++ 箍 (たが) ++


カスタムフラッグがタリビア沖でガンダムと交戦してから10日が過ぎていた。
今朝早く、MSWAD本部の対ガンダム調査隊専用MS格納庫に新しい機材が運び込まれ、技術顧問のカタギリは、その調整の真っ最中だった。自ら工具類を手に機械油にまみれている。

「KIC対Gシステムvr5! これって、KIC社の新技術搭載型ですよね! よく、この時期に手に入りましたね」

整備兵の一人が驚きに目を瞠っていた。現在では、ほとんどのMSや戦闘機に対Gシステムが搭載されている。機体にかかる圧力を相殺し、搭乗するパイロットの身体的負担を軽減するための装置だ。

「ちょっとツテがあってね。市場へ出る前に、技術供与をお願いしたんだ。カスタムフラッグにはどうしてもこれが必要だったから」

カタギリが、汚れた軍手が肌につかないようにして額の汗を拭う。

「エーカー中尉の要望を叶えるためですか?」

「そうだね、どちらかというとパイロットの命を守るためさ。いくら負担を考えなくてもいいと言われても、眼球が潰れたり、内臓破裂だなんてことになったら、元も子もないからね。これを載せることで、更に機動性を上げることができる。結果的に中尉の要望以上の数値を出せると思うよ」

整備士が、Gで人間の眼球が陥没する姿を想像して、なんとも言えない顔になった。

「確かに……KIC社製の対Gシステムは、定評がありますからね。軌道エレベーターのリニアもこのシステムを導入していますし、その最新型があれば大分楽になりますよ」

「そうだね、どんなに頑固なMSでも、動かすのは繊細で脆弱な人間の身体だからね。ガンダムの追跡に専念してもらうには、攻撃や機動スペックの向上以外にも、これを動かす人間のサポート技術も必要だと僕は考えるよ」

整備兵は、感心したように何度も頷いていた。

「さあ、作業を続けよう。今日中にこれの調整とテストを終わらせなきゃいけないからね」

「了解しました」
敬礼して、持ち場へと戻る整備兵の後ろ姿を見送ってから、カタギリは黒く鈍い光沢を放つ機体を見上げた。

カスタムフラッグは、グラハム・エーカーの専用機だ。
性能が通常のフラッグ以上であることは言うまでもない。だが、同じ機体を複数造ることは、現時点では非常に難しかった。汎用機として生産ラインに乗せることができない理由として、コストがかかりすぎるということが挙げられるが、それ以上に高スペックがパイロットの能力を殺しかねないと言う点が一番の問題だった。
生半可なパイロットでは、機体に振り回されて、自分の能力を十分活かす暇もなく撃墜されるだろう。
これは、グラハムの反応速度や身体能力に合わせて調整したカスタマイズ機だ。グラハムしか乗りこなせない。

カタギリには、それが誇らしいことでもあり、不安なことでもある。
彼の能力や戦場での判断を疑ったことはない。だが、相手は、ガンダムだ。
世界が今持っている技術の何十年も先の技術を保有している機体だ。正体の分からない未知のエネルギーを動力としている。
それが世界中の科学者の興味をかき立て、あの光の粒子の謎を解こうと、国を挙げて躍起になっている。ガンダムを捕獲し、あの奇跡のような技術を我が手にしようと、各国が諜報活動を繰り広げているのだ。
光の粒子を解明すれば、再びエネルギー革命が起こるかも知れない。その時、どの国が先んじてその技術を得ることができるだろうか。

ガンダムに近づこうとすればするほど、人は、更なる知への欲求を抑えられなくなる。まるで暴走するかのように――――。



世界の『箍』をはずそうとするのは、ガンダムかそれとも――――?



「まるで……試されているようだよ」

カタギリは、カスタムフラッグの黒い機影を見上げながら、誰にともなく呟いた。













久しぶりの休日、グラハムはカタギリと連れだって、同僚の結婚祝いを選ぶために街へ来ていた。
二人の共通の友人なので、合同で何かプレゼントしようということになったのだ。

いくつか店をまわり、揃いのワイングラスと、新郎新婦の誕生年のワインを選んだ。ラッピングしてもらって、後日届けてもらうように頼み、店を出た。

「すぐに決まってよかったよ。やっぱり判断が早い人と買い物するのは楽だね」

「そうか? 結婚祝いなんて大概どんなものか決まっているだろう?」

「うん、でもね、いろいろ考えはじめちゃうと店を4軒も5軒もまわっても決まらないんだよ。で、結局最初の店に戻ったりしてね」
カタギリが笑いながら肩をすくめた。

陽はまだ高く、街路樹の葉が陽光を受けて色鮮やかだ。日曜日ということもあって、通りを行き交う人の数も多く、ゆっくりとした流れに合わせて歩かないと、人混みを避けるのは大変だった。
普段は、軍人らしくキビキビと足早に歩くグラハムが、人の流れに合わせるようにゆっくりと歩を進めながら、肩を並べて歩くカタギリに笑いかけた。

「お前、こういうことだと優柔不断なんだな。MS相手にはあんなにシビアなのにな」

「君は典型的なB型だよ」

「血液型による性格診断か? そんなもの当てにならないと思うがな」

「そう? 結構、当たってると思うけど。君ってさ、他人の目とか、周囲が自分をどう評価しているとかあまり気にしないでしょ。自分の能力に自信があって、好きなことには確固たる信念を持っているから周囲の声が気にならない。良くも悪くもね。――――その代わり、自分の主義に反しなければ大抵のことには寛容だ。悪く言うと興味のないことにわざわざ興味を持とうとは思わないって感じかな」

「―――まるで、私が自己中心的だというように聞こえるが?」

心外だと言わんばかりに頬を膨らませたグラハムの顔は、まるで子供のようだ。

「だって、そうだろう?」

悪びれもせず、カタギリが即答すると、グラハムが、軽く眉を寄せた。

「まあ、フォローしてあげるとね、君の場合は分別のある『ジコチュー』ってやつだよ」

「なんだそれは……」

グラハムの反応が楽しいのか、クスクスと笑いながらカタギリは頭一つ分低い金髪が揺れるのを眩しそうに眺めた。

「まさか、パイロットの性格判断にいつも血液型占いを用いているんじゃなかろうな」

呆れ顔でカタギリをまっすぐ見つめるグラハムの視線は、いつも揺らぐことがない。カタギリが見慣れたグリーンアイズは、陽光の下できらきらと瞬いているように見えた。

「あはは、まさか。単なる趣味だよ。それに占いなくて、ちゃんと統計に基づいた一般論に僕なりの観察結果を加味してみたんだけどね。―――でも、外れてはいないだろう?」

「まあ……当たっているような……いないような?」

「へえ、君でも曖昧な答えをすることがあるんだ!」

わざとらしく大仰に驚いて見せたカタギリに意趣返しをするべく、グラハムは一つに結んだ長い髪を引っ張ってやった。




その後、カタギリがよく通っているというパン屋へ寄った。女性客で混雑する店内に入るのを嫌ったグラハムは、店の前で待っていることにし、カタギリはいそいそと好物のスイーツとパンを購入にするために店のドアをくぐる。
カランカランとドアベルの音が響き、開いたドアの隙間からパンの焼ける香ばしい匂いが外まで漂う。

(まったく……、好きな物には目がなくて、周囲の視線などお構いなしなのは一体どちらだ)

女性客の視線に全く動じる様子もなく、嬉々としてドーナツやら菓子パンやらカップケーキを選ぶカタギリの長身を店のウインドウ越しに眺め、グラハムは溜息をついた。

だが、嬉しそうなカタギリの顔を見るのは悪い気分ではない。
考えてみれば、カタギリが何かに対して激怒した姿を見たことがない。自分の意志で自由に配属先を選べない軍隊の中にあって、意外なほどカタギリと一緒の職場にいることが多い。
そのせいか、つき合いは結構長いはずなのだが、お互いのことをあまり深く知らないことにグラハムは改めて気付いた。仕事への姿勢や身体のことは隅々まで知ってはいるが、家族や生い立ちのことをあまりちゃんと話したことがない。
無理に知りたいとは思わないが、カタギリが何に対して怒りを感じるのかは知っておきたい気がする。
今までそういう機会がなかったのは、あの、人好きのする穏やかな口調や笑顔のせいだと思う。
本心を周囲に悟られないための穏やかな仮面をいつかはぎ取って、素顔を見てみたいという密かな野望は、今のところベッドの中でしか果たせていない。

ふいに昨夜、耳元で囁かれた熱い吐息まじりの言葉や濡れた唇の感触が蘇る。昨夜の情事が思い出されて、グラハムは一人焦った。

(うわっ…………真っ昼間から……なんでこんな!!)

照れ隠しに頭を振って、ジャケットの胸ポケットからサングラスを取り出す。ちらりと店内を見れば、ベッドの中とはまるで別人のような子供っぽい笑顔のカタギリがトレー山盛りにマフィンらしき物を乗せていた。

(マフィンで幸せそうな顔して……。まったくお手軽な奴め!)

サングラスを掛けて、店先の柱に寄りかかって腕組みをするグラハムを、時折、通り過ぎる女性達が振り返る。
金髪に深緑の瞳の端正な横顔に皆一様に見惚れ足を止め、頬を赤らめ、囁きを交わす。
グラハムは、そうした彼女たちの視線に慣れているのか、それとも全く気付いてないのか、動じることがない。
ただ、心を落ち着かせようと、車道の向こう側の街並みを意識的に眺めることに集中していたのだ。




「ごめん、ごめん、お待たせ。いつもたくさん買ってくれるからって、おまけしてもらっちゃったよ」

嬉しそうに大きな紙袋を二つも抱えてようやく店から出てきたカタギリに苦笑し、グラハムが紙袋を片方持ってやる。

「―――これで何日分なんだ?」

「んー、そうだね……ざっと三日分くらいかな」

「この量で三日しか保たないのか……」

「頭を使うと脳が糖を大量に必要とするんだよ。本当なら経費で落としたいくらいだよねぇ」

「そんな都合のいい職場はない!」

「やっぱり?」
ヘラヘラと笑うカタギリを見る限り、とてもMSWADの技術顧問だとは思えないだろう。そういうグラハムも私服でいると、険が取れてとても軍人には見えなかった。

二人は帰途につくべく、駐車場へ向かって歩き出した。
グラハムが車を停めた地下駐車場まで、歩いて5分程度だ。
二人は、もと来た道を戻りながら、たわいのない会話を楽しんでいたが、駐車場まであと少しというところで、ふいにグラハムの表情が険しくなった。

「グラハム? どうかし―――」
「カタギリ、こっちへ」
急に腕を引っ張られるようにして、路地を曲がった。

「え? 何、どうしたの? 駐車場はこっち……」

「つけられている」
その一言に一気に緊張した。

「振り向くな。そのまま会話を続ける振りをしろ」

グラハムが低く囁き、注意を促す。カタギリの目が大きく見開かれた。

こういう時、グラハムがいてくれて助かった。
カタギリは、落ち着きを取り戻し、和やかに会話しながら歩く素振りで、グラハムの方を窺う。

「どこかの諜報機関かな?」

「いや、それにしては素人過ぎる」

「目的は君か……」

「どうかな? お前かも知れないぞ」

「じゃあ、ここで別れてみる?」

「馬鹿。私は何とかなるが、お前にああいう輩の相手は無理だ」

「……確かに。暴力は苦手だ」

「あんな下手くそな尾行を撒くのは簡単だが、目的が分からないって言うのもスッキリしないな。一つ、仕掛けてみるか」

グラハムの好戦的な瞳が煌めく。 

「任せるよ」

「了解した」

楽しそうに笑って、人通りの少ない路地を選んで進んでいった。







それから数分後の路地裏。
スーツ姿の二人の男をそれぞれ一撃で沈めたグラハムは、がっかりした口調で息を吐いた。

「……脆すぎる。つまらん」

尾行していた男は二人とも見たところ普通のビジネスマンのようだった。グラハムの足下に気を失って倒れている。

「ちょっと……君、やりすぎだよ。いきなり殴らなくても」

「仕方ない。こいつらが懐に手を入れたから、とっさに身体が動いた。危険は早めに排除しておいた方がいいだろう?」

素手で倒した相手を足で乱暴に仰向けにひっくり返すと、男のスーツの内側を探り、懐に入っていた固い素材を取り出した。てっきり拳銃のホルダーがあるのだと思っていたのだが、予想と違い、内ポケットに入っていたのは携帯端末だった。

「おや?」
グラハムが頭を掻いた。

「だから言ったのに……やりすぎだって。簡単に気絶しちゃうし、これじゃ何も聞き出せないじゃないか」

「待て待て、そう言うな。何か身元がわかるものが―――あ、あった」

財布を探ると免許証と社員証らしきものを発見した。身分証を持ち歩くこと自体、玄人ではあり得ない。完全に素人だ。

「……『KIC』?」

社員証の会社名を口に出したグラハムは、それがこの国で重化学工業を扱う大手企業の名であることを知っていた。

「なんでまた、あの会社が……?」
首を傾げたグラハムが、ふとカタギリに視線を向けると、いつになく真剣な眼差しで二人の男達を見つめている。

「カタギリ?」

「えっ……、ああ、何?」

どうやら考え事をしていたようだ。

「知り合いか?」

「いや、この人達は知らないな」

グラハムは、もの問いたげな視線でカタギリを一瞥すると、名前や住所をメモし再び財布を男のポケットに戻した。

「……憲兵に引き渡すかい?」

「いや、この程度なら調べればすぐに分かるだろう。それに、こちらも問答無用で民間人を殴ってしまったしな。後で騒がれると面倒だ」

渋い顔で自分の失態だと告げるグラハムは、ほんの一瞬カタギリが見せた安堵の表情を見逃さなかった。
それ以上は深く追求せずに、男の携帯端末で救急車を呼んでやり、すぐにその場を立ち去った。







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ビリグラ捏造SSです。「KIC」なんて企業は本編には出てきません。でも、KIC(通称「キック」)と呼んでいただけると嬉しいです。
グラハムB型は捏造です。なんとなく、あの子はB型っぽい感じがして……勝手な思い込みです。
そして、この捏造SSは、なんと続いてしまいます……(汗)。



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