++ 箍 2 ++





昨夜から降り続いた雨は、一向に止む気配を見せず、時間が経つにつれて雨足が激しくなってきた。近くの河川では、水位が上がり警戒を呼びかけているほどだ。

対ガンダム調査隊では、悪天候のため機体のテストが中断され、警戒要員のみを残し、今日は皆早めに帰宅することになった。
最悪の天候下でのテストも必要だと言い募ったグラハムを「テストで機体を壊したら、経理部に怒鳴り込まれるよ」とカタギリがやんわりと窘めた。
それでも不服そうなグラハムに技術顧問はニコリと笑ってみせた。

「この程度の雨風じゃフラッグはびくともしないけど、空軍に災害時派遣の命令が出るかも知れないからね。僕たちにお呼びが掛かることはないけど、そんなとき呑気にテストやってたら、住民から冷たい目で見られるよ」

カタギリの言い分には一理あるが、妙に消極的な発言をグラハムが訝る。
前回のオフに街へ出かけて以来、様子がおかしい。
カタギリ宛の電話の件数が、ここ数日やたらと多いことが原因だろうか。普段なら、グラハムがいてもその場で電話を取るのに、なぜか、カタギリは聞かれたくない様子で電話が掛かってくると席を外す。
言わないなら放っておこうかと思ったが、ふとした時に黙り込んで物思いにふけっているカタギリは、ここ数日あまり顔色もよくないように思えるので気にはなっていた。

KICの社員証を持っていた男達のことも調べてみた。確かに在籍している本物の社員だった。
今回、カスタムフラッグにKIC社製の最新式対Gシステムを導入したと聞いていたので、その関係のトラブルに巻き込まれたのかと漠然と思っていたのだが、もっと根は深いところにあるのだろうか。
二人きりになった時に、「なにか問題が起きたのなら相談に乗るぞ」と声を掛けたのだが、カタギリは笑って「何もないよ」とはぐらかした。
こうなった時のカタギリが頑固だと知っているので、それ以上は何も言わなかったが、状況は日に日に悪化していくような気がする。
おかげで、グラハムも気分がすっきりしないため、対ガンダム調査隊内の雰囲気は悪化していた。ハワード・メイスン准尉とダリル・ダッチ曹長も、二人の雰囲気がおかしいことに気付いていたが、何も言えず、どことなく隊内がぎくしゃくしていた。

ムードメーカーのグラハムと、ストッパー役のカタギリの様子がおかしいと、隊全体の志気に関わる。
グラハムも、そろそろ何とかしなくてはならないと思い始めていた時だった。
メイスン准尉の「なんとかしてください」という視線に軽く頷き、グラハムは、カタギリとちゃんと話をしようと心に決めた。

どしゃぶりの雨を恨めしそうに見つめながらカタギリがため息をつく。
昨日から泊まり込んでいたカタギリは、これほど雨が強くなるとは予想していなかったらしく、昨日出張先から直接本部に顔を出してそのまま徹夜していたため、帰りの足がなかった。

「送ってやる。報告書だけ出してくるから少し待っていろ」

グラハムが、厚い雨雲を見上げるカタギリの背に声を掛けた。カタギリが驚いたように振り向いて、真摯な眼差しのグラハムを見つめた。

「……助かるよ」

断る理由が見つからず、カタギリも覚悟を決めてグラハムの申し出を受け入れた。









車中で二人は何も言わなかった。
どちらからも話しかけない。

沈黙が車中を満たし、激しく叩きつける雨音だけが響く。ワイパーが窓ガラスを叩く雨粒を弾いてはいるが、あまり効果はなかった。
視界が悪くても、グラハムはいつもと変わらぬスピードを保って車を走らせている。おそらくグラハム以外の人間がそういう運転をすれば、事故を起こすことは間違いない。
グラハムの運転技術を信頼しているのか、助手席のカタギリは何も忠告せず、ただ前方を見ていた。信号機の赤い光が雨水のせいで滲んで見えるのが、妙にきれいだった。

グラハムは、通い慣れた道をたどり、カタギリの自宅マンション前の路上に車を停めた。
お互い、どちらかが何か言い出さないと何も始まらないし、何も終わらない気がしていた。
グラハムは、口を引き結んだまま何も言わない。不機嫌そうなオーラを放ち、カタギリから何か言い出すのを待っているようだ。いや、単に怒っているのかも知れない。
折れたのは、やはりカタギリの方だった。

「……寄っていかないか? コーヒーぐらい出すよ」

助手席のカタギリは、借り物の傘を手に車のドアノブに手を掛けた。

「お邪魔しよう」

グラハムは、エンジンを切ってキーを抜くと、傘も差さずに外へ出て小走りにマンションの玄関先へ急ぐ。あっという間に濡れてスーツの色が変わる。

「そんな無茶な……」
呆れ顔のカタギリが、歩道を横切るほんの数歩分だけだったが、傘をさしてグラハムを追いかけた。
歩道は既に小川のようになっていて、カタギリの靴を濡らす。

「この雨じゃ、傘があっても大して変わらないぞ」

結局、カタギリも濡れ鼠になってしまった。

「本当だ。傘を干す手間がない分、君の方が正解だったかも」

マンション入口の庇の下で傘をたたむと、苦笑して水滴のついた眼鏡をはずした。
ようやく二人の間に会話らしい会話が戻ってきた。グラハムが傘もささずに飛び出したのは、きっかけをつくるためだったとしたら、やはりカタギリは彼に敵わないなと思う。
任務に対しては、周囲の心配や反対を押し切っても自分の意志を貫き通す強硬さはあるが、仕事を離れれば他人の心の機微にひどく敏感なところを見せる。そっけなく見せておいて、ふと気付くと相手の間合いに踏み込んでいる。いつの間にか心に重くのしかかった蓋が外される。
これが無意識だとしたら、大した才能だ。

「眼鏡、なくても見えるのか?」

「まあ、それなりに」
そう言って、突然グラハムの顔に自分の顔を近づけた。鼻先が触れ合うくらいにまで顔を寄せて、ニヤリと笑う。

「君の顔もここまで近づけばよく見えるよ」

端から見たらキスをしようとしていると誤解されるような距離だ。グリーンアイズを覗き込むカタギリの目が笑っている。車中での重苦しい沈黙が嘘のようだ。

「つまり……ぜんぜん見えていないんじゃないか」

呆れたようにため息をついたグラハムの金色の前髪から滴が垂れて、頬を濡らす。その水滴の一粒一粒もこの距離からならよく見えた。
妙にはしゃぐカタギリの思惑が分かるようで、グラハムは苛立つ。

カタギリの意思を尊重して、今まで口を出さなかった。仕事に差し障るような事態になる寸前まで譲歩したのだ。ここまで来て、はぐらかすつもりなら殴ってでも吐かせようと思った。

「分かったから、離れろ」

子供のように巫山戯るカタギリの顔を手で押しのけ、さっさと入口のドアまで進む。
当然追いかけてくるはずのカタギリの気配がないことに気付いたグラハムが背後を振り返ると、視線の先でスーツ姿の男達四人と言葉を交わすカタギリの姿があった。

何か話をしている様子なので知り合いかと思ったが、そのうちの一人が、先日自分が殴った相手だと気付く。あとの三人は、知らない顔だ。
そして、すぐに直感した。先日のような素人ではない。明らかにそれなりの訓練を積んできている者たちだと――――。

「もう、関係ないだろう!」

カタギリが拒絶するように首を振って、相手に背を向けた。
男の一人が背後からカタギリの腕を掴む。

「離してくれ!」

抗う声が聞こえてからグラハムの行動は素早かった。駆け寄るやいなや、男の腕を掴んでねじ上げた。

「嫌だと言っているだろう。その手を離せ」

グラハムが更に力をこめると、男が痛みに慌てて腕を離す。

「なっ…なんだ、君は!?」

「どうして彼をつけ回す? とても一大企業のやることではないと思うが?」

「部外者は黙っていてくれ、我々は、彼に用があるんだ!」

男の一人がグラハムを羽交い締めにしようとして背後へまわる。

「面白い…!やる気か」
グラハムの口元に笑みが浮かぶ。
いろいろ我慢をしたり、慣れない気を遣ったりしたので、むしゃくしゃしていたところだ。気分はすっかり臨戦態勢だった。
グラハムは不敵な笑みを浮かべて、男たちを見渡す。
その姿は、まるで獲物を狙う肉食の獣のようだ。普段は、冷静で部下思いなくせに、敵と見定めた相手には容赦がない。

濡れた金糸が動いた一瞬だった。

背後から襲いかかろうとした男の鳩尾に肘鉄を入れ、出鼻をくじくと、回し蹴りで男を床に沈めた。そのまま流れるような動きで、もう一人の腹に拳を叩き込む。

「このぉ……ッ!」

仲間が倒されて余裕を無くした最後の一人が、カタギリに手を伸ばす。人質にするつもりらしい。

「カタギリ!」

だが、黙って人質になるほどカタギリもお人好しではない。
持っていた傘の先で相手の腿を突き刺した。傘の先では穴は開かないが、相当な痛みだろう。男が痛みに呻いたその一瞬をグラハムは見逃さない。
左ストレートがきれいに決まり、グラハムは余裕の口笛を吹いた。

「残るはお前だけだ」

最後に一人残ったKICの社員をグラハムが睨みつけた。
床に無様に転がった男たちは、さすがに鍛えているせいか気絶まではしていないが、痛みに悶絶している。あれでは、意識を失った方が楽だろう。

「きっ……君には関係ないだろう! せめて、彼と話をさせてくれ!」

狼狽えながら、勇気を振り絞って叫ぶ社員をグラハムが鼻で笑う。

「乱暴狼藉を働く者の言うことなど聞く耳持たんよ。KICが、うちの技術顧問に一体何の用だ?」

グラハムは、男の前に立ちはだかり、険しい顔で相手の言い分を突っぱねた。
そう言われて、男は自分たちの身分がばれていることと、目の前に立つブロンドの青年が軍人だということに気付き怯んだ。
『うち』と言うからには、カタギリと同じ部署―――つまり、所属はMSWADだ。手荒な真似をしたら、大けがするのは自分たちの方だろう。
庇われた形のカタギリは、頭一つ分低いグラハムの髪を見つめて、心の中でほっと息を吐いた。
グラハムの凛とした声が、とても心強く響く。

彼がいてくれて助かったと思う反面、面倒なことに巻き込んでしまって、申し訳なく思った。
グラハムの肩に手を置き、「ごめん、もういいよ」と囁く。

「用はもう済んだだろう? 君たちがいくら来ても僕の気持ちは変わらないよ。……帰ってくれないか」

「しかし、お父上は――――」
更に言い募ろうとした男を目で黙らせて、カタギリが決然と顔を上げた。

「君たちは、父の命令でここへ来たわけではないんだろう? 重役の誰かに言われたから?」

「……それは……」

言いよどむ男を見て、カタギリが微笑する。どこか切なそうな、諦めにも似た微笑だった。

「いいよ、分かってる。あの人が今更こんなことするわけないものね……」

「ですが、きっと会長も本当は心の中であなたを頼りに思っておられるはずです!」

「無理しなくていいよ。あの人の性格は、息子の僕が一番良くわかっている」

きっぱりと言って、グラハムを「行こう」と促し、男たちに背を向ける。

訳が分からず成り行きを見守っていたグラハムは、初めてカタギリの過去と一連の騒動の理由を知り、難しい顔のまま黙り込んでしまった。






カタギリの部屋に辿り着いた二人は、濡れた上着を脱いで、キッチンの椅子の背に掛けた。
ズボンの裾は膝の下あたりまで、濡れて色が変わっている。肌にまとわりつく感触が気持ち悪いので、さっさと着替えたいところだ。

「シャワー、使うかい?」

「後でいい」

「じゃあ、お先に。着替えはいつもの所にあるから適当に着て」

「ああ、わかった」

コーヒーだけのはずが、もうそれだけでは済まないだろうということがお互いにわかっていた。グラハムには、聞きたいことが山ほどあるのだ。

タオルで濡れた髪を軽く拭いて、クローゼットの一番左隅からTシャツとジーンズを取り出した。もちろん、サイズはグラハムのものだ。泊まっていくことが多いので、着替えは一式置いてある。

手早く着替えを済ませると、居間のソファにどっかりと腰を下ろす。
柔らかなソファの背に頭を預け、天井を見上げて、目を閉じた。

「KIC……か。――――どうして今まで気が付かなかったんだ、私は……」

大きく息を吐く。
椅子の背に掛けておいた上着の内ポケットから携帯端末を取り出し、「KIC」という名称を検索する。何万件ものヒットがあり、更に検索条件を限定していく。検索用語の最後に「KATAGIRI」と付け足し、再検索する。
数件に絞り込まれた検索結果のページへ飛ぶと、そこには「KIC」という会社の沿革が記されていた。
「―――そういうことか……」

社員名簿を確認したとき、どうしてこのことに気が付かなかったのだろうか。
迂闊だったと認めざるを得ない。グラハムは、更に大きくため息をついた。






「僕の実家?」
シャワーを浴びたカタギリは、コーヒーカップ二つを手にして、居間に戻ってきた。
ソファに座ったグラハムの前に湯気が立ち上るカップを置く。そのままグラハムの横に少し離れて腰掛けた。

グラハムはコーヒーには手を付けず、腕を組んだまま口を開いた。

「カタギリ・インダストリアル・コーポレーション。30年前に社名を変更して『KIC』となる。旧日本名は、『片桐重工』。―――知らなかったな……」

「―――言ってなかったっけ?」

とぼけた口調でコーヒーをすするカタギリの横顔をグラハムが見つめた。
まっすぐな視線を頬に感じたが、すぐにその熱は去った。グラハムが視線を戻したのだろう。
今から始まるであろうグラハムの問いから逃れるように「シャワーを浴びてきたら?」とカタギリが勧めたが、答えは疑問の言葉になって返ってきた。

「なんで、そんな大企業の御曹子が一介の技術者になっているんだ?」

問い詰める時のようなきつい口調ではない。
ただ、思ったことを何気なく口に出しただけのような響きだった。

「僕に経営をやれって? 冗談じゃないよ。硬質なボディと金属の響き、オイルの匂い、繊細で大胆な計算と実証に囲まれた最高の環境下にあるこの仕事を捨てて? 毎日、椅子に座って書類とにらめっこしてサイン三昧な生活なんて御免だね」

軽い口調の中に何かひっかかるものを感じたグラハムは、押し黙った。
反応が返ってこないグラハムを訝しく思い、カタギリがグラハムの方を向いた。端正な横顔は、まっすぐに正面を向いたままで、カタギリと目を合わせようとしない。
くせのある半乾きの金髪が、わずかに揺れた。

「だが、いずれ、後を継がなくてはならないのだろう?」

呟きにしては、真剣な声にカタギリが軽く目を瞠った。
グラハムが、ゆっくりとカタギリの方へと首を向けた。まっすぐにカタギリの目を見る。

あまりに美しい深い緑色の瞳は、魔性の瞳としてキリスト教世界では忌み嫌われることが多い。カタギリは、その理由がなんとなくわかる気がした。
見つめられると、心の中を隠すことができなくなってしまいそうになるからだ。
カタギリは、肩の力を抜いて、深く深呼吸した。隠していたわけではないが、話しておくにはいい機会なのかも知れない。

「―――今でこそユニオンでも名の知られた企業だけどね、僕の曾祖父が創業した頃は、経済特区東京の大田区という場所にある町工場の一つだったんだ」

ようやく、ぽつり、ぽつりと語り始めたカタギリの言葉をグラハムは、静かに聞いていた。

「従業員数5人。家族経営に毛が生えた程度の規模だったけど、顧客には当時のアメリカ航空宇宙局『NASA』もあったそうだ。職人気質だった曾祖父の後、祖父の代になって急成長して日本を代表する企業になって、本社をアメリカに移し世界進出も果たしたというわけ。祖母がアメリカ人だったこともあるみたいだけどね。父は3代目で技術者というより経営者向きでね、そのせいかあまり現場のことには詳しくない。僕はこんなだから、父とはぶつかることもあって、飛び出しちゃったんだ。経営に向いてる人材はたくさんいるし、僕が別に苦手な分野にわざわざ脚を突っ込まなくても、全く問題ないよ。僕がそのまま家にいたら、逆に迷惑になるかもしれないからね。現に――――、あ……いや、とにかく、そんなことだから僕の実家のコトは気にしないでくれると助かるな」

「現に――――なんだ?」

言い掛けて、途中でやめたひと言をグラハムは聞き逃してくれなかった。

「いや、これ以上は楽しい話じゃないから……」

「お家騒動か?」

誤魔化したかったことを言い当てられて、カタギリが大きく溜息をついた。勘がいいというか、なんというか……彼は相変わらず、まっすぐな目で相手に切り込んでくる。

「うん、まあ……そんなとこ」

言いにくそうに肯定したカタギリの横顔を見て、グラハムは自分が少し踏み込みすぎたことに気付いた。

「悪い……、そんな顔をさせるつもりじゃなかった」

「いや、本当のことだから」

寂しげに笑うカタギリの頭を、子供をあやすようにポンポンと叩く。

「自分の腕と仕事にプライドを持って、努力を重ね、次の高みを目指す。自分の満足のいくまで、情熱とこだわりを持ってやり遂げる―――職人気質だよ、お前は……。その曾祖父に似ているんだな、きっと」

グラハムの声が、強ばりかけた心を溶かすようにカタギリの身体に染み渡っていく。
カタギリが彼に敵わないと思うのは、こういう時だ。相手の心を見透かすように鋭い視線を向けてくるかと思えば、その心の痛みに気付き、和らげてくれる。

「そう? それは最高の褒め言葉だよ」

カタギリは子供のように嬉しそうな顔になった。
「だから、この職場を離れるつもりはない。なんて言ったって、ここには君がいるからね」

「言ってろ」

笑ってカタギリの頭をコツンと小突く。軽口を叩けるくらいならもう大丈夫だろう。
グラハムが、ほっと安堵の吐息をついた。

グラハムのピリピリした雰囲気が和らぎ、いつもの彼に戻ったことにカタギリも気付く。どうやら余計な気を回し過ぎて、大分心配させてしまったようだ。

(僕がいなくなるかも知れないと思って、君も不安だったのかな? ……だったら、少しは期待してもいいんだろうか―――)

身体の関係はあったが、二人とも互いの欲求を満たすためだけの仲だった。誘ったり、誘われたり……お互いに割り切ったセックスに、いつしか熱が籠もるようになった。

(いつからだったのか……)

はっきりとした記憶はないが、気がついたらグラハム・エーカーという男の存在が、常に心を占めるようになった。技術者とパイロットという仕事上のパートナーとして、そして、私生活での心のよりどころとして――――。

ふと、カタギリの肩に温かな重みがかかる。
柔らかな金色の髪が頬にわずかに触れた。
カタギリの肩に寄りかかるように自分の頭を預けて、グラハムが目を閉じている。

慰めてくれているのが分かり、カタギリの口元にやわらかな笑みが浮かぶ。

(―――そうだ、このぬくもりと重みが、かけがえのないものになってから、自分は変わった。
自分の理論を体現してくれる優秀なMSパイロットというだけではない。友人として、いや――それ以上の存在として―――――)

父親との確執は、すぐにどうこうできるものではなかった。
KICの対Gシステムの導入は、父親には内緒で馴染みの工場長と部門長に頼み込んで何とかしてもらった。もともと、軍への納品が決定されていた品物だ。少し時期を早め、カスタマイズを施しただけだから、黙っていれば分からないはずだった。
会長である父とライバル関係にある取締役か常務がこの話を嗅ぎつけたのだろう。

随分前から、社内の派閥争いにカタギリが担ぎ出されそうな雰囲気があった。それを嫌って、KICとの関わりをずっと絶ってきたのだが、ガンダムを追うためにカタギリは自分の小さなプライドは捨てる決意をしたばかりだった。
それなのに、結果がこれだ。

血縁からは決して逃れられない。今回の件で、それを思い知らされた。

今の程良い拘束感と自由な生き方をいつか諦めなくてはいけなくなる日が来る。
そういう思いがカタギリの心を戒めていた。

(猶予はあとどれくらいだろう………)

ふと気付けば、カタギリの長い髪をグラハムが玩んでいる。
その手を握って、今度はカタギリがグラハムの頬に指を滑らせた。仰のかせるようにして顔を近づける。

唇が触れ合うと、それ以上の行為を許すようにグラハムの歯列が開く。
深く舌を絡ませる口付けが、角度を変えて何度も続いた。

(あと、どれくらい……君と一緒にいられるだろうか)

暗い水の淵に立って、水底を覗き込むような不安にふいに囚われることがある。
漠然とした未来への不安は、この数日で現実のものになろうとしていた。そのせいか、口付けの最中でありながら、切ない感情が溢れ出そうになる。

「……っ!」

ふいに髪を引っ張られた。

「―――お前の悩みなんて、お見通しだ。忘れさせてやるから……私に集中しろ」

唇を艶やかに濡らしたグラハムがカタギリを見つめてニヤリと口角を上げた。

「まったく……君って人は………」

これ以上、甘やかされたら心の箍がはずれてしまいそうだ。
泣き笑いのような表情になったカタギリは、金色の髪に顔を埋めるようにしてきつくグラハムを抱きしめた。





――――わずかに湿気を含んだ彼の髪からは雨の匂いがしていた。









END




ええい!捏造だ!(笑)
カタギリさんちの実家設定を捏造です。イメージ的にはパトレ●バーの篠原遊馬(字あってる?)さんでしょうか。
なんだか、ラブラブにはほど遠い二人……。
すみません、「波風」が好きなものですから……。

捏造だらけのビリグラですが、ここまでおつき合いくださいましてありがとうございました。

※このお話は、2008年8月発行の「夏期休暇・前編」に続きます。



カタギリが、対Gシステムを内密で早くに納品してもらうエピソードが別にあるんですが、この話には入れられなかったので、気になる方はコチラをご覧ください。



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