| 吐息と甘いささやき 1 L4コロニー群からさほど離れていない宙域を航行中のヴェサリウスの艦内は至って平穏だった。 戦後処理も片付き、地球とプラントの間では停戦条約も結ばれ、世界は一時の平和を取り戻していた。 ヴェサリウスの任務は、有事の際真っ先に最前線となるであろう月軌道からプラントへ至る宙域の警戒だった。平和になったとはいえ、両国ともそれがつかの間のものであることは分かっていたので、自衛権を行使するという名目で相手の動きに目を光らせていた。 哨戒にあたっているザフトの艦は他にもいる。もちろん連合軍の艦艇もいる。両軍とも互いを刺激しないように領海すれすれの宙域を往き来していた。 そんな平和な艦内で、平静でいられなくなった一人の男がいた。 「艦長! 軍令部からの伝達です」 ヴェサリウスのブリッジで通信士官から渡された紙片を目読したアデスは、顔を顰めた。 「………これだけか? 他には?」 「いえ、これだけですが?」 「そうか、了解したと返答しろ」 通信士官に指示を出し、同時に手元にある艦内通話用の受話器を取る。かなり長い間コールしてようやくつながった。 「お休みのところ申し訳ありません。軍令部からの指令がありました。今からそちらに伺います」 そう言って席を立ったアデスは、航海士を務める副長に針路をL4に向けてとるよう指示し、後を任せてブリッジを出た。 ◇ 「隊長、アデスです。失礼します」 ドアの外で声を掛けたが返事がない。 内心「まずいな……」と思いつつ、ロックを解除して入室した。 案の定、上官はまだベッドの中にいた。 ブリッジのアデスとの会話の後、再び眠り込んでしまったようだ。 俯せに枕を抱き込むようにして眠っている。羽織っただけのシャツが乱れて白い肩がのぞいている。外気に触れた肩に金髪が絡むようにまとわりつき、緩やかなウェーブを描いていた。 アデスは、ため息をついてベッドに歩み寄る。 数分前に連絡した時は、一度は目を覚ましたはずなのに、他人の気配にも目を覚まさないのは、よほど疲れているからなのだろうか。 眠っていても眉間に皺を寄せたクルーゼの顔を見て苦笑する。 寝付いたばかりで起こしてしまったので、こんな難しい顔をしているのだろうかと、ふと思った。 大戦後、仮面をつけなくなったことで、周囲を驚愕させたクルーゼは、現在では公務でもプライヴェートでも惜しげもなくその美貌を晒している。おかげで、彼が艦内を見回っていると兵たちが見惚れてしまい仕事にならないので、整備班や機関部の班長からアデスが苦情を受けるようになった。 一応、それとなく上官にその旨を伝えたのだが、クルーゼは全く気にする様子もない。 更にいろいろな意味で不用心なので、必ず自室にいるときはドアをロックするよう忠告したアデスに対して、クルーゼはいつもの調子で「心配性だな、お前は」と苦笑しただけだった。 結局、いちいち開けるのが面倒だと言ってクルーゼは就寝中以外はロックしていない。 更にアデスには勝手に入れと言わんばかりに解除パスワードを伝えてある。 パスワードを他人に教えたら意味がないと言ったアデスに、クルーゼは笑って「夜這いに来られなくなるだろう?」とさらりと言ってのけたのだ。 返す言葉に詰まったアデスは、「不測の事態に備えて」、「念のため」ということで、パスワードを知っておくのだと、自分に言い聞かせた。 そんなやりとりを思い出しながら、眠る人の顔を上から覗き込んだアデスは、顔を覆うように乱れた金髪を掻き上げて、眉間の皺に指先で触れた。そのまま鼻梁に沿って撫でると、くすぐったいのか枕に顔を押しつけるように寝返りを打つ。 その仕草が妙に可愛らしくて、つい吹き出してしまった。 途端――― 「何を笑っている!?」 突然むくっと起きあがったクルーゼが憮然とした顔でアデスを睨んでいる。機嫌が悪そうだ。 慌てて咳払いをしたアデスが「申し訳ありません。つい―――」などと言い訳をしようとすると、クルーゼが両手を伸ばしアデスの耳を掴んで引き寄せた。 「痛っ! いたた…」 思い切りよく両耳を引っ張られて声を上げたアデスはバランスを崩し、クルーゼのベッドの上に転がる。 クルーゼは、男をそのままベッドに押し倒し、軍帽をはぎ取り、ぽいっと放り投げた。低重力の室内で軍帽はゆっくりと床に落ちた。 「えっ!? ……ちょっ………!」 クルーゼはアデスの上に乗っかり、自分より遙かに大きな体を押さえつけてそのまま唇を奪う。 「うっ………んんっ!?」 くぐもった声がアデスの喉から洩れる。クルーゼは噛みつくような荒々しいキスをして、ようやく唇を離した。 「た、たい……ちょうっ!」 焦って真っ赤になったアデスを、馬乗りになったままのクルーゼが見下ろし勝ち誇ったように口元を歪める。 「うるさい」 そう一言、言い捨て、アデスの眉間を細い人差し指で押さえつけた。 「う、うるさ………!?」 唖然としたアデスは、抵抗することも忘れクルーゼの姿に見入っていた。 はだけたシャツからのぞく胸元や、自分の身体を押さえつける白い太股に眼が吸い寄せられた(多分その下ははいていないだろう)。乱れた前髪から覗く青い瞳と、チロリと唇を湿らせる舌の動き。 際どいポーズに我知らず身体の奥が熱くなる。 つい、自分が何のためにここに来たのか忘れそうになった。 「隊長! あのっ…軍令部から指令が………」 そう言いかけたとき、上官の顔が迫ってきてクルーゼよりも更に深く刻まれた眉間の皺に濡れた感触がした。クルーゼがアデスの眉間に口づけを落とし、舌を這わせている。 ぞくりと背中を駆け上がるのは、間違いなく快感だ。 (ああっ……もう、これは、間違いなく―――!) クルーゼがアデスをからかうのはいつものことだが、今日のこれはそんなに可愛らしいものではない。 柔らかな唇がアデスの言葉を遮るように塞ぐと、誘うように舌を絡められた。 (本気で………誘われている!? というか、襲われているのか!?) 巧みな舌の動きについうっかり応えてしまいながら、アデスは心の中で焦っていた。 (―――って隊長! 自分はまだ、仕事中なんですがっ! しかも、副長にちょっと抜けると言ってあるだけなんですが! 指揮(ブリッジ)ほったらかしはまずい……) 「んっ………は……」 頭の中でだけはいろいろ抵抗やら言い訳をしているが、身体はしっかりと応えながら、アデスは「なんで今日に限ってこんなに機嫌が悪いんだ!?」と頭を悩ませていた。 ようやく寝付いたばかりで起こしてしまったからだろうか。 だが、それは任務中ならよくあることだ。 多少、寝起きは悪いが、軍令部からの指令という言葉にここまで職務を無視するような行為をする人ではないことを知っているだけに、アデスは内心首を傾げた。 濡れた音が室内に響く。 次第に息が荒くなり、互いに上気する頬。 クルーゼが角度を変えて何度も口づけるたびに金色の髪がさらりと頬に触れる。 半ば諦めにも似た心境でアデスはクルーゼの頬に指を滑らせた。 クルーゼの手がアデスの襟元に伸び、軍服のホックをはずす。 「……いいのか?」 クルーゼが不敵に笑って囁く。 「あなたが……先にっ…誘ったんでしょう?」 問答無用で押し倒しておきながら、今更「いいのか?」も何もないものだと呆れたアデスだったが、乱れた吐息の中ではそれ以上言うこともできなかった。 その代わりシャツの中へ手を滑り込ませて、クルーゼの胸の突起を探り当て引っ掻くように愛撫する。 「………っ」 クルーゼの身体がビクリと揺れ、声が洩れる。 「ン……あ」 アデスを押さえつけていた腕の力が緩んだのを見計らって、アデスが勢いよく身体を起こし、今度はクルーゼの身体をベッドに押しつけるようにして押し倒した。 アデスの身体の下になったクルーゼが満足そうに微笑む。 (やぱり……私はまんまと乗せられたのか……?) してやったりという顔のクルーゼに口づけを落とし、アデスが本格的にクルーゼを高めるべく肌に手を滑らせる。 すらりと伸びた白い足に指を這わせ膝を押し上げようとしたとき、クルーゼが思い出したように言った。 「………そうだ、軍令部からの通信は、何だったんだ?」 その問いにクルーゼの首元に顔を埋めるようにして唇を這わせながらアデスが答えた。 「視察中の議長を乗せた艦が…トラブルを起こし、本艦へ議長団の移乗を求めてきています。……ランデブーポイントまでは約三時間。L4宙域で移乗されるとのことですので、本艦は転進し、針路をL4に向けております」 軽い膠接音をたてて首筋にキスする。 「なんだと!?」 突然、がばっと身を起こしたクルーゼが、アデスの顔を引きはがした。 「それを早く言え! ブリッジに戻る」 そう言うなり、クルーゼはベッドから起きあがり、身支度を始めた。 唖然としたのはアデスだ。 報告を聞こうともしなかったのは、クルーゼ自身だ。それなのに今更お預けを食らわされるこっちの身にもなってほしい。 この盛り上がってしまった気持ちと身体をどうすればいいのか………アデスはクルーゼを恨めしく思った。 「隊長、どう……?」 床に落ちた軍帽を拾い上げ、あっけにとられているアデスに投げてよこしたクルーゼは、眉をつり上げた。 「何をやっている! お前も早くブリッジに戻れ」 先ほどまでの甘い空気はどこかへ行ってしまったようだ。 そして、妙に慌てているクルーゼをアデスは訝った。 「隊長、そんなに慌てなくても、合流地点までにはあと三時間弱ありますが」 「あの男が、そんな悠長なことをするとは思えん。艦が動けなくても小型艇に護衛MSでも付けてすぐにでもこっちに来るぞ!」 「えっ………えええっ!?」 その言葉にアデスもようやく本来の任務を思い出した。慌てて制服の襟元を直し、軍帽をしっかりとかぶり直す。 そこへブリッジから通信が入った。 着替え中の上官の代わりにアデスが応答する。 『議長を乗せたランチとザク三機を視認しました。共に本艦への移乗を求めて来ていますが………………どうしましょう?』 「………」 クルーゼの予測が当たった。 アデスは軽くため息をついてすぐに収容するよう指示を出し、隊長と共にMSデッキへ行って議長の一行を出迎えると告げた。 「……だからあの男は嫌いなんだ」 小さな舌打ちと共に耳に届いた言葉をアデスは聞かなかったことにした。 「あでくる。13 吐息と甘いささやき」に続く お試し小説です。 「あでくる。13 吐息と甘いささやき」の冒頭部分の抜粋です。アデクルで、ギルクルで、ギルレイな感じになります。ひたすら、甘甘な二人を書きたかったので、内容もそんな感じです。 |
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