今後の作戦準備と関係機関との連絡調整役としてヴェサリウスから情報専門士官が三人やって来た。
本部の会議室を借り切ってパソコンなどの機材を持ち込み、情報収集や事前の調整にあたる。

こうした連絡・調整係として、情報部門を専門に扱う士官がいるので、彼らが到着してからは、ミゲルの仕事はほとんど無くなった。
ミゲルとアデスは、軍病院から本部に着いてすぐに艦隊指令本部で、「演習」についての報告を行った。
その後、国家保安部と軍警察の捜査官がやって来てシャフト爆破のテロ事件についての事情聴取が行われた。事情聴取といっても状況説明だけだったので、30分ほどで終わった。
捜査官は、クルーゼの意見を聞きたかったようなのだが、負傷して病院で検査中ということで諦めてもらう。その分アデスが詳細な報告をすることで納得してもらった。非常時なだけに、事情聴取ばかりに時間をとってもいられないのだろう。捜査官たちは慌しく次の現場へと向かった。

その後は情報専門士官が到着するまでの間、ミゲルは会議室を借りるなどの雑用をしたが、彼らがやって来ててきぱきと仕事に取り掛かると、途端に暇になってしまった。
そもそもミゲルは、パイロットである。
特命があるならばともかく、事前調整や情報収集などの連絡調整に携わる士官ではない。
アデスは、ミゲルに「待機」とだけ告げて、どこかへ行ってしまった。幹部たちとの連絡調整にでも行っているのだろう。

(あの人もマメだよなー。情報の奴らに任せときゃいいのに)

実際、艦の運航だけを気にしていればいい普通の艦長職とは違って、隊の旗艦の艦長はすべきことが非常に多い。
隊の方針によっては、事務処理などを専門の秘書官に任せるところもあるが、クルーゼ隊ではそうした役付きの士官を設置していなかった。
これは、クルーゼの独自の方針でもあるのだろう。秘書官を必要無いと判断したようだ。
もっとも、その理由が機密情報に携わる人物をなるべく少なくしておきたいという考えによるものだということを知る者は少ない。
それは、彼の心に期するものがあるからなのだが、ミゲルは知る由も無かった。

(アデス艦長も大変だよな。クルーゼ隊長相手じゃ、振り回されっぱなしだし。
でも、ま、隊長に病院行きを進言した時は、結構見直したけど)

ミゲルは、本部の各フロアに設けられた休憩コーナーの飲料ディスペンサーでコーヒーを買い、吹き抜けとなっている階下の様子を見ながらコーヒーを啜っていた。
ちょうど、本部のエントランスが見下ろせる位置だったので、何気なく人の出入りを見ていた。

(ん?あれ・・・)

軍のグリーンの制服やダーク系スーツ姿の人波の中に、明らかに毛色の違う姿があった。
上から見ると、何人かが振り返って、その姿を目で追っているのがよくわかった。

(へえー。あれが、今期の"赤"の奴らか・・・)

視線の先には、赤いザフトの制服を着た少年兵たちの姿があった。ザフト軍の養成学校、通称「アカデミー」の卒業生の中でも成績のトップ五人に着用を許されているのが、赤い制服だった。五人揃っているところを見ると、本部での辞令交付式に出席のためか、着任の挨拶にでも来たのだろう。ミゲルは、少年兵たちの顔を確認しようと手すりから身を乗り出す。

(げ。どっかで見たことある奴らだと思ったら、ほとんど評議会のお偉方の息子じゃねえか。エリート中のエリートってことかよ)

ミゲルは、親の七光りという言葉を思い浮かべたが、親の権力だけでザフトの赤が許されるほど、自軍の意識が低下しているとは思っていなかった。

(この時間にここに来たってことは・・・まさか、ウチの隊に配属なんてことは・・・)

午後8時半を過ぎての本部への出頭命令だ。緊急のものであることは間違いない。そして、現在、急を要する任務と言えば、テロがらみと考えてまず間違いないだろう。そのために作戦行動に入る部隊といったらクルーゼ隊だけだ。
ミゲルは自分の考えがあながち外れていないことに気づいていた。

(ま、来たら来たでお手並み拝見といきましょうか)

いろいろ楽しみが増えそうだと、一人、にやりと笑って、冷めたコーヒーを一気に飲み干した。



「あれ?艦長は?」

情報専門士官たちへの差し入れコーヒーを両手に持ったミゲルが会議室に戻った時には、既にアデスは本部を後にしていた。

「ああ、アデス艦長なら、軍病院へ行ったぞ。隊長のお迎えだと」

「え、迎え!? オレ・・・いや自分が行く予定だったんですけど」

情報専門士官の一人はミゲルのよく知るアカデミー時代の先輩だった。一緒に悪さもした仲なので気心は知れている。
その先輩士官がキーボードをたたきながら、会話を続ける。

「ああ、連絡あった時に、お前はずしていたからな。どこ行ってたんだよ」

「いやー。ちょっと新しい赤の連中の見物に・・・」

(ちっ、隊長と二人きりになる絶好の機会だったのに!先越されたー!)

折角の好機を自ら逃してしまって、歯噛みするミゲル。

「赤?そうか・・・もうそんな時期か。これから戦争が激化するって時に気の毒な奴らだな。ろくに演習もできずに本番だな。ま、どんなにアカデミーの成績が良くても、戦場じゃ運、不運もあるしな。―――で、どんなヒヨッコたちだった?」

「どっかで見た顔ばかりでしたよ。ほとんど今の最高評議会議員のご子息ってやつですね」

それを聞いた途端、他の仲間も仕事の手を休めて振り向き、話に割って入った。

「かーっ!人事の連中何やってんの!?そんなん集めてどうするよ?」

「これじゃますます、ウチの隊が"エリート部隊"って皮肉られるぜ?」

「まあ、間違ってないから仕方ないとはいえ、なあ?」

「ああ、ネビュラ勲章に、第三艦隊撃破と来た。鳴り物入りで隊長就任だしな。今回の事件では、丸腰だったのに艦長と二人でテロリスト4人倒したんだって?この隊に配属になって、俺たちも他の隊の奴らに妬まれるのなんのって」

「結構、政府も宣伝効果狙ってるだろうな。若く有能な指揮官が指揮するクルーゼ隊に配属された新兵はみな容姿に優れ、優秀なMSパイロットだった!ってね」

「ははは、違いない」

一同の軽口に終止符を打つかのように、一番年長の士官が笑いを収めて真顔になり、ため息をつく。

「俺は・・・この前の演習で隊長機の動きをモニターで見たけど、あれは確かにすごかった。君は一緒に戦ったんだよな。どうだったんだ?」

急に話を振られて、動揺するミゲル。

「え?あ、うーん。すごかったとしか言い様がないですねぇ。隊長機のシグーもジンの改良型とはいえ、機動性能が大幅に違うってことはないですし、そうなるとあんな動き見せられたら、パイロットの腕がいいというか・・・…何だろう・・・勘がいいと言うのか。俺たちと違う次元で戦局を見てるというか・・・」

「へえ?めずらしいな。お前がそんな風に上官のこと誉めるなんて」

仲の良い先輩士官が意外そうな口ぶりで言う。

「え!? いや、そんな・・・ことはないですが。事実を言っただけです」

「ふーん。そういうことにしておいてやるか」

ミゲルは、ニヤニヤと揶揄するかのような笑みを浮かべる先輩士官を一瞥して顔を顰めた。
そろそろ仕事に戻れと一同を促し、年長の士官がパソコンの前に向き直りながら呟いた。

「ラウ・ル・クルーゼか・・・。確かにすごい人物だ。
ヴェサリウスに乗っている限り、我々が生き残る確立は高いかもしれんな」

ミゲルは、その言葉がヴェサリウスのクルーたちの気持ちを代弁したもののように感じた。

(信頼・・・?されているってことだよな。みんな、もう素顔は気にならないのか・・・)

士官たちの軽口からもクルーゼへの批判やら疑問といったものは感じられなかったことに少々驚いたくらいだ。

自分と同じように周囲が認め始めている。ラウ・ル・クルーゼという人物を。

素顔を隠し、経歴も定かでないという一軍人に惹かれ始めている。
人の命が消耗品のように扱われる戦場で、何らかの希望を見出してしまった。
ラウ・ル・クルーゼという人物の中に―――。

ミゲルは、身の内を走る僅かな緊張感と共に、その人物と共に戦える幸運に身が震える想いだった。




―――しかし、それだけ、戦況は悪化しているということに一体何人のプラント国民が気づいていたか。

人々は、すがる者を、力のある者を、探し始めてしまった。

「ナチュラルへの報復を」「連合軍を殲滅せよ」という世論の言葉とは裏腹に人々の心はどこか不安なのだ。

伸び悩む出生率。
ブルーコスモスのテロ活動による世情の不安。
終わりの見えない戦争。
行き詰まったコーディネーターの未来。

それらを打破するべき人物を探していたのではないのか。

力ある者を。

導く者を。

怒りの代弁者を。

その人物の姿が仮初めのものだとしても、黙って受け入れる。

プラント国民が、「幻」という架空の未来に惹かれ始めているという事実に皆はまだ気づいていなかった。
架空の未来を語る代弁者は、プラント政府の頂点に最も近いところにいる人物だということを―――。


代弁者パトリック・ザラを頂点とする軍の機構の中で、彼の権力を名実ともに不動のものとした人物。




その人物の望む姿に世界は変わろうとしていた。






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