□ □  せめて、よい眠りを  □ □









ギルバートが自宅とは別に仮眠用の部屋として使用しているのは、研究所にほど近いマンションの一室だった。
研究室のソファーで仮眠を取るのも限界だと感じ、めったに帰らない部屋のドアを何日かぶりに開けた。静まり返った室内だが、いつもと違う気配がある。
居間のソファーに投げ出されたコートを見て、気配の主に気付いた。

(来ているのか?久しぶりだな)

だが、居間のどこにも姿はなく、ギルバートはため息をついてまっすぐ自分の寝室へ向かうと、ドアを軽く叩く。
応えはない。これもいつものことだ。
なるべく音を立てないようにして部屋へ入った。

(…この人は……まったく)

案の定、自分のベッドに横たわる青年の姿があった。
ギルバートが近づいても目を覚まさない。いささか不用心だと半ば呆れたが、同時にある可能性が脳裏をよぎり、思わず顔を覗き込む。
呼吸があることを確認し、安堵した。
眠る人を起こさないように静かにベッドの脇へ腰を下ろす。
真っ白なシーツの上に金髪が乱れ、長い前髪が額に落ちている。
ギルバートはそっと手を伸ばし、前髪をかき上げてやる。指先が眠る人の肌に触れないよう細心の注意を払いながら……。
だが、少し額が汗ばんでいることに気付く。心なしか呼吸も荒い。
額に手をあてると、かなり体温が高いことで、青年がこの部屋にいる理由に気付く。
他人の手の感触に青年が身じろぎした。

「ん…」

こぼれた吐息にどきりとする。
熱のためか頬が上気し、うっすらと開いた目は潤んでいる。どんな夢を見ていたのか、悩ましげな表情にギルバートは戸惑った。

「起こしてしまいましたか。……大丈夫ですか?」

その問い掛けの後、クルーゼはしばらく目線が泳がせ、心配そうに覗き込む男の姿を認めて息を吐く。

「……今…何時だ?」

「午前2時をまわったところです」

それを聞いてクルーゼが起き上がったが、すぐに眩暈を感じたのか額を押さえ俯く。軽く頭を振って、眉を顰めた。頭痛が酷いのだろうが、それを口に出すわけでもなかった。

「…戻る」

ベッドから下りようとしたクルーゼをギルバートが制した。

「こんな熱でどこに行くんです。寝ていなさい。今、薬をもって来ます」

「……」

いつもだったら、素っ気なく拒絶するクルーゼだが、余程具合が悪いのか素直に従った。もっとも、クルーゼが服用する薬はすべてギルバートが調合している。彼を頼る以外に自分の身体に適合する医薬品を手に入れる術はない。
再びベッドへ身体を沈めたクルーゼは、熱い吐息とともに目を閉じた。
こんな些細なことで音を上げる自分の身体が忌まわしい。

免疫力の低下―――ストレスや疲れからホルモンバランスが崩れると免疫力が低下し、様々な病気に罹りやすくなる。自分の場合は、原因はそれだけではないのだが、様々な要因が重なって体調を崩すことが多い。多少のことなら薬で誤魔化せるし、外部にそれと分かるようなことはない。そう振る舞ってきたつもりだった。
コーディネイターは、ナチュラルに比べ遺伝子レベルでそれらの免疫力が高く、めったに病気に罹ることなどない。それ故に体調不良は軍属にとっては致命的だった。公になれば自己管理能力を問われることにもなり、また、軍上層部の不審を招きかねない。最悪、除隊もあり得るのだ。

―――すでに期限を切られたこの身体だ。望みを叶えるまで保てばよい。
そういう思いから、クルーゼはあまり自分の身体を気遣うようなことをしてこなかった。
「健康」という言葉ほど自分から遠いものはなかったが、それでも身体が楽に動かせた方が良いに決まっている。ギルバートが使っているこの部屋にやって来たのも、家人が留守の間に睡眠が取れればいいと思ったからだが、何よりも仕事が忙しいギルバートを他人に知られることなく捕まえられるのがここしかなかったからだ。
熱のせいなのか、あれこれ埒もないことを考えてしまう。ただ寝ているだけというのは、時間を無駄にしている気がして嫌なものだった。

枕元に人の気配を再び感じ、目を開く。ギルバートが水の入ったグラスと薬を持って来たようだ。

「起きられますか」

「……ああ」

「何か食事をしましたか。空の胃に薬を入れるのはよくない」

「別にいらない」

「食欲もない―――ということですか。とりあえず、これを」

そう言って差し出したのは、粉薬とカプセルが2種類。

「胃壁を保護する薬と栄養剤です。抗生物質は食事の後で」

顔を顰めたクルーゼにギルバートは、諭すように言葉を続ける。

「レトルトですが、今温めていますから眠ってしまわないように。必ず食べてから抗生剤を服用して眠ってください。あと、水分をちゃんと摂ること」

サイドボードの上にスポーツ飲料のボトルを置き、自分は傍にあった椅子に腰掛けた。クルーゼが栄養剤をきちんと飲むのを確認して、席を立つ。
一人暮らしで、しかも仮眠用のめったに帰らない住居にレトルトとはいえ食品が置いてあることがクルーゼには意外だった。まさか、自分のためにここまで想定していたわけでもあるまい。
だが、薬のストックをここに置いてあることは知っていたので、あながちその予想は外れてもいないのだろう。
しばらくして、ギルバートが粥の入った皿と薬のトレイを持って戻って来た。

「置いておきます。食べさせてもらえないと口をつけないような子どもじゃないでしょう?」

クルーゼが軽く睨む。それに動じることもなくギルバートは穏やかに微笑む。

「あの子もこうして、時々熱を出しましたよ」

『あの子』と呼ばれた少年をギルバートに預けたのはクルーゼだ。
あれ以来クルーゼは少年に会ってはいないが、ギルバートがこうしてさりげなく近況を報告するのをいつも黙って聞いていた。

「子ども特有の知恵熱のようなものですが…具合が悪い時ほど、人肌が恋しくなるようです。ま、子どもに限ったことではないのかもしれませんが」

揶揄するような笑みを唇に上らせて、ギルバートが視線を投げる。

「……大事に至らなければそれでいい」

無関心を装ったような素っ気ない答えにギルバートはため息をついた。

「どうやら、君は違うようだ」

苦笑して、水差しからグラスに水を注ぐ。

「ゆっくり睡眠をとれば、身体も楽になるはずです。―――迎えも呼んでおきましょうか?」

『迎え』という言葉に誰のことを言っているのか予想がついて、クルーゼは鋭い目線でギルバートを睨みつけた。

「余計なことはしなくていい」

「失礼。―――失言でした」

汗をかいたら着替えるようにと寝巻きの替えまで用意して、ギルバートが立ち去る。

「―――私は研究所へ戻りますが、何かあったら連絡を。あと3日分の薬を置いていきます。毎朝・夕の食事後に服用すること。症状が良くならなかったらすぐに連絡してください」

こと細かに指示をしていくのは医師としての立場からか。
少し前までプラントの最高評議会議員として国政に関与していた男が、一線を退いた理由をクルーゼは知っている。
若くして才能を認められ、遺伝子解析の第一人者として文官議員の制服を着ていた男は、クルーゼと出会い、一人の少年を預かったことで、あっさりとその地位を捨てた。
己の望みを果たすため、そのための研究に専念したい―――それが理由だった。
議会には、一身上の都合と報告したが、軍事国家的な色合いが濃厚になってきた国策に反対しての辞任ではないかとマスコミ等では報道された。
非難と好奇の目を一切無視し、自分の研究へと没頭したギルバートは、仕事の合間を縫うように週末には必ず自宅へ戻っていた。それが、養い子のためだということを知っているのは研究所にいる腹心の部下とクルーゼだけだった。

(私と…私たちと出会ったことで、この男は抗い始めたのか……運命に)

だが、それすらも定められた道の中での出来事なのかもしれない。
クルーゼはふと思った。

そして、ギルバートが眠るために帰宅したのに、結局追い出すような形になってしまったことに遅まきながら気付いた。

「ギルバート」

部屋を出て行く男の後ろ姿に声を掛けた。

「はい?」

ギルバートが振り向く。

「…悪かったな」

その言葉に少し目を見開いて、苦笑する。

「いいえ」

扉が閉まる瞬間、ベッドに届いた言葉。





「せめて、よい眠りを……」






そして、扉は静かに閉ざされた。











2005.0518 どにのりんかっぱ4 





ギルクル……すみません。この話はカップリングとして成立してないですね(笑)。
全然甘くないどころか、進展する兆しすら見えない…。第29話の予告で「うわーどうしよう!!ギルクル〜v」と舞い上がって書き始めたのですが、第29話本放送で、とにかく隊長のセリフの端々が痛くて…辛くて……。「誰か隊長に優しくしてあげてよ!」と思ってしまったので、こんな看病ネタなんですが、ギルクルでは大人の駆け引きにしかならないことに気付きました。
どう考えてもギルに甘えるラウっていうのが想像できなくて(苦ッ)。ラウを甘やかしたがるギルは結構イメージあるんですが……。これ書きながら、あー相手がアデスだったら、ものすごーくラブラブで書きやすいのにvと一人ジタバタしていました。
―――ということなので、時間設定的にあり得ないついでに、その後は”あでくる”でお楽しみください。(しかもこっちの方が長いよ…どっちがおまけだかわかんない)


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