※『あでくる。4 〜やさしさの意味と偽りの理由〜』 及び 『あでくる。8 〜色彩〜』 の関連作品です。










□ □  色彩  □ □


Side * Rey








あの人の姿を見たくて、ギルにせがんで軍港へ連れてきてもらった。
軍港の外には、出撃する艦隊を見送るため、兵士の家族のが大勢見送りに来ていた。

『KEEP OUT』と書かれたテープの向こうに、整然と並ぶザフト兵たち。

普通の人は入れないところだけれど、ギルの顔を見た兵隊さんが「特別に」と言って中へ入れてくれた。
ギルは、昔『議員』というのをやっていたから特別なのだそうだ。
それでも近くまでは行かせてもらえないから、関係者の見送りにまじって遠くから白い姿を探した。

すぐにあの人を見つけることができた。
周りの人たちの視線を追えばいいんだ。その先に必ず白い制服姿があるから。



「あ、また…」

「どうした?」

ふとこぼしたつぶやきに、ギルがあの人のいる方へ視線を投げる。

白い制服に見え隠れするようにして、黒い制服を着た大きな身体の男の人がいた。

(…誰だろう?)

ザフトの制服には違いないけれど、いつもあの人の横にいる。
その疑問にギルが答えてくれた。

「あれは、ヴェサリウスの艦長だよ」

あの人の白い制服の後ろで、まるで影のように見えた。

艦長になるといつもあの人の傍にいられるのだろうか。
少しだけ羨ましいなと思った。













夢を見た。

とてもこわい夢。


濡れたような感触に手を開く。
手の平は真っ赤だった。

赤い……血だ。

びっくりした。
自分の身体はどこも痛くないのにどうしてだろう。
どうしてこんなに胸が痛いのだろう。


こわい…こわい。

なくしてしまいそうでこわい。

いやだ。なくしたくない。

なくす?
何を?
誰を?



手のひらから血が滴る。
赤い滴の落ちた先も真っ赤だ。

足下に広がる血の海。

自分が誰かを傷つけた血なのか、それとも自分の血なのかわからない。
でも、心が冷たくなっていく。

こわい。

血の海にしゃがみ込んで、呆然とする。

そのとき、指先に触れたもの。
手にとってみた。


帽子?






ザフトの黒い軍帽だ。







―――そこで、目が覚めた。












「…水?」

頬を濡らす感触に自分が泣いていることを知った。

寝間着の袖で涙を拭う。少し目元がひりひりした。
眠りから覚めて辺りを見回す。

恐々と手を開く。
自分の手のひらもいつも通りでほっと安堵のため息をつく。

でも、心の中がざわざわと揺れるような気持ち悪さがして、ベッドから起き出して廊下に出た。
ギルの部屋をノックしようとして、彼が今日は研究所に泊まりだったことに気付く。
そうだ、ここ1週間ギルに会っていないんだ。

(…ギル)

不安が更に募る。
真夜中にこわい夢をみて眠れなくなったなんて、
子どもみたいで恥ずかしかったけれど、今、誰かにいて欲しかった。

「ギル…」

自分で呟いた言葉に泣きそうになって立ちすくむ。

「どうした?レイ、こんな真夜中に」

突然後ろから掛けられた言葉にびくっと身体が揺れた。
びっくりして振り向くと、相手も驚いた顔をしていた。

「ギル!」

思わず駆け寄ってギルの胸に飛び込んだ。
ギルはしっかりと抱き留めてくれて、そのまま俺を抱き上げた。

「こわい夢でも見たのかい?」

ギルがやさしく微笑む。
その笑顔にいつもなら安心できたはず―――なのに。

「ギル!?その傷!」

頬に走った一条の筋は、薄闇の中でもはっきりとわかった。
血はもう乾いているようだけど、真新しいその傷に驚く。
そして、幾分疲れた表情とどこか影のある笑み。

「どう……したんですか?」

「うん?ああ…大したことはない、研究室で硝子が割れてその破片で切ったんだ」

嘘だ。
手当らしい手当もしないまま、たった今流した血の痕跡を残したまま帰宅するなんてあり得ない。
何よりもその表情。今まで見たことのない憂いを帯びた眸。

「痛い…ですか?」

「いや、レイの顔を見たら痛みなどどこかへ行ってしまったな」

からかうように笑うギルにこれ以上訊いても無駄だと思った。
ギルは自分のことはあまり話さない。

俺はあなたの力になりたいのに。

子どもだから、そんな力も資格もないから、ギルは話してくれないのだろうか。
少し寂しくなる。
また涙が出そうになった俺の頬をあたたかい手のひらが包み込む。

「レイ?」

泣き笑いのような表情の俺にギルが心配そうに問いかける。

「泣いていたのか?目が赤い…」

ギルの手の感触が心地よくて、安堵したせいか頬をすりつける。

「そんなにこわい夢だったのか?」

ギルが唇で瞼と頬に触れる。
髪をかき上げて額にキスをくれた。

「…こわかった。血が――」

「血?」

「真っ赤なんです。俺の手のひらも、足下も……」

幼子をあやすようにギルが俺の背中をやさしく撫でる。
ギルの胸にすがりつくようにして目を閉じた。
あの光景を思い出す。

「なくしそうだった…それが嫌で、こわかった」

「何をなくしそうだったんだ?」

穏やかな声が心の波を鎮めようとしてくれる。
その気遣いが嬉しかった。
ギルの体温を感じながら、ほっと息を洩らす。

「わからない…でも……目が覚める瞬間に見たのは、黒い帽子だった」

「帽子?」

訝しげな声。
背中を撫でる手が止まった。

「ザフトの……軍帽でした」

俺を抱くギルの手。その手の力が急に強くなった気がした。

「ギル?」
不安を覚えて俺は目を開けた。
呼びかけに答えるまで数拍の間があり、
下から顔を仰ぎ見ると、夢から覚めたような面もちで、ギルが囁く。

「…いや、なんでもない。なんでもないんだ…レイ」

ギルが一層強く俺を抱きしめる。
俺もギルの背に手を回して彼を抱きしめた。

不安な気持ちをかき消すように。

強く―――。













ざわりざわりと心が揺れる。

何かが潜むその心。





自分でさえその正体がわからない。






でも、ギルは知っている。
この心の奥に潜む存在を―――。













End 2005.05.29