互いの表情さえ、分かりにくくなるほど闇が広がった頃、唐突に室内灯が点灯した。電力が回復したらしい。 アデスが、非常用の回線に手を伸ばす。程なくして、管理センターと連絡が取れた。 すぐに最寄りの非常口を持つ待避所にエレベーターを止めるのでそこから避難してほしいとのことだった。幸運にもシャフト全てが破壊されたわけではなく、何十基もあるエレベーターの中には、無事稼動しているエレベーターもあった。それを使って順番で降りることになった。 こういうときは、民間人が優先されるのが常識だ。 3人は、避難のため待避所に集まってきた民間人を誘導し、2基のエレベーターに女性と子供を優先して順番に乗せる。定員ぎりぎりまで民間人を乗せた最後の便に1名の空白ができた。 「隊長、どうぞお先に」 クルーゼを促すミゲルに、アデスが先に行くよう命令する。 「いえ、しかし!お二人よりも先に避難することはできません」 「そうではない。ミゲル、先に降りて下の様子を確認してくれ。残党がいるとまずい」 その言葉にミゲルがはっとする。テロの対象が軍の関係者の可能性もあるのだ。彼らの仕事がまだ、終わっていないとすれば、混乱しているこの時が一番危ない。ネビュラ勲章を授与され、先のグリマルディ戦線で第三艦隊を撃破したクルーゼの名は、内外に知れ渡っていた。 しかも、彼の姿は目立つ。 ザフトの白い制服と仮面。見間違えようがなかった。 「!了解しました」 上官の言わんとすることを理解したミゲルが、幾分緊張した面持ちでエレベーターに乗り込む。 扉が閉まるのを見送り、クルーゼが口を開く。 「まさか、私が標的ということはあるまい」 「念には念をです。可能性は否定できません」 「心配性だな。艦長は」 クルーゼが微笑む。それは、いつか聞いた言葉と同じだったが、彼の微笑みは、あの時の皮肉なものではなかった。アデスは、また、落ち着かないような気分にさせられた。 クルーゼの口元から目をそらし、無意識のうちにあの時と同じ言葉を返していた。 「性分ですので…」 クルーゼの笑みが深くなる。 「いつか聞いたような言葉だな。お互い」 アデスが驚いてクルーゼに視線を戻した。 その時、クルーゼが弾かれたように顔を上げ、エレベーターの方を警戒する。 軽い動作音がする。 民間人を下ろして空になった二基のエレベーターの内の一方が戻ってきたようだった。階層表示のランプが低階層部を移動しながら明滅していた。アデスもそれに気づいた。 「艦長、銃は持っているか?」 「!」 「誰か乗っている」 なぜ、そんなことが分かるのかという疑問を飲み込み、アデスはクルーゼの横顔を緊張した面持ちで見つめる。 銃の携帯を許されているのは、軍港や軍施設の警備についている兵や要人の警護を務める者など、限られている。たとえ、隊長クラスであっても、プラント国内への銃の持ち込みは禁止されている。携帯する場合は、事前に申請しなければならない。 ただし、公務の場合は、護衛につくもの一名にのみ銃の携行が許可される。それも、入国の際チェックされるのだ。 今回、護衛として、銃の携行を許可されたのはミゲルだった。 そのミゲルは、地上の様子を確認させるために先行させたので、今ここにはいない。アデスは、自分の見込みの甘さに歯噛みする思いだった。しかし、敵のいる確率の高い場所に部下を偵察に出すのに丸腰で行かせるわけにもいかない。 アデスが首を横に振って否定の意を表すと、クルーゼが落ち着いた声でアデスの手元にあるアタッシュケースに目線を投げる。 「ケースの内ポケットを」 「?」 「予備の銃が入っている」 「!?」 クルーゼの言葉に驚きながら、報告書の入ったアタッシュケースを慌てて開ける。 その中に収められた公文書ケースの電子錠にパスワードを入力し、開錠した。 そのケースの内ポケットには、確かに銃があった。 アデスはその銃を手に取り、クルーゼを振り仰ぐ。 「た、隊長!」 「念には念をだろう?」 ニヤリと笑って、こともなげに言う。 政府および軍の公文書ケースだけは、入国審査の際ノーチェックだ。ただし、ケースのIDナンバーが軍本部に照会される。 同時に所有者のIDもチェックされ、正規の所有者が持参していれば、中身のチェックは必要ない。もちろん金属探知もされない。そもそも、公文書ケースに入れられるような書類は、機密を含む場合がほとんどなので、入国の際チェックされては機密漏洩につながってしまう。それを防ぐための当然の措置だった。 その特例を逆手に取ったやり方に、アデスは感嘆すると共に、不安になる。 (こんなこと、いつもやっているわけじゃないだろうな……) 機械の動作音が少しずつ大きくなり、エレベーターの階層表示板がこのフロアのところで、点滅する。 「これは、あなたが」 銃を差し出すアデスにクルーゼが問う。 「君はどうする?丸腰では心もとなかろう」 「なければ、相手から奪うだけです」 表示板の明かりが点灯し、鈴の音のような到着音が響く。 「なるほど」 クルーゼの一言と同時に、二人はエレベータードアの左右へ身を翻す。 ドアが左右に開くと同時に、立て続けに銃声が響いた。牽制のためか、不意打ちを狙ったものか、乱射された銃の薬莢が辺りに散らばった。 エレベーターの中には、銃を持った男が4人。 誰もいないことに訝り、一人が様子を見ようとエレベーターを降りた瞬間、クルーゼが真横から男の脳天を打ち抜く。 「!」 「いるぞ!気をつけろ!!」 「この野郎っ!」 銃を乱射しながら飛び出してきた男を、アデスが後ろから殴り飛ばした。 銃を奪い取る間に、クルーゼもまた、続けて出てきた一人の攻撃をかわし、鳩尾に蹴りを入れ悶絶させる。 アデスは、男たちの手にあった銃が転がり落ちると、それを手の届かないところまで蹴り飛ばす。 それでもなお立ち上がろうとした男の手足をクルーゼが打ち抜き、身動きの取れないようにした。 仲間が次々と倒れていく様子を目にして、最後の一人はどうやらエレベーターの中で、警戒している様子だ。 扉の両側に張り付いた形で立つ二人。 アデスが、頭を打ち抜かれ、足元に倒れている男の持ち物を探る。自爆用の爆弾など持っていないかどうか簡単に確かめた。 それを済ませると、死体の襟首を片手でつかみ、引きずるように持ち上げる。 その様子を目で追っていたクルーゼが銃を構えたまま、アデスに向かって頷く。 アイコンタクトで了解の意を示し、アデスが開いたドアの前に死体となった男を放る。それに向かってエレベータ―の内部から放たれる何発もの銃弾。音が途切れた瞬間、クルーゼが身を翻し、内部に向けて発砲した。 「ぐっ・・・う」 低い苦鳴を洩らし、最後の男は銃を取り落とした。 クルーゼの放った銃弾は、腹部に命中していた。致命傷だ。 男の頭が、がくりと落ちた。 「片付いたようですね」 ほっと安堵の息を洩らし、アデスが周囲を見渡す。 「とりあえずは・・・な。ここに4人ということは、下はその倍はいるな」 「ミゲル、大丈夫でしょうか」 「彼のことだ、問題なかろう」 アデスは、倒れた男たちの絶命を確認しながら、武器になりそうなものを注意深く取り上げた。 かろうじて息がある者が1名いたが、腕を通したまま上着を半分脱がして即席の拘束具をつくる。 ここが戦場なら迷わず、止めを刺すのだが、今後の任務のこともある。情報を引き出せる可能性があるため、息のある者には止めは刺さずにおく。 直に警備の者がやってくるはずだ。テロリストはその者たちに引き渡せばいい。 アデスは、最後の一人を確認しようとエレベーターの中へ踏み込もうとした。 「待て!」 鋭い制止の声に続いて、突き飛ばされる。その瞬間だった。 まばゆい閃光と轟音。衝撃と風圧に十数メートル吹き飛ばされた。床に身体を打ち付け、転がりながら頭部を庇う。金属やガラス、硬化樹脂の破片がバラバラと身体に降りかかる。 続く爆発はなく、爆音は一度だけ。 どうやら最後の1人が息絶える前に、持っていた手榴弾で自爆したらしい。 もうもうとたちこめる埃の中、身体に降りかかった破片を叩き落とし、何とか立ち上がる。 (くそ・・・っ!油断した) 爆発の規模は小さく、自爆した男を中心に半径2mは跡形もなくなっていたが、エレベーター1基が使用不能になったほかは、周囲の施設にはそれほど被害が出てはいない。 あの距離で、自分が無傷なのが不思議なくらいだった。 そして、気づく。 あの一瞬、自分の身体を突き飛ばした者の存在があったことを――――。 (そうだ!隊長はっ!?) アデスは、自分と同じように至近距離にいたはずのクルーゼの姿を探す。 「隊長っ!クルーゼ隊長!」 名前を叫ぶが、返ってくる答えはない。必死に辺りを見回すが、埃のせいで視界が悪く、1m先に何があるのかすら分からない状況だった。 それでも名前を呼びながら、手探りで必死に探しつづける。 次第に視界が晴れてきた。 「返事をして下さい!! クルーゼ隊長!」 瓦礫を踏み分け、なんとか爆発の中心となったエレベーターのあった場所まで辿り着いたアデスは、そこの惨状に目を覆う。 (自分よりも爆心に近かったはずだ・・・まさか・・・・・・) 最悪の事態を想定しながら、祈るような想いで視線を壁伝いに投げる。 (隊長っ・・・) その時、視界の端に捕らえた白い制服。 その人物は壁の下に身体をくの字に曲げて横たわっていた。 「クルーゼ隊長!」 (生きて・・・?) 慌てて駆け寄る。抱き起こそうとしたアデスの手が止まった。 |
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