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◇
演習の日。
結局アデスは、今日まで新しい隊長と顔を合わせていなかった。
クルーゼが、他市の工廠で演習時間の直前までシグーの調整にあたっているため、艦長の着任挨拶すらできなかったのだ。
そこで、仕方なく、クルーゼがMS部隊を率いてヴェサリウスとは別行動を取り、演習の場となる宙域でランデブーすることになった。
新型MSの機動テストも兼ねて行われる演習は、地球連合軍に悟られないようプラント本国から離れた宙域で行われることになっていた。
ヴェサリウスは時間通り、予告された宙域に到着した。
しかし、定刻の5分前になっても、隊長であるクルーゼの姿はおろか通信すらない。
今回の演習に参加する3隻の戦艦以外に、辺りに艦影はなく、ブリッジでは、クルーたちが落ち着かない様子でいる。
こんなことは前代未聞だった。
新造艦で、しかも新設の隊の初任務で、隊長が出港時に乗船しておらず、更には連絡もなく遅刻とは・・・・・・。
異例ずくめの演習で、一体どんな結果が出せるというのだろう。
ヴェサリウスのブリッジのちょうど中ほどにあり、全体を見渡せる場所に据えられた艦長席にアデスは座り、苛々と肘掛を指先で叩いていた。
僚艦からも「どうなっているのか」という問い合わせが相次ぐ。そのたびに、「そのまま待機」という回答をさせていたが、いいかげんそれも限界だ。
「艦長!そろそろ定刻ですが・・・」
「分かっている!」
遠慮がちに問い掛けるクルーの声にアデスは、不機嫌そうに答える。
そうは言っても、本来指揮を出すべき人物が乗艦しておらず、さらに別動隊を率いているとはいえ通信の一本すらない。
(どうなってるんだは、こっちの台詞だ!)
アデスは、不機嫌の絶頂にあった。
定刻を15分ほど経過した頃だった。
「!センサーに感あり!」
誰もがようやく来たかと安堵した瞬間だった。
クルーが緊迫した声で叫ぶ。
「敵です!!八時の方向に敵影七!距離五千!」
「なんだと!?」
一瞬でブリッジに緊張が走る。もう演習どころではなかった。
「演習中止を打電!直ちに迎撃体制をとれ!!」
まるでこちらを待ち構えていたかのようなタイミングで現れた地球連合軍の艦隊。
地球軍の艦艇7隻に対し、ザフト軍は3隻。
新造艦の演習中で、しかも指揮官が不在。数でも圧倒的に不利な状況だった。
「MS隊発進準備!」
「艦長!出撃できるMSは通常の半数にも満たない状況です!」
「構わん!出せ」
間の悪いことに、今回、別働隊でMS部隊があるため、各艦に配備されたMSは通常の半数だった。これに別働隊のMSが加わると通常の配備数を満たすのだが、今はとにかく数が足りない。
アデスが、一時撤退も考えたとき、突如モニターにいくつもの光が瞬いた。戦闘の光だった。
「連合軍の艦隊、交戦中です!」
「なに?相手はっ!?」
「我が軍のMS部隊のようです!機体コード確認。新型機のシグー及びジンです!!」
わっと、ブリッジが喜びの声に沸く。
アデスもまた、安堵する。すぐに増援に向かうべくヴェサリウスを転進させようとしたときだった。
モニターを見ていた士官から驚きの声があがる。
「あんな機動性能があるのか、新型は!」
次々に撃墜されていく連合のMA。モニターには新型機と思われる白いMSが映し出されていた。その中でもひときわ動きの速い機体にアデスの目は吸い寄せられた。
(あの動き・・・・・・彼だ!)
直感的にそう思った。
以前見たわけでもないのに、なぜそう思ったのか不思議だった。
「・・・すごい」
あっという間に連合の戦艦2隻が撃沈する様を目の当たりにしたブリッジではうめき声にも似た感嘆の声があちこちであがった。
「艦長!敵艦が主砲の射程距離圏内に入ります!!」
新造艦のヴェサリウスの射程は連合軍の戦艦よりも長い。艦隊戦では有利なのだが、現在、主砲の射線上には味方のMSもいる。この状況では撃つことはできなかった。しかし、このまま近づけば敵の主砲の射程に入ってしまう。
撃つなら今なのだが、戦闘中の味方のMS部隊を退かせる必要がある。
アデスが、主砲の発射準備とMS部隊への離脱命令を告げようとしたちょうどそのときだった。
その声は、ザフト軍の専用回線に乗って唐突に流れた。
『隊長のラウ・ル・クルーゼだ。各艦、主砲発射準備。タイミングはヴェサリウスに合わせろ』
初めて聞く声。
隊長と名乗った男の若々しい張りのある声が耳に残る。
この状況に慌てることなく非常に落ち着いた命令だった。命令し慣れた口調でもあった。
クルーたちはその声に落ち着きを取り戻す。
しかし、命令の内容は、直ぐには実行できないものだった。敵艦隊にMS戦を仕掛けている間は、味方の艦艇による長距離射撃ができないのだ。
「それでは、味方機に当たります! 艦長!!」
どうしますかと言外に問うクルーに、アデスは落ち着いた声で、クルーゼの言った通りに主砲発射準備と照準合わせを命ずる。
「味方のMSは一斉に離脱するはずだ。その瞬間を狙え」
「あと20秒で敵艦の射程距離圏内に入ります!」
射程に入ると同時に敵の砲撃が開始される。それまでに先制攻撃しなくてはならない。
(MS部隊を一斉離脱させる。そのタイミングを見逃すな。そういうことか今の命令は)
勘だった。
クルーゼの言葉の裏にあるものをアデスは感じ取っていた。
世界樹攻防戦の折、クルーゼの機体を一時だけだが収容した時のことを思い出す。あの後、整備班長の口から告げられた真実は、驚くべきものだった。
『―――あの機体、多少のカスタマイズはされておりましたが、機能としては従来のジンと全く同じだったんです。
あの運動性能を可能にしたのは・・・
あの驚異的反応速度は、パイロット自身によるものです――――――』
鳥肌がたつような感覚。
それを今思い出した。
(彼なら動く)
額に汗を浮かべながら、アデスはモニターに映ったクルーゼが操るシグーの動きだけに注目した。
「あと10秒!」
悲鳴に近い声でタイムリミットを告げるクルー。
「5秒!」
(動いた!)
一斉にMS部隊が敵艦から離れた。その瞬間を見計らってアデスは命じた。
「主砲発射!」
ブリッジのモニターが一瞬白く染まる。
「敵艦3隻の爆沈を確認!」
「残り2隻のうち1隻は中破! 退却していきます。追撃しますか?」
「いや、深追いするな。こちらの体制が整わない」
「了解」
「アデス艦長! クルーゼ隊長から通信です。――今から全機帰艦するとのことです」
「わかった。索敵を強化しつつ、MS隊を収容せよ。完了後、この宙域を離脱する。各艦に伝えろ。
私は隊長の出迎えにMSデッキへ行く。航海長!あとを頼む」
「は。指揮変わります!」
アデスは、ブリッジを後にした。
言いたいことはいろいろあった。
何の連絡もなく演習に遅れたこと。そもそも現地まで別行動というのも納得できなかったのだ。
今までの一MS乗りや一艦長としてではなく、これからは隊全体の動きに目を配らなくてはならない立場だというのに、そこが分かっていないのではないか。
確かにMSの腕は確かだ。
しかし、それだけでは艦隊の責任者としてやっていけない。
(ここはひとつ、びしっと言っておかなくては!)
アデスは、半分以上説教するつもりで、決意も新たにMSデッキへと向かった。
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