※『あでくる。4 〜やさしさの意味と偽りの理由〜』 及び 『あでくる。8 〜色彩〜』 の関連作品です。
□ □ 色彩 □ □
Side * Rey
あの人の姿を見たくて、ギルにせがんで軍港へ連れてきてもらった。
軍港の外には、出撃する艦隊を見送るため、兵士の家族のが大勢見送りに来ていた。
『KEEP OUT』と書かれたテープの向こうに、整然と並ぶザフト兵たち。
普通の人は入れないところだけれど、ギルの顔を見た兵隊さんが「特別に」と言って中へ入れてくれた。
ギルは、昔『議員』というのをやっていたから特別なのだそうだ。
それでも近くまでは行かせてもらえないから、関係者の見送りにまじって遠くから白い姿を探した。
すぐにあの人を見つけることができた。
周りの人たちの視線を追えばいいんだ。その先に必ず白い制服姿があるから。
「あ、また…」
「どうした?」
ふとこぼしたつぶやきに、ギルがあの人のいる方へ視線を投げる。
白い制服に見え隠れするようにして、黒い制服を着た大きな身体の男の人がいた。
(…誰だろう?)
ザフトの制服には違いないけれど、いつもあの人の横にいる。
その疑問にギルが答えてくれた。
「あれは、ヴェサリウスの艦長だよ」
あの人の白い制服の後ろで、まるで影のように見えた。
艦長になるといつもあの人の傍にいられるのだろうか。
少しだけ羨ましいなと思った。
◇
夢を見た。
とてもこわい夢。
濡れたような感触に手を開く。
手の平は真っ赤だった。
赤い……血だ。
びっくりした。
自分の身体はどこも痛くないのにどうしてだろう。
どうしてこんなに胸が痛いのだろう。
こわい…こわい。
なくしてしまいそうでこわい。
いやだ。なくしたくない。
なくす?
何を?
誰を?
手のひらから血が滴る。
赤い滴の落ちた先も真っ赤だ。
足下に広がる血の海。
自分が誰かを傷つけた血なのか、それとも自分の血なのかわからない。
でも、心が冷たくなっていく。
こわい。
血の海にしゃがみ込んで、呆然とする。
そのとき、指先に触れたもの。
手にとってみた。
帽子?
ザフトの黒い軍帽だ。
―――そこで、目が覚めた。
◇
「…水?」
頬を濡らす感触に自分が泣いていることを知った。
寝間着の袖で涙を拭う。少し目元がひりひりした。
眠りから覚めて辺りを見回す。
恐々と手を開く。
自分の手のひらもいつも通りでほっと安堵のため息をつく。
でも、心の中がざわざわと揺れるような気持ち悪さがして、ベッドから起き出して廊下に出た。
ギルの部屋をノックしようとして、彼が今日は研究所に泊まりだったことに気付く。
そうだ、ここ1週間ギルに会っていないんだ。
(…ギル)
不安が更に募る。
真夜中にこわい夢をみて眠れなくなったなんて、
子どもみたいで恥ずかしかったけれど、今、誰かにいて欲しかった。
「ギル…」
自分で呟いた言葉に泣きそうになって立ちすくむ。
「どうした?レイ、こんな真夜中に」
突然後ろから掛けられた言葉にびくっと身体が揺れた。
びっくりして振り向くと、相手も驚いた顔をしていた。
「ギル!」
思わず駆け寄ってギルの胸に飛び込んだ。
ギルはしっかりと抱き留めてくれて、そのまま俺を抱き上げた。
「こわい夢でも見たのかい?」
ギルがやさしく微笑む。
その笑顔にいつもなら安心できたはず―――なのに。
「ギル!?その傷!」
頬に走った一条の筋は、薄闇の中でもはっきりとわかった。
血はもう乾いているようだけど、真新しいその傷に驚く。
そして、幾分疲れた表情とどこか影のある笑み。
「どう……したんですか?」
「うん?ああ…大したことはない、研究室で硝子が割れてその破片で切ったんだ」
嘘だ。
手当らしい手当もしないまま、たった今流した血の痕跡を残したまま帰宅するなんてあり得ない。
何よりもその表情。今まで見たことのない憂いを帯びた眸。
「痛い…ですか?」
「いや、レイの顔を見たら痛みなどどこかへ行ってしまったな」
からかうように笑うギルにこれ以上訊いても無駄だと思った。
ギルは自分のことはあまり話さない。
俺はあなたの力になりたいのに。
子どもだから、そんな力も資格もないから、ギルは話してくれないのだろうか。
少し寂しくなる。
また涙が出そうになった俺の頬をあたたかい手のひらが包み込む。
「レイ?」
泣き笑いのような表情の俺にギルが心配そうに問いかける。
「泣いていたのか?目が赤い…」
ギルの手の感触が心地よくて、安堵したせいか頬をすりつける。
「そんなにこわい夢だったのか?」
ギルが唇で瞼と頬に触れる。
髪をかき上げて額にキスをくれた。
「…こわかった。血が――」
「血?」
「真っ赤なんです。俺の手のひらも、足下も……」
幼子をあやすようにギルが俺の背中をやさしく撫でる。
ギルの胸にすがりつくようにして目を閉じた。
あの光景を思い出す。
「なくしそうだった…それが嫌で、こわかった」
「何をなくしそうだったんだ?」
穏やかな声が心の波を鎮めようとしてくれる。
その気遣いが嬉しかった。
ギルの体温を感じながら、ほっと息を洩らす。
「わからない…でも……目が覚める瞬間に見たのは、黒い帽子だった」
「帽子?」
訝しげな声。
背中を撫でる手が止まった。
「ザフトの……軍帽でした」
俺を抱くギルの手。その手の力が急に強くなった気がした。
「ギル?」
不安を覚えて俺は目を開けた。
呼びかけに答えるまで数拍の間があり、
下から顔を仰ぎ見ると、夢から覚めたような面もちで、ギルが囁く。
「…いや、なんでもない。なんでもないんだ…レイ」
ギルが一層強く俺を抱きしめる。
俺もギルの背に手を回して彼を抱きしめた。
不安な気持ちをかき消すように。
強く―――。
◇
ざわりざわりと心が揺れる。
何かが潜むその心。
自分でさえその正体がわからない。
でも、ギルは知っている。
この心の奥に潜む存在を―――。
End 2005.05.29