佇む人影が花霞の向こうに見えた。


























1 サクラ







ここは、プラント内にある国立の植物園。大学の研究機関に隣接された庭園である。

バイオテクノロジーによる新品種の開発や改良が行われ、病気や気候の変化に強い植物を生み出そうと日夜研究が行われていた。
ここで新たに開発された小麦や米などの穀類・野菜・果実などの植物の種子・苗は、穀物生産プラントへと出荷され、国民の食生活を支えている。

ほんの少し前までプラント国内では食糧の生産が禁じられていた。
食糧は人々の生きる糧そのものである。食糧生産を自国で賄えるということは、そのまま国力の充実を示していた。
プラント設立に資本を投入した地球系の理事国家は、コーディネーターの生命線とも言える食糧の生産を規制することで、プラントの支配権を握っていたのだ。

そうしたプラント理事国家に反発する勢力が、独立を求めるにはそう時間はかからなかった。プラントと理事国家の間では、規制の緩和・撤廃のために幾度もの交渉が持たれたが、そのことごとくが理事国側に撥ね付けられてきた。
しかし、現プラント最高評議会議長シーゲル・クラインを始めとする評議会委員がプラントの自治権獲得を目指し、理事国側と対立することになった。

それは、戦争へと発展し、多くの犠牲者を生み出した。
特に食糧生産プラントである「ユニウス市」で起こった悲劇により、プラント側は徹底抗戦の構えを見せた。

戦いは、収束する気配すら見出せず現在に至っていた。



この大学では、食糧となる植物ばかりを研究しているわけではない。観賞用として、人々の心をなごませる樹木や草花の品種改良にも力を入れていた。
広大な試験農園を持つ植物園は、一部が一般市民へと開放されており、四季折々の花々を楽しむ人々の姿を見かけることも多い。春ともなれば、一斉に花々が咲き始め、百花繚乱の様相を呈する。
春といっても、プラント内は年中温暖な気候に設定されているため、四季というものが本来はない。
ただ、人間の持つ季節感を促すため、雨の多い時期、少ない時期を設定していた。人々はそれによって春夏秋冬を分けていた。
地球で言うところの四季とは概念が違うので、当初、地球から訪れたものは戸惑うようだ。

アデスが、妻と共にこの庭園を訪れたのは、花々の蕾がほころびはじめたころだった。



エンデュミオン・クレーターでの攻防戦の後、短いながらも休暇を与えられたアデスが、庭園に隣接する植物研究所に在籍する旧友を訪ねてのことだった。
地球生まれのコーディネーターである友人ショウ・モリヤ教授は、地球とプラント間の緊張が高まったことがきっかけで、プラントへの移住を決意し、ここ国立植物研究所の客員教授として迎えられていた。

「地球では、春になると木々の芽吹きと共に山々がうっすら紅色に染まるんですよ。まだ花は咲いていないのに、蕾の色が辺りの風景を春めいた色に染めると、こう・・・わくわくするような気持ちになるんです。
あの花を見ると、何か新しいことが始まる―――そんな気になるんです。
期待感とある種の緊張感とでも言うのかな・・・いつ開くのか。明日か、あさってか。
そうして花が開くと、あとはあっという間。
満開になってから、散っていくまで・・・・・・サクラはどんなときでも私たちの目を楽しませてくれる。五感で楽しむ花なんですよ」

子供のように目を輝かせて生まれ故郷の花の話をするモリヤ教授は、その光景を見せてやりたいと熱っぽく何度もアデスに語った。

自分が失った故郷の情景をここプラントで再現したいと、「サクラ」という種の樹木について研究しているという。
誰でも手入れがしやすく、成長が早く、花芽がたくさんつくような品種の改良を行っているようだ。
実際に地球から「ソメイヨシノ」という種類の苗木を持ち込み、試験農園のはずれに植え、その樹を原木として品種改良を行っていた。
接木で増やしたという二代目・三代目のサクラが、一般開放されている庭園の方に植えられている。まだまだ幹の細い樹だが、十年もすれば立派な大木になり、多くの人の目を楽しませるようなすばらしい花を咲かせるだろう。

「庭園の方のサクラも、もっともっと増やしていきたいと思っているんです。
サクラ並木ができるくらいにね。
そのうち満開の花でトンネルができるようになりますよ。ああ、そうそう・・・」

笑顔で話す旧友が、思い出したように棚から小さな包みを取り出した。
夫妻の前で包みを広げる。

「どうぞ、少しですが差し上げます」

「まあ・・・これはサクラの花?かしら。いい香り・・・」

「食べられるんですよ。花も葉も。これは塩漬けになっていますから、お菓子やお茶
なんかにするといいですよ」

「そうなのか。ありがとう。ありがたく頂戴しよう」

アデスは感心したように妻とともに頷いて、しばしサクラの香りを楽しむ。

「咲いている花はあまり香りがしないのに・・・・・・不思議だな」

「ええ・・・でも素敵ね」

「後でレシピをメールでお送りしておきますよ」

自分の好きな花が誉められてよほど嬉しいのだろう。モリヤはそのあとしばらくサクラの品種や由来などについて語った。
もともとガーデニングや花が好きなアデスの妻もずいぶんとサクラを気に入ったようで、熱心に耳を傾けていた。

「先生。もしお願いできれば、種を分けていただけませんかしら。庭で育ててみたいんですの」

「はは、いいですよ。ただ、この種類のサクラ『ソメイヨシノ』は種ではなくて接木で増やすので、時季をみて私がお宅に伺いましょう。ちょっと技術が必要ですからね」

「まあ、そうなんですか。てっきり種から育てるものかと思っていました」

「ええ、そう思っていらっしゃる方が結構いらっしゃいますよ。みなさん庭園のサクラを見て我が家にも欲しいと思われた方のようですが」

「妻が我が儘を言って申し訳ない。君も忙しいのに・・・いいのか?」

「ああ、構わないよ。こうしてサクラ愛好家が増えていくのは嬉しいことだし。そのうちプラントを宇宙の『ヨシノ』にしてみせるよ」

「それでは、甘えて申し訳ないが、よろしく頼むよ。今は戦時中で私も家を留守にすることが多いので、まとまった時間がとれるようになったらまた連絡する」

「ああ、そうしてくれ。君も・・・出撃するのかい?」

幾分心配そうな口調になったモリヤに淡々とアデスは答える。

「ああ。それが仕事だからな」

「戦争―――長くなりそうなんだろうか・・・」

「わからんが、連合次第ではないかな」

「―――そうか」

互いに無言になったところで、アデスが話題を変えようと口を開く。

「戦争が終わる頃には、君の研究も進んで、一年中咲くサクラが誕生しているかもしれないな」

「一年中!? いや、それは逆につまらんと思うが・・・・・・。いつでも咲いていたら盛り上がらないじゃないか」

「それもそうか」

互いに声を立てて笑いあった。


花を見ながら、何の気がかりもなく旧友と語り合えるのはいつになるのだろうか・・・。

二人は、不安を笑顔で隠しながらそう思った。




別れ際、「本当は樹には良くないのだけれど」とこっそりと手渡してくれたのは、蕾がたくさんついたサクラの枝だった。
庭園内に遊びに来ていた子供がふざけて枝を折ってしまったという。
子供には厳重注意をし(彼の故郷の流儀では"ゲンコツ"というらしい)、折れた枝は仕方なく観賞用と、一部研究資料にと大きな甕にさしておいたという。
本来なら、樹勢を損なうのでサクラの枝は切らない方がいいのだそうだ。

「・・・サクラ切る馬鹿、ウメ切らぬ馬鹿?・・・だったかな?」

「なあにそれ?」

ポツリとつぶやいた言葉を聞きつけて妻が問う。

「いや、意味はよくわからないが、昔あいつが言っていたような気がする・・・」

「ふうん?また今度きいてみましょうよ」

紙で包んだサクラの枝を抱えて、軽やかな足取りでアデスの前を歩く彼女の向こうに、陽光の下、やわらかな陽射しを反射させるサクラの樹影が重なった。




    

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