カタギリとグラハムの訪日はすぐに上層部に認められ、早速出張扱いで経済特区東京へと派遣された。
もちろん、空軍の輸送機を使用して、厚木基地への直行便だ。対ガンダム調査隊の隊長というグラハムの肩書きと、技術顧問というカタギリの肩書きをフルに活用した結果だった。

輸送機が厚木基地に到着すると滑走路周辺には人だかりができていた。
整備クルー以外に青い制服姿がかなり多い。ユニオンに一機しかない最新鋭機、しかもカスタム機を一目見ようと集まってきた兵たちだ。
滑走路に黒いフラッグの機影が現れると、歓声が沸き起こる。どうやらカスタム・フラッグの評判は遙か極東にまで及んでいるらしい。
地上に降り立ったユニオンの黒い守護神を眩しそうに見上げ、昂奮した口調で語り合う兵士達の様子は、格好いい玩具を目の前にした子供のそれと大差ない。
カタギリは、パソコンや資料一式が入ったアタッシュケースを片手に輸送機のタラップを下りながら苦笑し、きっと、パイロットが出てきたらもっと驚くのだろうな、と思った。

案の定、コクピットから降りてきたパイロットが、ヘルメットを外すと、先ほどとは違う種類のざわめきが起こった。
滑走路に響くエンジン音が邪魔して本人に届かないのは幸運だった。
何しろ彼らのどよめきの内容は、グラハムの耳にはあまり入れたくないものだったからだ。

「あれが、エーカー中尉か! 噂よりもかわ……(ゲフン、ゲフン)」
「意外と小柄だな。ハイスクールの学生じゃねぇ!?」
「あれで二十七歳!? マジかよ、あの顔なら新兵でも通るぜ?」
「カスタム、カッケー!」
「乗りてぇー!」

カタギリは、観衆の表情から勝手に推測してみたが、たぶん間違ってはいないだろう。
カタギリは、観衆の噂の内容が専らグラハムとカスタム・フラッグのことばかりだと思い込んでいたようだが、実は彼自身もMSパイロットと整備に携わる者の間では相当有名人だった。

「あの白衣の男は何者だ?」
「MSWADの技術顧問だってさ」
「あぁ、あの人がフラッグを開発したっていう、博士かぁ」
「今度は俺のをカスタムしてくださいって頼んでこいよ」
「お前、ドクター・カタギリに挨拶してこい」
「いや、お前が先に…」

こうしたざわめきがそこかしこで囁かれていた。
女子校のようなノリの男達の熱い視線を受けている二人は、自分に向けられた視線の意味には気付かず、揃って基地司令に挨拶に向かったのだった。




かなり強引に日本行きを決めた二人は、基地司令に快くは思われていないだろうと思っていたのだが、司令にカスタム・フラッグと機材一式のために格納庫を一時的に間借りさせてもらうことに礼を述べると、逆に実物を見る機会を楽しみにしていたと感謝をされる始末だ。
嫌味の一つでも言われるかも知れないと思っていただけに、基地を上げての大歓迎ムードに拍子抜けしたのが正直な気持ちだった。

だが、この状況は、今回の二人にとっては決して有り難くなかった。仕事七割、休暇三割だったはずなのに、いつの間にか仕事が九割近くなってしまったからだ。
グラハムは、パイロット達に模擬戦をしてもらえないかと頼まれ、断る理由も見つからないので承諾し、カタギリはカタギリで、フラッグの生みの親とも言える人物に直接機体のことを聞こうとする技術者や熱心なパイロット達に囲まれる毎日だ。

グラハムとカタギリとカスタム・フラッグはやたらと人気者で、基地内の人間達が入れ替わり立ち替わり顔と機体を見に来ていた。

「これではまるで動物園の珍獣のようだぞ」

テストの合間の休憩。暑いので、パイロットスーツを上半身だけ脱いで腰辺りで結んだ恰好のグラハムがぼやいた。基地内にあるカフェのドーナツ(技術顧問のドーナツ好きを耳にしたクルーからの差し入れ)でコーヒーブレイク中のカタギリは、氷が浮かんだそれをすすりながら目を丸くした。

「うーん、君に関してはあながち間違ってはいないかも」

「どういう意味だ?」

「黙って立っていれば、財閥の御曹子みたいなのに、口を開けばこれだもの。珍しいんだよ」

「コレとはどういうことだ」

「……自覚がないのはいっそ罪だよ」

「カタギリのくせに生意気だぞ!」

「だから、その発言の意味がわかんないよ」

こんな漫才のような会話を傍で耳にしているにもかかわらず、珍獣を見に来る人数は一向に減らない。
逆にグラハムというトップファイターが、言動が少し奇天烈だが人なつっこい性格だと分かると、彼を囲む男達の数が増大した。
ガンダムトークに興じるグラハムの肩をさりげなく抱こうとする者や、やたらと距離を詰めて話をしようとする者など、ここでもグラハムのアイドル化が進みそうだ。
カタギリは自分が狭量なのには自信があるので、そんな状況をただ見ていることなどできなかった。
ことあるごとに邪魔をしてみるが、とにかく敵の数が多いので手に負えない。
MSWAD本部なら、ダリルやハワードがいるので、その他大勢の心配までしなくて済んだのだが、ここではそうはいかない。

「言わせてもらうとね、珍獣さん」

「その呼び名はやめろ」

「君、笑いすぎ」

「は?」

「笑顔を振り撒きすぎるって言ってるの」

「そんなに笑っていたか? 私は」

グラハムが軽く眉を寄せて考えている、その仕草すら可愛いと思ってしまう自分は重症だとカタギリは自覚していた。

「自覚がない人はこれだからもう」

溜息混じりに吐き出して、アイスコーヒーを飲み干した。

「それにしても日本の夏は暑いな。気温はアザディスタンよりも低いはずなのに、よほど暑く感じるぞ」

グラハムがしきりに暑い暑いと言って、アンダーシャツの襟元を引っ張りパタパタと肌に風を送る仕草を繰り返す。そのたびにシャツの裾が翻って綺麗な形のヘソや白い腰回りがチラリと覗く。

(うっ……目の毒かも)

訪日以来、忙しさのせいもあって互いの肌に触れていない。ご褒美の休暇にありつけるまで我慢しようというカタギリの努力をふいにするような突発的な出来事に、ついグラハムを恨みたくなる。カタギリは、しっとりと汗ばんだ彼の肌に触れたくなってしまい、慌てて視線を逸らした。

「沙漠の国と違って湿度が高いからね。こう、肌にまとわりつくような湿気が、よけいに暑く感じさせるんだよ」

「フラッグのコクピットから出たくない気分だ」

「君、それいつもだろう? まあ、中の方が、空調が効いているからねぇ」

視線だけはパソコンの画面に無理矢理戻したカタギリは、グラハムの姿から思考を取り戻そうとテストの数値に集中し始めた。グラハムは、急に押し黙って作業に戻ってしまったカタギリに首を傾げ、再びシャツをパタパタとはためかす。
一向に汗が引かないので、身体がベタベタしていて気持ちが悪い。屋外の日陰の方が風が通って涼しいのではないかと思い、一人で格納庫を出た。

見上げれば青い空に入道雲が立ち上っている。
強い日差しが滑走路に照りつけ、そこからの照り返しで暑さが倍増するように思えた。

少しでも涼しいところを探そうと格納庫脇の樹影に入る。
そこかしこから聞こえる蝉の声が、フラッグのエンジン音に負けじと響いており、耳鳴りがしそうだ。

「これが日本の夏……か」

滑走路には地表と空気との温度差で陽炎ができており、木陰にいても通り抜ける涼やかな風一つない。
アンダーシャツの裾を引っ張り出して団扇代わりに扇いでいると、ふいに声を掛けられた。

「よかったらどうぞ、使ってください」

そう言って見知らぬ青年から手渡されたのは、長さ二十センチほどの棒状のものだった。
グラハムが、手にした棒状のそれをひっくり返したり、くるりと回したりして首を傾げていると、見知らぬ青年は「扇子です」と告げた。

扇子は、日本に古来から伝わる伝統的な日用品でもある。折り畳めて携帯にも便利な扇子だが、初めてそれを手にした者は、使い方、特に開き方が分からないらしい。
棒状の物の正体は分かったが、どうして使っていいのか分からずそれをじっと見つめた。

「君、これはどうするものなんだ?」

「日本に昔からある風を扇ぐ道具です。他にもいろいろな使われ方がありますが」

そう言って、グラハムの目の前で広げて、扇いで見せた。
竹製の骨に貼られた扇面は白い和紙で作られている。扇面には模様と漢字が書かれており、いわゆる日本文化の粋な道具に、グラハムが目を輝かせて自ら扇子を使い始めた。

「すばらしい! 実用的でいて見た目も美しいな」

「よろしければ、差し上げますよ」

「かたじけない」

嬉しそうにお礼を言って、ようやく相手が軍の人間でないことに気付いた。
軍服ではなく、スーツのズボンの上に作業用ジャケットを羽織っている。しかもそのジャケットも見慣れない物だ。






続きは、既刊本「夏期休暇・前編」にて!

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