++戯れ言++






トウキョウ租界のブリタニア政庁内。

エリア18で勃発した内乱鎮圧のために不在のコーネリアに代わって、政務を代行しているシュナイゼルは、自室にコーネリア麾下のダールトン将軍を迎え入れた。

軍人らしくキビキビとした動作で一礼したダールトンは、夜10時をまわったこの時間でも軍服姿のままだ。
皇族の居室を訪れるにしては、些か遅い時間とも言える。
だが、侍従は相手がダールトン将軍であることを知ると、何も咎めることなくシュナイゼルに取り次いでくれた。




「ダールトン将軍がおいでになりました」

侍従の静かな声に書類から顔を上げたシュナイゼルは、ちらりと手元の時計を見て、侍従に下がるように目で指示する。
長年、シュナイゼルの下で働いてきた侍従は、何も聞かずに主の意図を汲んだ。
黙って一礼し、足音すら立てずに静かに扉を閉めた。

部屋には、ダールトンとシュナイゼルの二人だけになった。
既に公務を終え、自室でくつろいでいるのかと思いきや、シュナイゼルは皇族服のまま書類に目を通していた。
さすがに手袋ははずし、襟の高い上着を脱いではいるものの、スカーフすら緩めることなく、きちんと背筋を伸ばし椅子に腰掛けている。

「こんな時間にどうした?」

ダールトンの突然の訪問に驚いたわけでもなく、笑顔で男を迎え、穏やかな声で問う。

「お休みのところ失礼いたします。コーネリア殿下からご滞在中の宰相閣下の警護を申しつかりました」

「君が?――――ユフィはいいのかい?」

コーネリアは、最も信頼を置く部下ダールトンにユーフェミアよりも異母兄弟であるシュナイゼルの安全を優先させるつもりらしい。
つまり、最愛の妹よりも総督としての責務を選んだことになる。なかなか公私の区別をはっきりつけているようだ。
シュナイゼルは、彼女らしい判断に納得した。そして、後をダールトンに任せたあたり、部下の使い方と宰相という地位にいる人物への対応についてを良く知っているようだと感心した。

「ユーフェミア副総督には、特派の枢木スザク少佐をはじめ、SPをつけております」

しかつめらしく答えたダールトンにシュナイゼル僅かに口角を上げた。

「将軍自ら護衛についてくれるのは心強いが、君はそれでいいのかい?」

シュナイゼルが意味ありげに視線を流す。

「エリア11で、閣下に万が一のことがありましたら、総督の責任になります」

シュナイゼルのためではなく、コーネリアのためだと言っているようなものだ。更に言外に勝手な行動は慎んでくれと言っている。
これが、ダールトン以外の者だったら不敬罪にも値する発言だった。

「ふ……はっきり言うな…。わかった私もなるべく自重しよう」

「ありがとうございます」

「だが、外出もままならないというと、退屈だな」

シュナイゼルの瞳が悪戯っぽくきらめく。

「トウキョウ租界内でしたら、ある程度の安全は確保できますが、敢えて危険を呼び込むような行動は……」

「わかっている。私が来ていることは一部の者しか知らないとはいえ、黒の騎士団には知られてしまったからね。せっかくエリア11に来たことだし、クロヴィスが最期を迎えたシンジュクゲットーも一目見ておきたかったのだが……駄目だろうね?」

「御身の安全を一番に考えますとできるだけ政庁内に居ていただきたいというのが本音ですが……」

ダールトンの眉間に寄せられた皺が更に深くなる。
難しい顔をして少し逡巡する様子を見せた。
異母弟の追想をしたいという第2皇子の願いを無下に断るわけにもいかないが、今のゲットーはクロヴィスが統治していた時よりもある意味危険だった。
そして、政庁内とはいえ、安全とは言い切れない。
クロヴィス暗殺犯は、ベース内にまで入り込んだ。暗殺犯はゼロだが、その進入経路と逃走経路すらまだ掴めてはおらず、内部に協力者がいると考えて間違いない。当時のクロヴィスの側近たちは皆処分されたが、それが完全だったかどうかは分からないからだ。

「だいぶ気を遣わせてしまっているようだね。ゲットーへ行くのはまた別の機会にしよう」

ダールトンが無言で頭を下げた。

「では、私はこれで失礼します。何かありましたら、隣におりますので」

そう言って踵を返そうとしたダールトンをシュナイゼルが呼び止めた。

「ひょっとして、寝ずの番かい? コーネリアの命令とはいえ、律儀だね。それとも――――私が何をするか分からないから見張っているのかな?」

うっすらと笑みを浮かべて、ダールトンを見上げた。からかうような軽い口調だが、目は笑っていない。心の中を見透かされるような瞳だ。

「いえ、そんなことは……」

平静を装ったつもりだが、シュナイゼルの前では無駄だった。
相手の目をじっと見て、わずかな動揺を見逃すことはない。

「そうだと言いたまえ」

「…………は……」

「……であれば、よい方法がある」

ダールトンが怪訝な顔をした。



シュナイゼルが立ち上がる。



「ダールトン」



男の名を呼ぶ。

常に命じる者だけが持つその特別な磁力を持つ声で。

抗うことを許さない支配者の声で。

そして、蠱惑に満ちたその声で――――。



男に向かって伸ばされた白い指が、軍装の襟元に触れた。

窮屈なほどきちんと締めてある白いスカーフは、騎士の身だしなみの一つでもある。






シュナイゼルの手が、ピンで留められてはいないそのスカーフを引き抜いた。











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【R18】