| 5 閉ざされた過去 テロリストの遺体の処理にやってきた兵や警察と入れ替わるようにして、待避所フロアを後にしたクルーゼたちは、ミゲルが手配した軍用車が待機しているシャフトの管理センターへ向かった。 エレベーターを降りると、地上一階部分のエレベーターホールには慌しく行き交う武装した兵や警官たちが目立つ。 けが人の手当てのため駆けつけた医師や救急救命士・救護士たちが大声で搬送の指示を出している様子は、まるで大災害の被災地のようだった。 その様子を横目に見ながら、三人はミゲルが手配した車へと急ぐ。 シャフトタワーの外には、騒ぎを聞きつけたマスコミが警察の規制を受けながらも必死にカメラを回す姿が見えた。 クルーゼは車に乗り込むとすぐに運転席に座る下士官に命令する。 「本部へ向かってくれ」 「いや、行き先は軍病院だ!」 アデスが、クルーゼの声を遮るように行き先を変えるよう命じた。 「艦長!」 クルーゼがアデスの方を振り向き、非難の声を上げる。 「病院が先です。隊長、頭部へけがを甘くみてはいけません。外傷がなくても重篤になる可能性があります。先に精密検査を受けていただきます」 「大丈夫だと言っている」 「演習の報告は、自分とミゲルで十分です。検査だけなら一時間もあれば終わります。任務のことでしたら、その後でも問題ないでしょう。どのみちこの騒ぎですから、本部もすぐには動けません」 「だから、急がなくてならないということもある」 クルーゼはなかなか承諾しない。仕方なくミゲルがアデスの意見に同調し、更にクルーゼに病院へ行くように促す。 「生き残ったテロリストの尋問に多少時間がかかるでしょう。少しでも情報を得たからの方が動きやすいのではないでしょうか」 「隊長が病院にいらっしゃる間に我々で情報収集と関係機関との事前調整をやっておきます。ですから――」 「・・・・・・・・・わかった」 二人がかりの説得攻撃に諦めたかのようなため息をついてクルーゼがようやく承知した。 「二人がかりで言い含められたらかなわない。軍病院へやってくれ」 アデスとミゲルが安堵の表情を見せると、クルーゼが苦笑した。 クルーゼは病院への道中、携帯電話を取り出し、どこかへ連絡をとる。 「クルーゼです。申し訳ありませんが、ご報告に伺うのが遅くなりそうです。シャフトのテロに巻き込まれました」 どうやら遅刻の報告をしているようだ。 クルーゼの口調から察するに、相手は軍の高官だろう。今回の演習報告をする相手は、艦隊司令だ。おそらくその人物だろうとアデスは思った。 「はい。その事後処理に多少時間がかかるものですから・・・いえ、司令部への報告は部下に任せます」 自分が行けないことを告げ、代理となるアデスとミゲルの名を告げる。何気なく耳にしていたクルーゼの声の調子が変わった。 「閣下!それは・・・・・・いえ、了解しました。失礼します」 (閣下!?―――では、電話の相手は・・・国防委員長本人か?) アデスは、クルーゼが隊長職にあるとはいえ、秘書官も通さず、国防委員長本人と直接連絡がとれる関係にあることに驚く。 そして、思い出した。 クルーゼ隊への配属を命じられたときのことを。あの時、作戦指令本部長はなんと言った? (なるほど・・・・・・こういうことか) 軍のトップを後ろ盾に持つということは、極秘の情報も手に入れることができるということだ。 「演習」の真の目的。 地球連合軍が集結するという情報。 すべての中心にザラ国防委員長がいる。 軍隊において、命令や情報は、上から下へ順番に縦に流れるものだ。普通は。間を飛ばして伝えられる命令は、公にできない要素を多分に含んでいる。あの「演習」はその最たるものだったのだ。 プラント国内において、軍事行動はすべて民意の具現である評議会の承認を受けて行われなければならない。もしくは、評議会が定めた手順にのっとって、適正に行われるべき行為である。国民の総意が介在しない軍事行動があってはならないのだ。正規の手続きを踏んで、初めて軍隊は作戦行動をすることができる。 あの「演習」におけるクルーゼ隊の行動は、あくまでも「演習」でなければならなかった。 ここに至って、アデスはようやく、本当の意味でザフト内におけるクルーゼの立つ微妙な位置を知ったのだ。 (危険だ。ひとつ間違えれば、委員長の私兵ということにも成りかねない・・・) すべて、アデスの勝手な推測に過ぎなかったが、冷たいものが背筋を這い上がる。 (しかし・・・いや、そんな・・・まさかな) 「どうした?艦長」 険しい顔をして考え込んでしまったアデスにクルーゼが声を掛ける。 「いえ、何でもありません」 アデスは、自分の不安を振り払おうと、あえて、断言するようにきっぱりとした口調で言った。 その様子を耳にしながら、ミゲルは思いのほか裏がありそうなクルーゼの正体にますます興味を抱く。 三者三様の思惑を秘めたまま、車は走る。 ◇ クルーゼは一人軍病院にいた。 アデスとミゲルは、報告のため軍本部へと向かった。本来なら、付き添いにミゲルを残すところなのだが、報告と情報収集、連絡調整など、人手が足らない。 アデスは、ヴェサリウスに連絡を取り、追加の人員を急遽呼び寄せることにした。 付き添いに後で人を遣るというアデスの言葉をクルーゼが必要無いと断る。 「検査が終わったら連絡を下さい。お迎えにあがりますので」 アデスが心配そうな顔で、何度も念を押す。 「わかった。そう、心配するな」 アデスが複雑そうな、何か言いたげな表情をした。 クルーゼは、その表情に気づいたが、あえて何も言わず病院のエントランスへと向かった。 病院側には既に連絡されていたので、クルーゼは待ち構えていた看護婦に導かれ、そのまま検査室へと向かった。 案内されたのは、病院に隣接された研究棟。 入院患者・外来患者・見舞い客はおろか、看護婦や医師といった軍病院の関係者すらめったに立ち入ることのない場所だった。 軍の関連施設の中でも、軍病院は一般外来の受け入れも行っているが、その反面、医学的研究内容が、機密扱いになる可能性も多いため、研究棟への立ち入りは制限されていた。研究員のIDを持つ者のみが立ち入りを許可されていた。 クルーゼが案内されたのは、厳重なセキュリティが施された研究棟の一室だった。看護婦に促され、検査室のドアをくぐると、そこには見知った人物の姿があった。 「ドクター。あなたがいらっしゃるとは・・・ずいぶん段取りが良いですね」 「何かあれば、すぐに呼びなさいと言ってあったはずだがね」 ドクターと呼ばれた男は、40代後半といったところだろうか、穏やかそうな表情に眼鏡が理知的な印象を与える。 白衣を着ていなければ、医師とは思えないような柔和な物腰だった。 「申し訳ありません。ですが、こうしてここに貴方はいらっしゃるのです。必要なかったでしょう?」 「君は・・・相変わらずだな。脳波ぐらいならいいが、MRI検査だと、気づく者がいるかもしれない。気をつけなさい」 「はい」 しおらしく返事をしてみせるクルーゼ。その姿は、艦隊の指揮を執っている人物と同一人物にはまるで見えなかった。 指示されるままに、医師の前の椅子に腰掛けた。 室内には、医師の補助につくはずの看護婦の姿すら見えない。先ほどクルーゼを検査室に案内した看護婦は、そのまま去ったようだ。何事か言い含められているのは間違いなかった。 「で、大丈夫かね?気分が悪いとか、吐き気がするとか・・・眩暈などは?」 「今は、特にありませんが」 医師は、カルテに書き込みながらその後もいくつかの問診を行う。 それらをすべて終えた後で、さりげなく問題の一言を口にした。 「ふむ・・・薬の効果は?」 「そうですね。少しずつ間隔が短くなってきているような気がします」 「・・・・・・そうか」 しばし、考え込むようにしていた医師が、顔を上げずにクルーゼに問う。 「今の薬が効かなくなってきたら、組成を変えてみよう」 「量はこのままで?」 「増やすことになる・・・かもしれん」 どこか躊躇うような口調。いや、相手に遠慮しているかのような口調だった。 クルーゼは、その言葉の持つ本当の意味を理解していたが、動揺することなく了承した。 医師は、その様子に少し安堵したようだった。診察を続ける。 「仮面をはずしてみせてくれないか」 クルーゼは、その言葉になんの躊躇いもなく、自らの素顔を覆っている仮面の留め具に手を伸ばす。髪をかきあげ、留め金をはずす。 仮面が落ち、現れる素顔。 眩しいものでも見たかのように、医師の目が無意識に細められる。 「ドクター?」 「あ、ああ・・・すまない」 クルーゼの頤に手を掛け、仰のかせる。持っていたペンライトがクルーゼの青い瞳を照らす。 瞳孔のチェックを済ませると、別室で脳波とMRIの検査を行った。その間、「ドクター」と呼ばれた医師以外に立ち会う者はいなかった。検査技師ですら同席していなかった。 慣れた状況らしくクルーゼも不思議に思う様子はない。 脳波やMRI(断層写真)などの検査の結果、異常なしと診断され、腕に負った傷にも手当てが施された。すぐに軍本部に戻ると言うクルーゼを引き止めるわけでもなく、ドクターは、彼に薬の入った小さなケースを渡す。 「今回の分だ。処方は今までと同じにしてある」 「ありがとうございます」 「クルーゼ・・・」 「はい?」 「いや、その・・・あまり無理をしないように」 「―――無理など・・・。今、やらねば、いつできるのです?この私に」 皮肉な笑みを浮かべるクルーゼ。クルーゼの自嘲ともいえる言葉に傷ついた表情をしたのはドクターの方だった。 「いや・・・すまない。失言だった」 俯いて失言を詫びる。 「ドクター。あなたには感謝していますよ。今までも、そして、恐らくこれからも」 はっとした表情で顔を上げる。 「――ラウ・・・」 「あなた方の研究がなければ、私は今、ここにはいなかったでしょう」 無言でクルーゼを見つめるドクター。その視線を断ち切るように、クルーゼは身を翻した。 一人残された医師は、肩を落とし、大きく息を吐く。膝に置かれた拳を握り締めた。 「・・・すまない」 誰に向けたものなのか、苦渋に満ちた声を聞くものはいなかった。 |