※ダブルアタック2でも無料配布本より再掲
※なぜか、最初からダリルとグラハムが恋人設定です。
※カタギリのこととか、ドロ様のこととかちょっと忘れていただけると助かります。






++酩 酊++



ネオンがまばゆい大通りから一本脇道に逸れただけで、喧噪から遠ざかることができた。
人通りもまばらな路地を二人の男が歩いている。肩を並べて歩く二つの人影は、背の高さと肩幅が大きく違う。小柄な方の金髪が夜目にも明るく揺れるのがはっきり見えた。

Tシャツにジーンズとジャケットというラフな私服姿のダリル・ダッジは、大柄な体躯にドレッドヘアが特徴の軍人だ。上官であり恋人になったばかりのグラハム・エーカー上級大尉の横顔を歩きながら幸せそうに見つめている。
二人が特別な関係になってからひと月余りが経過していた。今夜は仕事の後、非番が重なったので二人連れだって食事に出掛けることになったのだ。

グラハムは夜空を見上げ、大きく息を吸い込んだ。酒精で火照った身体に夜風が心地よい。
ビールを飲みながらの食事の後、バーで更に飲みなおした。勢いで飲みすぎたせいもあって、少し足元がふらついている。
危うげな足取りのグラハムをダリルが時折、心配そうに見ている。人目がなければ、肩を抱いて歩きたいところだが、軍関係者も多く繰り出す繁華街が近いので、ぐっと堪えた。

「隊長、大丈夫ですか?」

「ん? ああ、問題ない。……おっと!」

言ったそばから歩道の段差で躓いた。隣からとっさに強い腕が伸びてグラハムの腕を掴み引っ張り上げる。

「はは、悪いな」

路地を二人で連れ立って歩きながら、グラハムが上機嫌で笑う。はんなりとした目尻が緩み、アルコールで潤んだ瞳が、隣を歩く男にとっては目の毒だった。
心臓の鼓動が早くなってこみ上げる情動を我慢できなくなった男は、周囲をさりげなく見回すと、唐突にグラハムを細い脇道に引っ張り込んだ。

「ダリル? どうしたんだ?」

壁に押し付けられて不思議そうな顔で男を見上げるグラハムにダリルが口付けた。やわらかい唇を舐め、誘うように舌を吸う。ひとしきりやわらかな感触を味わった後、唇を離した。

「……すみません、キスしていいですか?」

「もう、してるじゃないか」

グラハムが目を丸くして面白そうに笑う。無防備な笑顔がたまらなく可愛かった。
二十七歳の立派な成人男性に「可愛い」という形容詞を使うのはどうかと思うが、それ以外に適当な言葉が見つからないのだから仕方がない。

「――あ、そうっスね」

ダリルは頭をかいた。今の自分は、まるでハイティーンの学生のように落ち着きがない。好きな人がすぐ傍にいれば、触れたくなってしまうのを止めることができなかった。これでは、我慢弱いと自称するグラハムのことを笑えない。

「まあ、いいさ」

グラハムは、ふふっと笑うとキスをせがむように顔を仰のかせ、首を傾けた。
ダリルは、再びグラハムの唇を堪能する。うっとりとした表情でキスを受け入れ、甘い吐息を洩らすグラハムに、ダリルはたまらなくなって、ぎゅっと抱きしめた。
きつく抱き締めたせいか、苦しそうに身じろぎするのも構わず、口付けを続けたが、ふいに髪を引っ張られて、引き剥がされる。

「その辺に…しておいてもらおうか」

息苦しかったのか、グラハムの呼吸がわずかに弾んでいる。

「あ、すみません」

「いや、君が謝ることではなく――これ以上されたら私は……」

そう言って上気した頬を更に赤く染めて俯く仕草にダリルの心臓が跳ねた。
いや、もう、これは、この先のことを期待してもいい言葉だろう。そうに違いない、と心の中でガッツポーズをした。

「隊長は……我慢弱いですもんね?」

「その通りだ!」

胸を張って堂々と言う台詞ではないが、グラハムが言うと妙に納得させられるから不思議だ。
そして、恋人に「我慢できない」と暗に示唆されたら、即、応えるというのが男というものである。

「じゃあ、もう一軒行きますか!」

ダリルが、上機嫌でグラハムの肩を抱いて歩き出した時、突然、路地奥の暗がりから女性の悲鳴が聞こえた。

とっさにグラハムが振り返り、鋭く部下の名を呼ぶ。

「ダリル!」

甘い空気は一気に霧散し、二人は条件反射的に駆け出した。





二人が現場へ駆けつけた時、七人の若い男達が一人の女性の腕を掴み乱暴しようとしているところだった。

「おい、貴様らその手を離せ!」

グラハムの一言が狭い路地に響き渡り、男達が振り向いた。こういう状況ではありがちな台詞なのに、一瞬でその場が静まり、その隙に女性が男達の囲みから逃れた。追いかけようとした男の手から女性を庇うように、グラハムが間に割って入る。

「ああ? なんだてめぇは!」

グラハムの姿を見て、恫喝する者、口笛を吹く者、ニヤニヤと笑う者など反応は様々だが、どれも締まりのない顔で、自分達の邪魔をした人物が何者なのか見定めようとしていた。

「名乗るほどの者ではない」

物言いが少々古風なのは、グラハムのチャームポイントだとダリルは思った。(相当、グラハムに惚れ込んでいるという自覚がダリルにはあるので、下手なツッコミは敢えてしない)

「はあ? かっこつけてんじゃねえよ」

男たちの言葉をきれいに無視し、グラハムが女性の背に手を添え、逃げるよう言ってやさしく促す。

「ダリル、彼女を頼む」
「はい!」

ダリルは、男達の相手をグラハムに任せると女性を連れてその場を足早に離れた。グラハム一人を残しても大丈夫だと思ったのは、彼の実力を知っているからだ。
大通りまで出てタクシーを呼び止め、女性がちゃんとタクシーに乗り込むのを見届けてからグラハムのもとに駆け戻る。

ダリルが戻ってきたときには、グラハムはすっかり囲まれており、男達の肩の向こうに金髪が揺れるのがわずかに見て取れる程度だった。
下卑た笑いを顔に貼り付けた男達がグラハムを取り囲んでおり、案の定、「可愛い子ちゃん」だとか、「お嬢ちゃん」だとかお決まりの台詞を投げかけている。グラハムを外見で判断し、舐めてかかって痛い目を見る典型的な破落戸だった。
「オイオイ逃げられちまったじゃねえか、どうしてくれんだよ!?」とか、「じゃあアンタが代わりに俺らの相手もしてくれよ」とか、これまたこういう状況で決まりきった台詞の応酬があり、てっきり軽く無視してその場を離れるだろうと思っていたグラハムは、なんとその喧嘩を買ってしまった。

「遊んで欲しいなら素直にそう言え」

グラハムは男達を煽るような言い方をした。
酔っぱらっていたせいだと思いたいが、今日のグラハムは妙に好戦的だった。これは、正義感からの発言ではないことだけは確かだろう。

「ははっ、遊んでくれるってよォ!」
男の一人がグラハムの頤に手を伸ばした。頤に手を掛け顔を上げさせても、グラハムは微動だにしなかった。

「へっ、ビビッてんのか。それとも、ホントにコッチの趣味かぁ?」
仲間達がゲラゲラと嗤う。冷やかすような口笛と、卑猥な仕草でグラハムに詰め寄った。

「その汚い手を離せ」

男達の背後から獰猛な唸りが聞こえたと同時に手が払いのけられた。グラハムの頤を掴んでいた男の腕をねじり上げたダリルだ。グラハムを庇うように立ち、厳めしい顔と鍛え上げられた巨躯で男たちを見下ろす。
突然、強面のダリルに睨まれて男たちが僅かに怯む。

「なっ、なんだテメェ! やる気か!?」

ひ弱そうに見えるグラハムから相手がダリルに変わったことで、途端に男たちがナイフを抜いて、威嚇するように唸る。
相手はたった二人で、自分達は三倍以上の人数だ。しかも一人は小柄で童顔で、女みたいに整った顔をしている。戦力としては役に立たないだろうと見くびった男たちは、武器を取り出し勢いづく。

「何だ、テメエのオンナかよ」
「これから二人でシケ込もうってんじゃね?」
「俺らは、お古でも構わないぜ。こんだけ顔がよけりゃ、アッチの方もさぞ具合がいいんだろ?」

口々に卑猥で下卑た言葉で二人を嘲弄する。その内の半分くらいは、当たらずとも遠からずな内容だったので、ダリルは思わず噴き出しそうになるのを堪えなければならなかった。たぶん、グラハムも温い笑みを浮かべているから同じ気持ちだろう。
何しろ、こんな馬鹿共に遭遇しなければ、二人で仲良く朝まで過ごす気だったからだ。
グラハムは庇ってくれているダリルの背後から前に出ると、これ見よがしに肩をすくめ、ため息をついた。

「もう、いいか?」
「あん?」

逆上する反応を期待したのに、グラハムの予想外のリアクションに男が怪訝な顔になった。

「聞き飽きたから、そろそろいいかと聞いている。近頃の若者は、口ばかり達者で、喧嘩は拳ですることを忘れてしまったのか。男として情けない限りだな」

「何だと!?」
「もういっぺん言ってみろや、アア!?」

グラハムに掴みかかる勢いで、男達が凄む。それらをものともしないでグラハムは、傲然と顔を上げ、ニヤリと口角を上げた。


「わからんか? かかって来いと言っているのだ!」


グラハムが一喝した。
実に男らしい啖呵の切り方にダリルは惚れ惚れとグラハムの背を見つめた。
そう言われて、手を引っ込める男はまずいない。

殴りかかってきた男の拳をグラハムが、するりとかわすと、男は勢い余って地面に転がりそうになった。
「こっ……この野郎!」
体勢を整えた男が今度は、ナイフをちらつかせて再び襲いかかってくる。

「隊長……素人相手に乱闘騒ぎはまずいんじゃないですかね?」

ダリルは、一応、こっそりと進言はしてみたが、グラハムは取り合わなかった。
それよりも実に楽しそうで獰猛な笑みを浮かべている。獲物を目の前にした肉食獣のように緑色の瞳は輝いている。

「こんなものは、コミュニケーションの一つに過ぎん! 臆するな」

破落戸相手にコミュニケーションをとってどうするんだ、とはダリル思わなかった。グラハムの横顔にしばし見とれてしまっていたからだ。端正な顔立ちに時々見せる不敵な笑みが痺れるほどに格好いい。ダリルも昂揚感に心が沸き立つのを感じた。

「殺すなよ、後片付けが面倒だ。あと全滅もさせるな、一人残しておけ」

「なぜです?」

「救急車を呼ぶ人間が必要だ」

「アイサー!」

二人の会話に、男達が馬鹿にされたと気付いていきり立つ。

「ふざけんな! 何言ってやがる」
「やっちまえ!」

数でも優勢、武器を持っていることを過信した男達が一斉に襲いかかってきた。だが、勢いは良いが、所詮は素人でしかない。日ごろから鍛錬している軍の精鋭二人の敵ではなかった。

グラハムが動くたびに男達がうめき声を上げて崩れ落ちる。
つい先ほどまで、酔って足元がふらついていたのに、まるで別人だ。どこかでスイッチが切り替わったのだろう。
ダリルは男共を片づけながら、グラハムの戦いぶりを目の端で追っていた。グラハムの乱闘姿を見るのは久しぶりだ。グラハムはパイロットなのに白兵戦にも相当慣れている。
小柄なくせに自分よりも一回りも大きい体躯の男を一撃もしくは足止めに一発殴った後、次の一撃で確実に地に沈めている。相手はナイフを持ったチンピラだが、鈍く光る白刃に臆することなく攻撃をかわし、相手の急所を的確に狙った鋭い一撃をたたき込む。
男達は悶絶する間もなく、崩れ落ちた。

グラハムが最後の一人を殴り倒した後、大きく息を吐いて握り拳をつくった。

「いい気分を邪魔されたのだから、私には怒る権利がある!」

拳を天に突き上げ、宣言した。

「はあ、まあ、そうですけど……あの、隊長?」

ダリルは、路地に死屍累々と横たわる男達を見渡した。七人いた男達の内、三人はダリルが倒した。
「なんだ?」

「最後に一人残しとけって言ったの隊長ですぜ!?」

「む……そうだったか?」

自分の言った言葉をすっかり忘れている。腕組みして思案げに眉を寄せる顔が妙に子供っぽくて笑いを誘った。
くどいようだが、グラハムの足下には破落戸七人が転がったままだ。

「うわ……やっぱり酔ってたんスね……」

ダリルは呆れたように呟いた。仕方なく、倒れている男のポケットを探って携帯端末を取り出すと、一応救急車を呼んでやる。ついでに警察も。

ダリルが手際よく連絡をするのを見届けてから、グラハムは「よし」と言って頷いた。

「では、憲兵が来る前に撤収する」
「アイサー!」


酔っぱらい上官に苦笑しつつ、敬礼して答えたダリルだった。







※18歳未満の方は、この先はご遠慮ください。


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