やさしさの意味と偽りの理由  Side / Klueze    






1. 罠




「例のもの、準備はどうですか?」

「ああ、順調だ」

クルーゼの問いかけにザフト軍工廠の責任者でもあるユーリ・アマルフィはガラス越しに作業の様子を見ながら答えた。

ここは、ザフトのMSや兵器開発を担う工廠の中でも最奥ブロックの作業管制室だ。今まさに、オペレーション・スピットブレイクに投入される新兵器の最終チェックが行われていた。
軍の最重要機密を扱う機関であるため、ここに至るまでには、いくつもの検問とコンピュータによる個人照合をクリアしなければならない。
クルーゼは、地球降下作戦で実戦投入される新兵器の視察に来ていた。
彼のすぐ後ろには、特務隊のユウキ隊長が控えている。他の護衛は、それぞれ管制室の扉の内と外に配されていた。
一軍人に対しては過剰すぎる警護であったが、ユーリ・アマルフィはそれを不思議に思っている素振りはなかった。ユーリもまた、国防委員長から、内々にある特命を受けていたからだった。

「データの管理は?」

クルーゼが、ガラスの向こうのチェック作業に視線を投げたまま訊ねた。

「完璧だ。そちらの指示通り、ある一点を除いてね。あとは―――相手の動きを待つばかりだ」

今、管制室にいるのは、すべて同じ特命を受けた者たちばかりだったが、自然とユーリの声が低くなる。

「結構です。後はお任せください」

ユウキが頷いて答えた。










◇ ◇ ◇ ◇


クルーゼとユウキは、工廠から軍本部へ戻り、報告のため、ザラ国防委員長の執務室に立ち寄った後、本部内にあるクルーゼの暫定の執務室へ向かう。
通常、乗艦任務の多い隊長職にあって、今回の特別任務のため、例外的にクルーゼは本部に執務室を持つことになった。
オペレーション・スピットブレイクの立案などの諸業務を行うために一時的に与えられた部屋だ。
簡単な執務机に三人掛けのソファーとテーブルが一揃い。
クルーゼが部屋の主となって一週間。ほとんど在室していることのない部屋は実に簡素で、書類や資料などの物がほとんど見当たらない。
デスクの上に置かれたパソコンだけが、やけに存在を主張しているように見える。
ザラの広大な執務室とは比べ物にならないが、軍本部に執務室を持つことができるのは、隊長職の特権でもある。

ユウキは、部下二人を部屋の外に残し、クルーゼと共に執務室に入った。
今後の段取りと互いのスケジュールの確認を行う。

「グングニールのデータは?」

クルーゼの問いにユウキが答える。

「工廠には、秘密裏にデータの差し替えを行わせた。
まあ、ないものをあるようにでっち上げるより、既にあるものを本物らしく見せた方が、より信憑性は増すだろうからな」

「グングニールですか。実際、地球で使うことになりますからね」

同じ隊長職に就く者とはいえ、自分よりも年上のユウキに対して、クルーゼは常に丁寧口調だった。

「奴らは、そう的外れな諜報活動をしているわけでもなさそうだ」

だからこそ、「罠」が本物らしく見える。自分たちの諜報活動の末、入手した情報だと思い込ませることが第一条件だった。事実は、こちらが、故意に流した情報に敵の諜報部員が喰い付いただけだったのだが。

「上手い具合に、こちらの餌に喰いついてくれると良いのですがね」

「ああ、内通者の割り出しは、こちらの仕事だ。君は本来の仕事に集中してくれ。こちらの都合で、手伝ってもらってすまなかった」

「いえ、これもスピットブレイクを成功させる布石です。まあ、その前に議案が可決されなければ意味がありませんが……」

「その辺も抜かりはない。ザラ委員長はな」

ユウキにとっては、クルーゼとは仕事上の付き合いである。あくまでも事務的な口調で淡々と話を続け、互いのスケジュールについて確認した。
ユウキが話を切り上げて、立ち上がろうとしたちょうどその時、彼の携帯端末が、電子音を発した。

「――了解した。すぐ、そちらへ向かう」

どうやら、事態が動き始めたらしい。ユウキは、部下にいくつか指示を与えて、携帯を切る。
「ユウキ隊長、ご苦労様でした。これからあちらへ?」

「ああ、いよいよ動きがあったらしいからな。これからが正念場だ。君の護衛については部下に後を任せるが、そちらも本格的に動き出しそうだ。よろしく頼む」

「ええ、わかっております」

「君のことだから、まあ、心配はいらないだろうが、これも作戦だ。敵が上手くひっかかってくれればいいが……。
それにしても、君もすごいことを考えるな。この計画は君の発案だろう?」

「発案は、ザラ委員長ですよ。私はたまたま手が空いていたので、駆り出されただけです」

「閣下も思い切ったことをなさる……。反対勢力の力封じとはいえ、なにもこの時期に寝た子を起こすような真似を――」

「この時期だからこそですよ。スピットブレイク可決前にやっておく必要があったのです。不安の芽は早めに刈り取っておかなくては、今後の作戦にも支障が出ます」

「それにしても、委員長閣下自らが囮になるなど、我々護衛を任された者にとっては本末転倒だ」

ユウキはため息混じりで続けた。

「敵もまさか、委員長閣下自らが囮とは思わないでしょう。だからこそ効果があるのではありませんか。それも、あなた方、特務隊の力を信じていればこそですよ」

にこりと微笑んで、クルーゼが言った。

(ふん。よく言う)

ユウキは、クルーゼの追従に内心毒づく。半分皮肉のつもりで口を開いた。

「ところで、君の方は大丈夫なんだろうな。部下から報告があったが、行動中に君のところの…ヴェサリウスの艦長が接触してきたそうじゃないか。裏は?」

「その件については、確認済みです。特に問題はありません。実直で、ある意味融通のきかない男ですから……」

皮肉に気づいているのか、いないのか…おそらく前者だろうが、澄ました口調で、関係を否定する。
だが、最後の言葉―――ヴェサリウスの艦長の人物評を語るクルーゼの口元にこぼれた微かな笑みが、ユウキには意外だった。

クルーゼという男の皮肉な笑み、余裕の笑み、冷たい愛想笑いは見慣れているが、一瞬とはいえ、こんな自然な笑みを見たことがなかった。

(なんだ、ちゃんと笑えるんじゃないか)

クルーゼに対して抱いていた不信感が薄らいだ。
そしてユウキは、彼にこんな表情をさせたアデスという人物に少し興味を持ったのだった。
人の噂とは当てにならない。最近、そのことをユウキは実感した。
今回の極秘任務に就く際、ザラ委員長からラウ・ル・クルーゼの護衛をしろと特命を受け、正直なところ、非常に気が重かった。
敵の目を欺くためだから、任務だからと割り切ろうとしたが、なかなかクルーゼという人物に対する疑問や不信感は拭えなかった。
素顔が分からないということ、素性が定かではないこと、理由はいろいろある。
素顔を見せない人物を信用しろというほうが無理だ。
また、彼の人となりについて、様々な話を聞いていたせいもあった。
軍の幹部クラスには、彼を嫌う者も多いが、逆に彼のことを尊敬する若い兵が圧倒的に多い。クルーゼという人物については、好き嫌いが激しく分かれていた。今回、彼の仕事ぶりを間近でみて、ようやくその理由がわかった。

えてして、仕事が出来過ぎる人間は、同僚から嫌われるものだ。

そして、実力が伴う指揮官が部下の人心掌握に長けていると、若い兵はよくついてくるものである。
幹部クラスの連中は、嫉妬や妬みといった感情に捉われて、クルーゼという人物の本当の価値に気づかない。いや、気づかない振りをしている者が多いのだろう。
年をとれば、とるだけ、自分の築いてきた価値観や立場というものに捉われがちになり、ものの本来の形を歪めて見てしまう。

自分もそうした人間になりつつあったようだ。ユウキは自嘲する。

確かにクルーゼの辣腕ぶりは、噂以上だった。
彼の徹底しているところは、戦場以外の政治的駆け引きの場で、決して表に出ようとしないことだ。
自分の功績にできそうなものでも、それを声高に語るでもなく、淡々としている。
いや、逆に目立たないように装っているのだ。

(そうか、不信感の源は……彼の本心が見えないからだ)

ユウキは、ほんの少し垣間見たクルーゼの本心であろう微笑みから、そんなことをふと思った。
かつて、クルーゼのことを信用できないと言ったユウキに、誰かがこんなことを言っていた。

『あの人のすごさは、共に戦場で戦ったことがない人間にはわからない。一度でも共に行動すれば、魅了される』

(本当にそうなのか)

その話を聞いた時は半信半疑だったが、今なら納得できる気がした。
ユウキは、心のどこかでクルーゼの新たな一面を見つける機会に恵まれることを期待していた。









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