| ++花びら++ ベッドの上で寝返りを打った彼の髪の間に小さな白い紙片のようなものが見えた。 それはまるで、さらりと零れるような金糸の波に浮かぶ小舟のようだった。 ベッドの上で肩肘をついて彼の寝顔を見つめていた私は、何だろうと思って指で掬い上げ、それが紙ではないことに気付いた。 触れた瞬間の冷たさとしっとりとした感触。 指で挟まれたそれは、すぐに私の熱であたたまって、しなりとした。 (……サクラ……?) 紙片のように見えた物は、サクラの花びらだった。 そういえば、ここに来る途中、サクラ吹雪の中を歩いて来たのだった。部屋に入る前に払ったつもりだったが、髪の間に紛れていたらしい。 この数年で、サクラの木がプラントでは増えた気がする。 以前は、大学の付属植物園にしかないような珍しい木だったのに、今では人が集う公園などには必ず植えられている。まだまだ若木だが、時季になれば白に近い薄紅色の花が満開になり、その下には自然と人が集まってくる。 それは、軍令部の中庭や士官宿舎の庭にも植えられていて、この時季は皆が立ち止まって驚いたようにその花を見上げている。 きっと、こんな美しい木がここにあったのかという新しい発見に対する感嘆を込めたものだろう。でも、この木の名前を知るものはまだ少ない。 サクラ――――と。 その名を知る者は、その花の皮肉な真実を知りはしない。 サクラという花の中でもソメイヨシノと呼ばれる種類の樹のことを。 ただ、 きれいだ 美しい ―――――という言葉でその花を褒め称える。 人々がそう言えば言うほどに、彼はサクラを見ようとしなくなった。 それが私には悲しく思えるのも確かだった。 初めて彼に触れた時もサクラの花吹雪の中だった。 花霞の向こうに消えてしまうような人影をつなぎ止めたくて、抱き寄せた。 「……ん」 身じろぎした彼がうっすらと目を開ける。 私は、手にした花びらをどうしようかと迷い、彼の目に触れる前に隠すことにした。 自分の口の中へ。 舌の上に乗せた小さな花弁がしっとりと貼り付き、彼との口づけを思い出させた。 つい先ほど、互いの舌を絡ませて、身体の奥で愛し合った感覚がよみがえる。 ――――歯列を割って侵入してきた舌を絡ませ、濡れた音をたてて互いの奥深くを探り合い、透明な液を飲み込む。次第に火照る身体を押しつけるようにして、互いを煽った―――― 耳にも目にも肌にも、先ほどの感覚が残っている。 掠れる声と甘い吐息を思い出しながら、舌を動かし、喉の奥へと花びらを運ぶと、そのまま飲み下した。 ごくり。 と喉を鳴らした私を、目を覚ました彼がベッドの上で不思議そうに見つめていた。 その表情が無防備で、艶やかで―――彼の内側の熱さ思い出してしまい、再び昂ぶる自身を抑えようとした。 「……アデス?」 まるで、私の頭の中を見透かしたように、彼は夢現の表情のまま、私に手を伸ばす。その手を捉えて、指を絡めた。 「お疲れでしょう?……これ以上は……」 「いいから……」 囁くような吐息の後、再び眼を閉じた彼が、強請るように薄く開いた唇から目が離せなくなった。 白い首筋に絡む金糸と、鎖骨の上のうす紅色の印。 一瞬、それらが白い肌の上に花びらが散ったように見えて、どきりとした。 仰向けの彼に覆い被さるように顔を寄せて、肌の上の「花びら」を舌で舐める。 「……ア」 もう一度、名を呼ばれる前に口づけた。 続く |