++条件++ 「条件がある」 ようやくフラガ家当主の座に就くことを承知したラウが、フラガ家の財産管理人であるクロードに言った。 「どんなことかね?」 これまで、何を聞いても答えることがなかったラウが、珍しく口を開いたことにクロードは目を瞠った。どういう心境の変化だろうか。興味深くラウの次の言葉を待っていたが、次の一言に平静を保っていられなくなった。 「軍へ入隊したい」 「軍へ!?―――連合軍へか!?」 クロードは驚いた。まさかそんな条件を言い出すとは思ってもみなかったからだ。 「そうだ」 「しかし……君はザフトの―――」 ヤキン・ドゥーエで発見された当時、ラウはザフトのパイロットスーツを身につけていたという。 かつて敵対していた組織に対して入営を希望するとは、一体何を考えているのか訝った。 連合軍に潜入して機密情報をザフトに流すつもりなのかとも一瞬思ったが、今更そんなことをしても彼に利はないはずだ。ザフトに妙な義理立てをするようにも見えなかった。 だが、この状況で連合が承諾するだろうか。わざわざ監視のために情報部の人間を寄越すくらいだ。 デュカスに聞けば、詳細を教えてくれるかも知れなかったが、これ以上あの老人に借りをつくるのは得策ではない。この家のために直系の血さえ残せればそれでよい。 「今更何ができるという?この私に」 自嘲気味に呟く青年に意識が捉えられる。今更、軍に入隊して何をしたいのか。何をするつもりなのか……。 「……理由を教えてもらえないか?」 ラウの表情から何か読みとれないかとクロードは、彼の顔をじっと見つめた。 ふっ……と一瞬だけ目を閉じたラウが、すぐに目を開いた。 「私を退屈させるな」 「え……」 「自分の生に飽きれば、滅ぼしたくなるからな。この家もろとも」 呟きは、凍てついた響きを伴い、確かに耳に届いた。 脅しとは違う。だが、明らかな現実味を帯びていることに、背筋が冷たくなる。 なぜかはクロードには分からなかった。目の前の男が、どれだけのものを背負っているのか、自分にはわからない。 だが、確かにそこに存在するひとつの意志。強固で隔絶された意志というものをクロードは感じた。 「しかし…」 「私に生きていてほしいのは、あと何十年も先のことではなかろう?代わりが見つかるまでの間―――いや、育つまでの間。―――そうだろう?」 「………わかった。だが、君の身の安全を図れるよう、こちらでしかるべき措置をとらせてもらう」 「しかるべき措置……ね」 おおかた後方支援的な部署への配属が為されるよう配慮をさせるのだろう。軍の上層部へ財団の財力をちらつかせて………。 ラウが口の端をわずかに歪めた。 生命の安全を保証されて軍属になるなど、馬鹿げている。命のやりとりをする中でしか、生きられない者もいるのだということを、ぬるま湯の中でただ日々を費やしてきた者たちは知らないのだ。 死に最も近い戦場こそが、生きているということを感じられる唯一の場所だと言うことを―――。 軍に属している限り、最前線にならない場所などどこにもない。 それを知らないのだ。 平和に慣れ、戦争から遠ざかっている者たちは――――。 「好きにしろ」 ラウが冷たく言い放った。 ++皮肉な呼び名++ 「フラガ大尉、こちらです」 ラウは、ジョン・キーツ・リウ大尉に基地施設内を案内されているところだった。 連合軍に入隊したいと言ったラウの希望は一部を除いて叶えられた。連合軍の情報部付の身分を与えられたのだ。 元ザフト所属という過去から、プラント内政に関する情報提供者兼情報分析者としてオブザーバー的な立場をとることになったのだが、常に補佐と称する監視役がつきまとっていた。それが、情報部将校のキーツだ。 確かにフラガ家は、ラウを最前線から遠く離れた場所に配属されるよう手を回したらしい。 最前線で命の駆け引きを望んでいたラウにとっては、いささか退屈な境遇だった。 (いずれ機会もあるだろうさ…) 軍属になっていれば、情勢次第でいくらでも機会はあるはずだ。 連合の旧本部アラスカJOSH−Aがその例でもある。本部が突然最前線となることだって十分あり得るからだ。そう考えたラウは、しばらく大人しく情勢を見極めるつもりだった。 ラウの身分は大尉。下士官ではなく尉官の身分を与えられたのは、フラガ家に対する配慮からだろうか。敵軍の将が投降などした場合でも、その人物の階級はそのまま適用される。 ラウの経歴に付け加えられた「どうやらザフト指揮官クラスらしい」という言葉から、連合では大佐の階級を用意したらしいが、ラウが断った。佐官と尉官では、持つ権限と責任は大きく異なる。 自分の経歴を詐称するわけではないが、一般兵に知られていないことが多々あるため周囲の誤解と偏見を招かぬようにという配慮からだった。 尤も、ラウの素性は一部の者以外には極秘とされていた。 「フラガ…大尉?」 キーツから紹介された若い兵が、訝しげにラウの顔をじっと見る。 この反応にもはや慣れてしまったラウは、内心の溜息を押し隠し、次に必ず聞かされる台詞を思い浮かべた。 「エンデュミオンの鷹……の?ご無事だったんですね!お会いできて光栄です」 『フラガ大尉』という呼称が、かつてのムウと同じだということを初めて知った時、ラウは皮肉気に口元を歪め、自嘲気味に笑ったものだった。 そして、人違いだということを告げると、途端に焦って詫びた後、沈鬱な顔になる相手のリアクションにももう慣れた。 そして、必ず「ご兄弟ですか?」と聞かれるのだ。 ラウは、誰もを魅了する笑顔で、にっこりと笑って「いいえ」と答える。 その声が冷たく響いていたことに気付く者はここにはいない。 もしもここにザフトの黒い制服を着た男がいたなら、冷や汗を流したことだろう。 だが、その男は、もういない。 それは、ラウにとって不幸なことだった。ラウ自身はそのことに気付いていなかったが……。 ++取引++ 「来月、外務次官が調停協議のためプラントへ行くそうです。プラントの情勢に詳しい者が随員で欲しいと情報部に依頼がありました」 ブラインドで遮光された一室。 「どうしますか?」 連合軍基地の一角にあるその部屋で、情報部将校のキーツがもう一人の人物に尋ねた。 「……どうするも何も、名指しだったということなのだろう?私を」 ラウがチラリとキーツに視線を投げて、口角を上げた。 ラウは、情報部扱いの人員のため、連合の制服を身につけてはいない。ほとんど黒に見えるダークグレーのスーツに黒いタイを身につけたラウは、ソファに深く身を沈めて、足を組んだままだ。 連合軍での階級は同じはずなのだが、まるでラウの従者のように佇むキーツは、ラウの問いにも表情を変えることはない。 「で、どこまで知っているんだ?」 キーツは、ラウの視線に気付いてはいたが、敢えて視線を合わせずにいた。 「連合は、あなたを…試していると言ってもいいでしょう」 「ふん、本当に犬になれたかということだろう?」 キーツが微かに眉を顰めた。 「あなたが協力的なら、あの方々はこれ以上フラガ財団への干渉をしない……と」 当主であるアル・ダ・フラガが死亡した後、親族が経営する事業が破綻しかかったことがあった。その時に援助を申し出たのが、連合に強い影響力をもつ財団だった。もちろん無償であるわけがなく、ある約束が交わされた。 今、思えば事業の不振そのものも操作されていた可能性もあるが、その時は建て直しを図るのに必死で誰も気付かなかったのだ。 親族たちは言われるがまま、長い間、歴史の裏舞台を支配してきたフラガ家の血の秘密を売ったのだ。 「所詮、私は『売られた身』だからな、否やはないさ」 そう自嘲したラウは、ソファから立ち上がった。 ++裏切りの代価++ ザフトから連合へ寝返った人物は、あまり知られていないが確かに存在する。 そうした者たちは、命と身分の保障と引き替えに、ザフトの情報を提供したり、その頭脳を買われて、新兵器の開発などに従事していた。 今回のプラント訪問にもナチュラルと偽ってそうした人物が同行する。 当時のツテを利用してプラントの最新情報を手に入れるためだ。あくまで連合の士官として同行するため、たとえプラント本国で素性がばれても、プラント側にはどうすることもできない。 裏切り者と蔑まれることがあったとしても、それは仕方のないことだった。 ラウに命じられたのも同じ情報収集の任務だった。 ただ、今までの同じ境遇の者たちと違っていたのは、連合の士官として随行するというよりも、フラガ財団の後継者という肩書きを背負っていくことだ。 外務次官に随行する随員たちが顔合わせをした時のことだった。 随員の一人にプラントから連合へ亡命した者がいた。国家保安部に在籍後、ザフトに移籍した男でサイラスという。ラウと同じ大尉の階級だった。 「情報部特認大尉ラウ・ラ・フラガだ」 そう名乗ったラウに、サイラス・ヒューグは首を傾げた。何か記憶を辿るような表情で言った。 「………どこかでお会いしたことが?」 「いや?誰かと勘違いしているのでは?」 ラウが苦笑した。実際、サイラスの顔に記憶はなかった。元国家保安部となると、ある程度、議長の秘密情報にも通じていたはずだ。どこかで、ラウ・ル・クルーゼの素性を知っていた可能性がある。この男が随員の一人に選ばれたことが、キーツの差し金だとすると、なかなか手の込んだことをやってくれる。サイラスはラウの監視役でもあるようだ。 ラウは、内心の舌打ちを押し隠した。 「失礼ですが、軍に所属されてどのくらいですか?」 サイラスは、自分の記憶にラウの何かがひっかかったことが気になっているようだ。 「まだ一月だが……なぜそんなことを?」 「いえ、フラガ家の方が連合にいらっしゃるとは聞いていましたが、かの英雄とは違う方らしい。1ヶ月で既に大尉ですか………フラガ家の名前とはすごいものですね」 皮肉の込められた言葉にラウは、無表情で応えた。 こうした妬みや嫉妬には昔から慣れている。それこそ、ラウ・ル・クルーゼとして、ザフトの中で戦況を左右する地位に立つまでにどれほどそうした視線を受け止めてきたか知れない。 プラントから亡命したコーディネーターが連合で、確固たる地位を築くのは容易ではない。ブルーコスモスの巣窟ともなっている連合軍の中で、自分の利用価値を周囲にアピールできなければ、すぐに処分の対象になる。 必死に自分の価値を認めさせるため、組織の中で努力してきたサイラスにとって、フラガ家の力で、労せず大尉の階級を得ているラウに反発する気持ちがあるのだろう。 だが、サイラスは知らない。 誰よりも深い絶望の淵を歩み、汚辱と憎悪と血塗られた生にその身を染め、今再び苦渋の選択を強いられたラウの真実の姿を――――。 ラウ・ル・クルーゼという男のことを………。 (知らなくていい。あの男以外は………) あの男だけが知っていてくれたから、それで充分だった。 ラウの脳裏に黒衣の長身がよぎった。ふ……と口元に笑みが浮かぶ。 サイラスは、ラウのその表情に怪訝な顔をした。 【連合の外務次官がプラントとの外交上の協定の事前協議のために、プラントを訪問。随行として一緒に行ったラウの素性が明らかに………。】 ++正体++ 「知らないのですか!?」 サイラスが大きく目を見開いた。外務次官の控え室に入ってくるなり、そう意気込んだ。 「あの男のザフトでの名前を!」 「どういうことだ?」 「いえ……知っていればよもや随行を許可するなど、あり得ませんな」 「なんだ!?」 外務次官が苛立たしげに声を荒げた。 「元プラント最高評議会議長、パトリック・ザラの懐刀と言われた男ですよ」 「ザラの!?まさか……」 「ラウ・ル・クルーゼ。 ザフトの白き英雄と呼ばれた男です!」 次官が息を呑んだ。 「彼が………まさか……」 次官はにわかには信じられないとでも言うように、首を振った。 「何か……証拠はあるのかね?」 「元国家保安部の私の証言ということでは証拠になりませんか? パトリック・ザラの秘密情報にも通じていた保安部に所属していましたから、ラウ・ル・クルーゼと接する機会もありました」 この言葉は嘘ではない。ラウは知らないかもしれないが、サイラスはすぐ傍でラウの素顔に近づいたことがあった。パトリック・ザラの私兵とも言われていた国家保安部にいた当時のことだ。 「だが、あの男は常に仮面で素顔を隠していたと聞くが……」 常に素顔を隠していた男が、仮面をはずす瞬間に遭遇したからだ。ほんの一瞬、パトリックの影になってラウの顔ははっきりとは見えなかったが、はずしかけた仮面から覗いたあの青い瞳を見間違えたりはしない。 次の瞬間、パトリックの腕がクルーゼの腰に伸ばされ、彼の身体を抱き寄せた瞬間を目撃したのだ。 数日後、突然サイラスはザフトの軍属に異動となった。最前線へ送られ、連合の捕虜となり、助命の交換条件として、情報提供者となったのだ。 「間違いありません!ラウ・ラ・フラガは、クルーゼです! すぐに身柄の拘束を!」 次官は、その言葉に深く考え込んだ。 【だいぶ、ここに至るまでの過程をすっ飛ばしています。】 ++ 発覚 ++ 「申し訳ありませんが、貴官の身柄を拘束させていただく」 サイラスがラウに告げると、背後に控えていた男たちがラウを取り囲む。 「理由は?」 「あなたが一番ご存じと思いますが」 「わからんな」 ラウは、はぐらかしたように口元にうっすらと笑みを浮かべた。 何も動じないラウに苛ついたようにサイラスが言った。 「利敵行為を未然に防ぐのも任務のうちですので」 「そのわりには、ずいぶんと遅かったな」 「まさか、思いもよらぬことでしたよ。フラガ家を後ろ盾に持ちながら・・・」 「そんなに私の過去が気にくわないか?」 「ええ。あなた以上の危険人物はいません。そして、あなたほどザフトの内情を知っている者も……ね」 「拘束しろ!」 左右の男たちにそう命じたときだった。 「待ちたまえ」 低く威厳に満ちた声が男たちの動きを止めた。 「…次官!」 「彼のことは確認済みだ。貴官の危惧には及ばない」 「しかしっ」 側近を連れて現れた外務次官は、それでも反論しようとするサイラスを厳しい視線で一瞥し退かせる。 外務次官は、ラウに向き直って側近と護衛を遠ざけた。 「すまなかったな。手荒なことをして」 「次官、これでもまだ私を?」 「まさか君が……かの人物だったとは―――私も気付かなかった」 次官が、深く息を吐いた。 「事情を知らない者たちの方が多いのでな。また、こちらの事情を公言できるわけでもない」 「そうですね。しかし、一兵士に対するものとしては行き過ぎた配慮では?」 「いや。本来なら…君はこんなところで埋もれるような人間ではない―――と思うとな。あの方々からもくれぐれもよろしく頼むと言われている」 「飼い殺しにするために?」 口元に皮肉な笑みを上らせる青年に、次官は切なげに目を伏せた。 「―――昔、すべてを諦めたような眼差しでいた君の目に、ふと感情の色が見えたことがあった。今思えば、あれが怒りや憎しみといったものだったのだな。小さな子どもには知りようもない感情だと思っていたよ」 「昔話は好きではありません」 「父親が嫌いかね?」 「あなたとここで昔話をするつもりもありません」 ラウの声は凍てついた鋼のようだ。 「おやおや…嫌われてしまったな。退散するとしよう」 きびすを返す次官が思い出したように振り向く。 「君の処遇に変わりはない、顔が知られていないと言うのはある意味好都合かもしれん。明日の評議会議員との昼食会の予定も変更なしだ」 その言葉にラウもまた、情報部士官としての立場に戻った。 「わかりました」 そう次官に向かって目礼した。 |