もしもBOX 〜Side Klueze〜

1.終わらぬ伝説








第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦―――通称「大戦」で、地球連合軍、ザフト両軍は多くの人命を損なった。
停戦協定の後、連合、ザフトの両軍は戦後処理へと移行した。

戦争終盤になると増える通称「救助船」。
戦艦と違い攻撃用の装備を持たず、何より船体は白く塗装され、赤十字のマークが描かれている。
敵味方の別なく、傷ついた兵を救助するための艦だ。停
戦協定が結ばれると同時に、こうした赤十字艦とは別に連合もザフトの戦艦も遭難者の捜索と負傷者の収容を行う。建前上は、自軍の兵に限らず遭難者は全て収容しなければならなかった。

MSの残骸や船体の破片が多く浮遊する戦場では、熱感知センサーは役に立たない。遭難者の発見は、主に人間の目、つまり視認に頼っていた。

連合の戦艦「ウルマノフ」もまた、停戦後、直ちに負傷兵の救助・収容行動に移行した。
視認作業にあたっていた連合の兵二人が、MSの残骸の間に遭難兵を見つけた。

「あのスーツの色からすると、指揮官クラスだな。どうする?」

「どうする…って、命令は連合、ザフトの別なく救助だろ?」

ノーマルスーツを着込んで命綱をつけた作業兵二人は、宇宙空間を漂いながら接触回線で会話をする。

「実際、仲間は拾っても、今まで敵だった奴を拾うのはどうかってことだよ」

「停戦協定の条項を無視する気か?軍法会議ものだぞ!」

「わかってるよ…わかっているけどよ、だけど―――あいつを殺した奴らをどうして救ってやらなきゃならないんだ!?」

返す言葉に詰まった。
同僚の肩を軽く叩く。

「あちらさんもそう思ってるだろうよ。だが、今こうしている間にも、救助を待つ俺たちの仲間がひょっとしたらザフトの連中に助けられているかもしれない」

「………」

「そういうことさ。停戦てのは。―――俺たちが、奴らを助けることが仲間の命を救うことにも繋がる。そう思わなけりゃ、やってられないよな」

「…ああ」

「仕事だ。割り切れ。とにかく、戦争は終わったんだ……。生きている者には、やらなきゃならんことがある」

「――死んだ者のためにな」

コーディネーターというだけで、同じ人間とは認識されず、まだ息があってもそのまま見捨てられるケースも多い。
皆、敵への憎しみや葛藤を抑えて任務に忠実であろうとする兵ばかりではない。
報告されないだけで、かなりの件数があると思われるが、上層部も見て見ぬ振りをしていた。

そうした現状の中で、敵の―――連合の艦に拾われたということは、よほどの強運の持ち主だ。
収容されたザフトの兵に意識はなく、直ちに救命措置が執られたが、回復の兆しは未だなかった。

バイザーにひびの入ったメットを取り外すと、零れる長い金髪に軍医は息を呑んだ。

メットの下から現れたその素顔にも。





閉ざされた瞼。幾分青ざめた顔は、なぜか微笑んでいるようにも見えて―――。








 ◇








「ドクターのお探しの人物が見つかりましたよ」

連合の医療チームからその連絡が入った時、アンリ・デュカスは一瞬緊張した。それが、待ち望んでいた報告だとしてもだ。

ノイズが混じる通信の向こうで、事前に提示しておいたうちの一方のDNA型式が読み上げられていく。デュカスには、その声がどこか遠く感じられた。
地球連合軍中佐の階級章を襟元に付け、白衣を身につけた男が手元のファイルを見ながら、報告を続けていた。軍医でもあるその男は、最前線で医療チームの責任者を務めていた。
通信室の外では、傷ついた兵士の手当のため、衛生兵や軍医たちが慌ただしく動いているのだが、その喧噪はモニターの向こうには届かない。通信室は外部と隔絶され、奇妙なまでの静寂が漂っていた。

どこか落ち着かない様子の中佐は、公にはできない通信に緊張しているのだろう。しきりに額の汗を拭おうと、手を動かす。

「ただ、問題がありまして」

躊躇う口調になった中佐の声が周囲を憚るようにひそめられた。

「彼が身に付けていたのは、ザフトのパイロットスーツでした」

「―――しかも、おそらく上級士官用のものです」

感情をなるべく洩らさないようにデュカスの唇は引き締められた。

「それが目立ちまして、少しここでも話題になっています。戦後の捕虜交換の際に有利な人物ならば、司令部の方でもチェックされますから」

遺体と負傷者の収容。ヤキン・ドゥーエでの戦いでは、連合・ザフトともに多くの兵が戦死した。
負傷者の数も数万の単位にのぼる。
宇宙での戦闘では、軽傷でも宇宙に投げ出されたことでショック死する者や、ノーマルスーツのまま宇宙空間に漂ううちに酸素が切れ、窒息死する者、酸素欠乏症になり一生を病院で過ごすことになる者も多い。
宇宙に投げ出され、なおかつ味方に拾ってもらい、助かることは奇跡に近い。
中佐の言う人物がもし、ザフトの一般兵の着用している緑色のパイロットスーツだったら救助などされなかっただろう。
まして、激戦後の混乱の最中だ。例え生きていても見殺しにすることもあり得るのだ。
それがたった数時間前まで、互いを滅ぼそうと戦っていた相手なのだから。種としての嫌悪感は、時に人から理性的な倫理観を奪い去る。

中佐の口から語られた人物は、連合の敵であるザフトのパイロットスーツを身につけており、宇宙空間を漂っていたのだから、救助されたのはまさに奇跡だ。
そうして、救助したのも戦後処理をより有利に進めるための努力とも言える行為だった。

「どんな手段を使っても構わない。あの方々も承知の上だ。頼む」

「ドクター」と呼ばれた人物が強い口調で中佐に言う。自分よりはるか高みに存在する組織の関与を示唆した言葉に中佐の身体が緊張した。
デュカスは、救助した敵兵を密かに引き渡せと言っているのだ。

「この混乱の中でなら、あるいは――」

公になれば、もちろん軍規違反、極刑の可能性もある。だが、捕虜一人、正規の手続きが執られ、捕虜収容所に送られる前ならばいくらでも手の打ちようはある。
いくつかの危険を冒してでも、この依頼を受けなくてはいけない理由があった。
背後に絶大な権力をにおわせるデュカスに、中佐はおもねるような口調で告げた。

「もう一つご報告が」

「何かね?」

「その人物。意識不明の重体です。このまま連れ帰っても回復するかどうか……」

デュカスは天を仰ぐ。いつの間にか握りしめていた手が微かに震えた。

「……構わん。できる限りの手当を頼む。後の治療はこちらで行うから慎重に搬送してくれ。私もすぐに行く」

それだけ言って通信を切った。





「十八年だ。あれから……あの忌まわしい出来事から、十八年も経ったのか…」

どっと力が抜けたかのようにデュカスは椅子に座り込んだ。







 ◇







戦死者は、ドッグタグとDNA鑑定により、身元が確認される。そのための膨大なデータは事前に各陣営の医療チームが把握していた。
「ドクター」と呼ばれた人物は、過去に連合に属する大学の医学部で教鞭を執り、軍医の卵たちの育成にいそしんだ人物だった。おかげで、軍の医療チームには教え子が多く、人脈も広い。現在では、教え子も佐官クラスの将校となり、軍の医療部門の中ではある程度発言権を持つ者も増えてきた。
今回の人捜しには、そうした人脈を最大限に利用した。ただの元医学部教授にはなんの権限もない。いくら金を積んでも軍の機密や機構の中では、普通なら何もできない。
それを可能にしたのは、ひとえにデュカスの人脈と、その背後に見え隠れする「力」の存在だった。もちろん協力してくれた教え子たちにはそれなりの見返りを用意している。そのための権力・財力は、デュカスではなく、彼の背後にいる人物が持っていた。
連合を資金面で支え、各国の経済基盤を築いてきた支配階級、資本家。そして、数多くの企業を抱える財団。その中の一つに、彼が関わり続けたある一族があった。

西欧諸国でも、ある一定の支配階級に受け継がれてきた暗黙の了解。
いや、伝説とも言える古い言い伝え。

それは、「噂」と呼ぶには現実的で、「事実」と言うにはどこか不確定な要素を含む。

その解明のためにデュカスは長年かけてこの一族を追ってきた。

血脈は絶え、あの一族の伝説は伝説のまま、歴史に埋もれていく―――かのように思われた。
だが―――

「………血は絶えてはいなかった。私はこの幸運に感謝すべきなのか。それとも……」

引き出しの中から取り出した一冊のファイル。

そして、数々のレポートの間に埋もれるようにしていくつかの紙片があった。


その中の一葉の写真。

少し褪色しかかった写真に映し出された人物の姿をそっと指でなぞる。




「やっと君を見つけた……」











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既刊本「もしもBOX完全版*前編」 〜Side Klueze〜 へ続く


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