| ■■ MIA File2 ■■(SAMPLE) 絶え間なく打ち寄せる波の音。 ここは、小さな島がいくつも点在する南太平洋の島国だ。 青い海と珊瑚礁、そして、白い砂浜を求めて大勢の観光客が訪れる。そんなバカンス気分の観光客の群の中に、この場の気候と雰囲気にそぐわないスーツを着た人物の姿があった。 頭の高い位置で長い髪を一つに結び、丈の短い白いスーツ姿の長身の男性。本来なら、今頃こんな場所にいるはずのない人物である。なぜなら、彼はユニオンの誇るMSWADの技術顧問であり、ガンダムに対抗すべくオーバーフラッグスのMS全機をカスタマイズしなくてはいけない人間だったからだ。 そんな彼が、南国情緒あふれる島へやってきたのは、人捜しのためだった。 叔父であり、ユニオン空軍のトップでもあるホーマー・カタギリから渡された一片のメモ。 それには、MIA認定され、事実上戦死扱いとなったMSWADのトップファイター、グラハム・エーカー上級大尉の居場所が記されていた。メモに書かれた南太平洋にある小島の座標と、その島の所有者の名を手がかりに、カタギリはこの島へ辿り着いた。 ホーマーからは、情報提供者からの依頼で目立つといけないから軍の人間を連れて行くなといわれていたので、一人で行動するしかなく、初めての土地でどう捜したらよいのか戸惑っていた。ホーマーは、穏便に捜索が進むよう、あくまで友人を迎えに来たという形で通せというのだから、よけいに難しい。 確かにグラハムを狙う組織に余計な情報を与えたくないので、カタギリはできるだけ一人で動くようにした。おかげで、同じオーバーフラッグスの仲間であるハワードやダリルにも詳しいことを話さずに、基地を飛び出してきてしまっていた。 早くグラハムの無事を確認して保護しなくてはいけないと、ただそればかりを考えていたカタギリが焦っていたのには理由がある。 情報提供者からもたらされた、島の所有者の名前が問題だったからだ。 南国の小島を個人で所有する人物――それは、相当な資産家であること意味し、かつ政財界でも一目置かれた人間だということを示していた。 そう、問題は、目指す小島が国連大使アレハンドロ・コーナー所有の島だったからだ。 (よりによって、あの男に) 因果な巡り合わせだと思う一方で、過去に因縁のある相手だということがカタギリの不安を更に増幅させていた。中東の沙漠の国で、止むに止まれぬ状況に追い込まれたグラハムが一夜限りの関係を持ってしまった相手だ。 そして、そのままの関係を是としないグラハムは、アレハンドロに対し意趣返しを断行した。 恐らくプライドの高い男の鼻をへし折るまでは至らなかったが、ひっかく程度には成功したグラハムの反撃を、アレハンドロは面白くないと思っているだろう。 アザディスタンでのことを根に持って、今度は命を救ったことを逆手にとり、グラハムにどんな無理難題を押しつけているかと思うと気が気ではない。もう一度、関係を強要されたらグラハムはどうするのか、彼の性格を良く知っているカタギリでも見当がつかなかった。 (それに心配なのは……) 今までグラハムから連絡がなかったということだった。 エマージェンシーコールすらできるような状況ではなかった――つまり、負傷して動けないと考えられた。 ホーマーは命に別状はないと言ったが、どの程度の負傷なのだろうか。考えれば考えるほど、胸騒ぎがしてならない。 (あいつ、動けないグラハムに変なことしてないだろうな) それを考えると目の前が嫉妬と怒りで真っ赤に燃えるようになり、落ち着いてはいられなくなる。 遭難したグラハムを救ってくれたことには感謝するべきなのだろうが、アレハンドロという人間の性格を知っているだけに、安心できないのが難点だ。 唯一の救いは、アレハンドロがグラハムに執着する限り、彼の生命だけは保証されるという点だった。 アメリカ本国から三回も飛行機を乗り継いだカタギリが降り立ったのは、目的地の小島まで船で一時間ほどの距離にある本島だ。小さいながらも空港があり、漁港が二つある。人口も千人程度なので、この辺りの島の中では多い方だろう。 到着してすぐ、島民にコーナー家の別荘がある島への定期便があるかどうか尋ねたが、定期便は、この島から食糧や雑貨などを運ぶヘリだけだという。来客がある場合は、直接コーナー家の自家用機が動くため、本島を経由することはないというのだ。 せめて本島からの定期船が出ていれば、なんとか買収して乗せてもらうという手が使えたのだが、かなりセキュリティに気を遣っているらしく、許可のない船舶が島に入ることを許さないらしい。 交通手段は空からの便に限るというところが徹底しているので、よほど他人に見られたくない何かがあるのだろうかと勘ぐりたくもなる。 「弱ったな……」 漁港でその情報を知り、カタギリは頭を抱えてしまった。 ユニオンのオセアニア方面軍にヘリを出してもらえれば事は簡単に済むのだが、軍には秘密で動かなくてはならないから、一切の助力を得ることができない。 事前にコーナー財団へ直接電話してアポイントメントを取ろうとしたのだが、休暇中で十日後まで一切の連絡がとれないという。そこで、直接別荘へ乗り込むことに決めたのだが、目と鼻の先まで来て困ったことになってしまった。 グラハムの居場所が分かったというのに、そこへ行く手段がない。 これではスタートラインにも立てないのと同じだ。 何しろカタギリにとって人捜しは専門外だ。 自分が得意とするのは、機械工学であってスパイや探偵のような仕事ではない。ずっと研究所に籠もっていて、出掛ける場所といったら軍の関連施設か、大学か、研究所か、学会が行われるホールやホテルしかない。たった一人で南国の漁村に来たことなど一度もない。 カタギリがもっと世慣れていて、交渉術が上手ければ裏ルートから小島へ入る手段もあっただろうが、そんなことは全く思いつかなかった。 とりあえず、港にいる漁師に片っ端から声を掛けた。 「コーナー家の別荘がある島まで自分を運んでくれ、謝礼ははずむから」と、頼んでみたがどうやらコーナー家の力は本島の隅々まで行き渡っているらしく、皆が首を横に振った。 曰く「恩義があるから不義理は出来ない」ということらしい。 この島の住人は、なにかしらコーナー財団の恩恵にあずかっているようだ。例えば、息子夫婦が財団傘下の企業の工場で働いているとか、離島にもかかわらず医療施設や社会福祉設備が整っているのは、財団のおかげだとか。明らかに余所者のカタギリの風貌を見て、あからさまに胡乱な視線を向け、怒鳴りつける者もいた。 (こっちの文化も風習も分からないんじゃ、相手にしてもらえないか。ガイドでも雇わないと無理かな) ガイドを雇うにしても、どこに行けば雇えるのか分からない。観光客らしき姿も見かけるので、とりあえず地元の観光協会でも探そうとも思ったのだが、目的が観光ではないので、普通の観光ガイドでは意味がないことに遅まきながら気付く。恐らく、公共の事務所もコーナー家の息がかかっているだろうから、正面から行っても無駄なような気がする。 MS開発の業界では、泣く子も黙るMSWADの技術顧問も軍を離れればただの一般人でしかない。 しかも、かなり世間知らずな部類に入るだろう。カタギリは改めて自分がどれほど非力な存在か思い知らされた。 歩き回って疲れ果てたカタギリは、漁船が係留してある桟橋の鉄柱に腰を下ろした。 目指す小島が、オレンジ色に染まる海の向こうに霞んで見える。夜の漁に出るのだろうか、小さな漁船が軽快なエンジン音を響かせて出航していった。白い航跡が水面に広がっていき、夕陽が波を同じ色に染める。 (小さな漁船で一時間の距離なら、MSなら三分もあれば余裕で着くな。……ここにフラッグがあればいいのに) グラハム達のように戦うことはできないが、フラッグを飛ばすくらいなら自分でもなんとかできるだろう。何しろ自分は開発者だ。 (えーと、起動と同時に飛行形態のままオートパイロットモードにして、目的地座標を入力……着陸も浜辺があれば僕でもできるかな……) しかし、ここはMSWAD本部基地から数千qも離れた海の上に浮かぶ島だ。他愛のない夢想にカタギリ自身、苦笑した。頭の中でだけは、こうして向こうの島へ飛んでいくことが出来るのに、現実は一人の無力な男が港の片隅で座り込んでいるだけだ。 (いっそ泳いで渡ろうか。……でも、僕の体力じゃ途中で沈むのは目に見えてるな) 深いため息をついて、カタギリは立ち上がった。もう日も暮れる。宿で一晩じっくり考え、気持ちを入れ替えることにした。 港の近くのホテルに部屋を取ったカタギリだったが、部屋で一人じっとしていると悪いことばかり考えてしまいそうだった。とにかく今は何でもいいから情報が欲しい。 昼とは違った姿を見せる夜の港町ならば、裏事情に詳しい者もいるだろうと踏んで、外出することにした。 日が落ちても港の一角には煌々と灯りがついていた。数人の男達が大きな機械の前に集まり、大声で怒鳴り合ってなにやら揉めている。 (なんだろう、あのフォルム? こんなところにMSが?) 遠くからは黒い影にしか見えないそれに、カタギリは首を傾げた。MSにしては小さいし、人ひとりが乗ればそれで一杯な大きさだ。 近づくにつれ、それが工事用のMW(モビルワーカー)だということに気付き興味を引かれた。揉めている男達は、どうやら自前で港湾工事を始めた漁港の関係者らしい。 カタギリが興味を引かれたのは、MS開発の技術が、工事用のMWに転用されている点だ。 人を殺すための兵器開発が、巡り巡って人の役に立つこともあることを実際に目にし、不思議な感慨がわき起こる。 少し早足で近づいて行ったカタギリの耳に、困り果てたような声が聞こえてきた。 「駄目だ、ここじゃ無理だぜ。こいつが動かないとなんもできんわ」 「工期も迫ってるんだから、なんとかせにゃ」 長老格の漁師だろうか、白髪頭の老人が腕組みをして唸っている。その周囲では若い男達が盛んに怒鳴りあっていた。 「メンテナンス出来る奴、誰かいないのかよ!?」 「高い機械ばっかあっても、使える奴がいなきゃ意味ねえよ! だから俺は反対だったんだ、こんな機械入れるのは!」 「なんだとぉ!? こりゃあ便利だって言って、真っ先に賛成したの、お前じゃねえか!?」 「なんだと、テメエ!」 「やるかっ、このぉ!」 喧嘩早いのは、漁師も軍人も同じだ。カタギリは、基地外の飲み屋でよく見慣れた光景に思わず目を丸くした。 どうやら、この島には漁業の組合のような団体があって、共同購入した機械が動かなくなってしまい、約束の工期に間に合いそうもないらしい。通常は専門の工事業者が請け負う仕事を経費節約のため自分たちでやろうとして、思わぬトラブルに見舞われたというのが事の次第のようだ。 群がる男達の後ろから頭一つ高いカタギリが顔を覗かせ、MWの開口部を見た。男達の話を耳にして状況を判断したところ、駆動系のトラブルのようだ。それほど修理は難しくはないだろう。 カタギリは、普段目にすることの少ないMWに少し触れてみたくなり、思わず声を掛けてしまった。 「あのぉ…」 殺気立った現場に唐突にのんびりとした声が聞こえたので、男達は苛々と振り向いた。 「あぁ〜ん? なんだぁ!? テメエ!」 「余所者はすっこんでろ!」 真っ黒に日焼けした男達に凄まれて、カタギリは思わず怯む。 「……あの、怪しい者じゃありません」 明らかにこの場にふさわしくない余所者に怪しい者じゃないと言われて、はいそうですか、で済ませられるわけがない。殺伐とした雰囲気の男達の間にのんびりとした口調で割り込んできたひょろ長い青年に男達は一斉に胡乱な視線を向けた。そんな殺気の籠もった視線をものともせず、カタギリは機械を指さして言った。 「通りすがりの技術屋ですけど、ちょっとそれ見せてもらえませんか?」 「何だって?」 唖然となった男達を押しのけて、カタギリがMWに手を触れた。 「おい、勝手に触んな!」 エンジンまわりをチェックし、操縦部の油圧計を覗き込み、脚部の間接駆動系のレバーを操作する。 「うん、やっぱり油漏れだ。どこかにぶつけました?」 振り返って男達の顔を見渡す。 「そういや、今朝の作業で岩礁に……」 「お、おい、アンタ。これ、直せるのか?」 「応急処置ですけどね」 カタギリが笑って言うと、戸惑いを帯びていた男達の顔が徐々に明るくなった。 「ホ、ホントか!?」 「あ、すみませんが、そこの工具とってください」 「おう!」 そこからは、もう、カタギリの独壇場だった。 ※「MIA File2」に続く |