++ 接近遭遇 ++





ユニオンの中にあって、経済的にも政治的にも名門の出身であるアレハンドロ・コーナーは側近を伴い、首都でも有数のホテルにいた。ある人物と秘密裏に会うためだ。
その人物とは、これから世界にある「問い」を投げかけることになる組織のエージェントだったが、アレハンドロは早くから彼らと関係があった。
エージェントと密会するのは、明後日の予定なので馴染みのあるこのホテルに前日から泊まることにしたのだ。

格式の高いことで知られるこのホテルのラウンジはロビーのすぐ脇にあり、観葉植物やヨーロピアンスタイルの調度品に囲まれた静かな空間だ。
アレハンドロは、ラウンジで注文した紅茶を飲みながら、ホテルの出入口の方を何気なく見ていた。何か会合があるらしく、スーツ姿の人間が大勢出入りをしている。

その中でも一際目を引く存在があった。

(あれは……?)

彼の視線は、ホテルのロビーで会話する一人の人物に注がれていた。

「どうかなさいましたか」

側近の少年が主人の表情を窺い、声を掛けた。
視線の先には、スーツを隙なく着こなし、颯爽と歩くブロンドの青年の姿があった。

「いや、人目を惹く青年がいてな。観光客ではなさそうだし、ビジネスマン風でもないから、どういった人間かと思っただけさ」

「来月開催が予定されている軍縮会議前の事務レベルでの調整会議の出席者ではないかと」

そう少年が答えるのと前後して挨拶にやってきたホテルの支配人に話を振った。

「ああ、なるほど政府関係者か。―――支配人、また世話になるよ。AEU、ユニオン、人革連の代表がこのホテルで会談をするらしいね。さすがにセキュリティに定評のある老舗ホテルは違うな。私も安心して利用できる」

「恐れ入ります。お客様の安全確保には万全を期しておりますので、ごゆっくりおくつろぎくださいませ。ただ今、係の者がお部屋へご案内いたしますので、こちらへどうぞ」

ホテルの支配人が、深々と一礼しアレハンドロをロビー奥のエレベーターホールへと促す。
ベルマンが先導に立とうとしたのだが、アレハンドロは何か思案げに立ち止まった。

「君、案内はいい。荷物だけ運んでおいてくれ」

「かしこまりました」

ベルマンは慇懃に一礼すると、カードキーを側近の少年に手渡し立ち去った。そもそも、執事付きの部屋を取ってあるので、鍵を持ち歩く必要もないのだが、一応形だけでもカードキーをもらっている。

アレハンドロと少年は、向かったエレベーターホールで、先ほどの青年と一緒になった。
遠くから見た時は、背が高く見えたのだが、実際肩を並べてみると意外に小柄だ。彼の放つ存在感が、本来よりも大きく見せているのかも知れない。
端正な横顔と金色のくせ毛をしげしげと見つめていたせいか、相手がアレハンドロの不躾な視線に気付いた。

「失礼ですが、何か?」

きつい視線が向けられて、アレハンドロは余計にその深い緑色の瞳を間近で見ることになった。
遠目より若く見えるのは、勝ち気で大きな瞳のせいだろうか。一見、年齢がわからないが、しゃべり方や声の落ち着き具合から二十代中頃だろうと推察した。

「いや、失礼した。知人に似ていたものですから」

人当たりの良い―――と周囲から言われる笑顔でアレハンドロは答えた。もちろん、似た知人などいない。ただ、なんとなく興味がそそられただけだ。

強いて言えば、その瞳が持つ強い光に。

「そうですか。こちらに宿泊ですか?」

応じるブロンドの青年は、アレハンドロの微笑に誤魔化されてはいない様子で、やはり訝しげだ。
詰問に近い口調は、どこか職業的なものを感じさせた。

「ええ、商用でね。二、三日宿泊しますよ」

笑みを浮かべたアレハンドロの答えにも表情をを変えることはない。

(なるほど、警察官……いや、軍人……か?)

どうやら政府関係者ではなく、軍関係者のようだ。軍縮会議の事務担当者会議があるそうだから間違いないだろう。
はじめは、要人のSPかとも思ったが、それにしては目立ちすぎる。要人を影ながら守るSPにしては、存在感がありすぎるのだ。

人を見る目に長けたアレハンドロの眼は、的確に相手を分析しはじめた。

(この若さでこの落ち着きか……。軍縮会議の関係者ならば、軍人と言っても参謀本部付きの将校かもしれんな……)

青年は不審者に対して多少の警戒はしているものの、それでもまだ余裕の態度を崩さない。よほど自分の力量に自信があるからだろう。それとも、場馴れしているせいだろうか。
身長差のせいか、目線を上げて口を開く青年は、アレハンドロの眼をまっすぐ見ている。まるで言い逃れを許さないように。

「先ほどから私を見ていたのはあなたか?」

緑色の眼が剣呑な色を帯びる。どうやら、ロビーにいた時から視線に気付いていたようだ。

「不快にさせてしまったのなら申し訳ない。君があまりに魅力的だったからね」

アレハンドロの言葉に青年は眉を顰めた。何を言われているか一瞬分からないというような仕草だ。そう、「困惑している」という表現がぴたりと当てはまるような。

青年は、背後に控える少年の存在を確認し、再びアレハンドロの方を見た。

「何か…勘違いをしていないか? ここは“そういう場所”ではないが………」

気味の悪いものを見るような目つきで、一瞥された。どうやらゲイのナンパだと思われたようだ。
相手の反応にアレハンドロが吹き出した。

「いや、失敬。そういう意味ではないのだが、どうやら誤解されてしまったようだ」

納得のいかないの様子の青年が、胡乱な眼でアレハンドロを見た。
ちょうど、鈴を鳴らすような音がして、エレベーターが到着した。

「―――どうぞ」

ドアが開いて、アレハンドロが順番を譲ると、青年は一瞬躊躇したがそのまま中に入った。
怪しげな趣味の人物と同じエレベーターに乗るかどうか一瞬迷ったようだが、露骨に避けるのは大人げないし、負けを認めたようで面白くないらしい。そうした感情の機微が見え隠れして、アレハンドロの興味は更に増した。

(思っていたより、子供っぽいな……負けず嫌いか)

内心、笑みを洩らす。

長年、アレハンドロの側近くにいた少年は、主人の機嫌が非常に良いことに気付いたが、いつも通り沈黙を保ったのだった。





  ◆





静まりかえった箱の中に、エレベーターの駆動音だけが静かに響いていた。
高層階へ向かうエレベーターには、アレハンドロと側近の少年、そして、ブロンドの青年が乗っていた。

アレハンドロは、ドア近くに立つ青年を背後からじっと見ていた。おそらく、青年も居心地が悪いと感じるほど熱心な視線でだ。
階層表示のパネルが30階を過ぎた頃、いい加減に耐えられなくなった青年が一言忠告しようと振り向いた。

その時だった。

下から鈍い衝撃が伝わり、エレベーターの狭い箱が揺れ、緊急停止した。照明が落ち、十秒ほどで非常電源に切り替わった。オレンジ色のランプが箱の中を照らす。

「―――地震か?」

「いや……違う!」

鋭く叫んだ青年は、すぐにエレベーター内の非常回線をオンにした。オペレーターが出たので外の状況を確認しようとしたが要領を得ない。
青年は舌打ちすると、閉じこめられたことを伝え、すぐに救助を要請した。その後、携帯電話を取り出し、いずこかへ掛けた。

「グラハム・エーカー中尉だ。状況を報告しろ」

アレハンドロは、このアクシデントのおかげで偶然にも青年の名前と職業を知ることができた。思っていた通り、軍人だ。中尉というのも頷ける。
グラハムは、電話の相手と二、三言葉を交わし、「了解した」と短く告げて通話を切ると、アレハンドロの方へと向き直った。

「隣のビルで爆破テロだそうだ。幸いこちらは揺れただけのようだが、何があるか分からないから避難した方がいいだろう。すぐに救助が来るから落ち着いて待っていてくれ」

「爆破テロ……」
アレハンドロが呟いた言葉に、グラハムが頬を僅かに緩めた。

「大丈夫だ、心配はいらない。こんな状況でもあなた方が落ち着いてくれているので正直助かる。そっちの少年も、大丈夫だな?」

民間人を落ち着かせようとするために、笑顔を見せたグラハムに対し、アレハンドロは感心した。突発的なアクシデントにも冷静に対応できるのは、訓練のたまものか、個人の資質か。

ただ、少し気になるのは、何やらこの状況を楽しんでいるように思える節だ。楽しむというのは不謹慎だが、グラハムから何となく高揚感が伝わってくる。
事件が起きると、興奮して周りが見えなくなる人種はいるが、それとは違う。あくまで、冷静に状況を見て、いつでも行動できるように今後の展開を見守っているような……そんな感じだ。

(参謀本部付きの頭脳派に見えたんだが、実は肉体労働派なのか? どちらにせよ敵がいると燃えるタイプだな)

グラハムの端正な横顔を眺めながらそう思った。

「このホテルだけセキュリティが万全でも意味がないな……」

アレハンドロが先ほどの支配人との会話を思い出し口角を上げた。皮肉げな言葉にグラハムも苦笑して頷く。

「全くだ。警備が甘すぎる」

グラハムの言葉から、事務担当者会議の直接の関係者でないことが感じられた。

「エーカー中尉―――だったな。君が警備担当者なのかと思っていたよ。……ああ、失礼、私はアレハンドロ・コーナーだ」

アレハンドロが遅ればせながら名乗って手を差し出した。その名前にグラハムが目を瞠った。
聞き覚えがあったからだ。

「では、あなたがコーナー財団の!? 失礼しました、MSWAD所属グラハム・エーカー中尉です」

国内でも屈指の有力者の名前だ。ファーストネームは知らなくても、『コーナー』という名はビジネスマンや政財界に通じた者なら誰もが知っている。
言葉遣いを改めたグラハムは、目の前の男が有名な財団の代表であり、政財界でも発言力の大きい人物だということを思い出した。もちろん、政財界と切っても切り離せない軍部にとっても、蔑ろに出来ない相手だということも――――。
薄暗く狭い箱の中で二人はお互い自己紹介をし、短い握手を交わした。

「失礼ですが、ボディガードをお連れになってはいないのですか?」

グラハムは相手の身分を知って、気になっていたことを聞いてみた。

「いや、いるよ」

そう言って、アレハンドロが少年の方を振り向く。グラハムも自然と視線を少年に向けると、少年が軽く会釈した。

「彼が……ですか!?」

グラハムが驚いたように声を上げた。

「まだ、若いが優秀だ」

そう言われてまじまじと少年の姿を見た華奢な身体は、とてもボディガードが務まるとは思えない。
万が一の時、対処できるとしたら『盾』になるぐらいだとグラハムは冷静に思った。尤も、この容姿ならば、“別の仕事”もあるのだろうが………。
下世話な考えに内心自嘲したが、見目麗しい少年を傍から離さない権力者といえば、どうしても「愛人」とか「情人」という発想が生まれてしまう。我ながら貧困な発想だと思う。

「……君が思っているような関係ではないよ」

「―――は?」

「君は先ほども誤解していたが、彼は私の恋人じゃあない」

隠微に笑うアレハンドロと全く表情を変えない少年。
唐突に何を言い出すのかと思ったら、この場にそぐわない雰囲気の話だ。しかも、こちらの邪推を見透かされたような内容だったので、グラハムの片眉がピクリと上がる。

「……別にそんなことは思っていませんが―――」

「そうかい? 随分と気にしているようだが?」

「興味がありません」

「私は、君に興味があるよ」

グラハムが顔を顰めた。まるで、口説かれているような会話だ。
なんとも言えない微妙な空気が閉ざされたエレベーターの中に充満している。
嫌そうなグラハムの顔にアレハンドロは微笑した。どうやら、そういう顔もそそるらしい。
一方、グラハムは、先ほどの下世話な話を蒸し返すような流れになりそうだったので、早く救助が来ればいいと心の底から思っていた。
こんな逃げ場のないエレベーターの中では、何かあった時に不利だ。

「ふざけるのも大概にして頂きたい」

「心外だな、ふざけてなどいないのに」

グラハムの拳がブルブルと震えている。
これ以上、セクハラでパワハラに近い状況が続くと、相手が政財界の大物とはいえ、つい手が出てしまいそうだ。
軍人として、それだけは避けたい。男に迫られた上、暴力沙汰になったなんて恥もいいところだ。
更に、何も言わずにこの状況を見守っている少年の存在も非常に気になる。

「おい、少年! 君のご主人様に何か言うことはないのか!?」

情けないが、仕方なく自分よりも華奢で年下な少年に助けを求めた。だが、少年は相変わらず無表情のまま黙っている。

「言っただろう? 彼は、優秀なボディガードだと。基本的に主人のやることに口を出さない」

勝ち誇ったようなアレハンドロの言葉と、何も言わない少年に失望しながら、グラハムはそれでも無様に逃げ出そうとはしなかった。否、逃げる場所がないのだからどうしようもない。
至近距離での獲物を追いつめる狩人のような鋭い視線に、グラハムが負けじと睨み返した。だが、徐々に狭い箱の中で壁際に追いやられて、グラハムもさすがに焦り始めた。
とうとう、アレハンドロがグラハムの顔のすぐ左側の壁に手をついて、身体を近寄せた。
これ以上迫られたら、一発殴って減俸処分も仕方ないと悲愴感を滲ませて決意した時、照明が灯り、エレベーターが稼働し始めた。
グラハムがほっと安堵のため息をついたのは言うまでもない。

「おや、残念だ。楽しい時間はこれで終わりか」

残念そうに身体を離し、肩をすくめたアレハンドロを再度グラハムが睨む。
エレベーターは、すぐに一番近い階で止まり、扉が開いた。

「大丈夫ですか!?」

扉の外にいたホテルマンやエレベーター会社の担当者が口々に声を掛け、取り残されていた三人の無事を確認する。医療スタッフの姿も見えた。

「気分が悪くなったりしていませんか!?」
「お怪我はありませんか!? 避難の誘導をします! こちらへ、どうぞ」

グラハムは真っ先に外に出て、思わず側にいたホテルマンに抱きついた。

「ありがとう! 助かった!」

抱きしめられて盛大に感謝されたホテルマンは、エレベーター閉じ込めから解放された喜びと受け取ったようだが、実はそうではないことを知るのは、グラハムの後に続いて出てきたアレハンドロと少年だけだ。

グラハムは、彼の(貞操の)危機を救った偉大な勇者に、心から感謝したのだった。

END






どんだけ変態なんだ!アレハンドロ!
すみません、こういうおかしな人を書くのが心底楽しいです。(純粋にアレハンドロさんのファンの方には大変申し訳なく――――………)
後半部分を書きながら、エロへ突き進みたくなる自分を律することに一生懸命でした(笑)。おかげで最後はギャグっぽくなってしまいましたが、本当はニアミスホ●が書きたかったのに、少しおかしな方向へずれましたね。

あ、ところで、コーナー財団だなんてものがあるかどうかは知りません。捏造捏造v たのしいなv
アレハンドロさんは、CBに資金援助とかしていそうなので、そこそこの規模の企業とか財団とかのえらい人っぽいです。ホテルのラウンジ(バー?)で、「いつもの」だなんて言うくらいだから、きっとお金持ちなんだろうと思います。

まだ、少年の名前がわかりません。1話でなんか話しかけている時、名前を呼んでいたような気がするんですが……うまく聞き取れなかったです。アレハンドロさんのお稚児さん説が個人的には有力な説なんですが……(笑)。


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