「アデスッ…」

唇が綴る言葉を遮るかのように口づける。
柔らかな感触を楽しむように弄ぶ。
そういえば「艦長」ではなく「アデス」と、名を呼ばれるようになった。それが、耳に心地よく、またアデスを煽る結果となった。

「あ、はぁ…は……んんっ」

腰の律動を早めると、感じ入ったような声が上がる。
互いを繋ぐ濡れた感触に、アデスの身体の下で身じろぎするクルーゼ。

始めは、口止めのつもりだった。
己の誘惑に勝てた者などいなかった。都合よく使って、軽くあしらって、身体を与えておけば、下手なことをしゃべったり、要らぬ詮索する者などいなかった。
クルーゼにとっては、忌まわしい己の身体は、こういうときに役に立ってこそ、存在する意味があった。
謹厳実直を絵に描いたような男。
落とせれば、ある程度までは自分の役に立つだろう。

いくつもの打算と思惑。
自分はいつものように、ただ感じている振りをすればいい。
欲望を満たすことに必死な男たちは、自分の身体を貪るのに夢中で、そんなことには気づきもしない。

だが、一度ならず誘惑を退けた男がいた。
こうして、自分を抱いているときでも身体を気遣っている。

そして、恐らく―――気づいている。

自分が口止めのつもりで、抱かれていることに。



それを知っていながら、わざと誘いに乗った男。

アデスが、自分の思惑に気づいている―――クルーゼは、そのことになぜか安堵していた。

(この男の腕の中は温かすぎる)

アデスに抱かれながら、クルーゼは忘れていた感覚を呼び起こされた。

「あっ……く…」

クルーゼの喘ぎ声が響く。「振り」などしている余裕はなかった。
アデスの腰の動きに合わせるようにクルーゼの身体が揺れる。自ら快感を追い始めたクルーゼにアデスの心配そうな声が届く。

「隊長……無理をしないでください」

クルーゼの指にアデスの指が絡み、シーツに縫い付けられていた。
仰のいた白い喉にアデスが軽く口づける。それだけでクルーゼの背筋には震えが走る。

「…お前は……なんでそんなに…余裕なん…だっ。…くっ…んっ」

「余裕など……そんなことより…あなたが、辛そうだ」

「どこがっ…」

思ってもいないほど、快感を得て動揺しているなど、口が裂けても言えるわけがなかった。意趣返しにクルーゼはアデスの雄を締め付ける。

「く…」

軽くうめくアデス。

「余裕は…どうした?」

にやりと唇の端を吊り上げるクルーゼ。

「あなたはっ…」

なんとか絶頂を堪えて、抗議するアデス。
クルーゼの身の内から己の剛直を引き抜こうとすると、クルーゼがそれを嫌がるかのように締め付ける。

「このままでは、貴方の中を汚してしまう」

アデスの頬に手を伸ばし、軽く触れると、クルーゼは切なそうに眉を寄せた。



「構わない。……『欲しい』と言っただろう?」



その言葉に抗えるはずもなく、アデスはクルーゼの中に己を解き放った。








◇ ◇ ◇


男は、隣で眠る人の顔を静かにじっと見つめていた。その髪に、頬に触れたくて手を伸ばしかけ、やめた。

身体を重ねて何か分かったことがあったのだろうか。
分からないことが増えただけではないのか。

それでも、一つ感じたことがある。

彼は何かを成そうとしている。

そのために手段を選ばず、己の身さえ道具として使う。
そして、他人もまた手段であり、道具の一つに過ぎないのではないか。
誰もが彼のことをそう思っているだろう。
だが、気づいてしまった。
彼の心の葛藤を。矛盾したその心の片鱗を。

彼は、自分を求めた。
自分はそれに応じた。
ただそれだけだ。

それだけが、事実であり、真実への階となる。


(全てが欲しいわけではないんですよ)


眠る人に心の中で語りかけた。




アデスはベッドから立ち上がって、ソファの背に掛けた自分の制服を取りに行く。
上着を着ようとして、はらりと舞うものに気づいた。
床に落ちた白い小さな紙片のようなそれを拾い上げる。

「…どうした?」

いつのまにか目覚めたクルーゼが、ベッドの上で身を起こし、アデスに問い掛けた。

「すみません。起こしてしまいましたか」

「いや、もともと眠りは浅い。気にするな。―――それ、サクラだろう?」

「よく・・・わかりましたね」

こんなに暗いところでよく見えたものだと、感心する。

「ああ、私も髪の間に紛れていたからな。あれだけの量が散ったのだから、真下にいた我々に花びらがつかないほうがおかしい」

「確かに。――ああ、この花食べられるそうですよ。お茶に入れたり菓子を作ったりするのだそうです」

「本当に詳しいな」

意外に可愛らしい趣味があるのだなとクルーゼがからかう。

「いえ、聞きかじったばかりなので・・・。友人にこのサクラの品種改良を研究している男がいまして、熱心にサクラのことを語るものですから、こちらもつい―――」

「なるほど、それでか」

ようやく納得したクルーゼにアデスは別の話題を振った。

「ああ、ご存知でしたか?この花は、種から育てないのだそうです。何でも『接木』という方法で増やすのだそうですよ」

「接木・・・・・・」

クルーゼはその言葉を繰り返す。

「私も詳しくは知らないのですが、つ・・・いえ、素人には難しいようです」

妻が――と言いかけて止めた。ここで彼女のことを話すのはさすがに気が引けた。妻が欲しいと言ったサクラの種。
その時、旧友は種から育てる樹ではないと言っていた。

「―――ソメイヨシノとか言ったか?そのサクラは」

「はい。たぶん」

「極東では有名な花らしいが、一度絶えかけたそうだな」

「えっ?そう・・・なのですか?」

意外な言葉に驚くアデス。

「こんなにきれいなのに。もったいない。
地球では山全部がが、このサクラでいっぱいになって、薄紅色の山が春の代名詞だったそうですが・・・・・・」

「そうだな。――そして、極東の山々は色を失い、惨めな屍をさらすことになったサクラは、こうして人の手で復活を果たした。それが『ソメイヨシノ』の新種か。
・・・・・・まるで、われわれコーディネーターのようじゃないか。人の手を借りなければ、子孫を増やす事ができないのだから」

アデスが目を見張る。
どんなに美しくても人の手を介した自然は、もはや自然ではありえない。
そう言っているのだ。彼は。



人里離れた山野にひっそりと咲く一本の桜の古木。
どんなに多くの人がソメイヨシノの樹を植えても、その一本にはかなわない。
一本の古木の持つ、威厳に満ちた樹影と、何百年、千年にも及ぶ歴史。
風雪に耐え、己の力のみで生き続け、見事なまでの花を咲かせる。
その美しさは、人の美意識に訴えるだけでなく、感情をも揺さぶる。

清冽な美しさと威厳。
幾万の花の重なりが織り成す幾万の姿。
時には妖艶で、時には潔い。

自然交配で様々な種類の桜が生まれ、次世代を育む。だから同じ種でも一本一本の樹はすべて違う。

人が一人一人、違う個性と人格を持つように。

だが、ソメイヨシノのような一本の樹から造られたクローン植物たちは、みな姿が同じだ。そして、人の手を介さなければ繁殖できない種でもある。

クルーゼの言葉には、自嘲と皮肉と、なぜか悲しみが漂う。
そのクルーゼの表情は、アデスが、これまでに何度も感じた胸の痛みを覚えさせるものだった。
アデスは、ベッドに歩み寄り、クルーゼを優しく抱きしめた。

「なぜ、あなたはそんなに・・・」

「?」

「・・・辛そうなんですか?」

クルーゼを抱く腕に力がこもる。

「辛い?私が?」

何を馬鹿なことをと言わんばかりの口調でクルーゼが問う。

「何を言っている。お前の方が辛そうではないか。―――どうかしたのか?」

クルーゼはアデスの頬に手を添えて、微笑む。幼子を諭すような、睦言を囁く時のような―――。
それは、偽りの微笑だった。
これ以上踏み込むことを許さないと言外に語っていた。


一度近づいた人がまた遠ざかる。
アデスには、そのやり切れなさが辛かった。







next