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◇
MSデッキには、大勢の整備兵が集まっていた。
新しい隊長を一目見ようというよりも、職業意識から、あれだけの機動性能を引き出したパイロットの姿を一目拝んでおこうと皆思ったのだろう。本来の仕事もそっちのけで、Aデッキに集まったメカニックたちをアデスは一喝する。
「貴様ら、何をしているか!全員持ち場に戻れ!!」
アデスに一睨みされて、慌てて散っていく整備兵たち。
アデスに聞こえない声で「そういう艦長はなんでここにいるんだよ」「まだ戦闘配備中だろー」と小声でぶつぶつ言いながら、仕方なく持ち場に戻る。
『隊長機、着艦します』
艦内放送が流れるのを確認したアデスは、MSデッキに続く扉の前で、メカニックの一人に声を掛けられた。
「あ!アデス艦長。ノーマルスーツの着用を!」
「うん?ああ、ハッチ開放中か」
「すみません。少しお待ちいただければ、気圧も戻りますので」
「わかった」
逸る気持ちを抑えながら、デッキ内の酸素濃度が一定値に戻るのを待つ。ドアのランプが赤から緑へと変わるのを見届けて、扉を開けた。
床を軽く蹴って隊長機のハッチまで宙を飛ぶように進む。
ノーマルスーツを着ていないアデスの姿は、MSデッキでは目立つ。作業中のクルーが何事かと振り仰ぎ、アデスの行く先へと視線を投げた。
視線の先に隊長機の姿を認め、誰もが作業の手を休めて、シグーのハッチが開くのを見守っていた。
そして―――
シグーのハッチが開き、中から現れた人の姿。
初めにアデスの目に飛び込んできた色彩は金色。
明るいブロンドが無重力にゆったりと流れる。
次に視界を占めたのは、白だ。
その人物の身にまとう衣服の色。
ザフトの制服と同じ意匠だが、これまでに見たことのない白い制服だった。
その白い制服に包まれている肢体は、すらりとしてしなやかさを感じさせた。
MSパイロットのはずなのにパイロットスーツを着用していないということが、この時、まったく気にならないほど、視覚的に「美しい」と思わせる部類の人物だった。
しかし、ハッチに手を掛け、目の前に立つアデスに気づいて顔を上げたラウ・ル・クルーゼの顔は、鈍い光を放つ銀色の仮面で覆われていたのだ。
アデスはもとより、彼の後に続いた整備班長も、近くにいたメカニックも、驚きに息を飲む。
アデスは、小さく口を開けたまま不躾なまでにクルーゼの仮面を見つめてしまい、相手の苦笑を誘う。
その声に我に返り、かろうじて口を開く。
「ラウ・ル・クルーゼ隊長で・・・ありますか?」
思わず確認の問い掛けをしてしまったアデスを誰も責めることはできないだろう。
誰もがしばらく動けずにいた。
周囲は一種、異様な雰囲気に呑まれた。
その硬直を解いたのは、クルーゼ本人だった。
「そうだが。貴官は?」
「し、失礼しました!初めてお目にかかります。ヴェサリウス艦長、アデスです」
敬礼し、慌てて答えるアデス。
「そうか、先ほどの主砲発射のタイミングといいい、さすが、艦隊戦を知り尽くしているだけはある。
この度、本艦を受領したラウ・ル・クルーゼだ。よろしく頼む」
穏やかに、けれど凛とした響きをもつ声。
アデスは、その声に聞き惚れた。
先ほどの戦闘中の通信では、Nジャマーの影響で不鮮明だったクルーゼの声を、実際、生で聞いて、耳をうつ心地よい響きに圧倒される。
それは、アデスに限った事ではなく、すぐ傍で声を聞いたものたちは、しばし聴覚への快感というものが与える影響について考えてしまった。
しかし、同時に誰もが思ったのだ。
―――『惜しい』と。
あれだけの技能と、機体の性能を引き出せるだけの身体をもちながら、素顔が分からない。仮面に隠されていない口元を見ただけでも、秀麗な素顔の持ち主であろうことは推測できた。
だが、逆にあれで顔まで良かったら、嫌味だと思った者も中にはいたのだが…。
素顔を隠す理由は分からないが、しばらく仮面の謎で艦内はもちきりになるだろう。
「とりあえず、ブリッジへ上がる。報告は、その後で聞こう」
まだ、呆けたままでいるアデスたちを置いて、クルーゼはさっさとMSデッキを後にした。
もちろん慌ててアデスが後を追い、それを更に整備兵たちの視線が追ったのは言うまでもない。
すっかり、怒る気力をそがれたアデスだったが、やはり一言言っておくべきだと判断した。ブリッジへと続く通路を進みながらアデスは、目の前を滑るように移動する上官へ声を掛けた。
「クルーゼ隊長。演習はどうされますか?」
「演習?」
「シグーのテストも兼ねているというお話でしたが」
「ああ、終わった」
「は?」
「今の戦闘でほぼデータが取れたはずだが?まだこれ以上必要か?」
「それは・・・MSの戦闘データは取れましたが、艦隊戦の指揮の方はどうなさるおつもりですか」
「必要なかろう?」
「しかし、本部の命令は」
アデスは、隊長に就任したばかりのクルーゼに艦隊戦の演習もやっておいてもらいたかったのだが、クルーゼは必要無いと感じているらしい。
その自信がどこから来るのか謎だった。
軍人にとっては任務の遂行を第一に考えなければならない。
(早すぎる昇進で、軍人としての自覚が足りないのではないか!?)
アデスが苦々しく思っていると、更にそれを煽るかのようにクルーゼが言い放つ。
「ダミー相手ではなく、本物と艦隊戦の演習ができたじゃないか。本部にはそう報告すればよかろう」
「それは・・・しかし・・・・・・」
言いよどむアデスにクルーゼ立ち止まり、振り向く。
「真面目だな。艦長どのは」
クルーゼが口の端を少し上げる。なんとも皮肉な笑みだった。
その言い方にカチンと来るものを感じてアデスが微かに眉を顰める。
「・・・性分ですので」
言い返そうとした言葉を飲み込んで、ただそれだけ答えた。
「演習は中止だ。本部にはそのように打電しろ。ただし、戦果はあったと付け加えておけ」
「は。了解しました」
アデスは不満を胸の内にしまい込んで、命令を受け入れた。
(この人とは―――どうも合わない気がする・・・)
前途多難・・・その言葉が頭の中をめぐった。
ブリッジに戻った途端、クルーの視線が一点に集中した。
クルーゼの姿を見て、誰もが一様に驚いた様子だった。
確かに、白い制服姿にあの仮面を見れば、無理からぬことだ。
いささか不躾なほどの皆の視線を注意しようとアデスが口を開く。
「まだ、戦闘配備中だ!モニターに集中しろ」
クルーたちは、その声に慌てて視線をはずし各自の仕事に戻った。
クルーゼは、そうした部下たちの様子を不快に思うわけでもなく、通信士官から艦内放送用のインカムを借りて、ヴェサリウス艦内で初の訓示を行う。
「私は、この隊を預かることになったラウ・ル・クルーゼだ。
先ほどの戦闘で敵艦七隻を敗退させた戦果に君たちの力量を見せてもらった。
今後もプラントの自由と平和のため、連合に屈することなく戦い続けたいと思う。
皆の尽力を期待する。以上」
堂に入った訓示だった。
人の上に立つ者として押さえるべきところは押さえていた。
権威による圧迫感を感じさせることなく、部下の健闘を称え、今後の力量をも期待させる。
加えて先ほどの戦闘でのシグーの動き。艦隊攻撃の命令のタイミング。
この人に従っていれば間違いないと思わせるだけの何かを持っているのは確かだった。
だが、クルーゼが、他の多くの部下に見せない一面を持っていることにアデスは気づいていた。
全てを突き放しているかのような、冷めた視線。皮肉な微笑み。
(・・・なにかひっかかるのだが、それが何なのかわからん!)
アデスは、不可解なほど、苛立つ気持ちを抑えていた。
しかし、一方でアデスは、なぜ自分だけにクルーゼが裏の一面を見せたのかという理由を考えもしなかったのである。
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