++秘密++




その時、ジニンは驚いた。
他に言いようがないくらい、素でびっくりしたのだ。

(なんで、こんなところで寝ているんだ!?)

誰もいないMSパイロット専用のロッカールーム。
ジニンは出撃から戻ってきて一旦は自室に戻ったものの、忘れ物をしたことに気付いてロッカールームに戻ったところだった。

ベンチに寄りかかって、足と腕を組んだまま居眠りをしている人物――アロウズ司令本部から独自行動許可のライセンスを与えられているとかいうミスター・ブシドーだ。

ふざけた名前や言動もそうだが、アロウズの制服の上に勝手になにやらアレンジして変な上着を着ているような、何から何までふざけた男だった。
その最たる物は、素顔を覆い隠す奇妙な仮面だ。博物館にあるようなニッポンの甲冑の面頬にそっくりだ。

つい先日の戦闘では、一人で、GNドライブが2個付きのガンダムに相対すると豪語しておきながら、とどめを刺す恰好の機会をわざと逃した。
眼前の敵を見逃すという、軍人として言語道断な行動をとり、そのことを悪びれもしない。

おかげで、ジニンは地上部隊に補充要員として派遣されて以来、苛々しっぱなしだった。

アロウズの中でも新鋭ぞろいの部隊に配属され、敵はかのガンダムだ。本来なら、強敵に相対する時の武者震いにも似た昂奮と、難しい任務をこなすことへのやり甲斐、生死をかけて戦うことへの使命感に燃える充実した日々を送っていたはずだった。

そのはずが、たった一人の男のせいでここ数日、振り回され続けている。
彼の経歴の一切が謎であり、謎であることを許されている規格外の男を相手にどう振る舞っていいのか分からないと言うのが正直な気持ちだった。

ただ、彼の戦闘をこれまでに数回見る機会に恵まれたが、その能力の高さには舌を巻いた。4年前の戦いを知る、名のあるパイロットだとは思うのだが、こんな奇天烈な言動をする軍人には心当たりがないので、(そもそもこの性格で過去に規律の厳しい軍に在籍していたとは思えない)ブシドーの正体はさっぱりわからなかった。

ジニンは、近づいた人の気配にも目を覚まさないミスター・ブシドーをしげしげと見下ろし、そういえば、こんな近くでじっくりと顔を見るのは初めてだったことに気付く。顔と言っても、素顔は分からないから、容姿の特徴といえば見事な金髪くらいだ。

僅かに覗く口元の肌は白いので、髪の色と肌の色から見れば白人には違いない。この組み合わせは、AEUにもユニオンにも人革連にもよくいただろうから、人種だけではどこの軍にいた者かは推察できない。

(傭兵だったら、お手上げだな。瞳の色が分かれば、組み合わせからパーソナルデータを検索できるかもしれんが……ごまんといるような組み合わせじゃ意味がない)

仮面の下の素顔を見た者はいないと聞く。
部下達の間でも、ブシドーの正体が噂になっていた。

「そう見つめられると照れてしまうのだがな」

居眠りしていた仮面の男が、唐突に口を開いた。考え事をしていたジニンは、はじめ誰が喋ったのか分からなくて、辺りを思わず周囲を見回してしまったほどだ。
小さく伸びをしたブシドーの姿を認め、ようやく彼が目を覚ましたことに気付く。

「なっ……、なんだ起きていたなら」

「あまりに熱心に見つめられていたので、いつ目を開こうか迷っていた」

「別に見つめていたわけではない!」

「私が物珍しいのは熟知している」

「だから、そういうわけではない。ただ忘れ物を取りに来て……」

何を自分は焦っているのだと、ジニンは自ら舌打ちしたい気分だった。

「邪魔をした。俺はもう出ていくから好きに寝てくれ」

そう言い捨てて、踵を返したジニンの背にブシドーが問い掛けた。

「見ないのか?」

「なにを」

思わず振り向いたジニンの顔を見上げて、ブシドーが自分の仮面に指を添えた。

「私の素顔を見たいとは思わなかったのかね?」

揶揄するような言い方にムッとしたジニンは、苛立ちを押さえて言う。

「あんたの素顔なんてどうでもいい。それに俺は、他人の秘密を暴きたがる節操なしじゃないんでな」

「それにしては熱心だったな。この下にどんな顔があるのか興味があるのならば、そうとはっきり言って欲しいものだ」

「はっきり言ったら、それを取って素顔を見せるとでも言うつもりか」

素顔を隠す行為にそれほど大した理由はないのだろうか。ジニンは意外に思ったが、その言葉にブシドーは不思議そうに首を傾げた。

「取るわけがなかろう。なぜ、そんなことをしなければならん」

とことん言葉が噛み合わない。ジニンは、呆れて言葉を失う。怒鳴りつけたい苛立ちを堪えて、大きく溜息をついた。

「こんなところで居眠りとは不用心すぎるのではないか。あんたに反感を持つ者もいるのだから、安心しきっていると痛い目を見るぞ」

「歓迎されていないのは知っているが、私をどうこうしようとするほど、暇な人間などこの艦内にはいないだろう」

「先日の戦いでピーリス中尉以下2名の仲間を失った。残った者から見れば、あんたがあの時、二個付きから手を引いたのは、裏切り行為にも見えるんだ」

そんなこともわからんのか、とブシドーに彼の微妙な立場を説明してやった。
仮面というのは厄介だ。相手の表情が全く分からないので、こうして諭してやっても、ちゃんと理解しているのか、どんな反応をしているのかさっぱりわからない。

「それにな、素顔を見せない者を信用しろと言う方に無理がある!」

思わず本音が洩れてしまったジニンは、「しまった」とばかりに顔を顰めたが、もう遅い。少しは、怒って何か言い返してくるかと思ったが、ブシドーは全く動揺することなく泰然としていた。言われ慣れているせいだろうか。それが更にジニンの気に障った。

「ワンマンアーミーの利点を教えてやろう」

ブシドーが唐突に言った。

「フン、自分勝手がし放題ってとこか?」
鼻で嗤ったジニンに対し、ブシドーは小さく首を振った。
ベンチから立ち上がり、ジニンの真正面に立って真っ向から瞳を見据えた。初めて瞳の色がはっきりと目に入った。

(こいつ……グリーンアイズか)

吸い込まれそうなほどの見事な碧眼に今までお目にかかったことがなかった。金髪に碧眼。好事家が喜びそうなこれ以上ない組み合わせだ。

(魔性の色だ)

迷信深い方ではないが、幼い頃、祖父母達から聞かされた話を思い出した。あまりに美しすぎる瞳は、人間が持ち得るものではない、そんな瞳を持つ者は悪魔か魔物だと。思わず、そんな昔話を思い出すほどに――。
そして、ブシドーの眼差しは強い。自信に満ちた男のそれだった。瞳の強さに思わず、怯みそうになる自分を叱咤してジニンが拳を握りしめた。
ふいにグリーンアイズの瞳が和らぐ。いや、和らぐと言うよりも弱くなったという方が正しいかも知れない。強い光を放つ瞳の奥底に翳りが垣間見え、急にジニンは戸惑った。

「たったひとりの軍隊の良いところは―――」

仮面から唯一覗く唇が言葉を紡ぐ。
その唇の動きにもジニンは気を取られた。


「はじめから失う戦友(とも)がいないということだ」


かすかな微笑。
後悔とも自嘲ともつかぬ色を含んだ微笑からジニンは目を離せなかった。
ブシドーの言葉は、裏を返せば過去に亡くしてきた多くの戦友がいたことを示唆していた。ある特定のガンダムに並々ならぬ執着を見せたことからも、四年前の戦いで何らかの因縁を持つ者なのだろう。

(この男、まさか……)

ジニンの脳裏に4年前ガンダムを倒すことに命を掛けた英雄達の名前がよぎる。そのほとんどが既にこの世になく、軍籍を離れている。
地球連邦軍本部の敷地内にある英霊を頌える碑に刻まれた戦士達の名は、ジニンの記憶にもしっかりと刻まれている。

(まさか……)

疑念は大きくなり、喉元まで出かかった言葉は吐き出されることがなかった。

「―――君の忠告、覚えておこう」

ただ、返す言葉もなく佇むジニンの肩を軽く叩いてブシドーはロッカールームを出ていった。







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