「アデスです。失礼します」

クルーゼの自室は、自分の部屋と広さは大して変わらなかった。デスクや壁に凝った意匠が施されているほかは、機能的にも何ら変わることはない。着任して一日足らずではあったが、私物など見当たらなかった。

「ああ、ご苦労。掛けて待っていてくれ」

打ち込み途中のデータを片付けるからというクルーゼの言葉に軽く頷き、簡易ソファに腰を下ろして、クルーゼの仕事が終わるのを待つ。
たった数分間のことにもかかわらず沈黙が妙に居心地悪い。時間的には2・3分のはずなのだが、かなり長く感じられた。
自分の呼吸音がやけに大きく聞こえるように感じられて、アデスはつい息を止めてしまった。
クルーゼがパソコンを閉じて立ち上がる。その様子にようやく深く息をつく。

「何か飲むか?」

「いえ、結構です。お気遣いなく」

勤務時間中だと言わんばかりに生真面目に答えるアデスにクスリと忍び笑いを洩らす。

「別にアルコールを勧めているわけではないのだが・・・そんなに緊張してくれるな」

「は!? いえ、別に緊張してなど・・・」

どうやらお見通しだったようだ。深呼吸しているところを見られたらしい。

「君とゆっくり話す時間もなくて申し訳なかった。軍の正規の手続きとはずいぶん違った行動が多くて、戸惑ったことと思う。
……これも本部よりある特命を受けていたためなのだ」

「特命―――ですか?」

アデスにとっては初耳だ。
演習とだけしか聞いていなかったし、その演習も敵の襲撃により不完全な状態で終了してしまった。

また、国防委員長を後ろ盾に持つというのは、こういうことかとも思った。
本来の命令以外のところで、別の思惑が働いていて、自分の預かり知らぬところで、その当事者になっているということに苛立ちを感じた。

(本部長がなにやら言いよどんでいたのはこういうことか)

「昨日の―――といってもまだ12時間しか経っていないが…地球連合軍艦隊の襲撃、あれは偶発ではない。事前に情報があったのだ。
あの時間、あの宙域に連合軍が集結するという」

「・・・それは!」

「それが、確かな筋の情報とは言い難くてね。情報源がどこかと聞かれても答えられないのだが、罠という可能性も否定できなかった。だから対外的には演習と言うことで出撃したわけのなのだが、我々クルーゼ隊にはその挟撃が命じられていた」

「それが、別働隊を組織した理由ですか・・・」

「ああ。演習の成果はもともと期待されていなかったわけだ」

「・・・っ」

アデスは我知らず唇を噛んでいた。上層部の策略や思惑など、知ったことではないが、自分の知らないところで、艦を始め、多くの部下が巻き込まれていることに腹立ちを覚えた。
同じく命令を受ける立場とはいえ、そんな重要な事を黙っていたクルーゼにも八つ当たりしてしまう。

「できれば、今後はその特命について事前に知らせておいていただけませんか!適切な対応を見誤る可能性がありますので」

おそらくクルーゼは本部から秘密裏に進めるように命令されていたはずだ。したがって、部下にも明かすことなく実行した彼の判断は間違ってはいない。
しかし、艦隊運用の責任者の一人でもある艦長たちには事前に説明してあってもおかしくないはずだった。
アデスは、大人気ないとは思いながら、こと人命に関わることでもある。苛立ちを隠さず、皮肉をこめて発言した。
その言葉に微笑するクルーゼの表情が更にアデスを苛立たせる。

「だが、君は見誤らなかった。そういうことだ」

「?どういう・・・」

まるで禅問答のような受け答えに当惑したアデスは言いかけて、ふいに気づいた。

「・・・・・・試していたんですか・・・」

更にクルーゼの笑みが深くなった。

(当たりだ・・・)

アデスは、上官の前で舌打ちをしなかった自分の理性を誉めてやりたかった。

クルーゼは、使える者、使えない者の選定をしていたのだ。
人は、突発的出来事にどう対処できるかで、その真価が決まる。クルーゼは、連合軍の襲撃を利用して、試していたらしい。
指揮系統が乱れた状態で、セオリーどおりに動く者、そしてマニュアルはあくまでもガイドラインに過ぎないと臨機応変の対応ができる者。
戦場にあってどちらが、有用な兵かは一目瞭然だった。

(この男―――堅物だが、勘は悪くない)

クルーゼは自分の見立てに間違いがなかったことに満足した。
これから自分が成そうとすることに必要なのは「その時」まで自分が生きていること。
そのための生存確立を上げること。
ただでさえ、人には言えぬ爆弾を抱えた身だ。たかが、連合との戦闘中に艦が沈められるようでは困るのだ。
使える者なら重用し、そうでなければ切る。
これまでも、これからも――そうしなければ彼の望む未来には到底辿り着けないだろう。

「では、本部への出頭命令は!? 昨日の艦隊戦の報告というのは・・・・・・」

「形だけのことだ。・・・ああ、もしこんな上官が嫌だったら、本部に行ったついでに人事部に掛け合ってくれて構わない」

「・・・・・・異議申し立ての期間はとうに過ぎています・・・」

「そうだったかな?」

異議申し立ては、辞令交付から24時間以内と定められている。
ただ、怪我や病気などの身体的理由の他、止むを得ない場合を除き受諾されることはまずなかった。
それを知っていて、楽しそうに(?)笑いながら話すクルーゼに、アデスは怒りを通り越して、半ばあきらめたかのような口調で、返すことしかできなかった。

「さて、事務連絡はこの辺にして」

(・・・今までのが事務連絡?・・・だったのか!?)

アデスは、つい握りこぶしに力が入ってしまう。

「今後のヴェサリウスの任務だが、L4宙域の調査だ」

「調査でありますか?」

「廃棄されたコロニーに良からぬ組織が拠点を築いているという情報がある」

「まさか・・・ブルーコスモスですか!?」

「それを確認、もしくは壊滅させることが我々の任務となる。最近のテロの件もある。国内の対策は、情報部と国家保安部に任せるとはいえ、戦時下だからな。プラント宙域外の捜索と戦闘行動となれば、戦艦が出向くしかなかろう。
正式な拝命は、今度の本国への出頭の際、あると思われるが、そのつもりでいてくれ」

「了解しました。特殊工作兵の出動もあり得ますか?」

「――だな。一時的に本艦に人員が増える。
私がこうだから多少混乱もあるだろうが、よろしく頼む」

仮面のことを言っているのだろうと察しがついたアデスだったが、それを顔には出さなかった。

「――はい。心得ました」

「頼りにしている」
ふっと緩んだ口元は、皮肉な笑みとは違っていて、アデスは一瞬それに気を取られた。

「以上だ。質問は?」

「あの・・・質問ではないのですが・・・」

「なんだ?」

「甚だ申し上げ難いことですが、苦言を呈する事をお許しください」

ご丁寧にもそんな前置きを付けるアデスをクルーゼは興味深げに見つめた。
「試した」だの、「意味がない」だの、生真面目な男にあれだけのことを言ったのだ。だいぶ腹に据えかねているのだろうとクルーゼは思った。

ひとつ咳払いをして、アデスがしかつめらしい顔で口を開く。


「MSに搭乗する際は、パイロットスーツを着用してください」


「・・・・・・・」


クルーゼは、反応できなかった。アデスは、それを怒りのためと受け止め、それに構わず続けた。

「昨日は、動転していてその場で言うのを忘れていましたが、危険です!
隊長の腕は存じていますが、万が一ということもあります!他の兵の手前もありますし、必ず着用を!」

「・・・・・・善処する」

クルーゼは笑いを堪えるのに苦労した。かろうじて返答したクルーゼだったが、確約は避けた。

アデスは、半分意趣返しのつもりで、半分は本気で言ったのだが、自分の苦言に怒るでもなく、苛立つわけでもないクルーゼを意外に思っていた。

(案外部下の話も聞くタイプか・・・?)

能力のある上官ほど、部下からの諫言や苦言を不愉快に感じるものだ。クルーゼもてっきりこのタイプだと思っていたアデスは正直拍子抜けした。

「他には?」

相変わらず笑いを堪えて、敢えて厳しい口調でクルーゼが促す。

「いえ、それだけです。では失礼します!」

逆に毒気を抜かれてしまったアデスは、敬礼して踵を返す。
その後ろ姿にクルーゼは言葉を掛ける。

「―――君は、聞かないのだな」

「は?」

アデスが怪訝そうな顔で振り向いた。

「いやいい、業務に戻ってくれ」

「?は。失礼しました」

アデスの黒い制服がドアの向こうに消えるのを見つめながら、クルーゼはつぶやく。



「あの男・・・・・・『何を』とすら訊かなかったな…」






そして、クルーゼは満足そうに微笑んだ。










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