※※ご注意※※
以下の作品には、本編23話に一瞬だけ登場した『中華連邦の長い黒髪の人物』が、「劉」という仮名で登場します。 上記キーワードにお心当たりのない方は、もう一度23話を見直して頂くか、広い心で、読み流してください。
性格も名前も顔も現段階で不明なので、かなり捏造していますが、劉(仮名)×第二皇子という18歳以下の方は閲覧をご遠慮頂きたいシーンがあります。ご承知おきください。







2.麝香   
【R18】





国際貿易会議が開かれた会場から、数キロの距離にある屋敷の一室で、シュナイゼルは、非公式の会談を行っていた。
相手は、中華連邦の外務大臣だ。

話題は、国際法で禁止されていたある動物の密猟に関する問題だった。
互いにライバル国同士でありながら、親密な雰囲気の二人。
会議の議題に上がっていたこともあって、二人とも情報交換を兼ねた雑談のつもりだった。

中華連邦の劉外相は、長い裾の中華服に身を包み、腰まで届く長い黒髪が見事な美丈夫だ。
その斜め前に長い脚を組んでソファに腰掛けているのが、ブリタニア帝国宰相のシュナイゼル・エル・ブリタニアだった。

会話の途中、劉は土産だと言って青紫のガラスの小瓶を取り出した。

「西洋の香は、液体が多いと聞く。
 皮膚に直接つけると、体臭と混ざって、独自の香りになるというが―――」

劉は、青紫のガラス瓶を手の中で弄び、蓋を軽く捻って開けた。
瓶の口を顔に寄せ、香りを確かめ、満足げに微笑した。
その香りは、シュナイゼルにも届く。

「へえ、変わった香りだな……」

瓶の中身は香水だった。
嗅ぎ慣れた花の香りではない。甘すぎず、どこか挑戦的で、蠱惑的な香りだ。

「ムスク……のようだけど?」

「特別に作らせたものだ」

「そういえば、君の国では、香料に火をつけて楽しむと聞いたけど、煙たくないのかい?」

「香炉でほんの僅か焚くだけだからな。それに、衣服に焚きしめるか、香りの小物を持ち歩く者が多い。まあ、現在では、ほとんどが女性の嗜みだ」

「君もいい香りがするけれど?」

身を乗り出して劉の傍に顔を寄せたシュナイゼルが、からかうような視線で劉を見上げた。
それには答えず、劉がシュナイゼルの耳元に唇を寄せた。

「今度、香炉を贈ろうか。香を焚かないなら、部屋の調度品にすればいい」

「君の国の陶磁器(チャイナ)は最高級品だからね。嬉しいよ」

「では、香炉に見合う香も一緒に―――快楽を高める効能のものを」

ニヤリと劉が口角を上げた。

「それは、遠慮しておこう」

シュナイゼルが笑って、するりと身体を離す。

「白檀(サンダルウッド)、麝香(ムスク)、龍涎香(アンバーグリス)、沈香、安息香……いろいろ香はあるけれど、その中からとっておきの一つを調合した。ああ、合成香ではないよ」

「本物の麝香……? それに龍涎香? たしか国際条約で捕獲は禁止されているんじゃなかったかな」

牡鹿の腹部から香嚢を切り取り、乾燥させた固形の状態のものが本来の麝香だが、そのために麝香鹿が乱獲されて、激減したため、現在では世界条約で捕獲が禁止されている。
龍涎香はマッコウクジラの腸内にできた結石であり、やはり商業捕鯨が禁止されて以来は、入手しにくい香の一つだ。

「もちろん、合法的なものだ。条約が発効する以前のものだからな」

「年代物だね」

青紫色のガラスの小瓶を目の前に掲げ、劉はシュナイゼルの手を取った。
手袋を外し、手のひらを上に向かせると、手首に瓶の中の液体を一滴垂らした。
シュナイゼルの手首の内側で体温と馴染み、強い芳香が立ち昇る。
きつい香りにシュナイゼルが顔を顰めた。

「この香りを覚えておくといい」

シュナイゼルが困ったように苦笑した。

「本当は、蓋の部分についた香水を肘の裏とか、膝の裏とか、脈打つところにほんの少しつけるものなんだよ」

目眩がするような麝香。慣れない者には、不快感を催すほど、きつすぎる香りだ。

「ふむ、体温が高くて脈打つ場所か。おや、脈が早いな。どうしたのかな?」

妙に頭の奥が熱く、疼く。
劉の手が意地悪くシュナイゼルの首筋に触れる。スカーフの隙間に手を入れ、指先が張った首筋を辿り、耳の後ろに這わされて、ようやく自分でも脈が早いことを自覚した。

「な……に……?」

「慣れない者には強すぎたか?」

香水を落とされた手首を掴まれ、強引に抱き寄せられた。そのままソファに押し倒された。

「この、香水――――なにか……」

自分の身体の異変に気付き、咎めるような視線を劉に向けた。
劉が慣れた手つきでシュナイゼルのスカーフをほどき、ボタンをはずしていく。衣服の隙間から忍び込んだ手が胸を撫で、ある意志を持って蠢く。
洩れる声を堪えようと、シュナイゼルは手で自らの口を覆った。

「聞かせてくれ……」

劉が囁いて、シュナイゼルの手を口元からゆっくりと引きはがした。
幾分上気した頬と、濡れた唇が妙に艶めかしい。

「ひどいな……こんなことをしなくても……」

「香にはこういう使い方もあるのさ」

悪戯っぽい笑みを洩らし、再び青紫色の瓶を手に取った。
はだけた白い胸の上で瓶を傾けると、ふちを伝わった液体がポタリと落ちた。
白い喉がヒクリと動き、敏感な肌が小さな滴に反応した。
冷たいはずの滴が、奇妙なほど熱く感じられ、すぐに体温に馴染むと、芳香を放つ。
劉の指先が、シュナイゼルの胸元を滑り、肌になすりつけるように広げる。噎せ返るような香りの中、劉がシュナイゼルの唇を塞ぐ。

「ん……っ」
下唇を啄み、歯列を割って舌が入り込む。
熱く濡れた舌を絡ませ、相手の快感を誘うように一層深く口づけを繰り返した。

「……より深い快感を得るには、こういうものもある」

青紫の瓶とは別に劉がもう一つの小瓶を取り出した。
白い陶磁器でできた瓶で、牡丹の絵があしらわれている。

「我が国の香油だ」

シュナイゼルの訝しげな視線を受けて、劉が眼を細めた。
「こちらは大して匂わない。―――別の効能があるからな」



   ◆



濡れた吐息と衣擦れの音が、室内に響く。

繋がった身体が揺さぶられるたびに、汗と香が混じり合い、まるで身体全体が匂い立つようだ。
香油を塗り込められた後庭が熱く爛れるような痛痒感をもたらし、それから逃れようとシュナイゼルが自ら腰を動かす。
溜まった熱を吐き出したくてシュナイゼルはもがくのだが、相手がそれをなかなか許さない。
そのたびに、聞いた者が春情を催すほどのぬめった音と、悩ましい声が洩れるのだ。

劉の言葉通り、より多くの快楽を得るために用いられる香油は、耐性のないシュナイゼルの身体と心をじわりじわりと侵していった。

香水は、アルコールに香料を溶かして作られるため、アルコールの揮発とともに香りがたちのぼり、温度や状況によって香り方が変化する。
一方、香油は、油脂に香りを吸着させたもので、ほぼ安定した香りを愉しむことが出来る。
そして、香油は、古来から様々な用途に使用されてきた。
神聖な儀式の場で、女性達の装いとして、そして宗教儀礼などの大切な場面で用いられた高価な物だった。だが、罰当たりにも情事に使用する者がいなかったわけではない。
麝香などの動物性香料は、生殖腺分泌物から作られる。一般的にフェロモンと呼ばれる物質に近い香料は、相手の官能を誘うために、また、より大きな昂揚感を得るために用いられた。だから劉の用い方は、決して突飛なものではなかったのだが、初めてそれを使われたシュナイゼルの身体は、ひどく敏感に反応してしまった。

香油のぬめりが昂りを煽り、シュナイゼルは、身体の奥深くで生まれる衝動を抑えることも出来ずに二度目の頂上を迎えた。
その衝撃で内壁がきつく締まり、より男を悦ばせることになった。

「きつい……な。よく効いたようだ……」

「はぁ……は……あ! く、ぅ……」

荒い吐息が急に詰まった。劉がずるりと身を退いたからだ。

「そろそろ三十分だな。――――変わったか?」

「な……にが?」

「香り。ミドルノートがいいのだろう?」

香水をつける習慣のない劉もさすがにそれなりの知識はあるようだ。

「我が国では、香と言えば焚くものか、香そのものを身につけることが多いからな。
 肌に直接振り掛けたりしないから、香りの変化がそうは出ないが、
 ブリタニアをはじめ、ヨーロッパの香りの文化は興味深い」

「そんなこと…………私は、今は、香水を嗜む趣味はないから、いいも悪いも……」

もちろんシュナイゼルは皇族や貴族の女性達を相手にしているのだから、香りのマナーは知識として持っている。

香りは時間と共に変化する。その変化の様子を三段階に分けて、トップ、ミドル、ラストと呼んでいる。
つけて五分後くらいからの香りをトップノートと言い、一般的に揮発性の高いシトラスやスパイシー系のものが良く香る。三十分から二時間をミドルノートと言い、フローラル系はこの時間帯が最も良く香る。そして、三時間以降、香りが消える直前、最後の香りをラストノートと言う。揮発性の弱い動物性香料のムスクやアンバー、ウッディ系やバニラが良く香るので、重厚感を愉しむのならラストが良いという人もいる。

通常、自分の体臭に馴染み、落ち着いたミドルノートが人前に出る最も適した香りとされており、夜会に出る貴族なら、出かける直前にシャワーを浴びて、清潔な肌に香水をつけると、会場に着く頃、ちょうどよい香りになるのだ。

「普段つけていないのか? 意外だな。こちらでは、普通に男性も香を嗜むものだろう?」

「そうかもしれないけど、私は……嫌がる人がいるのでね」

「ふうん、嫌がる人……ね。妬けるな。―――だが、逆を言えば、匂いに敏感と言うことか」



何か思案げに呟いた劉は、ベッド脇に置いた二つの小瓶をじっと見つめた。






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