カーレルは、シュナイゼルの襟元に手を伸ばした。
スカーフをほどき、ブラウスのボタンを外すと、白い肌が現れた。

息を呑むような滑らかな肌にカーレルが手を這わせる。
んん、と息を詰めたシュナイゼルの姿に口角をあげ、カーレルは自らも上着を脱ぎ捨てた。
首筋に唇を押し当て、濡れた舌で愛撫する。

「あっ……!」

「そんなに可愛らしい声で鳴かれると、男はつけあがるものですよ」

そう嘯き、シュナイゼル更に追い上げようと、ズボンのベルトに手を掛けた。
すると、急に、今まで抵抗らしい抵抗を見せなかったシュナイゼルが身を捩る。

「やっ……!やめっ……」

「殿下、お辛いのでしょう? このままでは、いつまでたっても楽にはなりませんよ?」

そう言って、力ずくでシュナイゼルをクッションに押しつけた。

「やめ……、くっ……!!」

一人、悦に入ったカーレルには、少年の抗う声など届かない。

「シュナイゼル………」

柔らかな髪をまさぐり、耳元でうっとりと少年の名を囁く。
その時だった。

「貴様に私の名を呼ぶ許しなど与えていないが?」

冷静な声が昂奮したカーレルの耳に届いたのと同時だった。大きな音を立てて、ドアが開け放たれた。

「下郎っ!!その手を離せ!」

「なっ……!?」

低い声の主は、シュナイゼルの上に馬乗りになったカーレルを力任せに引きはがし、思い切り殴り飛ばした。

「ガッ!……ハッ」

奇妙な潰れた声を上げて、カーレルが床に這い蹲る。痛烈な一撃で鼻の骨が折れ、自慢の顔が見るも無惨な状態となっていた。

「貴様っ!!恥を知れ!」

烈火の如く怒るダールトンが帯剣を抜刀し、切っ先をカーレルの鼻先に突きつけた。

「ダ……ダールトン!? なぜ…負け犬の貴様がっ!」

「痴れ者に答える言葉は、あいにく持ち合わせてはおらん! これ以上、殿下の御前を汚らわしい貴様ごときの面で汚すわけにはいかぬ。後は、別室で話を聞こう。罪状は皇族に対する不敬罪、及び侮辱罪だ」

唖然とするカーレルの目には、恐怖があった。

「待て!これは……違うっ! 話を聞いてくれ!! そうだ!殿下、殿下に!」

カーレルが、必死に弁明を求めたが、シュナイゼルは一瞥すらしなかった。
カーレルの懇願を完全に無視し、ダールトンがシュナイゼルのもとへ駆け寄って、無事を確かめるように抱き寄せた。

「……殿下!」

ダールトンの予想外の行動に目を丸くしたシュナイゼルが、抱きしめられたまま苦笑した。ダールトンはそんなシュナイゼルの様子に気付くことはない。
シュナイゼルは微苦笑のまま、静かに息を吐くと、ただ一言、告げた。

「遅い!」

いきなり叱責を受けた男が、平身低頭、謝罪する。

「は……申し訳ありません」

「おかげで、いろいろ不愉快な思いをしたし、らしくない言葉遣いをして疲れた。ダールトン、後で何とかしてもらうからね」

まるで、何事もなかったかのように、にっこりと微笑むシュナイゼルの目には、悪戯っぽい輝きがあった。

(やはりこの方には、敵わない……)
ダールトンは気の抜けたように、返事をすることしかできなかった。



ダールトンは、とりあえず、人を呼ぶ前に自分が着ていた上衣を脱いで、シュナイゼルの肩にかけた。乱れた襟元を周囲の視線から隠すためだ。

一方、気の毒なのは、カーレルだった。ことここに至っても、事態の把握ができずに、呆然としている。目の前で繰り広げられる二人の会話に頭がついていかないようだ。
すぐに衛兵がやってきて、カーレルを捕縛し、両手に手錠を掛けた頃になってやっと、自分が窮地に立たされていることを自覚したらしい。
そして、これら全てが、ただの少年と侮っていたシュナイゼルの謀事だと気付いたのだ。

「殿下! お慈悲を!!……どうして!?」

カーレルは、見苦しく足掻きながら、シュナイゼルに慈悲を請う。

シュナイゼルが笑う。




「カーレル、敵に挟撃された時の引き際も大事だぞ」


個人授業は、終わってはいない。
いつの間にか、教える側と生徒の立場が逆転しているのに男は気付かない。


「そして、なによりも――――」


冷たい視線で床に這う男を見下ろす。

傲然と頭を上げた少年は、乱れた襟元を隠すことすらしないまま…………




「主を選び間違えた己の甘さを悔いよ」




冷たく言い放ったシュナイゼルの姿は、王としての自覚と自信に満ちたものだった。













その後、シュナイゼルのもとには入れ替わり立ち替わり侍従がやって来たり、医師がやって来たりして、騒然としていたが、この一連の出来事に関しては、箝口令が敷かれることとなった。

シュナイゼルが真っ先にしたのは、シャワーを浴びることだった。
どうやらカーレルに撫で回されたことが気持ち悪くて仕方なかったらしい。

カーレルがシュナイゼルの紅茶に仕込んだ薬については、軽度の催淫作用のある物だったことが判明した。いわゆる媚薬だ。
カーレルが紅茶に一服盛ることは分かっていたので、シュナイゼルは敢えて隙をつくった上で、飲む振りをして袖に流したのだ。
そして、そのまま、薬が効いたような振りをして、相手が実力行使に出るのを見計らって、現行犯逮捕したというわけだった。

「ですが、殿下、このようなやり方はもう二度とおやめください。いきなり、演習中の私の携帯電話に『貞操の危機だ。何とかしろ』だなんてメールを頂いて、一瞬、頭が真っ白になりましたよ。おかげで、部隊が全滅しかかりました」

「ダールトンでも、動揺することがあるのだな」

声を立てて笑うシュナイゼルに渋面をつくったダールトンが、大きく息を吐いた。

「上に立つ者自らが囮を務めることが、組織の危機を招くことぐらい、承知しているよ」

笑いを収めたシュナイゼルが自嘲気味に呟く。

「だけど、どこぞの后妃の品のないやり方に大して、正攻法で挑んでもボロを出してくれそうもないしね。獅子身中の虫を飼い続ける気はないからね」

「ですが、これでは心配でお側を離れることが出来ません」

ダールトンは、苦言を呈したつもりだが、シュナイゼルはその言葉になぜか嬉しそうに微笑んだのだ。

それを見て、ダールトンは、なぜシュナイゼルがこんな手段を取ったのか、分かってしまった。

(まさか……な)

どうして、そこまで自分にこだわるのか理解ができない。
シュナイゼルの周囲には、これからも優秀な人材が集まってくるだろうし、彼の現在の能力ならば、成人を迎える前に騎士を持つことも可能だ。
そもそもコーネリアの後見も務めるダールトンにシュナイゼルが肩入れするのは、皇位継承権を持つ者の理に適っていない気がする。

(どうして、俺なんだ?)

だが、コーネリアを赤ん坊の頃から慈しんできたダールトンにとって、何を置いても守らなくてはならないのは、コーネリアであって、シュナイゼルではない。
第一、シュナイゼルには、他に優れた側近達がいくらでもいるではないか。

シュナイゼルの態度が変わってきたと思われるのは、コーネリアが自分の立場を自覚し、自己啓発に力を注ぐようになってからだ。

(あれほど、仲のよいご兄妹でも、いずれ皇位継承を巡って争うことになるのか……)

それが、皇族として生まれた者の義務だとしても、二人と親しい間柄のダールトンにとっては、悲しいことだった。

(いつか、選ばなくてはならんのだろうな……)

必ず選択を迫られる時はやってくる。

確かな予感がダールトンの心に重くのし掛かっていた。
それをうち払うかのように、涼やかな少年の声がダールトンを呼ぶ。



「で、吐いたか?」

「はい、ご推察の通り、第一后妃様のご親族から依頼されたようです。あわよくば、シュナイゼル殿下の寵愛を(ゴホン)受け、自らの権勢を広げようと試みたようですが―――」

「――自滅したというわけだね」

「はい」

「処分は、任せる」

「はっ」

敬礼し、退席しようとしたダールトンをシュナイゼルが呼び止めた。



「来週の授業を楽しみにしているよ」



にっこりと、天使のような微笑をダールトンに向けた。

ダールトンには、その笑みが、神の裁きを人間に与える無邪気で無慈悲な天使のものに見えた。









End   

2007.06.20




すみません、殿下の「お願い……」というセリフをキーボードに打ち込みながら、砂を吐きそうでした。(笑)
あっはっははは、ありえねぇ、ありえねぇ!
たとえ、16歳であろうと、あのシュナ様に限っては、あり得ねぇ!(大爆笑)

カーレルの名前の由来。テレビを見ていたらケンタッキー州の鳥屋さんのCMが流れた。さすがに一文字変えましたが……。
……ええ、それだけです。


その後、カーレルに悪戯されて火照った体を鎮めるために、シュナ様(16)はダールトン(31)にちょっかいを出す予定だったんですが、話の流れ上、殿下が媚薬を飲まなかったので、濡れ場突入が難しくなりました。
おかげで、安堵しています……。
(さすがに31×16は、最後の良心が痛みますってば……)


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