■ 傷 ■










ザフト軍ナスカ級戦艦ヴェサリウスは、オペレーション・スピットブレイク発動準備部隊を地球に降下させるため、地球に向かっていた。

ヴェサリウスの艦長アデスは、スピットブレイクの議案可決を巡る一連の事件に巻き込まれ、右肩を負傷していた。ただ、事件についても負傷についても軍上層部の意向で公にされてはいない。アデスの負傷については、艦内でも知っているのは隊長のクルーゼと軍医のみだった。
完治を待つことなく出航したアデスには、日に一度の検診と薬の服用を義務づけられていた。じっと艦長席に座っているだけなら問題なかったが、日常生活には多少の不自由を強いられていた。
食事はぎこちないながらも左手で何とかなったが、着替えと入浴には、かなり苦労していたのだ。
昼夜の別なく稼動するヴェサリウスのブリッジは三交代制のシフトで動く。艦長といえどもずっとブリッジにいるわけではない。特に病み上がりのアデスには、休息をこまめにとるよう指示されていた。

プラントの軍港を出港後、艦の運航に係るさまざまな指示を出し、ようやく休息時間となったアデスの自室をクルーゼが訪れていた。






◇ ◇ ◇


「た、隊長!自分でやれますから」

「黙っていろ。右腕あまり動かさない方がいい」

クルーゼは、慌てるアデスに有無を言わせず、制服の襟元に手をかけ、脱がせようとしていた。
右肩が上がらないので、着替えにも不自由していたのは確かだが、身の回りの世話を上官にやらせるわけにもいかない。
アデスは丁重にお断りしようとしたのだが、それを聞き入れるクルーゼではなかった。

「いえ、ちょっと・・・待ってくだ・・・」

アデスは、ささやかな抵抗を試みる。

「ええい!大人しくしろ」

「手当は軍医にやってもらっていますから大丈夫です!」

「そんなことは知っている。軍医が着替えまで手伝ってくれるなら、私は何もしないが。お前、制服のまま寝るつもりか!?」

「それは・・・なんとか自分でできる・・・つもりですが」

「その状態では無理だろう。たまには大人しく世話をやかせろ」

「はぁ・・・。しかし―――」

クルーゼは、アデスの抵抗を意に介さず、彼の制服を剥ぎ取る。
「うわっ」と大げさな声をあげるアデスだったが、次の瞬間クルーゼがつぶやいた一言に急に押し黙ってしまった。

「・・・自分の目で確かめたいだけだ」

俯いてぽつりと洩らしたその言葉には、苦いものがこめられていた。
それは、自分を銃弾から庇い重傷を負った者への後悔や自責の念といったところだろうか。
アデスは、珍しく制服の下にワイシャツを身につけていた。通常、軍の支給するアンダーシャツはタートルネックのため、負傷して肩の上がらないアデスにとっては着替えに不自由する。そこで、前開きで着替えやすいワイシャツにしたのだ。
クルーゼは、そのワイシャツのボタンにも手をかけた。
ベッドに腰掛けたアデスの足の間に体を入れて、床に膝立ちになり、ボタンを一つずつはずしていく。
襟元のボタンをはずす時には、クルーゼがボタンをはずしやすいように、アデスは顔を仰のかせた。それでも視線だけはクルーゼの表情を追う。
アデスは、至近距離から眺めるクルーゼの顔に相変わらず見惚れてしまっていた。
襟元のボタンがはずしにくいのか、一生懸命になっているクルーゼがなんだか微笑ましくついアデスの口元が緩む。

ボタンをはずし終わるまで、互いに沈黙が続いた。



「―――妙な気分になるな」

ふと、クルーゼがつぶやく。アデスはその言葉に吹き出した。

「私もです。この構図は新鮮ですね」

「――だな」

クルーゼもまたつられて笑う。
そのまま、アデスの唇に掠めるように軽い口付けを施した。

「隊長・・・煽らないでください」

アデスが眉を顰めて、なんとも複雑そうな顔をする。

「そうか?」

「この状態ではなんとも・・・」

アデスが照れくさそうな、困った顔をする。

「了解。自重しよう」

クルーゼはくすりと笑ってアデスの着替えを続けた。右肩に負担がかからないようにゆっくりとワイシャツを脱がせた。シャツの下から現れた白い包帯が痛々しい。

「―――痛むか?」

「いえ、薬が効いていますから、それほどは・・・」

「そうか」

クルーゼは、そっとアデスの右腕に触れた。互いの熱が伝わる。しばらくの沈黙の後、クルーゼが口を開く。

「あまり・・・無理をするな」

まるで痛みを堪えるかのようなクルーゼの表情にアデスは胸を衝かれた。

「無理など――こう見えても体は頑丈ですから」

アデスは、クルーゼの不安を吹き飛ばそうとするかのように笑って答えた。
自分の右腕に触れているクルーゼの手にそっと自由な左手を重ねる。

包み込むように。


「あなたは、ご自分の望む道を進んでください。大した力にはなりませんが、私にでき得る限りお手伝いさせていただきます」


その言葉はクルーゼの胸に仄かな光を灯した。

しかし、その反面、暗い淵へ沈み込む自身の気持ちに気づく。




クルーゼはアデスに何も語っていないのだ。


自分の過去・現在、そして未来を。


真実を知った時、凍えた心を優しさで暖めてくれた男は、自分を非難し、否定するかもしれない。

いつか来るだろうその瞬間、自分は耐えられるだろうか。

何度も味わった深い絶望と悲しみを・・・




(―――また繰り返すのか !? )

暗い予感がクルーゼの心に重くのしかかる。

(感傷だ。 まだ、こんな気持ちになれる自分がいるのか・・・)

クルーゼは、心の中で自分自身に嘲笑する。




重ねられた手。

アデスの大きな手の平から伝わる体温。

(まだだ。 まだ自分は大丈夫・・・。この温かさがある限りは・・・)

その温かさが、心の闇に沈み行くクルーゼを唯一「現在」に繋ぎ止めていた。
クルーゼは暗い予感を打ち消そうと必死に自分に言い聞かせる。


何度も打ち明けようとしてできなかった。

結末を見たくなくて、引き伸ばしにしてきた。




何よりもその温かさを失いたくなくて―――。







「――ああ」

この時のクルーゼは、アデスの言葉に頷くことしかできなかった。












運命の瞬間が近づいてきていた。


                      





                  「傷」 2004.1.15 ――― 『溶けた蝋燭』に続く




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