| The smell of blood and powder smoke (抜粋) 「なんで君が!」 カタギリに明日からの特別任務のことを告げた途端、真っ先に返ってきたのは、その言葉と騒がしい物音だった。 ワークデスクの上には乱雑に置かれた書類やらディスクやら、何かのパーツが積み重なり山になっている。カタギリが勢いよく椅子ごと振り向いた時に肘が当たって、デスクの上で雪崩が起きた。更に机の上から床へと落下は続く。 カタギリは、一瞬「しまった」というような顔をしたが、あえてその惨状を無視した。ここで動揺を見せたら、いつものようにグラハムのペースになってしまう。カタギリのその態度は男としての精一杯の虚勢だとも言えた。 グラハムは、表情を変えずに雪崩が収まるのを待ってから、床に散らばった書類やパーツを一つずつ拾い上げた。 「仕方なかろう、任務なのだから」 「だからって!」 カタギリが憤る気持ちも分からなくはない。 「今回はダリルも一緒だ。君が心配するようなことにはならない」 「だけど……」 「信用がないな。どうすれば君を安心させられるのだ?」 呆れたように溜息をついてグラハムが腕組みをした。カタギリは返答に窮したのか、困ったように無言でグラハムの顔をじっと見つめた。どんな言葉で説明すれば目の前の鈍感男に自分の憂いを分かってもらえるか、頭を抱えたくなった。 「ちょっと来て」 カタギリは、唐突に立ち上がると、いきなりグラハムの腕を引っ張って物品庫に連れ込んだ。オフィスで使用する消耗品などの在庫が置かれた一室だ。薄暗くて狭い室内では、蛍光灯の青白い光がやけに寒々しく感じられた。 「おい、イキナリ過ぎないか?」 何列にも立ち並ぶ棚の一番奥の壁に背を預けたグラハムは、余裕をなくした目の前の男に片眉を上げた。 「そうかな?」 「こういうことに関しては強引なんだな」 自らネクタイを解きながらグラハムが苦笑した。 「嫉妬故の行動というなら嬉しいがな」 「嬉しいだって? 君って人はどれだけ僕の気持ちを弄ぶのかな」 「弄んでいるなど、心外だな。――愛しているのに?」 最後に疑問符をつけるあたりが小憎らしい。嫣然と微笑してみせたグラハムが誘うように唇を薄く開く。 「君の口からそんな言葉が聞けるなんてね」 白い手袋に包まれた指先がカタギリの眼鏡に伸びる。するりと眼鏡を外し、そのまま首に腕を絡めた。 「どこでそんな手管を覚えてきたのかな?」 グラハムがこんな媚態を見せるようになったのは、アザディスタン以来ではないだろうか。今までは、直裁に言葉で誘うことはあっても、仕草や表情で相手の劣情を煽り、行為を促すようなことはなかったように思う。カタギリは、あの男と出会ったことがグラハムに大きな影響を与えていると改めて感じ苛立ちを募らせた。自分では、グラハムのこんな姿を引き出すことはできなかっただろう。 急に嫉妬心が蘇って、グラハムの身体を乱暴に掻き抱いた。 「カタギリ……くるしいぞ」 首筋に顔を埋め、張りつめた筋に口づけを落とせばグラハムの口から鼻にかかった甘い声が洩れた。 「ん……く」 甘噛みして、シャツの襟で隠れるか隠れないかぐらいの際どい場所をきつく吸い上げた。 「んんっ!」 疼くような甘い痛みにグラハムが声をあげた。 「はぁ…、どうした?」 「男の嫉妬は見苦しいっていうけど、君は喜んでくれるようだからね」 「別に見苦しいとは思わないし、君にそこまで想われて悪い気はしないな」 どこまでもまっすぐなグラハムの眼差しは、カタギリに突き刺さるような痛みを感じさせる。眼を細め、苦しいものを堪えるような表情でグラハムの唇に口づけた。 貪るような深い口づけ。相手の官能を誘うためだけのキスは、吐息までも奪うような荒々しいものだった。 角度を変えて何度もキスしながらシャツのボタンを器用にはずし、ベルトを緩める。布地の隙間から手を忍ばせグラハムの感じやすい場所を撫でた。そうするだけで、グラハムの身体はビクリと跳ね、愛撫を受け入れる準備ができていることを相手に伝えてしまう。 カタギリの唇がグラハムの首筋から鎖骨までを辿るように下降する。もう痕跡の残っていない鎖骨の下辺りの柔らかい皮膚を唇で挟む。歯を立てずに舌と唇だけで弄び、最後に吸い上げた。 「……っ」 痛みに顔を顰めたグラハムはうっすらと浮かび上がった所有印に満足そうに口角を上げた。その表情がたまらなくいやらしい。カタギリは、己の奥底に凝ってゆく熱を感じたが、堪えるように歯を食いしばった。 「……変わっていく君を傍で見続けるのが辛い時があるよ」 「馬鹿なことを」 グラハムが、急に表情を暗くしたカタギリの言葉を訝る。唐突にアラームが鳴った。 思わず顔を見合わせて、二人揃って音の源へ視線を向けた。音の発信源はグラハムの携帯電話だ。 「……呼び出しだ」 無粋な呼び出し音にカタギリが溜息をついた。本部からの出頭命令を無視してでも行為を続ける気にならないのは、軍という組織の水に馴染んでしまった人間の悲しい性なのかも知れない。 「続きは今夜だな」 すっかり気がそがれた二人は身なりを整える。グラハムは眼鏡を持ち主の顔に返してやると、身体うぃ離す際、唇に掠めるようなキスをした。まるで、機嫌を直せとでもいうかのような、軽い口づけだ。 「明日からしばらく忙しくなりそうだ、その前に今夜食事でもどうだ?」 「いいね。フルコースなら大歓迎だ」 少し機嫌をよくしたカタギリが意味ありげに口角を上げた。 「了解した。――行く前に雪崩が起きないようにしておけよ」 グラハムは笑って言うと、カタギリをおいて物品庫を後にした。 |