MIA missing in action |
MIA(missing in action) 戦闘中行方不明=戦死 |
2307年11月29日、グラハム・エーカー MIA認定。 同年12月3日、戦死扱いとし、現地司令部が二階級特進辞令を進達するも、MSWAD本部はこれを保留とする。 ◆ グラハム・エーカー上級大尉がMIA認定されたという一報は、MSWADを震撼させた。 ある者は呆然とし、ある者は何かの間違いだと叫び、ある者は声もなく泣き崩れた。 「嘘だ!隊長が死ぬわけがない」 空しい叫びは、誰もが思ったことだったが、兵士であればいつか必ず訪れる結末でもある。皆が言っても仕方がないことだと分かっていても、そう洩らさずにはいられないほど、ユニオンのエースの死はあまりに突然で、あまりに予想外の出来事だった。 三日間に渡る捜索活動も空しく、彼の遺体はおろか機体すら発見されなかった。 南太平洋上に落下した機体は彼の肉体と共に八千メートル級の深海へ沈んだと発表された。証拠が上がらない分、皆には信じがたいこととなった。エースの任務外の死ということもあり、MSWAD本部は事故の可能性もあるとして、南太平洋方面軍に調査を依頼した。 だが、MIAが発表されてから二週間後、皆、彼の死を受け入れざるを得ない状況になった。 事故調査委員会が、機体の一部を発見したからだ。 葬儀は行われなかった。 彼には身内はいなかったし、唯一、彼を弔ってくれる友人や部下達が一様に彼の死を否定したからだ。 困ったのは、軍の恩給局だ。戦死した軍人の遺族への弔慰金や恩給の手続きが、所属する部隊長の承認なしではできないからだ。部隊長が戦死の場合は、その上官が承認するのだが、オーバーフラッグスが独立航空戦術飛行隊という特殊な組織のため、司令本部の管轄となり、基地司令の権限を飛び越えて本部の作戦司令が上官となっている。だが、なぜか作戦司令が調書へのサインを拒んだ。 手続きが進まず、頭を抱えてしまったのは恩給局の役人で、直属の上司からは早くしろとせっつかれ、本部司令からは少し待てと言われている。幸いエーカー上級大尉には遺族がいないので、彼の場合は手続きが遅れて文句を言ってくる人間がいない。入隊すると必ず書かなければならない遺書には、遺言らしい言葉は何もなく、弔慰金等の払込先をボストンにある児童養育施設に指定するという一文だけが書かれていた。 エーカー上級大尉の戦死についての事務手続きは、最後の一点を除きスムーズに行われていた。人々の想いを置き去りにして……。 納得できなかったのは彼の傍近くで共に戦ってきた僚友たちだ。 誤報だと叫び続けた者がいれば、陰謀だと囁く者もいた。 グラハム・エーカーは、知ってはならないことを知って何者かに消されたのだと。 事故の概要はこうだ。 ユニオン領内オセアニアへ視察中のエーカー上級大尉は、現地駐留軍基地を襲撃したテロ組織のMSと交戦状態に陥った。僚友機と共に追撃中、南太平洋上にて消息を絶ち、『MIA』とされた。 その際、上級大尉が乗っていた機体は、カスタムフラッグではなく、基地に配備されていた量産型のユニオン・リアルドであり、この時の彼の愛機はMSWAD本部にて調整中だった。上級大尉は、この視察に際し、オーバーフラッグスの隊員を一人も同行していなかった。 そもそも「視察」とは、なぜなのか。 上級大尉が単独命令を受けたはずの視察について、軍上層部はこの事実を全く把握していなかった。 よって、オセアニアへ出かけたグラハムの行動は私用という扱いになっていて、たまたま、地方の一基地に居合わせた本部基地の非番の軍人が、テロ組織の撃退に助力をした末の痛ましい事故だというのだ。 通常ならば、越権行為とも取られる行為であり、助太刀したとはいえ上級大尉の行動は決して褒められるものではない。それらが、不問となったのは、混乱時にスクランブル待機要員が所定の場所におらず、基地側に不手際があったことと、上級大尉自身がMIAと認定されたことが挙げられた。 死人に罪を問うても仕方がないという意見と、彼の輝かしい戦歴に疵を残すのはいかがなものかと、上層部が判断した結果である。 「そんな馬鹿な話があるか! 相手がガンダムならまだしも、その辺のテロ集団の旧式MS相手に隊長が後れをとるわけがないだろう!!」 ハワードが激昂するのも無理はない。皆、同じ気持ちだからだ。 「おかしいとは思ったんだ。隊長クラスを、しかも対ガンダムの要であるオーバーフラッグスのトップファイターをこの時期に一人で行動させるなんてこと上層部が許すはずがない」 カタギリも眉間に皺を寄せて苦々しく言う。 「絶対、何かある」 グラハム不在の今、隊長代理をハワードが務めている。だが、あくまで代理であり、ハワード自身はグラハムが無事帰還することを信じていたから、正式な少尉への昇格通知と隊長就任要請を拒否し続けていた。 「戦死扱いによる軍籍抹消などの正式な手続きは、上に頼んで差し止めてもらっている。それでもあと二週間程度しか待てないと言われた」 「上って……まさか、カタギリ司令ですか?」 「ああ、司令もおかしいと思っているようだから、助力は惜しまないと言ってくれた。ただ、あの人の場合、おおっぴらに動くと目立ちすぎるから、情報だけ流してくれるように頼んでおいた」 カタギリの叔父は、MSAWDの上部組織である空軍統合作戦本部に在籍している。持てる権力も把握できる情報も基地司令の比ではない。 「では、まず隊長が視察に行く前後に基地内でなにか動きがなかったかどうか調べてみます」 「うん、頼むよ。どちらにしても僕たちだけじゃ限界がある。誰か情報部に伝手があるといいんだけど……。難しいかな」 「いえ、任せてください。同期にかけあってみます」 「事が事だけに、あまり動きすぎると僕等も危なくなるかも知れない。十分に気をつけて」 「分かってます。でも、隊長の一大事をこれ以上黙って見ていられませんぜ!」 ハワードが力強く言い、ダリルも深く頷く。 「ダッジ曹長、君は僕と一緒にオセアニア空軍基地へ行ってくれるかい」 「了解!」 それぞれがグラハムの生存を信じて動き始めた。 ◆ オセアニア基地が襲撃を受けた日の翌日。 オーストラリア大陸から北東へ三百キロほどの南大西洋に浮かぶ小さな島には静けさと穏やかな空気が満ちていた。 この島の閉ざされた空間は、紛争やテロなどの世界の混乱とは全く無縁の様子で、海岸には穏やかな波が打ち寄せている。その白い砂浜に二組の足跡が続いていた。 赤に近い茶色の髪を後ろで結わえ、シャツのボタンを上から二つほど外し、上に麻のジャケットというラフな服装の男性。そして、男に寄り添うように、その隣を歩く少女のように小柄な姿があった。 「アレハンドロ様、誰か倒れています」 少年が指差した波打ち際には白い塊があった。 「おやおや、無粋な客人だ」 ここはコーナー家の所有する島のプライヴェートビーチだ。 一周三キロメートルほどの小さな島には、東の海岸寄りにコーナー家の別荘が建ち、それ以外は使用人が住む住居だけで、他に民家はない。浜辺に流れ着く物といえば、嵐の後に打ち上げられる流木くらいなものだった。 近寄って見れば、白いパイロットスーツにヘルメットを被ったままの人間だ。左腕のマークはユニオンの軍人であることを示していた。 遭難者を発見した場合の保護と届け出は、善良な市民の義務でもある。ただし、軍の関係者を助けたとなれば、現場調査やら身元確認やら遺体の引き渡しやらで無粋な軍人達がこの小さな島に大挙して押し寄せてくることは容易に想像できた。そうしたら、せっかくの休暇が台無しになってしまう。 もちろん、煩雑な事務手続きは執事がやるので、アレハンドロ自身が行うことはないが、それでも第一発見者として状況説明などの義務は果たさなくてはならなくなる。 この遭難者が生存していても、死亡していても、厄介なことには違いない。 静かな小島に流れ着いた異質な存在であり、招かれざる客であった。 二人が近寄っても倒れた人間はぴくりともしなかった。 満潮を過ぎて数時間経過しているので、波は漂着者の足下を少し洗う程度だ。 「生きているのでしょうか」 「さあ、どうかな」 メットのバイザーがスモークになっているので、外からは顔を見ることは出来ない。死体かも知れないのに、怯えもしない少年がそれに近づこうとしたのを、アレハンドロがやんわりと制した。 「リボンズ、君は下がっていなさい」 もしも、死体だった場合の配慮だろうか。リボンズは素直に従い、アレハンドロの一歩後ろに下がる。アレハンドロは、波打ち際にしゃがみ、バイザーのスイッチをオフにした。 背後からアレハンドロの背を見つめていたリボンズは、主から小さく息を呑むような気配を感じた。 「アレハンドロ様?」 「ごらん、リボンズ」 そう言って、漂流者のメットを外す。 現れたのは、太陽の光をはじく金色の髪と、白い肌。嫌と言うほど見覚えのあるその顔――。 リボンズが遭難者の名を呟いた。 「グラハム・エーカー……」 『ユニオンの剣』と呼ばれる男がそこにいた。 アレハンドロはグラハムを抱き起こすと、首筋に手を入れ頸動脈に触れた。 「脈は弱いが生きているようだ」 「どうなさいますか?」 「――どうとは?」 「ユニオンに連絡しますか、それともここで?」 「さあ、どうしようか」 リボンズが言外に恐ろしいことを示唆したが、それを気にも留めず、アレハンドロが楽しそうに言う。 その横顔を見ていたリボンズは僅かに眉を顰めたが、アレハンドロはそれには気付かない。 「リボンズ」 「なんでしょう?」 「確か……こういうお伽噺があったと思うのだが」 ふむ、と思案深げにグラハムを見下ろす。意識はなく、青ざめた顔色からはとても呑気にそんなことを言っていられないのではないかと思う。早く適切な処置をしないと、回復も遅くなるのではなかろうか。 「そうだ、確か『人魚姫』という物語ではなかったかな」 思い出した、とばかりに手を打ってアレハンドロが言った。 「アレハンドロ様」 「なんだい?」 「それでいきますと、誰がどの役でしょうか」 「それはもちろ―」 「――やはり結構です」 言いかけたアレハンドロの言葉をぴしゃりとリボンズが遮った。 浜辺に流れ着いた王子を抱き起こすのは確か隣国の姫君で、王子を救ったはずの人魚姫はそれを岩陰で見ているしかなかった。 アレハンドロはそれに譬えたのだろうか。それとも、魔女に脚をもらう代わりに声を失った人魚姫が、人間の王子と再会するシーンだろうか。王子は助けてくれた人魚姫のことを覚えていなかったはずだ。 ――いずれにしても、この場合、誰がどの役でも滑稽すぎる。 「聞かないのかい?」 「ええ。そんなことより、コレをどうするか決めてください」 主の戯れに乗るものかとでもいうように、リボンズは軽く流した。 アレハンドロは、つれないね、と肩をすくめた。 「コレとは、彼に失礼じゃないかな。これからいろいろ楽しませてもらうのに」 「…………」 リボンズは主の思惑を知っても沈黙を通した。 退屈の虫を治める恰好の素材が手に入ったのだから、さぞご機嫌なのだろう。彼を利用してユニオンの軍部を掻き回すのをいっそ面白いかも知れない、などと考えを巡らせているのだろうから。 だが、リボンズには、ひとつ気がかりなことがあった。 それを口に出さない代わりに、現在自分の主である男を振り仰いだ。 「運命的じゃないか」 アレハンドロが見つめる眼差しの意味を思いやって、リボンズは顔を曇らせた。 アレハンドロは上機嫌だ。これから新しい世界を創るために、この世界を壊して再生するという困難な作業を控えているにもかかわらず、いささか機嫌が良すぎるくらいに。 アレハンドロの背を静かに見つめていたリボンズの瞳が突然金色に輝き出した。 (十九時間前のテロリストによるオセアニア基地襲撃事件。居合わせたグラハム・エーカー上級大尉が配備されていたリアルドで出撃。南太平洋上で交戦、敵機二機撃墜。グラハム機ロスト。荒天の中、捜索するも発見できず、捜索を一時中断。不明機二機のパイロットに対しMIAを本部に通達。事故調査委員会が機体の引き上げを検討中) リボンズはヴェーダを介して脳裏に流れ込んできた情報を把握すると、ヴェーダとの接続を切る。 同時に瞳の色が元に戻った。 アレハンドロは、流れ着いた玩具に夢中でリボンズの変化に全く気づかない。 「これを運命といわず何と言おう」 アレハンドロは、血の気を失ったグラハムの頬に指を滑らせた。 ※「MIA File1」へ続く |