ぐったりと意識を失ったクルーゼの身体。 金髪が乱れ、床に広がっている。 その乱れた金糸に透ける彼の素顔―――――。 爆発の衝撃で飛ばされたのか、常ならば無粋な仮面に隠されている彼の素顔が、無防備にアデスの目の前に晒されていた。 すっと通った鼻梁。 美しく弧を描く柳眉。 けぶる睫毛に閉ざされた彼の瞳の色はわからなかったが、秀麗と言ってさしつかえない素顔にアデスは、息を呑む。 薄く開かれた唇は、浅い息をついでいて・・・・・・。 図らずも上官の秘めごとを暴いてしまったことに動悸が治まらず、我知らず頬に朱がはしる。 (なんで・・・隠しているんだ!? この顔を!) しばし、クルーゼの素顔に陶然と見惚れていたアデスが我に返り、クルーゼを抱き起こして、怪我の有無を確認する。瓦礫の破片で切ったのか、制服の右腕の部分に血がにじんでいるが、大したことはなさそうだ。 それよりも、頭部を壁で強打したのだろう。意識が戻らない方が心配だった。 「う・・・・・・」 クルーゼが身じろぎして薄く目を開く。 アデスは、ほっと息をついて、クルーゼの名を呼ぶ。 「クルーゼ隊長!」 アデスは、瞼の開く様をじっと見つめる。 先ほどまで瞼で隠されていた瞳の色が、澄んだ青だということに気づく。 しばらく彷徨った視線がアデスの顔の前で止まる。 「ア・・・デス?」 かすれた声が妙に艶っぽく聞こえた。 彼の声が、自分の職名ではなく、名前だけを呼ぶのを聞いたのは初めてではないだろうか。 アデスは、たったそれだけのことで、身体が熱くなる自分に驚く。 「隊長!大丈夫ですか!?」 頭部を揺り動かさないように呼びかけを続ける。 「――ッ・・・一体・・・・・・どう・・・」 痛みに顔を顰めながら、意識が混濁しているのか、前後の様子を思い出すような顔をしていたクルーゼが、はっと、顔を強張らせる。自分が仮面をつけていないことに気づいたのだ。 アデスの腕から逃れ、片手で素顔を覆い低い声で唸る。 「見た・・・のか」 「・・・申し訳ありません」 クルーゼのするどい眼差しを受け止め、不可抗力だったと弁解するわけでもなく、ただ素直に謝罪の言葉を口にするアデス。 お互いに身動きすることなく、黙ったまま。 息苦しいほどの沈黙が二人を覆う。 しばらくして、クルーゼは諦めたかのようなため息を洩らす。 「・・・いや、いい。爆風で仮面が落ちたのだな・・・」 「・・・・・・」 「それで、お前は、どうしたい?」 顔を覆っていた手をはずし、アデスの目をじっと見つめる。 「は?」 アデスは、問いの意味が分からない。 クルーゼは、アデスを射抜くような視線をはずさずに続けた。 「お前は―――私に何を望む?」 アデスは、その眼差しの強さに圧倒された。 隠された素顔は、そのまま彼がもつ謎の大きさを物語っていた。 その謎を暴こうというのだ。 偶然とはいえ、何の覚悟もなく他人が踏み込んでいいはずがない。 禁じられた庭園へ踏み込んだ咎人は、「知る」という行為と引き換えに何を捧げたのか。 その庭に住まう神と何を取引したのか。いや、そこに潜む魔というべきか。 「なにを――?」 アデスはただ呆然と繰り返した。 冷たく青い炎を宿したような瞳に意識を奪われる。陶然とクルーゼの瞳を見つめた。視線をはずすことができない。 その瞳から目をそらすことなどできなかった。 クルーゼの瞳の雰囲気が変わる。 罪人を断罪するかのような冷たく、厳しいものから、万人を惑わす、蠱惑に満ちたそれへ。 アデスは、その変化にすら魅かれた。 だが、それ故に気づいてしまった。クルーゼの言わんとしていることに。 無償に腹が立った。 「見損なわないでください!誰にも言いませんよ!!」 視線を無理やりはずし、苛立ちも露に告げた。 と、同時に彼がこうしたことに慣れていることに思い至った。いくつもの可能性を秘めたクルーゼの行為にアデスは驚くと共に言い様のない怒りを感じた。 クルーゼの眼差しは、自分の容姿が周囲に与える影響を、効果を知り尽くしている者ならではのものだ。 そして、その誘惑に逆らうことができた者などいないという自信。更に、現実にそうした取引に応じてきた者たちの存在。 アデスは、そうした男たちの一人だと思われたことに怒ったのだ。 クルーゼは、一瞬、目を見張ったが、アデスが本気で怒っていることに気づくと、口元を緩める。 それを見て、アデスは息をするのを忘れた。 それは、アデスが生涯忘れることはないだろう、印象的な微笑みだった。 クルーゼは、とても嬉しそうに微笑んだのだ。 ◇ 「うわっ、ひでえな」 エレベーターを降りた瞬間、誰からともなくそんな呟きが聞こえた。 かつて、待避所として機能していたフロアには瓦礫が散乱していた。2基あったはずのエレベーターは、すでに1基使用不能。 エレベーターホールに散らばる金属片や硬化樹脂などの数々の破片。中にはかつて人体の一部だったものまであった。 それを目撃した警備兵の一人が口元を押さえる。 生存者がいるとは思えないほど、凄惨な光景だった。 「この状態で、本当に・・・・・・生存者がいるのか!?」 「急ぎ、捜索を!」 拳銃を片手に、警備兵の先頭に立って指示を出しているのは、先に下りたはずのミゲル・アイマンだった。 一足先に地上に降りたミゲルは、そこで、警備兵の一団と協力してテロリストの残党と一戦交え、これを撃滅した。その数9名。ほとんどを撃ち殺したが、まだ息のあった男から、別働隊がいることを知り、警備兵を数人連れて、慌てて上官が残ったフロアまで戻ってきたのだ。 長距離を移動するエレベーターでは、目的のフロアに到達するまで数分かかる。途中、管理センターから待避所に備え付けられていたエレベーター1基が爆発したことを知り、ミゲルは半ば祈る想いだった。 センターからの報告に聞いてはいたが、眼前の光景に息を呑む。 (ひでぇな・・・・・・。クルーゼ隊長・・・無事なのか!?) 「クルーゼ隊長!アデス艦長!」 背中に冷たいものを感じながら、ミゲルは大声で叫ぶ。2度目の呼びかけに答える声があった。 「ミゲルか!?ここだ!」 呼びかけに返ってきた声はアデスのものだった。 声がする方へ駆け寄り、アデスの姿を探す。柱の影に身を隠すようにしていたアデスを見つけ、ミゲルが駆けつける。 姿を現したアデスはなぜか制服の上着を身に着けておらず、更には手に銃を握っていた。 2度目の襲撃を恐れ、一時的に身を隠していたようだった。 「艦長お一人ですか!? クルーゼ隊長は!? テロリストは!?」 矢継ぎ早に質問するミゲルに手振りで落ち着けと諭す。 「大丈夫だ。隊長もいらっしゃる」 アデスが目線を柱の後ろに投げる。 ミゲルがほっと一息つきかけた時、アデスが小声で続けた。 「爆発で頭部を打たれたようだ。意識が一度は戻ったのだが・・・今はまた気を失っておられる」 「!」 「わかるな。できるだけ人目につかないようここを出たい」 テログループの目的が達成されなかったとしても、クルーゼが倒れた姿など、他の兵をはじめマスコミや一般人の目に触れさせたくなかった。 「了解しました。軍の車を管理センターの裏口につけさせます。そこまでは自分が先導します。すぐに連絡をとりますので、このままお待ちください」 そう言って足早に去る。それを見届けたアデスが、クルーゼの容態を確認しようと再び柱の裏側へまわる。 「艦長。・・・あまり大事にしてくれるな」 「隊長!起き上がって大丈夫なのですか?」 いつの間に覚醒したのか、クルーゼが身体を起こし、柱にもたれて座っていた。 「ああ、なんとかな」 立ち上がろうとして自分の身体に掛けられた黒い制服に気づく。アデスが着せ掛けたものだった。 黒い制服をアデスに返しながら、注意深く立ち上がった。 いつでも手を貸せるように身構えていたアデスは、予想以上に回復の早いクルーゼに驚いたが、あまりその姿に過信もしなかった。 無言でクルーゼの前に仮面を差し出した。 爆風で飛ばされた仮面を瓦礫の中からなんとか探し出すことができた。 クルーゼも何も言わずに受け取り、手早く仮面をつけた。素顔は再び隠された。 ちょうど連絡を終えて戻ってきたミゲルにクルーゼが声を掛ける。 「ご苦労だったな、ミゲル」 「隊長!大丈夫なんですか?」 「ああ。このまま本部へ向かう。手配してくれた車が役に立つな。ご苦労だった」 先頭に立って歩き出したクルーゼを二人が追う。 ミゲルは、少し驚きながらも、アデスに「本当に大丈夫なんですか?」と目で訴えた。 アデスは、それには答えず、ただ静かに首を振っただけだった。 |