「あー……アレって、こういうことだったんですかねぇ」

ロイドは、数日前のシュナイゼルとの会話を思い出し、一人呟く。

今、ロイドが居るのは、どこかの研究室でもなく、会議室でもなく、まったく初めての場所だった。
こういう雰囲気の部屋は見慣れてはいるが、自分は馴染むことはないだろう。

ロイドは、改めて自分が今居る部屋を見渡した。
広くて立派な調度品の揃った部屋は、どこぞの貴族の屋敷のようだ。
現に自分をここへ招待した人物は、その手口や他人の都合を考えない行動から考えると、間違いなく典型的な貴族なのだろう。
きらびやかな家具に囲まれて、天井の精緻な模様を眺めていたロイドは、急に気持ちが悪くなってきた。行き過ぎた芸術は、時として人に不快感を与えることもあるらしい。

この部屋に通されてから、お茶も出されないまま随分待たされている。
あちらの都合で勝手に招待しておきながら、かなり失礼な振る舞いだ。

そんな待遇の悪さに別に憤慨するわけでもなく、ロイドは豪奢なビロード張りのソファの背に凭れて、退屈そうに欠伸をした。





そもそもの発端はこうだ。





ロイドがいつも通りランスロットの整備を終えて、上機嫌で最近行きつけの洋菓子店へ好物を買いに行った時のことだった。

セシルの運転するトレーラーに乗り、店の近くまで送ってもらったロイドは、いそいそと車を降りた。

「んじゃ、君はいつもの所で待ってて〜。すぐ戻るから」

「はい。なるべく早く戻ってくださいね。あそこでも駐禁取られてしまいますから」

「君は、いつものでいいんだっけ?」

「今日は、ブルーベリーでお願いしますv」

「りょおかい〜」

巫山戯て敬礼のまねごとをしたロイドが店に向かって歩くのを見送り、セシルはアクセルを踏んだ。洋菓子店の前は細い路地になっているので、大型トレーラーでは通れない。そのため、一区画先の広い道路にトレーラーを止めて待つことが習慣となっていた。

自分の好物を買いに行くために、部下を足代わりに使うロイドは、ちゃんとセシルの分も買ってきてくれる。一応詫びのつもりなのか、気を遣ってくれているのか、それともセシルに怒られるのが怖いのかは分からないが、女性の扱いをあまり知らないくせに毎回必ずお土産をくれることはセシルも評価していた。セシルも甘い物は好きな方なので、上司がおごってくれる物を毎回ありがたく頂いている。

これくらいの役得がなければ、必要以上に世話のかかる上司の面倒などみていられない。
尤も、ロイドの世話に関しては、こんなもので相殺されるほど軽い面倒ではなかったが―――。

職場に大好物が常備されているかいないかで、その日のやる気に大きく影響が出る上司を思い、セシルが嘆息した。

「売り切れてなければいいけど……プリン」

つい最近、雑誌で紹介されてから人気急上昇中の洋菓子店だ。ロイドのお目当ての品がまだ残っていることをセシルは祈った。



セシルの心配をよそに、ギリギリで最後の5個を手に入れることが出来たロイドは、上機嫌で店を出た。
今日のプリンは2種類。新製品の「なめらかとろ〜りプリン」とノーマルタイプだ。
セシルへのお土産用ケーキもリクエスト通り購入し、そちらの箱には保冷剤も入れてもらうことを忘れない。
足取りも軽く、鼻歌交じりで大通りに向かって路地を歩いていた時だった。

「アスプルンド伯爵でいらっしゃいますか?」

突然、見知らぬ男達に声を掛けられてロイドは首を傾げた。

「えー……と、どちらさま?」

「貴方にお会いしたいと仰る御方がお待ちです。一緒に来ていただけますか?」

男の言葉遣いは丁寧だが、断ることを元々想定していない居丈高な態度だった。3人の黒服で黒眼鏡のいかにも……な男達がロイドの行く手と背後を阻むようにして立ち塞がる。
普段は、人通りのある路地なのに、なぜか今は誰も通らない。そして、路地の出口を塞ぐように黒塗りの車が止まっている様子が遠目に見て分かった。

「―――嫌だって言っても、無駄なんでしょうねぇ」

ロイドの飄々とした態度はいつも通りで、緊張感や動揺は一切感じられない。腕には、買ったばかりのプリンの袋とセシルへのお土産用のケーキが入った箱を大事そうに抱えたままだ。
ロイドの落ち着いた態度に男達が満足げに頷く。

「ご理解いただけて何よりです」

男の一人が慇懃無礼に応えた。
ロイドは、早々に観念して肩をすくめると、プリンの包みを男に渡した。

「大事に持っててくださいね〜。――――落としたら泣きますよ?」

そう言って、黒塗りの車に向かって歩き始めた。







中々戻ってこないロイドに業を煮やしたセシルが、上司を捜しに洋菓子店のまでやってきた時、そこには誰もおらず、ただ路上に白いケーキの紙箱が残されていただけだった。













勝手にいなくなった上司を捜すセシルの怒っている顔が目に浮かぶようだ……。
豪奢な室内でロイドは一人嘆息した。

(うーん、早まったかな……?)

ロイドは、自分がこの後どうなるかということよりも、戻ってからセシルに怒られることが気がかりだった。


重い樫材の扉の前に立っているのは執事ではなく、ロイドをここまで連れてきた男の一人だ。
扉の前には屈強な男が一人。相手は一人だが、ロイドの腕力ではどうにもならないことは分かっている。
そして、おそらく懐には武器を所持しているだろう。

「あのー……いつまでここにいればいいんですかぁ?」

待ちくたびれたロイドが監視役の男に尋ねたが、軽く無視された。
最初は、面白そうだったので素直についてきたが、拉致するように連れて来られて、さらに居心地の悪い部屋で一人待たされて、もう飽きてしまった。

「あの〜……暇だし、お腹が空いたので、さっきのプリン持ってきてくれませんかねぇ」

懲りずに話しかけたが、男はジロリと睨んだだけで、動こうとはしなかった。

「あのー、プリン…………」
ロイドが再度話しかけた時、ようやくこの家の主が登場した。

美食が過ぎたのか、いささか腹の出た体型の男は、華美に過ぎる衣装を身に纏い、まるで道化のようにロイドの目には映った。
ロイドは内心「うわぁ……」と呟いていた。 いかにもな“貴族”だ。

(これは……当てがはずれた……かな? 見るからに面白くなさそう……)

ここに至っても、ロイドの興味は面白いか、面白くないかだ。


「いやいや、お待たせしてしまったかな。君がアスプルンド伯か。私は―――」
「やっぱ、僕、帰ります〜」


名乗ろうとした男の言葉をロイドが遮って、立ち上がった。
威厳たっぷりに語り始めた男が話の腰を折られて気色ばむ。

「待ちたまえ、伯爵風情が無礼な! いい話があるのだ! 君にとっても損はないぞ」

傲然とした言い方にロイドが肩をすくめた。
何様のつもりか知らないが、そういう発言をする以上、ロイドよりも爵位は上なのだろう。
尤も、身分の差が歴然としているのは公爵以上か男爵、騎士侯以下であって、その間の子爵・伯爵・辺境伯・侯爵には、あまり実感がない。その四者にとっては、家の格よりも財力や血縁が重視されるからだ。

「うーん、そういう言い方する話って、決まってあまり面白くないんですよねぇ」

すげなくあしらわれて、男が慌てた。

「話も聞かずにそんなことが分かるものか! 侯爵家の財力が君の研究資金になると言ったら!?」

どうやら侯爵らしいその男は、顔を真っ赤にして言い募った。前置きも威厳もあったものではなく、手っ取り早く本題を言うしかなくなったことが口惜しいようだ。

「軍に使われる立場では自由な研究などできないだろう!? 君だって、馬鹿な軍人どもに言いように扱われるのは我慢ならないはずだ! どうだね、私と手を組まないか?」

ロイドの立場をちゃんと理解しているとは思えない発言だった。

「それって、僕に軍をやめろってことですかぁ?」

あまり知られていないとはいえ、特別派遣嚮導技術部は第二皇子シュナイゼルの肝入りで創設された部門だ。軍属とはいえ、正規軍の指揮下にはない。
宰相閣下直属の機関だということを分かっていればこのような暴挙に及ぶわけがない。

「どれだけの財力をお持ちなのか知りませんけど、それって国家予算より“たくさん”ですかぁ? だったら、考えてもいいですけど」

ブリタニアの国家予算よりも大きい財力を持つ者など限られている。
皇帝を元首とする絶対君主制の帝国では、三大公爵家ぐらいなものだろう。
ロイドの部署の財源は国家予算だ。もちろん全部ではないが、軍事予算の中でもかなりの割合を占めている。それらは、もちろんシュナイゼルの采配で勝ち得ているものだった。

ロイドの要求は、到底、一介の侯爵家ごときには無理な注文だった。
ぎりぎりと歯ぎしりした侯爵は、返答に窮した挙げ句、こんなことを口走った。

「落ち目のアッシュフォードとどんな取引をした!? 私ならば、もっといい条件で君の力になれるぞ!」

ロイドは頭を掻いた。
これでは、お話にならない。

大方、アッシュフォード家が一人娘の婚約者にするまで、ロイド・アスプルンド伯爵の名前すら知らなかったのだろう。
爵位すら剥奪されて、当時の権勢を失ったとはいえ、アッシュフォードの名は、エリア11統治下では知れ渡っている。アッシュフォード家を勝手に目の敵にしている侯爵は、アッシュフォードが縁戚関係を築こうとした男のことを調べ、なかなか有能な科学者だということを知って、ロイドの知識と技術力を横取りし、ナイトメア開発事業に力を入れ、一財産築こうとしているようだ。

サクラダイトの産出国としての利権に目をつけて、エリア11に足場を築こうとする貴族が多いのは道理だが、ここまで世情に疎い馬鹿貴族の相手をするのにも、そろそろロイドは本気で飽きてきた。


「あのですねぇ、僕の今の所属のこと、ちゃんとわかってます〜?」

「ぐ、軍の技術部だろう?しっ……しかも、本国からエリア11に左遷されたと聞いているが……悔しかろう!? その不満をぜひ、私と共に晴らそうではないか!」

ロイドは額を押さえて、肩を落とした。盛大に溜息をつく。
そんな噂があるとは思わなかったが、それを真に受ける馬鹿がいるとも思わなかったからだ。

(「左遷」じゃなくて、「派遣」なんだけど…………。ま、いいか。こういう時ぐらい、あの人に役立ってもらおうかな)


「あまりこういうコト、言いたくないんですけどね……僕を引き抜くならウチの上司に話つけてくれませんかね」


「……上司?」


「あ、電話あります? 僕、携帯忘れて来ちゃって……。貴方が上司と直接話してくれて、OKが出れば僕はいいですよ」

「なんだ、そういうことなら……」

急な展開に目を白黒させていた侯爵が、ほっと胸を撫で下ろす。ようやく侯爵としての威厳を取り戻し始めたようだ。
黒服の男に命じて、電話を持ってこさせる。

ロイドは、電話を受け取って自分の部署のヘッドトレーラーにつながる番号を押した。
短い呼び出し音の後、部下の一人が出た。


「あ、僕だけど。セシル君いる?――――え? 探してる? 僕を?――――あ、そう。やっぱ……怒って……るんだ。あはは、やっぱりね! あ、でさ、この電話あの方に繋いでくれる?―――うん、そう。―――あ、あとセシル君も言っといてくれる? んじゃ」


通話を転送するための保留音が1分ほど続き、再び、繋がった。どうやら上司とおぼしき人物と会話が出来る状態になったらしい。


「あ、僕です〜。この前、貴方が言っていた通りの状況になりまして……。――――ええ、やだな、それはまた後で聞きますよぉv――――で、貴方とお話ししたいって言うんで、今、責任者の方に代わりますね〜」


受話器を侯爵に差し出し、ロイドがにっこりと笑う。



「はいどうぞ」

「―――― 一体……誰なんだね?」



受話器を受け取りながら、急に不安になった侯爵が恐る恐る小声でロイドに訊いた。
ロイドが眼鏡の奥で目を細め、嬉しそうに言った。




「誰って――――やだな、僕の上司の神聖ブリタニア帝国第二皇子シュナイゼル殿下ですよv」




明るく楽しげに微笑むその笑顔は、まさしく悪魔の笑みだった。
その一瞬を侯爵は生涯忘れることはないだろう。



ゴクリ、
と喉を鳴らした侯爵の持つ受話器が震えた。
バイブレーター機能が付いているわけではない。侯爵自身が震えているのだ。

赤くなったり、青くなったりして、だらだらと汗を流す侯爵の顔を見てロイドはご満悦だった。
長いこと待たされて、ようやく面白い展開になったからだ。


『シュナイゼル・エル・ブリタニアだ。―――私の大切な部下を引き抜きたいと言っているのは、君かね』

「はっ! あ! いえ、そのっ……!」

『まずは名乗りたまえ、話はそれからだ』

「あのっ……私はっ、そのっ……」


もはや会話にすらならない侯爵の姿を見て、黒服の男達も青ざめている。
ロイドは、「ざぁんねんでしたぁ〜v」と朗らかに歌うと、黒服の一人に視線を向けて言った。



「あ、僕のプリン返してくださいね。 んじゃ、あとはよろしく〜」



長居を無用とばかりに、手をひらひらと振って部屋を出ていくロイドを止める者はもはやいなかった。






その後、広く豪奢な部屋の中には、上擦った声で、しどろもどろに弁解する侯爵の小さな姿があった。






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