※シュナイゼル16歳、ダールトン31歳くらい(?)の設定です。



++個人授業++







薄暗い室内では、週に一度の授業が行われていた。

モニター上の明滅するいくつもの光点が一斉に消えた。
壁面いっぱいに広がるモニターでは、山岳地帯を戦場として戦いが繰り広げられていた。
ただし、戦略シミュレーションシステムでの模擬戦である。

「その手があったか、まんまとやられたよ。ダールトン大佐」

「殿下もなかなかお上手になられましたな。一瞬、こちらがひやりとさせられる場面もありました」

「だが、負けてしまっては意味がないだろう?」

ダールトンが手元のリモコンを押すと、電動でカーテンが開く。急に明るくなった室内に、授業を受けていた生徒は、まぶしそうに眼を眇めた。

第二皇子の離宮の一室には、二人だけ。
ブリタニア軍の英雄でもあるダールトンの個人授業を受けることが出来るのは、一握りの人間だけだった。
その数少ない生徒の一人が第二皇子のシュナイゼルだった。

「いえ、負け方も大切です。一軍を預かる将であれば、どれだけ多くの選択肢を残して負けることが出来るかも重要ですよ」

「多くの選択肢?」

「はい。自軍を全滅させて負けるのと、多くの戦力を残したまま負けるのでは大きな違いがあります」

「多くの兵力が残っているなら、負けないのではないか? ああ、いや……そうではないな。引き際も大事と言うことか」

「その通りです。明日のある負け方も必要な時がございます」

「成る程ね。だが、明日を望めない敗退もある。―――すなわち死だ」

「そのようなことにならないために、我ら騎士がお傍におります。殿下は、“その時”を見極めていただければよろしいのです」

真摯な瞳がシュナイゼルを見つめた。

「期待している。”我が軍師”よ」

口元に鷹揚な笑みを浮かべ、シュナイゼルが軍略の教師を見上げた。



「殿下、お疲れでしょう。今日はこの辺で」

「そうかい? もう少し、君が軍功をあげた北アフリカ戦線の話を聞いていたかったけれど」

「一度に根を詰めすぎるのはよくありませんよ。続きは今度にしましょう」

「じゃあ、お茶の用意をさせよう。もうしばらく居られるのだろう?」

お茶の用意をさせようと、侍従を呼ぶベルに手を伸ばした。

「申し訳ありませんが、この後、所用がございまして……」

シュナイゼルの手が止まる。

「……コーネリアかい?」

そう問われて、ほんの一瞬の逡巡の後、ダールトンは頷いた。
「―――はい」

「そう。……コーネリアも軍略に興味があるのかな」

それは、独り言のような呟きだった。

にもかかわらず、シュナイゼルの冷めた表情に浮かぶ微笑を見たダールトンの背に冷たい緊張が走った。

「いえ!姫様は、まだ興味本位で私の話をお聞きになりたいだけで、何分、マリアンヌ后妃を理想の女性像と思われていらっしゃるようでして―――」

慌てて弁解するダールトンを窘めるように静かな声が室内に響く。

「ダールトン、何の心配をしているんだい? 女性でありながら、あの年で、ダールトン大佐から軍略の手ほどきを受けたいと思うなんて、素晴らしいことじゃないか。末は、一軍を預かる将になれるかも知れないだろう? 我が国にとっても頼もしい限りだ」

「―――は」

穏やかな口調、静かな微笑。
妹の成長を喜ぶ兄としての態度。
シュナイゼルの言葉に、何もおかしなところはない。
それなのに、冷たい汗を感じるのは、ダールトンの気のせいではなかった。

「それとも、私が彼女になにかするとでも?」

シュナイゼルの目を直視することは出来なかった。ダールトンは、自分の動揺が完全に見透かされていることを知っていた。

「いえ、そんなことは……」

奇妙な沈黙と重苦しい緊張感。
たった16歳の少年が放つ雰囲気に大の大人が気圧されていた。

「いいよ。あまり待たせては、コーネリアが可哀想だ。早く行ってあげなさい」

にっこり笑ってシュナイゼルが、退席を許した。

「は、では、失礼いたします」

深々と一礼し、退室しようとしたダールトンにシュナイゼルが声を掛けた。

「ダールトン」

「は」

「再来週、期末試験があるんだ」

「はい?」



「しばらく試験勉強に専念したいから、来週は来なくていいよ」



驚いたダールトンが顔を上げた時には、扉は閉ざされていた。













その後もダールトンのもとにシュナイゼルから連絡はなく、軍略の講義は途中で止まってしまっていた。
社会性を養うために学校には通っているが、もともと、試験勉強など必要のない程、優秀な頭脳をもつシュナイゼルが、たかが試験対策のために個人授業を長い間休むはずはない。

(何が、ご機嫌に障ったのだろうか……。まさか、あれくらいのことで……?)

コーネリアの名前を出したことで、あの場が一気に緊張したことを思い出した。
普段は、仲のよい兄妹として、シュナイゼルが何かと妹に気を配っているように見える。
常に人好きのする笑顔で、そつなく振る舞うシュナイゼルが、唯一、感情を露わにしたの、なぜコーネリアに対してなのか。
いや、あの不快感は、コーネリアに対してではないのだろう。
恐らくは、ダールトン自身へ向けられたものなのだ。だからこそ、ダールトンは悩む。
自分が、対応を誤れば、その影響はコーネリアにも及びかねないからだ。
ダールトンは深く嘆息した。


第二皇子シュナイゼルの個人授業といえば、軍関係では最も経験豊富で軍略に優れた者が講師にとして選ばれるという暗黙の了解があった。

ダールトンは、辺境での何度にもわたる戦闘で自軍を勝利に導いた歴戦の勇者だ。優れた軍略と勇猛果敢な戦闘、そして、部下からの信頼も篤い。
シュナイゼルが幼くして軍略の個人授業を受けるようになってからずっと、講師はダールトンが担当してきた。


シュナイゼルへの個人授業が途絶えてから2週間ほどした頃だった。
軍内部では、ある噂が、囁かれ始めていた。
ダールトンが、殿下の不興を買って、講師から外されたという噂だった。

その噂をダールトンが耳にしたのは、同じ軍に所属する旧友からの電話だった。

「……任を解かれたなどと、そんな話を俺は聞いてはいないが」

『だが、第三分団のカーレル大佐が講師を務めているらしいぞ』

「カーレルが?」

『殿下のお屋敷に出入りしているらしい。あまりよい噂をきかない男だから心配になったんだが……。お前、何も聞いていないのか?』

旧友は、意外そうな声で訊ねた。

『まさか、お前に限って、殿下を怒らせるようなことをした…とか?』

「そんな子供じみた理由で、講師に何も告げずに一方的に解任するような御方ではない!」

『そうだな。あの方は、そういう私情を廃する方だったな』

何度もダールトンからシュナイゼルの人柄について聞かされていたのだろう、相手は、分かっていたように溜息をついた。

『じゃあ、一体、どういう事なんだ?』

「わからん」

『気になるのは、カーレルの奴が、それを自慢げに言いふらしていることだ。しかも、前任者の能力に問題があったようなことを言ってやがるんだぜ!? ムカツクったらないぜ!あの顔だけ男が!!』

「殿下は他人を外見で判断したりはなさらない方だ。浅慮な者から教えを受けるようなことをよしとしない殿下の性格からは俄に信じられん話だが……。殿下になにかお考えがあるのだろう」


ダールトンは、旧友に「心配するな」と言葉をかけ、礼を言うと電話を切った。






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