリア・ジュールが、パトリック・ザラからその情報を得ていたかどうか知らないが、イザークには知らされていないことは確かだった。 知っていれば、ベルガー隊長の口からクルーゼ隊長の特務について話が出た時点で、イザークは何らかの疑いを持ったはずだ。 彼はすぐに癇癪を起こすが、勘は悪くないというのがアスランのイザークに対する評価だ。 「だが、まさか極秘とは知らなかったぞ。隊長がスピットブレイクの準備のため、工廠を頻繁に訪れているのは結構有名な話だからな」 まさか…という思いがあったが、果たして他人が立ち聞きできるような場所で、軍の極秘情報を話すような馬鹿はいるまい。 (確かに、クルーゼ隊長は囮なのだから、敢えて目立つように行動しているのだ。隊長クラスの人間なら、知っていて当然と言えば当然か……) アスランは、一瞬頭の中をよぎった疑念をすぐに否定した。 そんなことよりも問題は――― (―――父も囮になっているということだ!) ザラ国防委員長が、誰を陥れようとしているのかは分からない。恐らく彼の政敵となり得る者を罠にかけようとしているのだろう。 政敵―――いや、対立が懸念される者といえば、アスランの婚約者、ラクス・クラインの父、シーゲル・クラインが考えられるのだが。 穏健派である彼を自分の父親が、この時期に追い落とそうとするだろうか。 二人の対立は誰の目にも明らかで、クライン議長の身に何かあれば、真っ先に疑われるのはザラ自身だ。そんな不手際をする男ではないことを、アスランは誰よりも良く知っていた。 相手は、クライン派ではない。だとしたら、中立派か…もしくは―――。 敵の姿が見えないからこそ、アスランは不安だった。 そして、この不安が父の身を案じているものなのか、父の策略の中心にいるクルーゼ隊長のことを思ってのことなのか―――アスランは自分でも分からなかった。 「イザーク!その時のこと、詳しく教えてくれ」 イザークは、アスランが何かに対して必死になるという姿を見たことがなかった。自分に向かって、こんな必死な表情を見せるアスランに驚きながらも、彼の有無を言わさない迫力に気圧されたかのように話し始めた。 最高評議会の議場と議員控室は、一般人が許可なく立ち入ることはできない。 もちろんザフトの軍人でたとえ、隊長クラスであってもだ。議員の許可または、議会の承認を受けた者、招聘された者、議員の秘書や親族のうち、許可証を有する者のみが入場を許されていた。 イザークは、母エザリアと夕食を共にするため、母の仕事が終わるのを母の控室で待っていた。議場があるフロアは、議会の開催日でもない限り、人が集まることはあまりない。 控室のフロアの一角には、議員用の図書室があり、議事録やさまざまな資料の閲覧が可能だった。もちろん、非公開の施設ではなく、事前に申請して許可されれば、一般人でも入室可能だった。 ただ、この部屋にあるほとんどの資料・書籍と全く同じ物が市立図書館や行政資料室で閲覧可能なので、わざわざ、面倒な手続きをしてここまで見に来る者はいなかった。 イザークは、待ち時間をつぶすため、図書室に来ていた。 別に司書がいるわけでもない小さな図書室は、議場に入れる者ならIDカードさえあれば入室可能だった。 誰もいない図書室の奥の閲覧机に座り、本を読んでいた。 ちょうど本棚と机の衝立でイザークの姿は、図書室の入り口から死角になっていた。 その図書室の入り口付近で、誰かと話をしているベルガーの姿を見たのだ。 まるで、世間話でもするかのような雰囲気だったので、あまり気にも止めていなかった。 ところが、途中から会話にクルーゼ隊長の名前が出てきたので、つい耳をそばだてて聞き入ってしまったのだ。 「さすがクルーゼ隊長だ。戦場で戦っているだけの指揮官と違って、事前の戦力把握も抜かりない!優れた指揮官は、全軍の指揮にまで視野を広げているという証明だ。新兵器も投入されるらしいからな。データ管理にまで気をつかっているらしい。貴様も見習え!」 イザークは誇らしげにそう語ったが、アスランはイザークの言葉に驚いた。 (データ管理まで、クルーゼ隊長に一任されているのか!? 本来なら工廠内部の業務だろう!? しかも―――) 「ベルガー隊長は、そんなことまで話していたのか!?」 アスランは掴みかかる勢いでイザークを問い詰める。 「あ、ああ…」 そんなアスランの様子に驚きながら、イザークは頷く。 「ベルガー隊長と話していたのは誰だ?議員の一人か?」 「知らん。姿は死角になって見えなかった。男だということぐらいしかわからん」 アスランは、しばらく考え込むと、急に身を翻した。 「すまない。急用を思い出した。―――イザーク。今の話、誰にも言うなよ」 そう言い置いて、駆け足で部屋を出て行った。 「お、おい!貴様!アスラン!!」 呼び止めるイザークの声に振り返ることなく、アスランの姿がドアの向こうへ消えた。 人のことを散々笑ったり、急に真剣な顔になったり、考え込んだりするアスランに、さっぱり訳がわからないといった様子のイザークは、また苛々と癇癪をおこす。 「……なんだって言うんだ。全く!! 俺に命令するな!」 イザークの叫びは、空しく部屋にこだましただけだった。 ◇ ◇ ◇ アスランは、イザークと別れた後、すぐに父親の執務室を訪ねようと国防委員会秘書室に連絡を入れた。 そして、通信のモニターに映った顔なじみの秘書官の背後で、慌しく動く人影や騒然とした室内の様子に気づいた。 そこで初めて、険しい表情の秘書官から、自分の父親がテロの標的になったことを聞かされたのだ。 ディセンベル市にあるザフト軍の初等教育施設、いわゆるアカデミーの視察に出かけたザラ国防委員長の乗るはずの車両が突然爆発炎上した。 運転手は、命を取り留めたが、全治3ヶ月の重傷。その他、護衛の任についていた兵士数人が、やけどや飛んできた破片によって軽い怪我をした。 幸いにも委員長には、怪我もなく無事だという。何でも、視察先で急に予定が変わったため、ザラは難を逃れたという。 ディセンベル市から選出されたパトリック・ザラは、専門が初等教育全般に関する教育分野だった。 ディセンベル市には、航宙技術指導施設や、そのための管制設備が多く、また、後開発市のため、他市に比べ未使用区域が多かった。それらが軍事転用可能だったこともあり、特に軍事関係の教育施設の充実を目指し都市計画を進めた結果、この市にザフト軍本部が置かれることになった。 ザラにとっては、最も政局の安定しているはずの地元で起こった事件だっただけに足元を掬われたかのような感が強い。 秘書官は、既に当局が犯人の捜索に動いているので、アスランも護衛官から離れるなと告げた。 「それで、父は?いまどこに?」 「あと、30分ほどで、こちらに戻っていらっしゃいますが、その後すぐに緊急の対策会議がありますので、お会いできるのはその後になるかと思います」 秘書官は、アスランが父親の身を案じて、すぐにでも面会したいのだろうと思ったらしく、少し申し訳なさそうな顔で告げた。 「そうですか……」 「お待ちになりますか?」 「いえ、結構です。父の安否が確認できればそれで……」 「わかりました」 「あのっ、ユウキ隊長は今そちらにいらっしゃいますか?」 「ユウキ隊長は、クルーゼ隊長の護衛任務に配置換えとなっておりますが…」 「そう…ですか」 予想通りの答えが返ってくる。秘書官ごときが知らされているはずもない。 アスランは、それ以上の情報は得られないだろうと諦めた。 (とにかく、もう一度アデス艦長に話をしなくては…) アスランは、すぐに携帯を取り出した。 |