(また・・・だ。なんだ?何かがひっかかる) クルーゼの表情にアデスは、再びもどかしい思いに駆られた。 偶然知ってしまったクルーゼの素顔。 そこに隠された謎は、外見的なものだけでなく、もっと深いところにあるのだとアデスは感じていた。 彼が、現在に至るまでに歩んできた道程。 そのすべてを推測することは不可能だが、平坦なものでなかったことだけは確かだろう。軍に「英雄」扱いされたものの、軍の思惑のままに動く人物ではなかったことをアデスはこの数日で知った。 ただ優秀なだけではない。 何か、他人には言えない、重みを背負っている。そう感じたのだ。 常に自信に満ち溢れ、戦場においては的確で冷静な判断を下すことができるクルーゼの姿は、その素顔の謎とも相まって、艦内では多くの信望者を生み出しつつあった。 MS戦では、伝説的な記録を打ち立て、また、戦場での状況判断と予測能力は他の追随を許さない白き隊長。 若い兵たちが憧れる「力」を兼ね備えた人物。 男ならば、「力」というものに一度は憧れるものだ。 その意味を知って、果てに何が残るのかを知るまでは―――。 アデスもまた、「力」というものに魅せられた一人だった。 だが、年相応に様々な経験をしたことで、「力」の持つ数々の側面に気づいた。 それは、誰もが、いずれ気づくことなのだ。 滅ぼすのも「力」なら、生み出すのも「力」なのだと。 「力」はそれを持つ人の、使う人の心のありよう一つでどうにでもなる。魅力的なものでもあるが、危険なものでもあるのだ。 クルーゼの持つ「力」もまた、両面を備えたものだった。 彼自身がそうであるように・・・・・・。 最初は、どう見ても性格的に自分と合いそうもなかった。 どこか突き放したような、すべてを割り切っているような態度が鼻についた。先入観もあったが、そんなクルーゼに反感を持っていた。 だが、なぜか、彼のことが気になった。謎めいた素性に関心がなかったと言えば嘘になるが、その秘密めいたところに惹かれたのも確かだ。 多くを語らず、わざと誤解されるかのような態度をとる。 そして、周囲がどう反応するのか愉しんでいるような節もあった。 シャフト内でのテロのときもそうだ。 偶然、素顔を見てしまった自分に対し、口止めに身体を売るような素振りさえ見せたクルーゼ。 自分がそれを受け入れるような人物だと思われていたことにアデスは腹を立てたのだ。 クルーゼの、そうした状況に慣れているような、相手が拒絶しないと思っているような態度。 アデスは、自分が拒んだことで、自尊心を傷つけられたクルーゼが怒ると思っていたのだ。 だが、彼は――― そう、アデスが「見損なうな」と怒鳴ったとき、その人は笑ったのだ。 とても満足そうに。幸せそうに――――。 あの笑顔が忘れられない。 アデスは、その時、初めてクルーゼの信頼を得たいと願うようになったのだ。 そして、今。 花霞の中で、すべてを諦めたかのような穏やかなクルーゼの微笑に胸が締めつけられた。 出会ったときから、感じていた違和感の正体にアデスは気づき始めていた。 これ程までに「力」をもつクルーゼをどこか「危うい」と思ってしまったのだ。 つい手を差し伸べたくなるような、支えてやりたくなるような危うさがクルーゼにはあったのだ。 再び風が吹いた。 辺りは花吹雪に見舞われた。 微かに光を受けてほの白く光るような花の群れと相まって、アデスの視界が霞む。 花霞の向こうに佇む人影。 白い衣に金色の髪が映える。 その姿も花霞と共に白く滲む。 アデスは、その姿に胸が締めつけられるような切なさを感じた。 (消えてしまう・・・!?) どこかへ消え去ってしまうかのような錯覚。 もう、戻らないのではないかという予感。 そして、ここに留めなければという強い想い。 アデスは、とっさに白い影へと手を伸ばした。 ほとんど無意識だった。 気づいたとき、アデスの腕の中には、クルーゼの肢体があった。 アデスは、上官のしなやかな身体を抱きしめていた。 頬をなぶる金糸。 腕の中にすっぽりと収まってしまう肢体。 抱き寄せた細い腰。 仮面に覆われた素顔を見ることはできない。いや、仮面が無くても、まともに上官の顔を見られるわけがなかった。こんなことをしでかしておいて・・・・・・。 多分、お互いに驚いているのだろう。 突き放されるわけでもなく、拒絶の声を上げられるわけでもなく、ただ、二人とも彫像のように身動きできずにいた。 どれくらいそうしていたのだろう。 「も、申し訳ありません・・・」 消え入るかのような細い声でアデスがクルーゼに囁く。 アデスの顔を見ることができる角度ではなかったが、おそらく顔を真っ赤に染めているだろうことが、クルーゼには容易に想像できた。 「どうした・・・?」 「あなたが・・・消えてしまいそうな気がして・・・・・・」 アデスは、こんな恋愛ドラマのワンシーンのようなベタな台詞を吐いている自分が信じられなかった。 しかも、相手は、自分の「上官」で、「男」なのだ。 自分から動くことができないアデスは、いっそ、クルーゼがこの腕を振り払うなり、突き飛ばすなりしてくれればいいのにと思った。 だが、クルーゼは振り払うどころか、非難の意思さえ見せない。アデスはますます混乱した。 「・・・早く、この腕を振り払うなり、殴るなりしてください」 「なぜだ?」 「なぜっ・・・て・・・・・・お嫌でしょう?こんな暑苦しい男に抱きつかれて」 「別に嫌だとは思わんがな・・・」 「は?」 「だったら、お前が離れればいい」 「―――それができれば、こんなこと申し上げません」 アデスは、自分の言葉と行動が矛盾していることに気づいてはいるものの、ますます強くクルーゼを掻き抱く。 触れる身体から鼓動が伝わる。 「アデス・・・・・・少し緩めろ。息ができん」 アデスの耳元で息を乱すクルーゼ。 名を呼ばれてまたも、言いようの無い感覚に襲われる。 クルーゼの吐息の熱さを感じて、アデスの思考が乱れる。 ( くそっ・・・どうしたって言うんだ) アデスが腕の力を緩めると、クルーゼがようやく息をつく。 二人の視線がクルーゼの仮面越しに絡む。 クルーゼは、口元を微かに緩めて囁いた。 「もう一度聞こうか?―――お前は何を望む」 「―――今更っ・・・それを聞くんですか!?」 「ふ・・・・・・もう、言葉は要らないか?」 クルーゼが笑う。 手をアデスの頬に伸ばす。 次の瞬間、アデスはクルーゼの頤を乱暴に持ち上げるようにして、そのまま口付けた。 「ん・・・うっ」 腰を抱き寄せる。 「・・・アデスッ」 唇が離れた瞬間にかすれた抗議の声を上げるクルーゼ。 嫌がっているのではなく、無理な体勢で口付けられていることへの抗議だった。 アデスには、それすらも艶に感じられた。 「すみません・・・」 そう言いながら、今度は優しく口付ける。 その口付けに応えるかのようにクルーゼの腕がアデスの背中へまわる。 薄闇の中、サクラの下の二人を覆い隠すかのように白い花びらが舞っていた。 |