◇ 「アデスッ…」 唇が綴る言葉を遮るかのように口づける。 柔らかな感触を楽しむように弄ぶ。 そういえば「艦長」ではなく「アデス」と、名を呼ばれるようになった。それが、耳に心地よく、またアデスを煽る結果となった。 「あ、はぁ…は……んんっ」 腰の律動を早めると、感じ入ったような声が上がる。 互いを繋ぐ濡れた感触に、アデスの身体の下で身じろぎするクルーゼ。 始めは、口止めのつもりだった。 己の誘惑に勝てた者などいなかった。都合よく使って、軽くあしらって、身体を与えておけば、下手なことをしゃべったり、要らぬ詮索する者などいなかった。 クルーゼにとっては、忌まわしい己の身体は、こういうときに役に立ってこそ、存在する意味があった。 謹厳実直を絵に描いたような男。 落とせれば、ある程度までは自分の役に立つだろう。 いくつもの打算と思惑。 自分はいつものように、ただ感じている振りをすればいい。 欲望を満たすことに必死な男たちは、自分の身体を貪るのに夢中で、そんなことには気づきもしない。 だが、一度ならず誘惑を退けた男がいた。 こうして、自分を抱いているときでも身体を気遣っている。 そして、恐らく―――気づいている。 自分が口止めのつもりで、抱かれていることに。 それを知っていながら、わざと誘いに乗った男。 アデスが、自分の思惑に気づいている―――クルーゼは、そのことになぜか安堵していた。 (この男の腕の中は温かすぎる) アデスに抱かれながら、クルーゼは忘れていた感覚を呼び起こされた。 「あっ……く…」 クルーゼの喘ぎ声が響く。「振り」などしている余裕はなかった。 アデスの腰の動きに合わせるようにクルーゼの身体が揺れる。自ら快感を追い始めたクルーゼにアデスの心配そうな声が届く。 「隊長……無理をしないでください」 クルーゼの指にアデスの指が絡み、シーツに縫い付けられていた。 仰のいた白い喉にアデスが軽く口づける。それだけでクルーゼの背筋には震えが走る。 「…お前は……なんでそんなに…余裕なん…だっ。…くっ…んっ」 「余裕など……そんなことより…あなたが、辛そうだ」 「どこがっ…」 思ってもいないほど、快感を得て動揺しているなど、口が裂けても言えるわけがなかった。意趣返しにクルーゼはアデスの雄を締め付ける。 「く…」 軽くうめくアデス。 「余裕は…どうした?」 にやりと唇の端を吊り上げるクルーゼ。 「あなたはっ…」 なんとか絶頂を堪えて、抗議するアデス。 クルーゼの身の内から己の剛直を引き抜こうとすると、クルーゼがそれを嫌がるかのように締め付ける。 「このままでは、貴方の中を汚してしまう」 アデスの頬に手を伸ばし、軽く触れると、クルーゼは切なそうに眉を寄せた。 「構わない。……『欲しい』と言っただろう?」 その言葉に抗えるはずもなく、アデスはクルーゼの中に己を解き放った。 ◇ ◇ ◇ 男は、隣で眠る人の顔を静かにじっと見つめていた。その髪に、頬に触れたくて手を伸ばしかけ、やめた。 身体を重ねて何か分かったことがあったのだろうか。 分からないことが増えただけではないのか。 それでも、一つ感じたことがある。 彼は何かを成そうとしている。 そのために手段を選ばず、己の身さえ道具として使う。 そして、他人もまた手段であり、道具の一つに過ぎないのではないか。 誰もが彼のことをそう思っているだろう。 だが、気づいてしまった。 彼の心の葛藤を。矛盾したその心の片鱗を。 彼は、自分を求めた。 自分はそれに応じた。 ただそれだけだ。 それだけが、事実であり、真実への階となる。 (全てが欲しいわけではないんですよ) 眠る人に心の中で語りかけた。 アデスはベッドから立ち上がって、ソファの背に掛けた自分の制服を取りに行く。 上着を着ようとして、はらりと舞うものに気づいた。 床に落ちた白い小さな紙片のようなそれを拾い上げる。 「…どうした?」 いつのまにか目覚めたクルーゼが、ベッドの上で身を起こし、アデスに問い掛けた。 「すみません。起こしてしまいましたか」 「いや、もともと眠りは浅い。気にするな。―――それ、サクラだろう?」 「よく・・・わかりましたね」 こんなに暗いところでよく見えたものだと、感心する。 「ああ、私も髪の間に紛れていたからな。あれだけの量が散ったのだから、真下にいた我々に花びらがつかないほうがおかしい」 「確かに。――ああ、この花食べられるそうですよ。お茶に入れたり菓子を作ったりするのだそうです」 「本当に詳しいな」 意外に可愛らしい趣味があるのだなとクルーゼがからかう。 「いえ、聞きかじったばかりなので・・・。友人にこのサクラの品種改良を研究している男がいまして、熱心にサクラのことを語るものですから、こちらもつい―――」 「なるほど、それでか」 ようやく納得したクルーゼにアデスは別の話題を振った。 「ああ、ご存知でしたか?この花は、種から育てないのだそうです。何でも『接木』という方法で増やすのだそうですよ」 「接木・・・・・・」 クルーゼはその言葉を繰り返す。 「私も詳しくは知らないのですが、つ・・・いえ、素人には難しいようです」 妻が――と言いかけて止めた。ここで彼女のことを話すのはさすがに気が引けた。妻が欲しいと言ったサクラの種。 その時、旧友は種から育てる樹ではないと言っていた。 「―――ソメイヨシノとか言ったか?そのサクラは」 「はい。たぶん」 「極東では有名な花らしいが、一度絶えかけたそうだな」 「えっ?そう・・・なのですか?」 意外な言葉に驚くアデス。 「こんなにきれいなのに。もったいない。 地球では山全部がが、このサクラでいっぱいになって、薄紅色の山が春の代名詞だったそうですが・・・・・・」 「そうだな。――そして、極東の山々は色を失い、惨めな屍をさらすことになったサクラは、こうして人の手で復活を果たした。それが『ソメイヨシノ』の新種か。 ・・・・・・まるで、われわれコーディネーターのようじゃないか。人の手を借りなければ、子孫を増やす事ができないのだから」 アデスが目を見張る。 どんなに美しくても人の手を介した自然は、もはや自然ではありえない。 そう言っているのだ。彼は。 人里離れた山野にひっそりと咲く一本の桜の古木。 どんなに多くの人がソメイヨシノの樹を植えても、その一本にはかなわない。 一本の古木の持つ、威厳に満ちた樹影と、何百年、千年にも及ぶ歴史。 風雪に耐え、己の力のみで生き続け、見事なまでの花を咲かせる。 その美しさは、人の美意識に訴えるだけでなく、感情をも揺さぶる。 清冽な美しさと威厳。 幾万の花の重なりが織り成す幾万の姿。 時には妖艶で、時には潔い。 自然交配で様々な種類の桜が生まれ、次世代を育む。だから同じ種でも一本一本の樹はすべて違う。 人が一人一人、違う個性と人格を持つように。 だが、ソメイヨシノのような一本の樹から造られたクローン植物たちは、みな姿が同じだ。そして、人の手を介さなければ繁殖できない種でもある。 クルーゼの言葉には、自嘲と皮肉と、なぜか悲しみが漂う。 そのクルーゼの表情は、アデスが、これまでに何度も感じた胸の痛みを覚えさせるものだった。 アデスは、ベッドに歩み寄り、クルーゼを優しく抱きしめた。 「なぜ、あなたはそんなに・・・」 「?」 「・・・辛そうなんですか?」 クルーゼを抱く腕に力がこもる。 「辛い?私が?」 何を馬鹿なことをと言わんばかりの口調でクルーゼが問う。 「何を言っている。お前の方が辛そうではないか。―――どうかしたのか?」 クルーゼはアデスの頬に手を添えて、微笑む。幼子を諭すような、睦言を囁く時のような―――。 それは、偽りの微笑だった。 これ以上踏み込むことを許さないと言外に語っていた。 一度近づいた人がまた遠ざかる。 アデスには、そのやり切れなさが辛かった。 |