++ 波風 ++




MSWAD本部のMSデッキには、連日のように夜遅くまで灯りがともり、MSのテストと調整に取り組む者たちがいた。

「お疲れさま」
黒い塗装が施されたフラッグのコクピットから降りてきたグラハムを白衣姿の技術顧問が労う。

グラハムは、慣れた仕草でメットを外し軽く頭を振った。くせのある金髪が揺れ、僅かに汗ばんだ額に貼り付いた髪を無造作に掻き上げた。
そのままメットを小脇に抱え、ビリーのところへ歩み寄りながら、パイロットスーツの襟にあるアジャスターに手を掛け、少し緩めた。
一連の動作を目の端で追いながら、ビリーがテストの結果を読み上げていく。

「今日までのテストデータを後でまとめておくから、目を通しておいてくれ」

「わかった」

短く答えたグラハムの声はいつもと変わらない。
だが、パイロットの健康状態も逐一チェックしている技術顧問は、ほんの僅かな違和感気付く。
ここ数日、グラハムが何も言わないので、あえて黙っていることにはしていたが、本来なら過負荷による身体への影響が出ているはずだ。

「今日はもう上がる。お前は?」

「うーん、気になる箇所があるからもう少しだけチェックしてから帰るよ。お疲れさま」

わざと会話を切って、先に戻って休むように遠まわしに促した。こうでもしないと、パイロットのくせに最後まで付き合おうとするからだ。

「悪いな、先に帰らせてもらう」

「了解。あ、それはそうと、今度ここに引っ越すことになったから」
ビリーは、グラハムを呼び止め、新しい住所と連絡先が書かれたメモを渡した。

「また遊びに来てよ」

「ああ、引っ越し祝いでも持っていく。だが、いつもラボに泊まり込んでいるんだから、いっそ軍の官舎にでも引っ越せばいいんじゃないか」

「やだよ。狭いし、ずっと軍隊の中じゃ、息が詰まるよ」

「お前なら佐官待遇なんだから、広い部屋を用意してもらえると思うがな。でも、何でまたこの時期に?」

「いや、ちょっとね……。気分転換?」

「気分転換に引っ越しか、いい趣味だな。カタギリ」
口元を緩ませたグラハムに、ビリーも微笑む。

「それより、身体は大丈夫なのかい?」

「ああ、あれからもう一週間も経つんだ。完璧だ」

「本当に君の無茶には驚かされてばかりだけど、あれを乗りこなしてしまうなんてね」

「博士をはじめ、お前のカスタマイズがよかったんだろう。パイロットの負担は考えなくていいと言ったのに、少し加減しただろう?」

「加減じゃなくて、軽減できる装置を余計に組み込んだだけさ。あれで今のところは目一杯だ。今やっているテストの結果次第で、もう少し出力を上げられるかも知れないけどね」

「どちらにせよ、カスタムフラッグのスペックが上がるのは歓迎だ。テストにはとことんつき合うぞ」

「テスト好きなパイロットなんて、君ぐらいなものだよ。技術者としてはありがたいけどね」
ビリーが戦闘データの入ったパソコンを片手に笑う。

「こちらこそ、感謝している。今後とも頼むぞ、カタギリ」
軽く肩を叩いて、グラハムが歩き出す。

「ああ、そうだ」
今度はグラハムが何か思いだしたように立ち止まって振り返った。

「なに?」

「明日、オフだろう? 母校のロボット博に呼ばれているんだが、つきあわないか?」

「学生の作品が並ぶっていう、あれかぁ。人材発掘には面白そうだけど、明日は人と会う約束があるから、やめておくよ」

「そうか、じゃあまた今度だな」

ビリーに「じゃあな」と声を掛けてグラハムが立ち去る。
その背中に「ちゃんとメディカルチェックも受けてくれよ」と声を掛けると、遠くからグラハムが肩越しに「わかってる!」と、先ほど渡したメモを振って応えた。




 ◆




翌日、グラハムは、母校の文化祭の目玉でもある「ロボット博」を見物した後、案内してくれた後輩達と別れ、デパートや商社が立ち並ぶ街路を歩いていた。
後輩に呑みに誘われたが、少し疲れが残っていたので早めに帰ることにしたのだ。
ビリーには、体調は完璧だと言ったが、やはりカスタムフラッグのテストの疲れが残っていた。
スペックが向上し、なんとかガンダムに対抗できたのはいいが、MS改良は思いの外、操縦者の身体を蝕むものだった。

こんな体調で呑んだら間違いなくつぶれると思い、自制することにしたグラハムは、駅に向かって歩きながら、ビリーの引っ越し祝いは何がいいだろうと考えていた。
ふらりと立ち寄った店で、何か良い物があれば買って帰ろうと思ったのだ。

職場は同じでも、ビリーは元々軍の人間ではない。
MSなどの兵器を開発製造する軍需企業の社員で、MSWADへ出向しているだけだ。
軍事機密に関わるため、軍属扱いになってはいるが、正式には軍人ではない。だから『技術顧問』という肩書きがついている。
そのせいか、軍の官舎・兵舎へ入ることはせず、基地にほど近い場所にある契約マンションに部屋を借りていた。今度引っ越したというマンションも本部からそれほど離れていない場所だった。

(定番の食器は……必要ないと言われそうだな。やはり、ここは食べ物か、酒か……)

あれこれと考えながら歩道を歩いていたグラハムの真横に、一台の車が静かに近づいてきて停まった。
後部座席の窓が開いて、中から赤い髪の男が顔を覗かせた。

「やあ、奇遇だな。グラハム・エーカー中尉」

「あなたは……」
気軽に声を掛けてきた男の顔には嫌と言うほど見覚えがあった。

男の名は、アレハンドロ・コーナー。
ユニオンでも指折りの実業家であり、政財界に名の知られた財団の代表だ。

「爆破テロ以来だな。その節は、いろいろありがとう。楽しかったよ」

笑顔のアレハンドロに、グラハムは眉を顰めた。できれば二度と会いたくなかった人物だ。
ホテルのエレベーターの中に閉じ込められた時のことがよみがえり、渋面になる。
もう、この男相手なら不快な感情を隠そうとも思わなかった。

「私は不愉快でした」

「今日は、仕事ではなさそうだな。暇ならつき合わないか」

これだけ、『嫌だ』、『あっち行け』オーラを放っているのに、鈍い男だ。分かっているのにわざとやっているとしか思えない。
グラハムは、心の中でだけ毒づいた。いっそ、声に出して言ってやりたいが、相手は軍にも発言力を持つ政財界の大物だ。後々、問題になるような真似はしたくなかった。

「結構です。暇ではありませんので」

「つれない態度は、相手の気を引きたいからかな?」

グラハムは、喉まで出かかったありとあらゆる罵倒の言葉を無理矢理飲み込んだ。おかげで、顔はなぜか引きつった笑みにしかならない。
こういう手合いは無視するに限る。幸い、ここは公道だ。いくらでも逃げ場はある。

「―――失礼します」

踵を返したグラハムは、相手が何を言おうと、もう振り向くまいと決意し、その場を立ち去ろうとした。

「―――ガンダムはどうだった?」

唐突に投げかけられた言葉に思わず足を止めてしまった。
車の方を振り向けば、アレハンドロがしたり顔でこちらを見ている。

「君は、ソレスタルビーイングの主要兵器について興味がないか?」

それが、単なる誘いの言葉だとしても、今の立場にあるグラハムがそれを無視することはできなかった。

「……どういうことですか?」

「詳しいことは、こんな往来では話せないな。―――そうだろう?」

車の後部座席のドアが開く。
グラハムが険しい顔で、相手の顔を見た。
相手の穏やかな表情の奥底に眠る思惑を見透かそうとするかのように。

ほんの少しだけ逡巡したグラハムは、覚悟を決めると車に乗り込んだ。







連れて行かれたのは、アレハンドロが定宿としているホテルの一つだった。
通された部屋は、ホテルの最上階にあるプレジデンシャルスイートだ。

「飲むかい?」
アレハンドロは、グラハムをソファへと促し、テーブルの上に用意されたスコッチのボトルとグラスを示した。

「いえ、結構」

「では、彼にはコーヒーを」
アレハンドロの言葉に側近の少年が頷いて下がった。



しばらくしてトレーを手にした少年が戻ってきて、グラハムの前にコーヒーを置いた。
アレハンドロのボディガードとか言っていた少年だが、実際はこういう秘書的な仕事もこなすらしい。
少年が給仕して立ち去ると、部屋の中は二人きりになった。

グラハムの前に供されたコーヒーが温かな湯気をたてている。
グラハムは、さりげなく周囲に視線を走らせ、万が一の時の脱出口を確認する。
軍人としての習性だと言えば格好は付くが、相手がこの男の場合だと、自身の弱気の表れとも言えなくもない。そのことに思い至り、軽い自己嫌悪に陥った。

グラハムの内心の葛藤に気付いたのか、アレハンドロがやんわりと唇を緩める。

「そんなに緊張しなくても、別に取って喰ったりしないよ」

図星だったのか、グラハムが心の内を見透かされたことを隠すようにコーヒーに手を伸ばした。
相手に余裕を見せつけるために、わざとゆっくりとカップを傾け口に含む。
口に広がる独特の芳香と芳醇な味わいに、さすがに良い豆を使っているなと妙なところで感心した。

「例の、ガンダムとかいうMSと二度も戦ったそうだね」

「よく、ご存じですね」

グラハムの態度は素っ気ない。先日のエレベーターでのことを根に持っているらしい。
二度と会いたくないと思っていた相手だったが、『ソレスタルビーイングの主要兵器』という情報を匂わされたらグラハムが飛びつくのは仕方がない。
だが、肌の合わない人物のもとで長居をしたくないので、さっさと、情報だけ仕入れて帰りたいところだ。

「あれだけ連日ニュースで騒いでいればね。嫌でも耳に入ってくるさ。………あながち私も全く関係ないわけではないからね」

意味深なその発言を、グラハムは軍需関係の会社を傘下に持つ財団のトップの発言として聞いた。

「それで―――情報交換といかないか?」

アレハンドロは、単刀直入に切り出した。
グラハムは冷静に相手の思惑を推し量り、無表情を保つ。

「あなた方、財界の方たちが、ソレスタルビーイングの動きに興味を持っていることは十分承知しています。オーバーテクノロジーともいえる技術力を保有する組織の情報を喉から手が出るほど欲していることもね」

アレハンドロは、黙ってグラハムの言葉を聞きながらグラスを傾けていた。

「ですから、ガンダムと交戦経験のある私に接触を図ろうというのも頷けます。だが、いささか、これはやりすぎでは?」

ガンダムの情報は機密事項だ。
ユニオンの有力者といえども、軍人相手に裏取引で情報を得ようとするのは、下手をすれば犯罪だ。グラハム自身も軍規に抵触する可能性がある。

「目撃者は多数いるが、実際に刃を交えて生き残った者はごく僅かだ。それだけ、ガンダムを識る者が貴重だと言うことだよ」

「ガンダムを識る? あんな何も分からない機体と二度戦ったというだけでは知ったことになどなりませんよ」

「そうかな、各国の技術者たちは、君の戦闘データが非常に気になっているようだよ」

「それこそ、我が軍の機密事項です」

「だからさ」

「?」

「厳重にロックされたデータを盗み出すよりも、生きたデータがここにあるのだから、君の身体と口から情報を得た方が早くないかな?」

「正気の沙汰じゃない」

グラハムが鼻で笑った。
軍人に手を出せば、アメリカという国そのものを敵に回すことになるからだ。そんな簡単な図式が分からないほど愚かな男ではないだろう。
グラハムの挑戦的な態度にもアレハンドロは動じない。余裕たっぷりで、グラスを傾けた。

「君といつも一緒にいる技術顧問などは、とっくに本社からボディガードという名の監視につきまとわれているのに、軍の方がよほどのんびりしているな」

「―――何の話だ…?」
突然振られた話題に一瞬戸惑う。

「彼の得た情報と知識は彼だけの物ではないということさ。彼が所属する会社の上層部にAEUが接触したそうだよ」

グラハムが愕然とした。そんな話は、ビリーから一言も聞いていない。
そういえば、最近引っ越したと言っていたが、まさかあれは本社からの指示だったのか――――。

「昨今では、企業の方が余程セキュリティに力を入れている。確かに、ビリー・カタギリ技術顧問の頭脳は狙われやすい対象だろうがね。―――知らなかったのかい?」

グラハムが奥歯を噛みしめた。
軍も掴んでいない経済界の裏情報をこの男が把握していることに、焦りにも似た何かを感じた。

「旧友らしいが、案外友情には篤くないのかもしれないな……。君、信用されていないのではないか?」

わざと不信感を煽るような男の手管に乗せられたくはないが、思い返せば、納得できることも数多い。
膝の上で拳を握りしめたグラハムの表情を窺い、アレハンドロの口元に酷薄な笑みが浮かんだ。


「―――迂闊だよ、君も、君の上官達も。君を護衛もなしで街をうろつかせるなんてね。
 そうだろう? ガンダム調査隊隊長グラハム・エーカー中尉?」


カランとグラスの中の氷が鳴る。アレハンドロの瞳が剣呑な色を帯びた。

「このまま君を軟禁して、いろいろ話を訊くこともできるんだよ、私は――――」

「本気で……軍を、いやユニオンを相手にするつもりか!?」
グラハムが恐喝まがいの言葉に呻るように言った。

「こうなることを全く予想していなかったとしたら、これは軍の怠慢だ。そうだろう?」

グラハムの額に冷たい汗が浮かぶ。
相手の態度は、泰然としていて揺るがない。
よほどの自信があって言っていることは、間違いなかった。

緊張感に満ちた睨み合いが続くかと思われたその時、唐突にアレハンドロの頬が緩んだ。

「ははっ……、自信家の君でもそんな顔をするんだな」

グラハムは、毒気を抜かれたように、目の前で笑う男を見つめた。

「冗談だ、私なんかが世界の大国を相手に喧嘩できるわけないだろう?」

グラハムは、からかわれたと気付き、声を立てて笑うアレハンドロを睨み付けた。
金持ちの冗談に付き合っている暇などない。

「用件がそれだけなら、私はこれで失礼させて頂く―――」
立ち上がりかけたグラハムを留めたのは、アレハンドロの言葉だった。


「―――興味があるのは戦闘データじゃなくて、君自身だよ」


ぎょっとして、顔を上げた瞬間に視界が揺らぐ。
腰を浮かせたままソファの背に手をかけて、身体を支えたが目眩は酷くなる一方だ。
急に手足の痺れを感じ、立っているのが困難になってきた。

「……な……っ」

視線をアレハンドロに向ければ、じっとグラスを口元に運びながらグラハムの姿を見ている。その口元に隠微な笑みを浮かべ――――。

「ま……さか…………」

テーブルの上のコーヒーカップが一瞬、目に入った。
おそらく、コーヒーに一服盛られたのだろう。
とうとう立っていられなくなり、ソファに再び身体を沈めることになってしまった。

「悪いね。私は非力なものだから、日頃から鍛錬している軍人相手に力で対抗しようとは思わなくてね」

「なぜ、こんなことをっ……!?」

「言っただろう? 君に興味があると」

遠のく意識をなんとか保ちながら、男の声を聞いていた。
ふつふつと湧き上がるのは、不安や恐怖ではなく怒りだ。自分が自らつくり出してしまったこの状況に、そして、自分の不甲斐なさに対して怒りを覚えた。

「…ッ……くそっ!」

テーブルの上のカップ目掛けて、拳を叩きつけた。
食器が派手な音を立てて砕け、破片が手を傷つけた。そのまま破片を掴む。

「やめたまえ。指を傷つけたら、MSの操縦桿を握れないだろう?」

「ふざけるな! この手を縛り付けてでも乗ってやるさ!」

そう言うや否や、グラハムは破片を強く握りしめた。

「ぅ……っ!」
プツリと、鋭い切っ先が手のひらを傷つけ、見る間に手の平を血に染めた。指の間から滴る血がソファを汚し、痛みが、麻痺しかけていた意識をはっきりとさせる。

「あまり……舐めないでもらおうか!」

荒い吐息で、血の滴る拳をアレハンドロの目の前に掲げ、破片をアレハンドロに投げつけた。
グラハムの血にまみれた陶器の破片は、アレハンドロの頬をわずかに傷つけ、血を滲ませる。
グラハムは、相手に一矢報いたことで、苦痛に歪む顔に笑みをのぼらせ、アレハンドロを鋭い視線で睨みつけた。

「まったく、君という男は………実に、興味深いよ」

にやりと口元を歪めると、頬の血を指先で拭う。
手元のベルを鳴らし、アレハンドロが側近の少年を呼んだ。何事か命じると、少年は一礼して扉の向こうに去った。

「その強気な姿勢がどこまで保つか見ていたかったが、どうやらお迎えのようだ」

怪訝な顔で男の言葉を聞いていたグラハムにとって、熱く焼け付くような手の痛みだけが意識を失わないでいられる唯一の手段だった。
しかし、時間が経つにつれてあらゆる感覚が鈍くなり、痛みすら麻痺していく。
重厚な樫材の扉が開く音がどこか遠くで聞こえた。グラハムは自分を軟禁するために誰かがやってきたのだろうと、朦朧とした頭の片隅で思った。

だが、続いて少年とともに扉から現れたのは、グラハムがよく知る人物だった。

「グラハム!?」

聞き慣れた声に驚き、扉の方を見た。

「……カ…タギリ……?」

お互いに、なぜこんな所にいるのかと、目を疑った。
ぐったりとソファに倒れ込んでいるグラハムと、テーブルの上の惨状を見て、ビリーが驚く。

「一体どうしたんだ!?」

駆け寄ってグラハムを抱き起こす。
額に滲む汗と真っ青な顔色。そして、真っ赤に染まる手のひらを見て息を呑む。一目見て、異常な事態だと思った。

その間にも泰然と向かいのソファに腰掛けたままのアレハンドロに厳しい視線を向けた。

「これは、どういうことだ!? アレハンドロ!!」

ビリーが不審感も露わに、アレハンドロに詰め寄る。
普段、おっとりした口調のビリーからは考えつかないような低く獰猛な声でだ。

グラハムは、途切れがちな意識の中で、ビリーがアレハンドロと知己であるということに気付いた。

「久しぶりだな、ビリー。元気そうで何よりだ。会うのは教授の葬儀以来かな?」

「どういうことだと訊いているんだ!?」

「研究以外にはあまり興味のなかった君の大事なものが何かわかったよ」

かみ合わない会話に苛立ったビリーが、懐に手を入れる。
スーツの胸ポケットには会社から携行するようにと指示された小型の拳銃が入っていた。

「……よせ……!」
銃を抜こうとしたビリーの手をグラハムが震える手で掴む。

「こんな男の挑発に乗るな……」

血を流して倒れているグラハムの姿に逆上してしまったビリーを止めたのは、怪我をした当人だった。
その声に我に返れば、いつの間にかアレハンドロの盾になるように立ちはだかった少年が、銃口をこちらに向けていた。

「大丈夫だ。下がっていなさい」
少年に向かってアレハンドロが命じた。少年は相変わらず表情を変えず、素直に命令に従い、アレハンドロに付き従うように彼の背後にまわるとこちらを警戒する。

渋々、懐から手を出したビリーはアレハンドロを一睨みすると、グラハムに向き直り血に濡れた手をハンカチで縛って止血した。
痛みに小さく呻いたグラハムを心配そうに見つめる。

「ちょうどよかったよ。彼、具合が悪いそうだから、連れ帰ってくれないか」

ぬけぬけとそんなことを言うアレハンドロを怒鳴りつけてやりたかったが、早くグラハムの手当をしてやりたい一心で、ぐっと堪えた。

「この件については、軍本部の名前で正式に抗議させてもらう!」

「ご随意に。だけど、君にその権限はないな」

その言葉にビリーが怯む。確かにアレハンドロ言うとおり、自分には権限はない。
あとは、グラハムが軍本部に上申しても幹部達がどう判断するかだ。だが、きっとこの件は、表に出ることなく、何らかの取引材料として扱われてうやむやにされるだろう。
そこまで予想ができた上で、余裕の表情を見せるアレハンドロをビリーは、怒りに満ちた眼差しで見つめた。

「旧交を温めようかと思ったけれど、こんな状況だ。またの機会にゆっくり話そう」

嫌みたらしいアレハンドロの言葉をビリーは無視し、グラハムの肩に手を掛けた。

「立てるかい?」
「……ああ」

グラハムに手を貸して、立ち上がらせた。
いっそ、抱き上げて運んでしまいたいが、それはグラハムのプライドが許さないだろう。


ビリーは、彼のふらつく身体を支えてやりながら部屋を後にした。












手足が痺れて力の入らないグラハムに肩を貸して廊下を歩きながら、ビリーはアレハンドロの行動の意味を考えていた。

どうして、ソレスタルビーイングの武力介入が始まったこの時期にMSWADのMS開発整備担当の『技術顧問』である自分を呼びだしたのか。

そして、グラハムに一服も盛ってまでして、彼から何を聞き出そうとしていたのか………。

狙われるならガンダムとの戦闘データを実際に調査研究している自分だと思っていた。
そして、他国の機関が自分へ直接接触を図ることで、グラハムをはじめ、周囲に迷惑がかかることを怖れていた。だから、本社からの警護環境の改善に関する申し出も受けたのだ。
これが逆にグラハムを危険に晒すことになるとは思わなかった。まさか、警備の厳しくなったビリーに近づくことができなくなったことで、軍人であるグラハムを利用しようと者が現れるとは……。

ビリーは険しい顔で唇を噛みしめた。

「スーツ、汚れるぞ……」
グラハムの言葉に我に返った。

「まったく……、こんな時にそんなこと気にしなくていいよ。―――君が倒れている姿を見て、心臓が止まるかと思った……」

「大げさだな」
荒い吐息でクスリと笑みを洩らす。身体はかなり辛いはずなのだが、ビリーを安心させようと無理に笑っているようだ。

「……君が止めてくれて良かったよ」

「全くだ……。お前が撃ったら人死にが出る。洒落にならん……」

ビリーの腕では、威嚇射撃のつもりでも致命傷を負わせてしまいそうだ。
冗談交じりに呟くグラハムの声にはやはり力がない。

「はは、よくわかっているじゃないか。射撃は苦手だよ。だけど――――」

一旦、言葉を切ったビリーの口調が、低く、冷たいものへと変わった。



「―――あいつだけは、許せない」



グラハムは、旧友が初めて見せた激しい一面に目を瞠った。
ビリーとは長いつきあいだが、知っているようでいて、お互いに知らないことが多すぎる。
ただでさえ疲労が蓄積された身体に、薬の効果は絶大だった。判断力の低下した今の頭でこれ以上考え事をしたくなかった。
なぜなら……・すべてを悪い方へと考えてしまいそうだったから。

「……そうだな」

今はただ、そう呟いて頷くことしかできなかった。







END


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『できあがっているカップルに波風を立てて欲しいんだよ! できれば、一筋縄でいかないような人物に立ててもらいたいんだ。』


はじめは、アレグラのみの話だったんですが、ビリーとアレハンドロが大学時代か高校時代の知り合い(仲が良かったわけではない)とかだったらオイシイなvという妄想が広がりすぎてこんなカンジに……。
なんだか続いてしまいそうな雰囲気で終わったので、ちょっとやばいです。捏造しすぎて、後で自分に跳ね返ってくるものが怖いので、この辺で小休止。
ただし、この流れでBL風に行くと、一服盛られたのは媚薬(笑)で、大変なことになってしまったグラハムさんを介抱するオイシイ役目はビリー君な展開なんですが(爆)。


ひと言で言うと、国家の利益と企業の利益は一致しないんだぜ。という話。
今は、ビリーの所属会社の利害が軍部と一致しているから米軍に全面協力しているけど、企業の利益のためには、裏でAEUとかに技術供与してもおかしくないんじゃないかな。仕事が同じだから一緒にいられるけど、会社や軍などの自分が属する組織の思惑にどこまで抗えるか、今後の二人に期待。
アナハイムなんて、どっちにも武器とかMSとか戦艦とか売ってたからね!

ビリーは軍需企業からの出向という「どに設定」ですが、本当は、大学とか研究機関からの出向かもしれない。そうすると、話は少し変わってくるんですが、どちらにしても「軍人」ではないということでしょうか。所属が面倒な人だなぁ。



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