ひとひら







プラントにサクラの花が咲く。



サクラが思い出の花となったのは、ちょうど1年前のこと。
あの人と出会った頃のことだ。

散り急ぐ花の下で、あの人の細い身体を抱きしめた。
辺り一面白い花吹雪の中。
白い制服姿は、舞い散るサクラの花びらに霞み、そのまま消えてしまいそうだった。
わずかに血に染まる白い制服を羽織って、所在なげに佇んでいた人を見た時、急に不安に駆られたのだ。
思わず、手を伸ばし、抱き寄せた。
消えゆく存在をつなぎ止めるように。

つなぎ止める「枷」になりたいと
そう祈った。
私は、突然の抱擁に彼が抵抗しなかったことに驚き、そして、わずかに後悔もした。





その頃は、まだ彼の秘密も、抱える闇も、何も知らなかった。






初めて抱いた夜。
なぜ、自分だったのかと。
自問して、気付いてしまった真実に胸が痛んだ。
これは口止めなのだ。
仮面の下の素顔を見た私に対する口止めだ。
あの人がそのために自らの身体を投げ出そうとしていることに対して、初めは猛烈な怒りを感じた。
だが、その後にやって来たのは、後悔だった。
あの人がそこまでしなくてはならない秘密を私が暴いてしまったからだ。あの人をそこまで追いつめてしまったからだ。

ちょうどザフトの英雄の名が世に響き始めた頃だった。誰もが、彼の一挙手一投足に注目していた。
誇り高く、気高いその姿に、誰もが憧憬の眼差しを送った。
シニカルな微笑と冷めた視線。仮面に覆われた素顔と共に、隠された本心。
世界を突き放すような態度に違和感を覚え、苛立つこともあった。
だが、その彼に、私は思わず、手を差し伸べたくなった。


強さと
美しさと

――――危うさ。



その手を払いのけてくれればよかった。
いっそ、届かなければよかったのだろうか。
だが、触れた身体、絡む指先、熱い吐息と囁き。そのどれもに、私は酔いしれた。

もう二度とこの手を離すことはできない。
私はそのことに、ほんの少しだけ悔いたのだ。

悦びと共に感じた苦みをそれ以外になんと表現すればいいのか。
彼の存在に自分の生きる価値を見いだしてしまったことに。
もう戻ることができないということに気付いてしまったから。



だが、苦い胸の疼きが覚悟に変わるまで、そう時間はかからなかった。















「ああ、サクラか………」

はらりと、うす紅色の花びらがひとひら舞う。
初めてそこにあるのを気付いたように、彼は白く霞む樹影を見上げた。

軍令部での会議が終わり、次の任務の打ち合わせまでまだ時間があるため、息抜きに外へ出た時のことだった。
陽が落ちたばかりの薄闇の中、軍令部の敷地内にある庭園。
何気なく足を向けた小径の奥にその木はあった。生い茂る木々の影に隠れるようにしてたった1本立っていた。プラントではまだ珍しいサクラという木は、宇宙でも育つようにと品種改良されたソメイヨシノという種類だ。
地球とプラントの間で政情不安が囁かれた頃、知人の大学教授でサクラの繁殖に熱心な男が、難を逃れてプラントへとやってきた。
その男は、極東の出身で、故郷の風景をこの宇宙で再現したいと語っていた。
接ぎ木という技術で増やすサクラ。
視界を埋め尽くすソメイヨシノは、もとをただせば唯ひとつの「樹」だ。
人の手を借りなければ、子孫を増やせない種。


『似ていないか? 我々、コーディネーターの在り方に』

あの日、彼の口から美しい花にか隠された皮肉な真実を私は知った。







人々の想いなど何も知らないかのように花はただそこにある。

はらり。

また、花びらが舞う。


「早いものだな。あれから……」

うす紅色のひとひらに彼が手を伸ばす。

「1年ですね」

彼の言葉の後を継ぐ。軽く目を瞠った彼が、すぐに口元を緩めた。私もつられて笑みを洩らす。互いに同じ事を考えていたらしいと気付き、視線を交わして、微笑する。
だが、その視線の中に寂しげな色を読みとり、思わず彼を抱き寄せた。

「大丈夫です」

「……何がだ?」

私の言葉の意味を分かっているのにわざとはぐらかす。
私の胸に頭を預けたまま、彼は苦笑を洩らす。
その胸に去来するのは、どれほどの孤独か。どれほどの悲しみか。
一人耐えてきた彼の肩は、自分の腕の中に収まるほど細い。
彼を抱く手に力がこもる。

「あなたを一人にはしません」

そのひと言に彼の肩がかすかに揺れた。

あれから1年。
時には、彼の言葉に動揺し、彼の態度に苛立つこともあったが、それ以上に苦痛に堪える彼に心痛めた。彼の言葉・行動すべてに翻弄された。

少しは強くなっただろうか。
彼の真実と本心を知って、共に戦うことを心に決めたあの日から。

人類の功罪を暗示するようなサクラを目の前にして、私もあなたも微笑むことができるようになった。
その分、強くなれたということを誇りたい。



あなたの支えになれたと自惚れてもいいだろうか。

もしくは、あなたをこの地上につなぎ止める「枷」になれたと―――。



「……そう……だな」

彼はそう言って深く息を吐く。
どんな思いを抱えているのか、私には知るすべはない。

「……ありがとう」

小さな呟きが、泡のようにはじけて、そして消えていった。











「時間ですね。そろそろ行きましょうか」

車を呼んできますと言って、アデスは早足で先に歩き始めた。

遠ざかる黒い制服の背中。
自分の前を足早に行く男の背中を見送ってラウは呟いた。


「だが、アデス……」

ラウが微笑む。
痛みを堪えるような、苦い微笑を口元にたたえながら。






(所詮……人はひとりなのだよ)














はらり。

ひとひらの花が舞う。

諦めにも似たその呟きを隠すように。






ラウは目を閉じた。

悲しみの吐息が男の耳に届かないことを祈って―――。









END







『花霞』の1年後のお話です。アデスと隊長が出会って1年後くらいの話。本当の年表でいくと出会ってから約1年で戦死してるので、ちょっと設定がきびしかったかです。すみません。
『花霞』上の設定では、プラントは年中温暖な気候なので、日本のような四季がありません。でも、研究者が地球からソメイヨシノを持ち込んで、プラントの気候に合ったサクラの品種改良に取り組んだという設定になっています。ちなみにその研究者の名前は、ショウ・モリヤ教授。アデスの知人ということになってます。

基本的にアデクルは切ない話が多いので、いつもは甘い話にしようと心がけているのですが、時間設定が大戦中だと、どうしても甘いだけの話が書けません。
その後にやってくる二人の運命を知っている一視聴者としては、やはり原作を無視することができない。ラウはどんなにアデスの存在に心慰められても、それはやはり一時の慰めでしかない。でも、それがラウにとっての幸せだからそれでいいんです。
このままの関係が長く続くことはないと分かっていても、その一時のアデスのやさしさ、あたたかさがラウにとっては大切だから。

自らを戒めるように 『所詮…人はひとりだ』 なんて思いこもうとしている、そんなラウが悲しい。
でも、満ち足りてしまったら、ラウの歩みは止まってしまうような気がするので、こういう表現になってしまうのが辛いですね。


2006.0331