「ブランデーでいいかね?」 アレハンドロはそう言って、自分とグラハムの分と二つグラスを用意した。今夜は、従者のようにいつも引き連れている少年の姿はない。 ソファに腰掛けたグラハムは、差し出されたグラスを素直に手にした。 「さて、ビリーが昔つき合っていた女性のことだったね」 アレハンドロにそう切り出されて、グラハムの手が一瞬だけ止まった。 そのせいで自分が思いの外、動揺していることを自覚した。 カタギリと密会していた女性のことでアレハンドロに聞きたいことが確かにあったのだが、今になって、やはり聞きたくない、聞かない方が良いのかも知れないという思いが強くなってきている。 迷いと幾ばくかの後ろめたさ。 カタギリのことなのに、本人に黙ってこんなところまで来てしまったこと。 こそこそと嗅ぎ回るような自分の行動に嫌悪しつつ、それでも何かしていないと落ち着いていられなかった。 グラハムは、そんな迷いを絶ち切るように勢いよくグラスを呷った。 半分ほど飲んで、喉が灼けるような酒気に大きく息をつく。 酒には強くない自分だが、今夜は全く酔う気がしない。 だから、そんな自分の様子をじっと見つめているアレハンドロの視線に気付きもしなかった。 「ミス クジョウは、ビリーの大学の後輩だ。同じゼミでエイフマン教授の教え子だった。美しく聡明な女性だったよ」 エイフマン教授とカタギリの間で交わされた『クジョウ』という名の女性のことが、アレハンドロの口から語られる。グラハムは、カタギリの過去を自分が知らなくて、この男が知っているということがなぜか不思議に感じられた。 「戦術予報士として、空軍の作戦に参加した。結果、部隊は全滅」 「あの事件の…」 「彼女は軍をやめた。彼女一人が責任を取っても何の解決にもならないというのにね……だが、それは表向きの話だ」 「彼女は味方の動きまでを予測しきれなかった。味方の足並みが乱れた結果、彼女の戦術予報は外れた。確かに彼女の読みは甘かった。上層部の判断の甘さを予想していなかったのだから………」 グラスの中の氷がカランと音を立てた。 ダウンライトのオレンジ色の光が、アルコール度数の高い液体を色鮮やかに見せていた。 グラハムは、自分が手にしたグラスの中の液体をじっと見つめていた。 「だが、それは……彼女だけの責任ではないだろう?」 正面に座る男の顔を見ずに、下を向いたまま言った。 グラハムのグラスの中身は既に半分ほど減っている。 それを手で玩びながら、彼女を擁護するような言葉を口にした自分に内心驚いていた。 「彼女はそうは思わなかったということだ。だが、その時の軍は、事件そのものをなかったことにしようとした。従って、彼女の責任も不問とされた。彼女にとって、それは納得できるものではなかったのだよ」 アレハンドロは、僅かに口角を上げた。 それが、彼女に対する失笑のように思えてグラハムは眉を顰めた。 「―――彼女の言い分は当然だ」 厳しい視線をアレハンドロに向けたグラハムは、相手の冷ややかな瞳に気付きそれ以上の言葉を呑み込んだ。 「だが、事件の真実を封印し、偽の情報に置き換えることで、守れる利益がある。国家が守らねばならないのは、自国の国民と利益だ。時にそれは個人の尊厳や生命、財産よりも優先される。本来なら誰かの首を切ることで過ちを精算することなどできはない。多くの人命が損なわれた責任など、誰にも背負うことなどできはしないのだから。組織とはそういうものだと割り切るしかない。――――人間としての倫理感で行動しようとした彼女の行為は、褒められるべきものかな? 生き残った者の傲慢だと思わないか?」 「それをあなたが語るのか! 仮にも国連大使であるあなたが……!」 声を荒げたグラハムにアレハンドロは穏やかに微笑んでみせると、グラスを口元へと運ぶ。 「そうだね、だが、君も――――。今の君は、命令一つで部下を死地へと追いやる指揮官だという立場にある。君の判断が多くの兵の命を左右する―――かつての彼女と同じだ」 そう言われて、グラハムの瞳が見開かれた。 「彼女は失望したんだよ。この国の、この世界のあり方に」 アレハンドロがグラスを傾ける。琥珀色の液体が薄い唇の間に滑るように消えていった。 「カタギリは……」 「ビリーは、当時ユニオンの新型MSの開発に携わっていた軍属だ。軍に失望した彼女がビリーと関係を続けると思うかい?」 グラハムの手が微かに揺れた。氷がグラスとぶつかり硬質な音を響かせる。 アレハンドロは、グラハムの表情を一瞥し再び優雅にグラスを傾けた。 「君もいつかすべてに裏切られ、世界を呪うかもしれない」 「そんなこと……!」 「そんなことはあり得ないと、なぜ言える?」 返す言葉に詰まったグラハムの拳が震えた。膝の上できつく握りしめる。 「現に彼は、君のそばを離れた。今、君の隣にいない。君には、最初からこうなることが分かっていたとでも?」 「……知らないっ……!」 グラハムが頭を振って金髪を乱し、顔を覆う。 それ以上の言葉は聞きたくないとでも言うかのように。 「都合の良いときだけ他の男に縋るのもいいさ」 「知らない………、私は……っ」 グラハムの小さな叫びにアレハンドロは溜息をついて立ち上がった。 「辛いから、私のところへ来たのだろう?」 ソファの背に身体を預けたグラハムに歩み寄り、彼の肩に手を置くと、グラハムが怯えたように顔上げた。 「―――甚だ不本意だが、今夜だけは君のために都合の良い男になってあげよう」 驚くほど優しく甘い囁きにグラハムの瞳が揺れた。 吐息を肌で感じるほど至近距離で二人の視線が絡む。 言葉はなくても、彼のグリーンアイズは欲しいものをはっきりと示していた。 next |