「カーレル大佐、この配置の時の敵の予想針路なんだけれど」

「この場合でしたら、南に転針して、北からの部隊と合わせて挟撃するのが得策でしょう」

「ああ、なるほどね」

壁面の戦略モニターに点滅する自軍を操作するカーレルの背後から、シュナイゼルが操作盤を覗き込む。
ふわりと微かに香るのは、シャワーを浴びたばかりだというからシャンプーか、ソープの香りだろう。

半乾きのしっとりとした髪が、艶やかで、少年の清潔な色香を感じさせ、カーレルはごくりと唾を飲み込む。
シュナイゼルの個人授業の講師を命じられてから今回で、5回目の授業だ。
美しい少年は、その気高いまでの理想と、少年らしい甘さを感じさせながら、熱っぽく戦略への興味を語った。少しずつ、うち解けていくシュナイゼルは皇族といえども、一般の少年と変わりがないようにカーレルには思えた。
そして、噂に聞くよりも、年相応の子供っぽさを見せるシュナイゼルにカーレルは内心安堵していた。
このまま、気に入られれば、第二皇子の権勢の一員となれる好機だった。
これを逃すわけはない。
しかも、カーレルの権勢欲を抜きにしても、シュナイゼルは非常に魅力的な少年だった。

「では、逆に我々が退路を断たれたらどうする?」

シュナイゼルの問いに我に返る。

「…その、際は、我が軍の勇猛を鳴らして、各個撃破に当たればよろしいのです」

「各個撃破……ね。兵力を二分するのかい?」

「二分しても数で勝っているのですから、十分戦えるでしょう」

「……そう。 流石、カーレルだ。我が軍は、勇敢な指揮官に恵まれているな」

「光栄です、殿下」

ふわりと微笑むシュナイゼルの手を恭しく戴き、甲に接吻した。

「カーレル、この後、チェスでもどうだい?」

「喜んでお相手させていただきます、シュナイゼル様」

個人授業の後の私的な時間に初めて呼ばれたカーレルは、自分の思惑の通りにことが運んでいくことに満足しながら、胸に手を当てて恭しく一礼した。






紅茶の芳しい香りと共にゆっくりと湯気が立ち上る。
クリスタルのチェス盤の上には、同じ透明な駒が並ぶ。それらをしなやかな指先が動かすたびに、クリスタルが硬質な音を響かせていた。

白い手袋に包まれたシュナイゼルの手が、カップを優雅に傾ける。
艶やかな唇が、白い陶磁器の縁に触れ、紅い液体がその口内に消えていった。

「どうかしたの?」

口元をじっと見つめていたカーレルの視線に気付き、シュナイゼルがカーレルの目をじっと見返す。紫色の瞳―――蠱惑的なアメジストがカーレルを見つめていた。

「君の番だよ」

「あっ……はい、失礼しました」

カーレルは、手玉に取るつもりが、逆に引き込まれてしまいそうになっている自分を自覚した。
気を取り直して、再びチェスの盤に集中する振りをして、ソーサーに戻されたシュナイゼルのカップを見た。
紅茶はまだ半分残っていた。
カーレルは、チラリと周囲に視線を走らせた。
この1ヶ月の間に、余程信頼を勝ち得たのだろう。給仕のための侍従も下がり、部屋の中にはシュナイゼルとカーレルの二人だけだった。

「ああ、そうだ。君に見せたいものがあったんだ」

そう言って、シュナイゼルが席を立った。
しばらくして、次の間から一冊の本を持って戻ってきた。

「君は軍人ながら、詩を嗜むと聞いてね。ローヴェルの詩集だ。絶版になっているはずだから、読んだことはないんじゃないかと思って……」

はにかむようなシュナイゼルの笑みにカーレルは内心ほくそ笑んだ。

「なかなか手に入らなくて、難儀していたところでした。有り難く頂戴いたします」

「同好の士が身近にいると私も嬉しいからね」

シュナイゼルが、残った紅茶を飲み干した。

「では、続きを。殿下は、チェスもお得意だと伺っておりましたので、緊張いたしますな」

「先生には敵わないよ」

シュナイゼルは笑ってポーンを手に取った。

その後も、チェスは続けられ、カーレルはシュナイゼルに勝ちを譲るつもりが、まともにやっても勝てないようなところまで追い込まれた。
カーレルは、別の何かが気に掛かるようで勝負に集中できないでいるようだった。
ふいに、シュナイゼルが眉を寄せ、指先でこめかみを押さえた。

「殿下、どうかなさいましたか?」

「いや……、なんだか疲れたようだ。すまないが、今日は……これで……」

椅子から立ち上がったシュナイゼルだったが、ぐらりと身体が傾ぐ。
それを待ちかまえていたようにカーレルが両腕で抱き留めた。

16歳にしては長身だが、まだまだ未成熟な身体はほっそりとして、男の胸にすっぽりと納まってしまった。

「殿下、大丈夫ですか?」

「ああ、すまない。少し横になれば……」

「では、長椅子へお連れします。それとも医師をお呼びしましょうか」

「いや、呼ばなくていい。君が傍にいてくれれば……」

潤んだ瞳でそう囁かれて、カーレルはシュナイゼルを抱き上げると、長椅子へ横たえた。

「こんな弱ったところを他の者に見られたくない……」

少年らしい意地っ張りなところにカーレルの付け入る隙がある。
秘密を抱えるならば、相応の覚悟が必要となることを少年はまだ知らないのだろう。

「それに身体が火照って……なんだか………」

上気した頬、薄く開いた唇。
そのどれもが、誘っているように男には感じられた。

「殿下、楽にして差し上げましょうか?」

それは、何も知らない純粋な少年を堕落に誘う蛇の言葉だった。

「少し、戸惑われるかもしれませんが……大丈夫です。私に全て任せて……。殿下は、何もなさらなくていいのです」

「本当……?」

余程身体が辛いのか、アメジストが潤み、熱を孕んだ吐息が浅く繰り返される。

「美しい髪ですね……」

そう言って髪をさらりと指に絡める。
それだけで、敏感に反応を返すシュナイゼルの身体は初々しく、これから訪れる官能と秘められた行為への期待と不安を男に伝えていた。

「お願い……」

皇子であろうと、自分の容姿と魅力の前では、ただの初な子供に過ぎない。
それを確信し、カーレルは満足げに口元を緩めた。

第一后妃からの依頼は、これで無事、果たせそうだ。

浮いた噂一つないシュナイゼル殿下に弱点を作ること。それも、人目を憚るような内容なら尚よい。皇位継承争いに謀略はつきものだが、純情な16歳の少年の身も心も堕落させることも辞さない皇族たちの歪んだ欲望は、カーレルの権勢欲と歪んだ性癖を満足させるものだった。







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