++木の音++







カラン、コロン。



下駄の音。



カラン、コロン、カラン……。




先ほどまでアデスの腕の中にいた人は、その音が気に入ったのか、ずっと庭先を歩き回っている。


目を覚ましたラウは、「浴衣」を気に入ったようで、いくつかある柄の中から焦げ茶に近い小豆色の地に、縦の絣の模様が入ったものを選んだ。
もちろん着付けはアデスがやった。
外を歩いてみたいと言ったラウのために、アデスは、ずっとしまい込まれていた下駄を引っ張り出してきた。
軽い桐素材の下駄だ。えび茶色の鼻緒がシックな色合いを出していて、アデスも気に入りの品だった。
だが、自分には少し繊細すぎる型なので、使わずに棚の奥にしまったきりになっていた。
ラウに似合いそうなものだと、これくらいしかなかったので、鼻緒の堅さが少し気になったが、庭の外へ出るわけでもないので妥協したのだ。


ラウは、庭の飛び石や土、砂利の上を何度も繰り返し歩いては、音の違いを楽しんでいるようだった。

木と石がつくりだす素朴な響きと無邪気に戯れるその姿がとても愛しい。
アデスは頬が緩むのを抑えられなかった。

これを言ったら怒られそうだが、今の彼は、とても「ザフトの白き英雄」には見えなかった。




ラウは飽きもせずに歩くことを繰り返す。



アデスが、打ち水の用意をしようと木桶に水を汲みに行っている間も音は続いていた。


カラン、コロン………

……カラ…ン。


ふと、音が途絶えた。
訝ったアデスが、木桶を手に戻ってくると、ラウは立ち止まってじっと足下を見ている。

「どうしました?」

アデスの声にはっとしたように、ラウが顔を上げた。

「いや、別に……。それは何だ?」

アデスは片手に木桶、もう片方の手には柄杓を持っていた。どちらも杉の木で作った天然素材のものだ。
水が満たされた木桶の中に柄杓を入れて、水を掬うと庭の砂利の上に撒く。

「こうすると、気温が下がるんです。エアコンのなかった時代の知恵ですよ」

「なるほど、気化熱を利用するわけか」

「科学的に言うとそうですね」

すぐに気化熱のことに思い至ったラウは、やはり流石だとアデスは思った。

「本当は、ホースで水を撒けばいいんですが……これは、単なる雰囲気づくりです。更に環境に配慮するなら、風呂の残り湯や貯めておいた雨水を使った方がいいそうですよ」

「ほう、物知りだな」

ラウが興味深そうに柄杓を眺めている。

「やってみますか?」

アデスが笑って柄杓を差し出した。

「ああ、…あ、……いや、やめておこう」

木桶と柄杓を受け取ろうとして数歩踏み出したラウが、微かに眉を顰めた。

「隊長?」

不審に思ったアデスが木桶を地面に置いてラウの傍に歩み寄った。先ほどラウがじっと足下を見ていたのを思い出し、ラウの足下にしゃがみ込んだ。

「足…ですか?」

そう言っているうちからアデスの手はラウの足に伸びていた。

「下駄を脱いでみてください。……ああ、私の肩につかまって」

下駄を脱ぐのをアデスが手伝いながらそう言った。
ただでさえ履き慣れない下駄なので、片足立ちになった途端、ラウの身体がふらついた。
もう誤魔化すことはできないと判断したラウは、そっと溜息をつくと、不安定な身体を支えるため、しゃがみ込んだアデスの肩に手を置いた。

「鼻緒で擦れたようですね。…かなり痛いでしょう?」

ラウの顔を振り仰ぐと、アデスの視線から逃れるようにそっぽを向いて「いや、それほどは」と呟いた。
これはラウの強がりだ。

「血が滲んでいますね……」

アデスが言うなりラウを抱き上げた。脱がせた下駄はその場に置き去りだ。
アデスの大きな下駄が、二人分の重みを受けながら、カラン、コロンと鳴る。

庭先での出来事だったので、アデスはすぐにラウを縁側に座らせ、自分は地面に膝をついて、傷の具合を見た。
浴衣の裾が割れて、すらりと伸びた白い脛とふくらはぎが露わになる。
ラウの左足の親指と人差し指の間の皮膚が鼻緒で擦れて擦り剥けていた。うっすらと血も滲んでいる。

「大したことはない」

「下駄の音、気に入っていらしたようですが残念ですね」

あくまでも強がろうとするラウにアデスが苦笑する。

「そんなことは……!」

図星だったのか、照れ隠しに声を上げたラウが突然、息を呑んだ。
アデスが、ラウの足に唇を寄せ、傷を舐めたのだ。
足をしっかりと掴まれ、舌で足の指の股を舐められたラウの背がゾクリと震えた。

「……アッ…!」

思わず、艶めいた声が洩れてしまい、とっさに口を押さえたラウだったが、時既に遅く、アデスにはラウが感じていることがわかってしまったようだ。
アデスもラウの声に驚いて、顔を上げ、目の前に頬を朱に染めたラウの姿を確認し、真っ赤になって焦った。

「す、すみませんっ……! 別にっ下心があったわけでは………」

しどろもどろになるアデス。

「すっ…すぐに手当を!」

慌てて救急箱を取りに行こうとしたアデスだったが、ラウに腕を引っ張られて、バランスを崩し、縁側の上でラウの上に倒れ込んでしまった。
まるで、ラウを押し倒したような体勢になったアデスの目の前には、痛みと羞恥のためか少し目を潤ませて頬を上気させたラウの顔があった。
濡れた瞳と、薄く開かれた唇にどきりとする。

「た…隊長………」

「もう、黙れ……」

耳に届く掠れた囁き。


気付いたときには、唇が重なっていた。








柔らかな唇を充分に堪能してから、アデスは唇を離した。
互いに熱い吐息を洩らす。瞳を見つめたまま、ラウが囁いた。

「それにしても、お前が……そんなツボを知っているとは……思わなかったな」


「………………」




知りませんでした。
――――とは、言えなくなってしまったアデスだった。





END