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7 口止め
「報告書は見た。『演習』の成果は上々といったところだな」
ザフト軍本部、国防委員長の執務室。
その部屋の主である男は、執務机を挟んで向かいに立つ金髪の男に一枚のディスクを手渡しながら話し掛けた。
「ありがとうございます。情報もほぼ正確でした。あのルートは、こちらが優位に立っている状況ならば、一応信頼できるかと・・・」
軍病院での検査と治療を終えたクルーゼは、迎えに来たアデスと共に軍本部へと戻り、単身ザフトの最高責任者であるパトリック・ザラを訪れていた。
「演習」についての司令部への報告は部下に任せたが、こちらへの報告をクルーゼがしないわけにはいかなかった。
名目上「演習」という名を借りた地球軍との戦闘は、新たな情報ルートの開拓とその確実性の確認のために行われたものだった。それを知るのは、命じた者と命じられた者だけだった。
ザフト軍本来の命令系統ではあり得ない任務をクルーゼ隊は任されていた。味方にも秘密のまま実行しなければならない任務。軍の中枢に関われば、自然とそうした機会が増える。
「シグーの仕上がりはどうだ?」
「まずまずと言ったところです。ジンに比べて、カスタマイズがしやすいでしょうか」
「シグーは今後、後継機の大気圏内使用を考えている」
「地球での汎用型としてということですか」
「そうだ」
(航空性能を持たせた機体・・・では、地球降下作戦を実行するのだな)
戦争は拡大しつつあった。
ザフトは月面の攻略と同時に地球へも降下する。月へ物資や兵力を送る拠点である宇宙港を攻略し、マスドライバー施設をザフトが押さえる必要があった。そのための新型MSの開発も進められていた。
地球降下作戦が具体化しつつあるという情報と新型MSの開発。
クルーゼは、ザラの言葉の端々から未だ軍上層部にも公表されていない情報を得ていた。
事前に情報を得ることで他人よりも早く物事に対処できる。また、裏事情にも精通することになる。
その情報力を活用し、ザラのために働く。
それは、クルーゼとザラの間での暗黙の了解だった。
「君の働きには満足している」
「ありがとうございます」
世界樹攻防戦の時点では、まだ一介のMSパイロットだったクルーゼは、ザフトのトップに立つ国防委員長パトリック・ザラの声掛かりで特務隊の一員として戦闘に参加した。
ニュートロンジャマーの試験投入という作戦を成功させるための露払いとして、作戦を阻害する要因を取り除くというのが、特務隊の任務だった。
パトリックとしては、クルーゼが実戦でどれだけの働きができるのか試すつもりもあった。
クルーゼ用にカスタマイズされたMSジンを与え、最も動きやすい状況にクルーゼの身を置いた。国防委員長直属の部隊である特務隊は、謎を多く抱える彼にとって最適だったと言えるだろう。
そして、クルーゼはMA37機、戦艦6隻撃墜という、予想以上の働きを見せた。
これには、ザラも驚きを隠せなかった。
パイロットとしての適性試験や模擬戦の結果をデータとしては把握していたが、これほどとは思わなかった。
ネビュラ勲章の授与も当然の成り行きで、わざわざパトリックが裏から手をまわさなくても、クルーゼは実力で現在の地位を手に入れるだけの力を周囲に見せつけたのだ。
そして、この功績でクルーゼはローラシア級戦艦「カルバーニ」の艦長職を拝命。
再び、戦果を挙げる機会に恵まれた。
それが、月面エンデュミオン・クレーターでの戦いだ。
クルーゼは、この戦いで連合軍の第三艦隊を撃滅させた。
一方、連合軍は、鉱床・施設破壊を兼ねてサイクロプスを暴走させ、ザフト軍を撃破した。
ザフトとしては、この戦いで敗退しているにも関わらず、クルーゼを隊長に任命し、彼に新造艦のナスカ級戦艦「ヴェサリウス」を与えた。
ザラは、反戦・平和路線に傾く世論の目を欺くためにクルーゼの功績をうまく利用し「英雄」を作り出したのだ。
ザラは「いい拾い物をした」と思っていた。
地球連合軍との戦いに勝利し、プラントの独立を果たすために、そして、自分の地位を確固たるものにするために、クルーゼの戦闘での功績は都合が良かったのだ。
「英雄」とは、作り出すものだ。
それが、一時の存在でもいい。
ザラはそう考えていた。
様々な作為と欲望が一つの偶像を作り出す。
作られた「偶像」。
クルーゼも当の昔に了承済みのことだ。
お互いに利用し合う関係。ただそれだけだ。
自席から立ち上がり、クルーゼに歩み寄ったザラは、彼の髪に手を伸ばしかけて、ふとあるものに気づいた。
「何をつけている?」
ザラがクルーゼの金髪の陰に隠れるようにしてそこにあった白い紙片のようなものを拾い上げた。
なぜ、こんなものが?という戸惑いを含みながら首をかしげる。
クルーゼもまた、ザラの言葉の意味がとっさにわからず、首をかしげた。
「花びら・・・か?」
ザラが半信半疑で口にしたその言葉にクルーゼはようやく納得した。
そして、よくここまで落ちなかったものだと妙に感心した。
「ああ、サクラです。軍病院に咲いていましたので」
クルーゼは、アデスに聞いた花の名前を覚えていた。
「ふむ、あれか。地球では、一度絶えてしまったといわれる花だな」
「そうなのですか?」
意外な言葉にクルーゼが驚く。
「ああ、手入れが楽で、花芽をたくさんつけることで人々に好まれ、極東で一時期爆発的に増えたそうだが、その増やし方が問題だったらしい」
「増やし方?」
「もとは一本の樹木だそうだ。接木で増やしていくから寿命が同時期に来る。一本が病気になれば、ほぼ同じように罹患する」
「接木・・・」
「樹木のクローンのようなものだ。もとをただせばすべて同じ樹から――ということだな」
「・・・・・・なにやら暗示的ですね」
「だが、美しい。なによりも潔いと言われている花だ」
「潔い―――ですか」
「ああ、散り際がな」
ザラの言葉に含みはない。
サクラという植物に対する一般的な感想を述べているに過ぎない。にもかかわらず、クルーゼが、何かその言葉の奥に隠された意味があるのではないかと勘ぐってしまうのは、仕方のないことだろう。
彼の特殊な生い立ちと、秘められた過去ゆえに―――。
だが、この場でそれを知る者はクルーゼをおいて他にはいなかった。
仮面に隠されたクルーゼの表情を窺い知ることはできない。
ザラは、クルーゼの身にまとう雰囲気が変化したことに気づかず、続けた。
「明日、クルーゼ隊には、L4コロニー群への調査が命じられる。テロ組織に関する施設・人間を抹消しろ。どうせ廃棄寸前のコロニーだ。多少被害が出てもかまわん」
「捕らえた男が吐きましたか?」
「いや、意識が戻ったところで自殺した。証言は得られなかったが、別ルートでいくつか同様の情報がある。L4に怪しい一団が棲み付いているとな」
「わかりました」
「ああ、それによりクルーゼ隊の人員が増やされる。人事通達も司令部から明日あるはずだ。『赤』を着た新兵が5人、新規配属だ」
「士官学校の今期の首席は、ご子息だったと記憶しておりますが。…よろしいのですか」
「ああ。アスランは君の部隊へ配属となった。よろしく頼む」
「了解しました」
敬礼し退室しようとしたクルーゼをザラが呼び止めた。
「今度の任務が終わったら、時間をつくれるか?久しぶりにゆっくり話がしたい」
数拍の間。
そして扉が閉まる瞬間にクルーゼが口を開く。
「貴方がそう望むなら・・・・・・パトリック」
そして、静かに扉は閉められた。
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