「クルーゼ隊長。こちらにいらしたんですか」

わずかにはずむ息。
上官の姿を探して、病院内を歩き回ったらしい様子が見て取れた。

「検査結果に異常が無く何よりでした」

花びらで白く覆われた芝の上を踏むのがもったいないとでもいうかのように、躊躇いがちに近づく黒衣の男は、歩きながら白い樹影を見上げる。
立ち止まって、舞い散る花びらに手を伸ばし、ひとひら掬い上げた。
辺りを白く染めた花びらを見回し、感嘆する。

「これは・・・みごとな大木ですね。サクラ―――ソメイヨシノでしょうか」

「サクラ?」

「はい。何でも地球の極東の花だそうです。
サクラという樹の中でも、これは『ソメイヨシノ』という種類のものらしいですよ」

「詳しいな」

「いえ、私もつい先日知ったばかりで、あまり確かなことは言えないのですが・・・。
それにしても、こんなところでお目にかかれるとは思ってもいませんでした」

苦笑しながら答えるアデスは、サクラを見上げ、感慨深げに目を細めた。先日、友人のモリヤ教授を訪ねたときのことを思い出す。
研究所でサクラの研究をしている友は、サクラの魅力について熱っぽく語っていた。花を待つ間の緊張感と期待感。
開花から満開、落花まで、さまざまな姿で人々を魅了するという。

(そういえば、五感全てで花を愉しむと言っていたな・・・)

アデスは、その時々でさまざまな面を持つというサクラという花をこの時初めて理解した。



風を頬に感じながら、舞う花びらを愉しむ。

かすかに香る花の香を聞く。

揺れる梢が奏でる音。

淡く発光するかのような花の重なり。



「私が以前、昼間見たときは、誇らしげな花だと思ったものですが、今、薄明かりの中で見ると、また雰囲気が違いますね」

「どう違う?」



清冽な美しさと威厳。

幽玄の美。

微かに胸に迫る痛みと切なさ。

理由もわからず、涙がこぼれそうになる。

花霞みが迫ってくるかのようで。



「胸が騒ぐような・・・なんだか落ち着かない気分にさせられます」

アデスは、そう言って視線をクルーゼに向けた。
淡い花の重なりを背景にして立つ、白い制服姿のクルーゼの姿は、花霞みに滲んで見えた。
姿が花の中に消えてしまうような錯覚。
一瞬のことではあったが、クルーゼの姿を確認するかのように、アデスは目をすがめた。

クルーゼの口元に浮かぶ穏やかな微笑。
いや、微笑と言うのだろうか。あまりにも穏やかで、ある種の諦観のようなものが感じられた。
それに不吉な予感めいたものを感じ、アデスは目が離せなくなった。

(なんだ・・・?このわけのわからない焦燥感は・・・・・・)

理由のわからない胸騒ぎがした。

「ふ・・・艦長は詩人だな」

クルーゼがサクラの花びらをひとひら手にして、からかうように口元を緩めた。

「いえ、そんな・・・」

手を左右に大きく振って、否定するアデス。
ふと、表情を改めて、クルーゼに向き直る。

「あの・・・隊長?どうかなさったのですか」

「?何がだ」

「いえ、お顔の色が優れないようですので・・・」

「街灯の明かりのせいだろう」

「そう・・・でしょうか」

「何が言いたい?」

アデスは、自分の感じたことを口にする。

「検査結果は異常なかったと伺いましたが、何か他に気にかかることでもあるような・・・」

クルーゼは舌打ちしたい気持ちを抑えた。

(こういう時ばかり勘がいいのも困りものだ)

「何も無いさ・・・そうだな、しいて言えば、私もこの花に惑わされたらしい」

白い花に心が囚われる。忘れていた感覚が呼び起こされた。

(今となっては、忌まわしい感覚だ。なにかを「美しい」と思うことは――――)

クルーゼが自嘲気味に微笑んだ。






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