2 出会い






夜間に呼び出されることは、さして珍しいことではない。
血のバレンタイン以降、軍籍にある者は、召集されれば即刻出頭しなければならない。休暇が返上されることは日常茶飯事だった。

アデスが出頭命令を受け取ったのは、午後11時を回った頃。命令内容をモニターに向かって復唱しながら、案外遅かったなとひとりごちた。
C.E.(コズミックイラ)70 2月11日、地球連合がプラントに宣戦布告。その3日後、14日に悲劇は起きた。

『血のバレンタイン』

―――24万3721名の犠牲者とともに、決して戻ることのない道へと人類は踏み出してしまった。

プラント国葬の際、シーゲル・クラインによる独立宣言と地球連合への徹底抗戦の明言。喪服を身に着けて行ったことから「黒衣の独立宣言」と呼ばれた。
血の惨劇の一週間後には、ザフト軍と地球連合軍は、地球軍の月への橋頭堡であるL1の「世界樹」において激しい攻防を繰り広げた。
宇宙都市「世界樹」は、デブリベルトの塵となった。

その世界樹攻防戦以降、ザフトは地球上に侵攻を開始、4月1日には「オペレーション・ウロボロス」が発動。
地球上にNジャマーが散布され、地球は重大なエネルギー危機に陥った。

月基地を巡る攻防が始まったのは5月に入ってからだ。
グリマルディ戦線と名づけられた一連の戦いは、連合の自暴自棄とも言える行為で幕を閉じた。
6月2日、連合の重要な資源供給基地であった「エンデュミオン・クレーター」での攻防戦で、連合軍は第三艦隊壊滅の憂き目を見るが、鉱床と施設破壊を兼ねてレアメタルの混ざった氷を融解するための設備「サイクロプス」を暴走させ、ザフトもろとも自爆を図った。
この戦いで、両者共に多数の犠牲を出した。

その戦いからまだ10日と経っていない。しかし、アデスにとっては、もう10日も経ったのかという思いが強かった。
次の任務が決まるまで時間がかかりすぎだという気がしなくもない。この時期に2日間であったが休暇がもらえるとは思ってもいなかったのだ。

「ユニウス・セブンの仇を!」と盛んに叫ばれる世論の中で、アデスも例外なく連合に対しての憤りとナチュラルへの憎しみの芽を育たせていた。

仲間が戦場へ次々に出撃していくのを見送りながら、自分はまだかと、焦っていた。

アデスもまた、血のバレンタインで知人を亡くしている。

戦争では、親しい人と二度と会うこができなくなるかもしれない。
たった2日の休暇中に旧友のもとを訪れたのは、「次はないかもしれない」と思ったからだった。









「演習ですか?」

作戦命令書を手にしたアデスは、作戦指令本部長に聞き返した。

夜半に呼び出され、慌てて本部に出頭して受けた命令内容は、ナスカ級高速戦艦ヴェサリウスの艦長職の拝命と「演習」だった。

ザフトの職業軍人でもあるアデスにとっては、最新鋭の戦艦の艦長となって初めての演習ではあったのだが、既に艦隊戦を何度も経験しているアデスは、戦争が加熱するこの時期に行う演習に首を傾げる。

「ジンの改良型として開発された新型MS『シグー』のテストだ。指揮官専用機としての導入を見込んでいる」

本部からの命令は、新型MSのテストも兼ねて、艦隊戦の演習を行うというものだった。さらに、ヴェサリウスの配属先が決定したと通達された。

「クルーゼ隊に配属を命ず」

その言葉にはっとする。その人物の名に覚えがあったからだ。覚えがあるどころか、現在ザフト内で知らない者はいないくらい有名な人物だった。

世界樹攻防戦でのネビュラ勲章の受章。エンデュミオン・クレーター攻防戦での地球連合軍第三艦隊の撃破という功績を認められた人物の名は、ここ数日の間、ニュースでも取り上げられ、軍内でも昇進は間違いないと噂の人物だった。

その人物が、噂通り隊長職を拝命し、自分の上官となる。つまり、アデスが新たに配属されたのは、新任の隊長が率いる新設の隊ということだ。
新規に創設された隊に最新鋭鑑のヴェサリウスを充てるとは、作戦本部のお偉方はかなり太っ腹だ。
それだけ新しい隊長は期待されていると見てもいいのだろう。

新任隊長の名は『クルーゼ』。

噂の渦中の人物が自分と関わることに驚くと共に、ある種の因縁めいたものをアデスは感じた。
ここでその名をもう一度聞く事になるとは、思ってもいなかったのだ。

(先日の功績で、新たに隊長に昇格したということか・・・だが・・・・・・)

アデスが幾ばくかの不安を抱く。二度の功績と人々の噂だけで、優れた人物だと判断することはできない。

ザフトは、エンデュミオン・クレーター攻防戦の敗退により、グリマルディ戦線を放棄している。その戦いで敗退しているにも関わらず、第三艦隊撃破という功績によりクルーゼを隊長に任命し、新造艦のヴェサリウスを与えた軍上層部の考え方が問題だった。

敗戦色が強くなれば、士気は低下する。また、国民感情も反戦へと傾いてしまう。
世論の目を反戦運動からそらすために「英雄」をでっち上げるのは昔からよく知られた有効な手段だった。
敗戦の責任を追求されれば、上層部の人間は自分の現在の地位自体が危うくなる。

この度のクルーゼの功績は彼らにとっても都合の良いものだったはずだ。

そうした裏事情が見え隠れしていることが、アデスにとっては問題だった。



アデスの不安を他所に、本部長は非常に機嫌よく話し始めた。

「指揮官は、ラウ・ル・クルーゼ隊長だ。
今後、ヴェサリウスは彼の名を冠したクルーゼ隊の旗艦となる。
彼はL1宙域における世界樹攻防戦で、敵MA37機・戦艦6隻を撃墜したMSパイロットだ。国防委員会直属の特務隊に配属されていたが、その際の功績でネビュラ勲章を受けたことは、君も知ってのことと思う。
更に、ローラシア級戦艦『カルバーニ』の艦長として、先日のグリマルディ戦線で地球連合軍第3艦隊を撃破、その功績により、今回の辞令で隊長職を拝命した。
まあ、どういう人物かというと・・・いや、まあ・・・・・・実際に会えばわかるだろう。
ああ、年齢は28歳―――ということになっておる」

作戦本部のトップに立つ男が妙に曖昧な発言をした。
アデスは、途中まで言いかけて言葉を濁した本部長の態度が気になったが、噂の英雄が28歳という若さに驚く。

一度の戦闘でMA37機を撃墜した凄腕のパイロットがいることは知っていた。
知っているもなにも、その戦闘で彼は、一度は自分の艦に乗艦していたらしいのだ。

残念ながらその時は会う機会がなく、顔までは知らなかったが、その華々しい戦果については聞き及んでいた。

しかし、凄腕のMSパイロットが、必ずしも有能な指揮官だということはないのだ。
隊内の人心掌握。艦隊の適切な運航と、効果的な艦隊行動。そして何よりも艦隊戦の経験。
「隊長」として、部下が命を預けるに足る人物なのかどうか。それを見極めなければならない。
アデスは、そう考えたものの、艦隊の運航という点では、クルーゼに艦長の経験があるらしいのでそれほど心配はしていなかった。

(それにしても28歳とは・・・・・・若いな)

その若さで隊長に任命され、しかも司令官クラスの待遇ということは、それだけ優秀だということなのだろうが・・・・・・。

アデスは、自分の周囲にいる年若い兵たちの様子を思い浮かべる。
血気盛んな若者たちの姿や、無謀とも言える特攻など、気がかりな点ばかりが頭をよぎった。
勇気と言っていいのか――、かつて自分もそうだったように若さゆえの一途さと無鉄砲さを思い、少し気が重くなる。
いくら優秀とはいえ、新たに隊を任されたばかりの人物だ。MS戦での功績が認められ、戦局に関わる大切な戦闘で勝利を収め、初の隊長職に任じられれば、少なからず舞い上がるか、または力の入りすぎで部下とうまくいかない者が多い。
それを防ぐためにも新隊長が行き過ぎないように見張っていなければならない。
あくまで上官であるから、意見を述べる時はプライドを傷つけないように、そして味方に損害が出ないうちに諫言するのがアデスの役目となりそうだ。

(新造艦の艦長になったのは嬉しいが、上官のお守り役だけは御免だな)

アデスは、我知らずため息をこぼす。

その様子に気づいたかどうか分からないが、本部長が幾分声をひそめて、真顔で付け加えた。

「ここだけの話だが・・・・・・クルーゼ隊長の経歴には、不明な点が多い。
身元保証は完璧だがな」

アデスが怪訝な顔をする。

(経歴不詳なのに身元は保証されている?どういうことだ?)

はっきりいって、めちゃめちゃ不審だ。そんな不審人物を隊長に迎えろと言うのだろうか。

「なにしろ、この人事は国防委員長の一言で決まったからな。君もそのことを頭に入れておいてくれ」

軍のトップを後ろ盾に持つという人物についてこれ以上の追求は無用だとばかりに釘をさされた。

「は。しかし・・・・・・」

ますます怪訝な表情になったアデスが口を開く。

「君の疑問や不安は最もなことだと思うが―――私からはここまでしか言えん。すまんな」

自分にもさっぱり分からん――といった風情の本部長は、肩をすくめてアデスに言った。言外に退室を促されたアデスが、混乱した頭を抱えながら本部長の執務室を出る。

(私にどうしろと言うんだ。まったく!)

上層部の勝手な思惑に巻き込まれるのは勘弁願いたかった。しかし、そうも言ってはいられないようである。
一体、どんな人物を上官として迎えなければならないのか。

アデスの気は重くなる一方だった。






そして、アデスは4ヶ月前の戦いを思い出していた。

あの時、あの「世界樹攻防戦」の激戦の中で、偶然同じ艦に乗っていた時間があったという人物。

これまで、アデスは艦長として、艦内のことは装備や乗員について全て把握するよう努めてきた。そして、戦局における自艦の位置と役目を的確に認識することをモットーに艦長を務めてきた。

だから、自分の領域とも言える艦内に知らない存在などないはずだった。

だが、そこにあった、その「存在」。


―――「クルーゼ」という存在は、アデスが確固たる信念を持って死守するテリトリーに入ってきた異物だったのだ。



あれは、そう・・・ほんの数ヶ月前のことだったのだ。




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