◇ クルーゼの部屋を後にしたアデスは、ブリッジに戻る途中、兵士たちが利用する食堂へ顔を出した。 新造艦に兵たちが慣れたかどうか、非番の者から話を聞くつもりだった。 食堂は、程よく人がいて、アデスに気づいた何人かが立ち上がって敬礼する。それに対して「気にしなくていい」と片手で制しながら、数人から世間話を交えて艦内の様子を聞く。 そこへ、ちょうど交代で食事をとりに来ていた整備兵がアデスの姿を見つけて駆け寄ってきた。 「艦長っ!お聞きしたいことがあるのですが!」 その勢いに圧倒されたアデスを数人の整備兵が取り囲んだ。 「何事か!?」 「クルーゼ隊長のことです!」 その一言に食堂にいた者たちの視線が一斉にアデスたちに集まった。 それまで、にぎやかだった食堂が静まり返る。 食器がたてる音だけが、やけに響いた。皆、食事を続けながら固唾をのんで成り行きを見守っている。 「隊長がどうか?」 「艦長は、事情をご存知ありませんか?」 「?なんだ?」 わけがわからないといった様子のアデス。 「隊長の仮面のことです!もし、ご存知なら教えてください!」 アデスを囲んだ整備兵たちが一様に頷く。おそらく聞き耳をたてていた聴衆も同様だろう。 「・・・・・・」 アデスは答えず、顔を顰める。 「正直なところ・・・どういったご事情なのか、気になって仕事になりません!」 「艦長!」 「アデス艦長!」 「お願いします!」 口々にアデスに詰め寄る整備兵たち。その兵たちを見回し、アデスは更に眉を寄せた。 「・・・いつから我が軍の兵はゴシップ誌の記者のようになったのだ?」 低い声で、不快感を表す。 個人のプライバシーを侵害するような発言をするなと言外に匂わせた。 その声に全員が身を竦ませ、厳しい叱責を覚悟した。 アデスは、整備兵たちをひと睨みすると、軍帽のつばに手をかけてかぶり直しながらつぶやく。 「・・・まあ、気持ちはわからんでもない」 途端に身を竦めていた兵たちが、顔を上げた。 「だが、個人の事情に勝手な憶測や興味本位で踏み込むのは感心しないな。以後、控えるように!」 「は!申し訳ありませんでした!」 謝罪を込めて敬礼する整備兵たちに向かってアデスは頷くと、食堂を後にする。 食堂に会話がもどった。 アデスが去った食堂のあちこちで、ひそひそと小声で話す兵たちの姿があった。 (シロか?) (・・・いやクロだろう?) (どうかな。今のは、知ってるって感じじゃないぜ) (ああ、他の奴の手前、あの場はああ言うしかないだろう?) (ちっ、じゃあ艦長はシロだな) そう小声で話しているのは、自分の機体の整備が終わって休憩中のMSパイロットたちだ。 (知っていても口を割らないタイプだな) その中の一人、ミゲル・アイマンが一同を見渡しながらそうつぶやく。 (じゃ、そのセンはナシで) (りょーかい) 互いに拳を軽く合わせて、解散した。 一方、アデスは思っていた以上にクルーたちがクルーゼの素顔に興味を示していたことに驚くとともに納得もした。 自分も興味がないといえば嘘になる。しかし、その謎を暴くことは躊躇われた。なぜなら、本人が何も言わないのだ。他人の秘密に土足で踏み込むような真似はしたくなかった。 アデスにとっては、任務遂行の妨げにならなければ、それで良かったのだ。 それにしても、どんな事情があるか知らないが、周囲の人間が興味本位で近づくの嫌うなら、何らかの言い訳を用意しておくものではないだろうか。 新しい隊長の素顔のことで、艦内が少し浮き足立っている。そんな感触を得たアデスは、クルーゼに事情を説明して、誰もが納得して、それ以上詮索しないような理由を用意してもらおうか…そう考えもした。 クルーゼに対して抱いていた理由のわからない苛立ちは変わらなかったが、彼に対しての評価は大分上がったことは確かだった。 そして、アデスはクルーゼの微笑に2通りあるのを知った。 嘲笑・侮蔑・皮肉・謀略。 そうしたマイナスイメージを思い起こさせる笑みと、人を引きつける磁力のようなものを感じる微笑。 先程、隊長室で気を取られたのは、彼が自然な微笑みを見せたからだった。 (柄にもなく動揺した自分の様子が相手に悟られなかっただろうか・・・) アデスはブリッジへ戻る廊下を進みながら、一人赤面した顔を、軍帽を直すふりをして隠すのに一生懸命だった。 本部への同行を命じられて驚いたのはミゲル本人ではなく、オロールだった。 早速あれやこれやの企みがばれたのかと冷や汗をかいた。実際は、昨日の戦闘の件で報告を任されたと聞いて、本気で安堵したものだ。 当のミゲル本人は、そんな友人の心配など、どこ吹く風という感じで全く気にしていない。 「本部への行き帰りずっと隊長と一緒ってことは、仮面の謎を解く機会が増えるってことだよな」 「・・・・・・どうするつもりだ?頼むから余計なことはしないで帰って来いよ」 オロールは、大きなため息をついて駄目もとでも一応忠告する。 「任せろ。上官受けだけはいいんだよ。俺は」 すでにパイロット仲間たちは、クルーゼの素顔についての情報(というよりほとんど噂話に近いが)集めに躍起になっていた。 何度かクルーゼ本人に接触する機会を窺ったが、ガードが固い上に、多忙の身。新任の挨拶以来、一度も顔を合わせていない。 しかも、この件に関して、一番情報を持っていそうな整備班の連中が口を固く閉ざしたままなのだ。 シグーのカスタマイズや調整の上で、一番接点が多いはずの整備班が、鉄の結束でガードしている。 ―――いや、ある「自慢話」だけが館内に広まりつつあったのだ。 ◇ それは、「演習」直前のこと。 新型MSであり、隊長専用機のシグーの調整に時間がかかり、MSデッキでは、出撃ぎりぎりまで整備兵がせわしなく働いていた時のことだった。 MSデッキは無重力である。整備兵は、身体が流れるのを防ぐため、ノーマルスーツと機器類の間をワイヤーで固定しているが、MSに乗り込むパイロットはそうはいかない。 床や壁を蹴る角度や力配分を間違えると、目標とする自分の機体に辿り着かない。 そんな無様なパイロットなどザフトにいるわけがないのだが、無重力化では誰でも移動の際、お互いに手を貸すのがマナーだった。 特にMSに乗り込む際のパイロットに、その機体を担当する整備兵がハッチの前で手を貸してやる姿をよく見かける。 最前線に赴くパイロットに機体の最終調整の結果を伝え、健闘を祈るためでもある。それはもちろん隊長専用機の整備兵も例外ではなかった。 隊長機に限っては、整備班長じきじきに行うことも多い。(他の隊では、班長がここまでするようなことはないらしい) 無重力のMSデッキにクルーゼの身体が浮かぶ。 まっすぐ、自分のシグーへと進む白い制服姿を大勢の整備兵が仕事の手を止めて見ていた。 整備兵の一人が、シグーに乗り込むクルーゼに手を伸ばす。 クルーゼは、その手を取って器用に身体の向きを変え、MSハッチに手をかけるとそのままコクピットに身を委ねる。 「ご指摘のとおり、反応値を0.5上げておきました。これでも反射速度にタイムラグが出るようでしたら、OSの組み換えを再度試みます」 「了解した」 クルーゼの機体を担当した数人の整備兵が、コクピットのハッチまで寄ってきて調整の結果を伝える。 クルーゼの高い要望に応えてきた整備兵たちは、この整備班の中でも一・二を争う技術者たちだった。クルーゼの指摘を元に、彼の身体能力や反応速度に適したMSに仕上げるのは、口で言うほど容易くはない。 上級士官としては類を見ない程、根気よく何十回にも及ぶテスト飛行につき合ってきたクルーゼの期待に応えようと、否が応でも整備兵たちのやる気は増す。 その結果、作業が深夜にまで及ぶこともしばしばだった。 軍の中では、花形ともいえるMSパイロットだったが、彼らの功績の影には、必ずこうした整備兵や技術者たちの尽力があった。 お互い任務だと割り切ってしまうのではなく、互いのベストを尽くすことが、相手への最高の敬意の表れでもあった。 そして、戦果を上げると、自分ひとりの功績だと勘違いするパイロットが多い中、数々の人の手によって己の力や生命そのものが支えられていることを忘れない者も確かにいたのだ。 クルーゼもまたそれを知る者だった。 常に出撃までの時間と戦いながら、ベストを尽くす整備兵。 クルーゼは新型MSシグーでの初出撃に際して、彼らの労をねぎらう。 「ご苦労だったな。徹夜だったのだろう?ゆっくり休んでくれ」 整備兵の顔色からそこまで察したクルーゼが、いたわりの言葉をかけると、彼は驚いた様子で、そして、目元を潤ませた。 「ありがとうございます!隊長、よい戦果を期待しております。ご武運を!」 その言葉に自分たちの苦労が報われたような気がして、整備兵が嬉しそうに微笑んで敬礼する。 それに敬礼を返して、クルーゼがハッチを閉じた。 クルーゼが、出撃した後のMSデッキはちょっとした騒ぎになっていた。 クルーゼの言葉を皆に伝えた整備兵が嬉し泣きに涙を流すと、それにつられて何人かが号泣しはじめた。 ここ数日、シグーの改良に携わっていた者たちだった。クルーゼに合わせてカスタマイズされたシグーは、すばらしい仕上がりだった。 自分たちの力量に満足して、結果が出るのを楽しみに待つことにした。 そして、整備班の「自慢話」は、艦内に広がるのだった。 |
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