休暇 2




ギルバートとレイは、1週間の休暇のうち3日間を農業プラントの一角にある郊外型ホテルで過ごすことになった。
農業プラントということで、人目があまりなく、自然を満喫し、のんびりと密かな休暇を楽しむことができるということで、大人の隠れ家的な雰囲気が一部市民の間では評判だった。
出発は、人目を避けて早朝と決まった。

普段どこにいても人々の目やマスコミの視線に追われる議長が、たまの休暇をこうした隠れ家で過ごすことは、公にはされていない。
それでも、女性週刊誌の記者や一部のスクープ狙いの記者が議長のプライベート映像をおさえようと躍起になって、議長のスケジュール情報を手に入れようとした時期があった。
行き過ぎた報道に歯止めをかけるため、国家保安部が出版社や新聞社に圧力を掛けるという事態にならないよう、今では出版業界・報道協会が自分達で一定のルールを設け、違反者には、最も重い場合には業界からの追放も辞さないという暗黙の鉄則をつくるまでに至った。
それでも、一攫千金を狙ったフリーの記者が議長を追うことは多い。それもこれも議長が頭脳、容姿ともに抜きん出ていて、更に未婚でもあることが大いに影響していた。
議長のプライベート映像や、交際相手の情報を世の奥様方や若い女性は知りたいのだ。出版業界では、議長のインタビュー記事や写真が載っているだけで雑誌の売上が倍増という現象も起こっており、できれば評議会や国家保安部に目をつけられない程度に稼がせてもらいたいという下心がどの新聞社・出版社にもあった。





◇ ◇ ◇

プラント国内で新聞販売シェア30%を占める某大手新聞社。
日刊紙以外にも、週刊誌やタブロイド紙など、多くの編集部門を持つ。夜10時をまわっても、新聞社の自社ビルの各階から明かりが消えることはない。
同じビル内にある芸能部門も、昼夜の別なく情報の収集、取材、編集に追われていた。


「議長の休暇の予定おさえられたか?」

「はっ…はいっ!」

デスクから大声で呼ばれて今年入社したばかりの新米記者ビリーは、慌てて手帳を掴んでデスクのもとへ走る。
手帳のページを捲りながら、早口でまくし立てる。

「明日から1週間の公休に入るデュランダル議長ですが、今まで同様、広報部からスケジュールの一切が公表されていません。あっ…休暇最終日の予定だけは、記者クラブの間で噂になったので把握できましたっ」

「ちっ…相変わらず堅いな。―――クラブの噂ってのはな、故意に流された情報なんだよ!『さあどうぞ取材してください』ってな。そんなお膳立てされたモン撮って何になるんだぁ!?ああ!?他社とおんなじ記事載せてどーすんだ!もっとなんかねえのか」

「う……厳しいですねぇ。だって、あそこスケジュール管理厳しいのは当然ですし…」

「そこを何とかするのがブン屋魂の見せ所だろうが!」

上司の喝に肩をすくめながら、ビリーは内心ため息をつく。

(社会部とか政治部ならナントカ魂っていうのも見せてみたいと思うけど…)

希望とは全く正反対の女性向けの芸能部へ配属となってしまった自分には、今ひとつやる気が起きない。
普通の芸能人と違って、議長の警護はかなり厳しい。スケジュール管理も国家機密の一つになることがあるからだ。
テロの標的にもなる議長の身辺警護には、なんといってもザフトの精鋭が警護にあたっているのだから、一介のマスコミが、しかも女性誌の記者が近づくのは不可能に近い。
スクープの素材としてはこれ以上のものはないのだが、なかなか隙を見せてもらえないのが、マスコミには悩みの種だった。 
ただし、こうしたマスコミを最大限に利用して評議会のイメージアップに努めているザフトの広報部も多少の抜け駆け行為なら目をつぶるようになっていた。だが、議長側近からの厳命で、議長のプライベート情報だけは一切出すなと言われていた。セキュリティの問題もあるのだが、それよりなにより決してマスコミに知られてはいけないことがあるからだった。

新米に新聞記者としての心構えを語るのが大好きな少し古いタイプのデスクにあたってしまうと、延々と説教を聴かされる羽目になる。
内心ためいきをついたビリーが、半ば諦めかけたとき、「ただいま戻りました」という言葉とともに足早にデスクに駆け寄ってきた先輩記者が一人。

「デスク。新情報です!」

「なんだ」

不機嫌そうなデスクに耳打ちする。

「……マジか」

話を聞くうちに真顔になったデスクの目がきらりと光る。

「この目で見ましたから。恐らく」

「……よし」

「何かあったんですか?」

デスクの顔色が変わったことに気づいて、ビリーは思わず先輩記者に問い掛けた。

「ああ、まあな」

にやりと口元を緩めた男が、新米の頭を小突いた。

「お前、明日、議長公邸に張り込め」

「はあ」

「議長が誰かと出かけるらしい」

「それで…?」

「休暇を誰かと過ごすってことだぞ?女だったらスクープだ」

「そういうのはホテルへ入るのを狙った方がいいんじゃ…」

「あの議長に限って、それは無理だ。ガードが厳しくて宿泊先は限定できても部屋までは絶対に無理だ。下手に突っ込むとこっちの首が危ない」

「だから出かけるときを狙うんですか?別に行き先で相手と落ち合う可能性だってあるじゃないですか」

「議長の私服姿を撮れりゃいいんだよ。世の奥様方はそういうのだけでも満足するんだよ!」

「はぁ……そんなもんですかね」

「だから、お前、明日は朝から公邸前で待機。お前の腕じゃ当てにならんから必ずスチールの誰かを連れて行けよ」

「…はい」

なぜか釈然としないものを感じながら、上司の命令なら仕方ないと諦めることにした。

「あ、そういえば、先輩はどうしてわかったんですか?」

「ん?ああ、議長の護衛の中に知った顔がいくつかあるんだが、さっき公邸前で見かけたときそいつが私服だったんだよ」

「私服?」

「もう10時をまわっていたから今から出かけることはあり得ないし、出かけるなら明日の朝早くだろうって」

「え?だから…?」

「議長のプライベートに護衛がつくのは当たり前だ。んで、人目を憚らなきゃいけないのに、もちろんザフトの制服着てるわけないだろう?」

「あー!なるほど」

「だから、議長の予定をおさえるときは、本人よりも周りの奴の様子見るのが一番ってね」

「さすがです!先輩!」

「ま、朝早くからご苦労さんだが、がんばれよ!俺は帰ってもう寝るからな」

「えっ…一緒に行ってくれるんじゃ…」

「俺、明日は非番」

笑って、背を向けた男に「そんな〜」と情けない声を出して、ビリーは机に突っ伏した。



亡きシーゲル・クラインの思想を受け継ぎ、ナチュラルとコーディネーターの融和を図ろうとするギルバート・デュランダル。DNA解析の専門家でもあるギルバートは、議長就任以来、浮ついた噂もなく、聖人君子ぶりが鼻につくくらいだった。

「確かにいい男なんだろうけど、この笑顔は曲者だよなぁ」

目の前の資料映像を指で弾いて、ビリーはため息をつく。

プラントの女性を夢中にさせているギルバート・デュランダルの微笑。
『穏やかなる議長』の名は伊達ではない。戦後の混沌とした情勢の中で、血なまぐさい戦争とは無縁のような笑顔に人々は惹かれた。
政治的手腕がどうかと言われれば、ここ数か月、そんな手腕を発揮するような重大な局面に至ってはいないので、判断のしようがない。
一部の政治部記者からは「顔だけ」と揶揄されることもしばしばだった。
だが、それには多分に同じ男としてのやっかみが入っているのは間違いない。
自分も何かきかっけさえあれば、議長周辺を詳しく調べてみるのだが、今はデスクの言うとおりにしか動くことができない。それを歯がゆく思いながら、いつかスクープを物にしてのし上がってやると心に決めた。

とりあえずは、明朝同行するカメラマンに連絡することから始めなくては…。
まだ使いっぱしりでしかない自分にとって、道程はまだまだ長そうだった。






◇ ◇ ◇

朝もやが立ち込める議長公邸前。

ザフトの制服を身につけた護衛兵が数人、門前に立っている以外に警護の姿はない。
車寄せには、公用車ではなくデュランダル家の私用車があり、運転手が主の出発を待っていた。

休暇中の護衛を任されたのは6名。議長護衛隊の班長とその部下5名だった。公務中に比べると警護の数は3分の1以下だ。そのうち二人は既に滞在先のホテルへ向かわせてある。事前のチェックのためだ。
議長に随行する彼らは、隠密行動を義務付けられており、それぞれ私服で目立たないよう、公邸の前庭にある茂みの影に身を寄せ、また公邸の外に停車中の随行車で待機していた。
予定では、議長とその同伴者の二人だけでの外出ということだ。
ジャケットの襟に着けたインカムに向かって、班長が低い声で指示を出す。

『議長、正面玄関より出発』

その声に新任の護衛兵が目線を上げると、ちょうど玄関の扉が開き中からギルバートとその同伴者が出てきたところだった。
執事だろうか、隙なく黒いスーツを着込んだ初老の男性に何か声を掛けたギルバートが、車に乗り込もうとエントランスの階段を下りる。
今日のギルバートは、議長の制服を着ていない。
ダークグレーのコートを身にまとい、襟元から覗くのはスタンドカラーのシャツ。もちろんタイなしでラフな装いだ。
そして、その傍らで几帳面に執事に頭を下げる同伴者の姿。
二人で休暇を過ごすということは、どう考えてもそれなりにステディな仲だと推測して差し障りないだろう。
だが、その顔を上げた人物を見て驚いた。

「こっ……子供!?」

遠目にもはっきりと分かるほど整った容貌。肩まで伸ばした金髪は、歩くたびにさらりと流れて…。小柄でスレンダーな肢体に清楚な物腰。
ギルバートが「おいで」と言うかのように手を伸ばすと、花の蕾がほころぶような笑顔。
見ているこちらまで幸せな気分にさせてくれる微笑ましいやりとりに思わず見惚れてしまった。
そして、はたと気づく。
議長の傍に立つ小柄な人影は、どう見ても14〜15歳にしか見えない。

(これって、犯罪じゃないのか!?)

ふと頭に浮かんだ言葉を飲み込む。

「ひょっ…として……議長のご趣味ですか?」

すぐ隣で同じく身を隠している同僚につい洩らしてしまった。

「馬鹿。何を言ってる!議長の養い子だ」

「あっ…ああ!そうなんですか。てっきり…」

「お前と一緒にするな」

『そこ!私語を慎め』

班長が無線で叱責する。

「しかし……男のロマンですよね。自分好みの女に育てるっていうのは。―――にしても、あの子かわいいですよねぇ」

(女……?)

うっとりとした表情で呟く若い護衛兵に皆、怪訝な視線を送る。

(おんな?)

(―――女?って……誰のことだ?)

無線を聞いていた護衛たちの頭に疑問符が浮かぶ。同時にまさかこいつ…と誰もが思った。

(ま、現実の厳しさを身をもって知ることも経験だ)

誰もが一度は経験したことだった。いずれ洗礼を受けるなら早い方がいい。
後輩思いの先輩たちはそう考えた。

無線を聞いていた班長も苦笑いだ。かつて自分も全く同じように誤解したからだった。

(確かに見た目は可憐な少女だったが……)

その少女のような子供が拳銃片手にテロリストを撃退したときは、正直目を疑ったものだ。


かつて、ギルバートが議長に就任した直後に、公邸の外で暴漢に襲われたことがあった。
その際、門の外まで迎えに出ていたレイが、とっさにギルバートを庇い、更に撃たれた護衛の銃を拾い応戦。3人を戦闘不能にし、しかもそのいずれも急所をはずしていたというから驚きだ。
護衛の者たちがレイに対して一目置くようになったのはそれからだった。
その時のレイはまだ士官学校にすら入学していなかったはずだ。どこで銃器の取り扱いを覚えたのかは知らないが、あの年頃の子供が普通に生活する上では必要のない知識だ。
彼の過去を詮索するつもりはないが、どういう育ち方をしたのか気にならないと言えば嘘になる。
あれだけの容姿の少年が、人を傷つける武器を手して、躊躇なく引き金を引く。その姿に圧倒された。

班長は、再び玄関前に目線を投げた。どうしても目の前の小柄な少年があの時と同じ人物だと思えなかった。
軽い畏怖と魂がざわつくような奇妙な興奮を覚えたあの光景が脳裏によみがえる。
あんな小さな身体から発せられる「力」に魅了された。
もう一度、あの興奮を、感動を味わいたいと不謹慎にも思ってしまった自分に苦笑した。

班長の視線の先には、ギルバートに軽く背を押され車へと促されるレイの姿がある。

その時、車に乗り込もうと身をかがめたレイがふと何かに気づいたように顔を上げた。
少し周囲を見回した後、茂みの向こうに軽く会釈した。
バレバレだった。
明らかにこちらの所在と素性を認識している。しかも気を遣ってもらっているようだ。
これではどちらが護衛か分からない。

警護班長は、やれやれといった表情で、ため息をついた。
 



ギルバートが車の後部座席に乗り込むと、レイが車の窓から外をじっと見つめていた。
その様子にギルバートが問いかける。

「どうかしたのかい?」

「いえ、警護の方に混じって違う視線があるので気になって……。害意があるわけではなさそうなのですが……」

首をかしげるレイにギルバートが無言で携帯電話を取り出した。

「私だ。外にカメラがあるのかもしれない。調べてくれ」

「カメラ?」

電話を切ったギルバートにレイが尋ねる。

「ああ、最近マスコミがうるさくてね。君との休暇中に余計な水を差してもらいたくなかったから、朝早く出ようと思ったのに……あちらもなかなか手ごわいな」

ギルバートが苦笑する。

「そう…なんですか。知りませんでした」

その言葉にギルバートは目じりを下げる。
世間では、テレビでも週刊誌でも新議長ギルバート・デュランダルの話題で盛り上がっており、各メディアへの露出も高いというのに、レイはかなり世情に疎いようだ。尤も芸能ニュースなど見ているレイの姿など想像できないのだが。
マスコミの取材攻勢も過熱しており、連日遅くまで対応をしているだろう広報部の苦労を思い、苦笑した。
しばらくするとギルバートの携帯が鳴った。

「―――分かった。ご苦労だったな」

電話の相手は恐らく警護班長だろう。電話を切ったギルバートがレイに振り向く。

「――にしても、よくわかったね」

レイの言った通り、何者かが公邸の外で待ち構えていたようだ。護衛兵が周辺の確認に行ったところ、一区画先の路上で停車中の不審車を発見。職務質問したところ女性雑誌の記者とカメラマンだと判明した。この場は穏便に対処し、社名と氏名を控えて帰らせたという。

「なんとなく…そんな気がしただけです。でも……」

レイがまだ何か気がかりなことがある様子で辺りを見回した。
しかし、何も見つけられないのを悟ると、首を振って諦めた。

「…すみません。何でもありません」

そんなレイの様子に目を細め、ギルバートは隣に座る少年の金髪を一房手に取り指を滑らせた。

「心配性だな……君は。――――出してくれ」

最後の一言は運転手に告げ、ギルバートは、シートに身を沈めた。





◇ ◇ ◇


「デスク!やりましたよ!議長の私服と同伴者の写真バッチリです!」

「本当か!?」

新米記者ビリーは、本社に戻るなり、デスクの前のパソコンに何点ものデジタル映像を並べてみせた。
まるでコマ送りのように連写された写真に映っているのは、確かに私服姿の議長だった。
そして、議長公邸の玄関前で車へ向かおうとするギルバートとその背後に影になるように佇む小柄な姿―――。

「女の子と一緒でしたよ〜!これは明日のトップ見出しは決まりですねっ」

ビリーは興奮気味にまくし立てた。

「いやー警護に職質掛けられた時は焦りましたが、社名とIDを確認されただけで無罪放免ですよ。あいつら、ろくに調べもしないで…樹の上の超高性能小型カメラに気づかないんだから。あれでよく国のトップの護衛が勤まるなあ」

笑いながら報告する新米記者にデスクは奇妙な顔をした。

「…お前、そりゃ見逃してもらえたんだよ」

「は!?」

「どうせ撮っても使えないってわかっているからだ」

「えっ……どうして―――」

「議長の後ろに映ってる金髪の子。未成年だ」

「……あっ……」

「未成年者保護条例第14条7項。―――知ってるよな?保護者の許可なく本人の映像をマスコミが使用できねえって……」

「あ〜…」

「しかも――――女じゃねえんだよ!!」

「はい?」

「この金髪の子はなあ、議長の養子でしかも―――オ・ト・コなんだよっ!」

「そんなばかな……え…だって、この顔でこの物腰で……どこからどう見ても女の子じゃないですか!?」

「あーもう吠えるな。うるせえ」

デスクが、伸びかけた自分のひげを手で乱暴にこする。苛々と頭をかき回すその姿は、使えない新米にどう説教してやろうか考えているようにも見える。

隣で話を聞いていた記者の一人が、気の毒そうな顔をして軽口を叩く。

「いっそ、その子とデキてるということにでもなれば、記事の書きようもあるんですけどねぇ」



ほぼ完徹のデスクとビリーは、疲れきった顔を見合わせて肩を落とした。
周囲には、乾いた笑いが漂っていた。




続く

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